男の子に生まれたかった、なんて
言えば、セナはどう思う?



見慣れたファーストフード店の赤と黄の電灯のそばで、私はLサイズのコーラを啜る。
本当は別の人のものになるはずだった大きめのカップはジュルジュルと音を立ててその中身を減らしていった。急激な炭酸の味に眉間とこめかみに鋭い痛みが走るけど敢えて無視を決め込んでみる。耳鳴りにも似た痛みをやり過ごしながら、ジリジリとアスファルトが焦げる音を聴いていた。
本来なら大好物のジャンクフードを食べながら無意味なお喋り、なんて女子高生の特権なのに私は今一気が乗らなくて早々に退散。悪いことをしたなあと友達に対して空に思ってみたけれど、心の中の空虚さにはまるで勝てず、やっぱり私は看板に寄りかかってストローを啜ったまま動こうとしなかった。…うん、なんだろ。動こうとしなかったと言うよりは動けなかったのかもしれないな。


ぼんやりとぼんやりと、少し前のアメリカに想いを馳せてみる。何もかも壮大な空と道路と地平線が交わったところで出会った俊足のヒーロー。本人を前にしたら言えないが、確かに彼はヒーローだった。だから、私が恋に落ちたのもきっと突然でも説明がつくのだと思う。(だって彼はヒーローだからだ。)くどいかも知れないけれど、本当に本当に、私にとってはそれが真実で唯一だったのに。
日本に戻ってきた彼は相変わらず気弱とも見える優しさを振りまいているくせに、その姿は誰よりも「男の子」であった。年頃の少年。そう、ぜったいに、


「今が楽しいんだろうな…」


それはしょうがない。私だって今が楽しくてしょうがない。けれど、こういった方面では女の方が成熟するという通説に違いなく、思い人はスポーツの女神にぞっこんなのだ。そこに恋や愛が割りこめる確率は驚くほど低いと私は思っている。
ほら、有名な。
『男同士でつるんでる方が楽しい』時期。

咥えていたストローを一啜りして放す。と、同時に漏れる溜息を隠しもせずに私は深々と肺にたまる空気を吐き出した。
つまり私は羨ましいのだ。好きな人と共にいたいと想うのと同時に湧き上がる自分一人が置いていかれてしまうんじゃないかっていう疎外感を感じているから。
まだまだ子供の我儘の範疇を出ない感情が、一直線に彼に向かっているだけ。
ああ、自分自身にブレーキがかけれない。こんなになるまで、いったいどこに惹かれたというのだろうか。(それが分かれば世の中の淑女は苦労しないのだけれども、)



溜息をもう一度。さっきよりも特大の深呼吸の後、何とも言えない鉛のかけらを押し出すようにしてみた。
なんとなくすっきりしたような気になりながら「よしっ」と気合を入れた。それが錯覚なのは重々承知していたけど、自分を騙すのも賢いやり方だと私は思う。
インラインスケートの留め具をきつく止めなおしてから大量のバーガーの入った袋を提げてローラーの一歩を踏み出した。









「やー!みんな頑張ってる!?」
「あ、鈴音!」



色つきアイシールドを外して緩く手を振ってくれる俊足ヒーロー。練習で流れた汗はスポーツマンらしく爽やかに彼を縁取っている。動悸が声にまで伝染しないように賑やかに土手を滑り降りる。両手に掲げ持った大量の袋を渡すべく。
ジャンクフードの濃い匂いにも負けない熱気を纏っては霧散していく空気が何よりも胸を高鳴らせていく。ああ、本当に悔しいな。こんな風にドキドキしてるのは自分だけで、駆け寄って優しく笑ってくれる彼は全然なんだろう。
随分損をしている気がする。羨ましく、そして悔しい。なんて複雑に絡まりあう感情!
やっぱりこんな時、私は思わずにはいられないのだ。



「…セナ、楽しい?」
「うん…、みんなで頑張ってるからね」
絶対!クリスマス・ボウル!そう言ってにっこり。反則的に格好いい、そう思ってしまう私は重症だ。
「そっか…、うん!絶対!クリスマス・ボウル!」
ガッツポーズを取った拳をガツンと当てる。グローブ越しに伝わる掌は段々と節ばっているようで不意にドキンと胸が揺れた。
「私も、男の子に生まれればよかったかな…」
彼に対する気持ちが変わったわけじゃなく、それを含めて思ってしまう。あまりにも強く思い過ぎたのか、不覚にもポロリと気持ちが音になって転げてしまったみたいに。



キョトンと目を丸くしてセナが停止した。純粋な願望とも言えた。もし、もし私が男であったなら、きっと色んなものを共有し共感できたのではないか。それは恋をするよりも密度の濃いものではなかったのかと、ありえない仮定を頭に並べては消していく。
情けない「ありえない」話。だけど、どうしても思ってしまう。

「鈴音が男の子に?」
きっと小さな呟きだったそれを零さずに受け止めてくれる。なんだか、それだけでもう十分なような気がした。自分でも分かっているのだ。どれだけバカバカしい思いだったのか、とは。だって私は女で、セナは男で、ここでIFの話をしたって現実は何も変わらないんだから。
つまんないこと言ってごめんね、セナ。ほら、練習再開するよ頑張って、と、そう笑顔を作り送り出そうとしたら思わず息をのんだ。だって、だってとても真摯な瞳が私を地面に縫いとめるかの様に注がれていて!
「それは、ちょっと、困る…、かな」
え、と確認するように目線を上げても既にアイシールドを付けて駈け出そうとしていたセナには答えを貰えなかった。




男の子に生まれたかった、なんて
言えば、セナはどう思う?


答えは貰えなかったけど、今ならデビルバットの羽で空を飛べるんじゃないか。
そんな含み笑いで土手のヒーローに手を振った。













(もうほんと、だいすきだよセナ!)



W e   d o   n o t   k n o w   d e s p a i r   t o d a y   e i t h e r .