ハリハリノ 玻璃の器の裏方話・平安時代にまつわることなど
 

1 時代考証からズレてるところ

早速ですが、馨君の一人称は概ね「俺」です。
でも、この時代の貴族の若君は「俺」と言ったりしないと思います。
馨君の一人称を「私」にしようかどうか迷ったのですが、どうも大鏡なんかによると、この頃の一人称は「わ」とか「われ」らしい(書類の中だけの話かもしれないけど)。それは困る。
それで、どうせフィクションなら思いきって、と「俺」にしてみました。

第一章冒頭で、女御の絢子がいきなり出産のために里下がりをしておりますが、内裏の中にも妃が出産する場所があったみたいです。そっか、別に実家に帰って生まなくてもいいのかあ。
内裏、で思い出しましたが、大内裏(内裏を含む、宮中の役所などがある所)という呼び方が資料に出始めたのは12世紀以降、現在と同じ意味合いで使われるようになったのは江戸時代以降、というのを読んだので、うちでは大内裏も内裏も合わせて「内裏」と呼んでいます。内裏内の各名称(門とか後宮の建物とか)は現存資料(いろいろ)に準じてます。
あと、できるだけしゃべり言葉にはカタカナを使わないように気をつけてますが、気をつけない方が面白かったりして…と、たまに揺れます。

馨君、というのは本名じゃありません。ちなみに芳姫、も本名じゃありません。
通称というヤツです。でも、ここは気にしなくてもいいかと思います。馨君はあとで本名も出てきますが。
惟彰も水良も、いきなり大人の名前で出ていて、幼名ではありません。幼名まで考えてると大変出すと、さらにややこしいかと思いまして(もう、十分ややこしいから)
この時代の姫さまの名前は、現在では読み方が分からないためか、「楽子」だと両方音読み(または両方訓読み)で「らくし」と読ませているようですが、それだとなじみがないのでうちでは「らくこ」と読ませてます。
ちょっと書いただけでも、こんなにあるって…いいのかな。まあいいか。

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