----------眼------------



日付も変わり、既に3時間。
鍵の壊れている寮の裏口から、靴も脱ぐこともなく廊下を歩く。
寮生は殆ど全員が寝ている時間、なのに足音を控える事も無く
むしろ、自分が帰ってきた事を知らせるかのように床を軋ませて歩いていた。
あと少し歩いた所。ちょうど角部屋になっている、奥の部屋が阿含と彼の兄に宛がわれた部屋だった。
流石に部屋に土足で入れば後々小言を言われるだろうから、部屋の前に立ち止まり靴を脱いで片手にまとめる。
ドアノブに手を掛ければ、鍵は掛かっていなかった。

この部屋の鍵が役立つ時など、良くて学校へと登校していく朝だけだった。

それ以外で鍵の掛かった日は、きっと数えるほどだろう。
こうやって深夜に帰宅する阿含のお蔭で、鍵はあるようでないようなものになっていた。
ドアノブを捻り、軋んだドアを開いた。真っ暗な部屋に布団カバーの白さがぼんやりと浮かんで見えた。
部屋に入ると片手に持っていた靴を放り投げる。ぼすん、と鈍い音を立てて畳の上に転がった。
その音で既に夢の中だろう兄が起きるんじゃないかと思い、様子を伺うも規則的に小さな山が上下に動くだけで
何の変化もなかった。僅かに安堵し、僅かに腹が立つ。

膨らんでいる布団へと近寄り、一気に剥ぎ取った。
白いシーツに蹲る姿が現れる。僅かに裾が肌蹴た浴衣から脛から下が覗いていた。
急激に暖かさを奪われ寝転ぶ肩が震え、丸まった姿がさらに丸く縮こまる。
それでも眉間に皺をよせ、惰眠を貪るその相手の枕元にしゃがんだ。
隠れる事も無く曝け出されている形の良い耳。近寄り

「おい、雲水」

名前を呼ぶ。
起きる気配は未だに無かった。

「オイ、起きろテメェ」

強い口調で再度名前を呼んで、今度は頬を叩いた。
小さく唸り、何かを雲水は口にした。よく聞こえず、更に顔を近づける。

「・・・・・っと・・ろ」

「あぁ?はっきり言え」

阿含の声が耳に痛かったのか、また雲水は唸った。
そして丸まっていた体が伸びて、横を向いていた体が仰向けになる。起きる事を渋る目蓋をしきりに擦り
さらに眉に皺を作り、雲水が口を開いた。

「とっとと・・・寝ろ・・・」

寝起き特有の掠れた声。そして目蓋を擦っていた指の隙間から覗いた眼。
暗闇の中でも、はっきりと捉えることが出来た。


そして欲情する。


「ヤダね、おら、起きろ」

「・・・・っ、阿含っ」

しゃがんだまま、顕わになっていた浴衣の襟を掴んで引き寄せ、自分も同じ布団の上に倒れこむ。
押し倒した身体を己の身体で押さえ込んで、襟をはだける。

「オイ・・・」

「ヤらせろ。朝練までには終わらせてやるよ」

まだ僅かに睡魔を纏っていた眼が意思を呼び戻した。
いつも通り澄んだ真っ直ぐな眼。そこに浮かぶ少しの怒りと、困惑と軽蔑の色。

眼球まで舐めてやりたい、思いながら吹き出物も何も無い雲水の綺麗な頬を舌で嬲った。
反射的に目蓋が閉じて、睫毛が震える。舌先に感じる睫毛はざらり、と張り付いた。





醜く皺を作ったシーツの上に、醜く丸まっている浴衣が放置されている。
もう何度放ったか判らない、どちらのモノかも判らない精液がパタパタと染みを作っていた。
青臭い匂いと、肌を舐めるような空気が部屋を包んでいる。
静かな部屋に荒い息遣いと、粘っこいグチグチとした厭らしい音と、遠慮がちに篭る嬌声。
投げ出された雲水の足を肩に抱え上げ、繋がる箇所を更に深く捻じ込めた。
組み敷いている身体が大げさなほど震えて、唇を噛締めていた歯が僅かに緩み、熱い息と嬌声が零れた。

