あぁ、お前は鬼のようだと鬼が言う。
双鬼-----ふたおに------
全てを受け入れているようで
実は全てを受け流している。
まるで自分には関係が無い事のように。
優しく手招きをしながら
優しく笑いながら
近寄ってきた相手を寸前で拒むのだ。
あぁ、そうだ。お前は笑う鬼だ。
薄暗い部屋に明かりは蝋燭。
仄かに香ってくるのは、焚かれた香。
甘くも無い澄んだ匂いはこの部屋の主に合っている。
部屋の主の足を枕代わりにして寝転ぶ男は思う。
珍しく機嫌の良い彼の弟は、捕らえるように彼の腰に腕を絡ませ
柔くも無い鍛えられた腹に顔を埋めて、からからと笑いながらそう言った。
腹にかかる髪と、くぐもった声が腹に響いてむず痒い。少し腰をずらせば
彼に絡む腕の力が僅かに強くなる。動く事すら許さないらしい。
座る彼、雲水の腰に抱きついている阿含は、ただ笑う。
抱きつく阿含の髪を撫で、そのまま項へ手を滑らせる。
ふるりと肩が揺れ、こそばゆいと腹に響いた。
「俺が鬼なら・・・お前だって・・・」
「あぁ、そうだ」
呟いた言葉は遮られる。雲水に後頭部しか見せてくれなかった頭が動いた。
横顔が現れ、顎が上向き、上目遣いで覗き込む、穏やかな眼。
垂れ下がり顔の半分ほどを隠していた髪をはらってやると、
大人しく阿含は目を閉じた。
「俺は鬼だよ。雲水」
払った髪を撫で付けていた雲水の指が止まる。
阿含の口元には三日月。
「阿含?」
戸惑いが見える声色に、阿含はまた顔を隠した。
雲水の腹に感じる熱。くふんと阿含が息を吐いたのさえわかる。
仄かな明かりの灯る部屋に音は無かった。
時折蝋燭の火が揺れて、影が揺れる。衣擦れの音と、互いの息遣い以外
部屋に音は無い。廊下から響く音に関心もない。
ただ無言で、雲水は阿含の髪を梳き、阿含は雲水の腰に顔を埋めて目を閉じている。
一体何時までそうしていたのか。
「あぁ、そうだった・・・」
蝋が全て溶けてしまい、明かりが薄くなる頃、阿含が掠れ気味に声を発した。
ゆったりと起き上がり、向き合うように雲水の正面に座る。
顔を覗き込もうとしていたのか雲水は首を僅かに傾げていた。
その仕草が可笑しくて、思わず口元を緩める。
「嬉しい知らせだ、雲水」
まるで子供のように笑って、腕を伸ばして
綺麗に剃髪している雲水の後頭部を引き寄せた。力の入っていない、
抵抗をしない身体はすんなりと近寄り、焚かれた香の匂いが阿含の鼻を掠めた。
部屋に焚かれた匂いは、とうに雲水の身体に染み付いている。
己を覗き込む同じようで違う眼をして見つめる彼に、満足そうに阿含は笑うと
口を耳元へと寄せた。まるで内緒話をする子供のような無邪気さ。
「お前を此処にぶち込んだ奴らを殺してきたよ」
直接脳に響いた言葉。その言葉に雲水は僅かに眼を見開く。
幼い頃の暗い記憶。
諦めた瞬間。
生きる事以外を求めなくなった瞬間。
全てが一気に溢れ出し、雲水の中を支配していく。
どろりと重く暗いソレは少しずつ、だが確実に雲水を剥いでいく。
阿含と顔をあわせたまま、身を強張らせ、顔の筋肉まで硬直したかのように
眼を見開いたまま動かなかった雲水の眼が、徐々に細まり
閉じられていた口からうっすらと歯が覗く。
柔らかい、極上の笑みだった。
「そうやって笑って、お前は俺を動かすんだよ」
笑う雲水を眺めながら阿含もまた笑った。
ああ、鬼が笑ってくれた、と血の匂いを漂わせた鬼が笑った。
「鬼には鬼しか近寄れないんだよ、雲水」
「そうだな・・・」
顔を合わせたまま、笑い合う
新しく取り替えられた蝋燭の暖かな明かりが部屋を包む。
「次は誰を?」
絡まりながら
腰を打ちつけながら
穏やかに阿含は、喋りかけた。
布団に寝転び、受ける快感に酔いしれ、濡れた眼が阿含を捕らえる。
身体の奥に阿含の欲を咥え込んだまま、雲水は身体を起こした。
く、と小さく声が漏れる。
反動で逆に布団に倒れた阿含は、ただ笑う。笑って、上に乗る雲水を見上げる。
「次は・・・・鬼を」
腰を揺らすことなく、ただ咥えたまま、雲水はそう口にした。
「鬼を一匹」
殺してくれ。
笑みを浮かべて腰を揺らし、囁く。あぁ、と薄く開いた口から甘い声が漏れ、
突き刺さる欲を締め付けた。
「二匹だ雲水」
やはりからからと笑いながら、阿含は彼を引き寄せその口に吸い付いた。
ゆらり
灯る火が揺れ、重なる影が揺れる。
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パラレルです。牡丹雪と対になってます。
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