「声を出せよ。女みてぇな声出して啼け。俺をもっと興奮させろよ」

くつくつと笑いを堪えて、雲水にとって屈辱的だろう言葉を吐いた。捕まえた腰骨を指で押さえる。
しなやかな筋肉でつつまれていても、腰骨だけは皮膚のすぐ真下。噛めばきっと薄い肉、そして白い骨が見えるのだろう。
噛み付きたい衝動に駆られながら、阿含は腰を振った。雲水のシーツを掴んでいた、筋の張った指に力が篭る。

「身体は正直なのにな。そこらの女よりもお前エロイよ」

雲水の性器を片手で梳きながら、その先を指で押さえながら、はちきれんばかりに
膨らんだ己のモノを更に深く突き刺す。

奥に注がれた白い欲が、雲水の股を汚して、繋がる隙間から僅かに零れ落ちた。
己の欲と阿含の欲で白く汚れた身体はそれでも阿含は綺麗だと思う。
顔を涎と汗と、生理的に流れた涙で汚していても、綺麗だと思った。


いくら阿含が毎夜散々に抱いても、朝になれば雲水は夜の甘さを切り捨てたように背を伸ばしていた。
強請りはしないが、それでも、簡単に快楽に堕ちる姿は幻かと思えるほど、
日を浴びた雲水は前だけを見据えて強い眼差しをしていた。

まだ空も薄い藍色を残している時間だというのに、その身体には夜の残りが骨と肉に残っているはずなのに
ヨロヨロと起きだして身支度を整え、早朝の自主トレ、その後の朝練へと向かうのを、阿含はダルさの残る身体を
布団に来るんで、薄目を開けて眺めていた。既に阿含の一つの習慣となっていた。
後ろから軽く押せば倒れそうな身体を引きずって部屋を出て行く雲水を、阿含は確認して深い眠りへと入る。

きっと、今夜もいつもと同じように繰り返されるはずだった。
散々されるがままの雲水を堪能して、朝になれば弱っている姿に満足して眠る。
そうすればその日一日、阿含は気分良く過ごせるのだ。





声を殺す姿は毎夜の事。
背中に縋りつこうとしない腕も毎夜の事。
絡まない足も毎夜の事。

だから阿含は足を抱え上げて、腰を掴んで、思うが侭に、従順なのではなく抗う事を放棄した雲水を貪る。


「は・・・・ホラ、声上げろ・・・っよ・・・」

「んあぁっ・・・っ・・・ぅ・・・んっ」

急な動きについていけずに思わず零れた甘い声、ずぐん、と腹の奥が疼くのを阿含は感じた。
開いた唇は噛締めていた所為で、少しばかり裂けて赤い色を滲ませていた。
口元を歪ませて、身体を近付け、ねっとりとその血を舐めた。
口内へ戻された阿含の舌からは鉄の味と、生臭い匂い。

あぁ、飲ませたんだったか。

真っ先にフェラをさせた事が随分前のことのように思えた。

少しばかり遠くへ意識を飛ばしていると、埋め込んでいる穴が締まり、持っていかれそうになる。
まだだ、と堪えて、締め上げた雲水を見下ろした。顔は阿含を向いてはいない。
あらぬ方向へと視線を流す横顔に、情欲の後が色濃く浮いている。
目尻は濡れて、口元からはだらしなく涎が。

ひくり
喉下が震えて、唾液を飲み込んでいるのが確認できた。
薄く噛締めていた歯が浮き、赤い舌がチロリと覗く。

あぁ、噛み切ってやりたい。



「今・・・何時だ・・・」

「あぁ?」

弱々しくも良く聞き取れた声が、阿含の鼓膜へと届く。
顔を背けている雲水は目を閉じて、息を整えていた。まだ彼の性器は起立して、僅かに新しい精液を零している。
限界だってもう目の前だろう。なのに必死に快感を避けていた。
呟いた雲水は常に視線を横に向けていた。どんなに性感帯を嬲られても、どんなに乱暴に性器を扱われても
阿含を見ることは無かったし、懇願もしない。拒否の言葉も口にしなかった。
それなのに。この行為を始めて、初めて雲水は阿含へ向けて言葉を紡いだ。
言葉は甘えでも、何でもなくて。突拍子もない言葉。

「何言ってんの?

「もう時間だ・・・っ・・・さっさと抜け・・・・っうあ」

「4時回ったトコだよ、で?こんなボタボタ零しながら何惚けた事いってんだぁ?ぁあ?」

ギリギリまで張り詰めていた雲水の性器を握り締める。ビクビクと震えて、何とか堪えようと
顔を顰めて、口を噛締める姿が何とも滑稽に思えた。
素直に受け入れて、求めればいいのだ。そうすれば阿含は多少優しく、丹念に扱ってやる気はあった。
挿入したまま、締め付ける穴を感じながら、ギチリと握り締めたその先を、身を屈めて舌で愛撫してやった。

爪が剥げるんじゃないかと思うほど、シーツを握り締めている雲水の指先が薄く白い。

震えは足を抱え上げていた肩にまで伝わる。

「さっさと・・・抜け・・・っ」

阿含を見上げる眼は、押し倒した時と何ら変わっていなかった。少しでも快感に溺れた眼をしているんじゃないかと、
思っていたのに、一切その色はなかった。
阿含とは持つ色が全く違っている眼だけは、快楽を拒み続けていた。
縁取る皮膚はすでに赤く染まりあがっているというのに、だ。

「自主トレが・・・、朝練までの筈だ・・・っ」

身体を持ち上げて、ベタベタの液を腹から滴り落としながら、力の入っていない手で阿含の肩を押す。
ずれた身体が打ち込んでいた楔までずらしたようで、そして雲水の性感帯を掠ったようで、キュウと締まったソコが
埋め込まれている楔を締め付けた。その様に阿含は口を歪めて、声を上げて笑った。

「そんな事忘れたね。つーか、まだお前だって満足してねぇんじゃねぇ?何?物足りねぇの?グイグイ締め付けちゃって」

「違う・・・っ」

「違わない」

「ちが・・・っ」

「違わないなら、緩めろ少しは。さっきから痛ぇんだよ」

繋がったまま注ぎ込まれた阿含の精液を零している、きゅうきゅうに締まる縁を指でなぞる。
少し爪を立てれば、締まる其処が更にきつくなった。
満足気に笑った阿含を、やはり軽蔑の色を浮かべた眼で雲水は見上げていた。
変わらない色に、またもくつくつと阿含は笑った。




閉じられたカーテンから僅かに明るい光が零れている。
うっすらと部屋に灯った光に、徐々に部屋に配置されている家具の輪郭が浮かび上がる。


「あー、もう無理だな。朝練始まっちゃってるよ、コレ」

僅かに掠れた声に、答える声はない。けれど静かではなかった。
皮膚の擦れあう音と卑猥な粘着質な音。息を呑む気配。

「最悪だ・・・ぉまえ・・・」

ヒュウ、と掠れ掠れでやっとで出た声が、阿含の耳へ届いた。
窓の外を眺めていた顔が動き、にたりと笑って、見下ろす雲水を捉える。
見下ろした彼の顔はぐしゃぐしゃに汚れていた。涙と汗と浴びせられた精液と。
それでも変わらないのは、強い眼。
力の入らない四肢を、既に役目を果たさずにいるシーツの上に投げ出し、
この行為を拒んで、阿含を拒んで、怒り、罵る眼。

「やっぱお前飽きねぇわ。ずっとその眼で俺を見てろよ」

疲れの見える顔を掴んで、息すら交わるほどの近さで阿含は笑ってみせた。
汚いものを見るかのような眼差しに、子供のように笑ってみせる。


迎えた朝は今まで最高に阿含を満足させた。


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愛もないし、ただ阿含がヤりたいだけで、雲水は全てを軽蔑してる話。
ブラウザバッグでお戻りください。