「またいない……へなちょこめ」
朝日が差し込み頬をなでる温かさに目が覚める。
隣にいるはずの婚約者は一足先に起きたようだ。
自分の寝覚めが悪いことも、今頃コンラートと城内を走っていることも知っている。
それを知って、ぼくも一緒に走るから起こせといったが無理だったことも。
だからといって一回ぐらい優しい声で起こしてくれてもいいようなものだ。
「まったく、朝から走って何が楽しいんだユーリの奴」
「あー腹減った〜! うわっ ヴォルフラム、なんで不味そうな顔で」
「ふんっ」
皿の上のハムを口に放り込んだ。
「せっかくの朝飯なんだからさ」
コンラートが椅子を引き、ユーリの前にもパンと目玉焼きの朝食が運ばれる。
「ヴォルフは寝起きが悪いんですよ、ユーリに起こしてもらえなかったから怒っているんで す」
「起こしても起きないくせに」
「婚約者なのだから起きるのを待って、ベッドの上で甘い時間を過ごすのが当たり前だろ う」
ゴフッと果実のジュースをユーリが吹き出した。
「甘い時間って……男同士で何するんだよ、何を!」
「ユーリ! 食事が済んだら馬に乗るぞ、ぼくが教えてやる」
ユーリの視線がコンラートに動く、コンラートは黙ってカップをすすっているだけだ。
まったく何かというとコンラートを頼る、おもしろくない。
「眞魔国の魔王たるものが馬にもろくに乗れないなんて恥だ」
「ユーリ、背筋を伸ばすんだ、手綱を引いて。違う、そうじゃない」
馬の背に乗り、後ろからユーリを支えながら手を添える。
「そんなこと言われてもさ〜、自転車みたいには、行かないんだよ」
「馬と心を合わせればおのずと呼吸が合うはずだ」
はぁはぁと怪しげな呼吸をはじめる、ユーリ…そういう意味じゃないんだが。
「もういいよ、馬に乗るときはさ、コンラッドに乗せてもらうから」
「いっつもコンラートを頼るのはやめろ!」
つい声を荒げると、驚いた馬が嘶いた。
バランスをくずした自分の視界が揺らいだ、ユーリの伸ばす手がゆっくり遠ざかるのをみ ていた。
「……っく」
「ヴォルフ! ちょ…誰か〜〜ぁ!」
城の者が何処からともなく現れて抱えられる。
「閣下大丈夫ですか!? どこか痛いところは?」
「ぼくは大丈夫だ、ユーリは!?」
「ゴメン! おれは平気。どっか怪我してない?」
ユーリの手がぼくの手や足を心配そうにさする。
なんでお前が謝るんだ。
「大丈夫だ! これくらい。……っ」
背中から左手に痛みが走る。
「落馬のときに強く打ったのでしょう、とっさに受身をとられたのでしょうね、骨に異常は ありませんよ。
さすが、閣下です」
だったら、落馬などするものか。
――――――くやしい。
なにが?
「ほら、城に帰って手当てしなきゃ」
「ああ……」
しぶしぶ、城に帰り、簡単な癒しの術を施してもらった。
部屋に帰ると、ベッドに座り込む。勢いよく腰を下ろしたせいか腕が痛んだ。
ユーリが隣に座ると、ぼくの服に手をかけた。
「ぼくに触るな! 着替えくらいできる!」
思わず、その手を払いのける。
「だって、手痛いんだろう?」
「そんな目で見るな! お前に哀れんでもらわなくてもかまわない」
「おれはそんなつもりじゃないよ、なんで怒ってるんだ。 助けられなくて悪かったって 思ってるんだよ」
「助けるだって? ユーリが?」
へなちょこのくせに何をいう。
鼻で笑ってやる。
「だって、怪我なんかさせちゃったし。痛い思いさせちゃっただろ」
慰められるようなセリフがカンに触る。
どいつもこいつもぼくのことを馬鹿にして!
「お前もかユーリ! 兄上も、コンラートもぼくのことは子供扱いで!
前線で指揮を取らせてなんかもらえなかった!」
「そりゃ、かわいい弟には危ないことさせたくないのは当たり前じゃん。
おれの兄貴だってそうだよ、……たぶん」
「部下の兵だってそうだ、危ないから下がって、だなんて。
ぼくはずっとこの国を護るって決めたのに気がつくと誰かに守られていたんだ」
驚いた顔でぼくをみるユーリに、今まで押し込めてた感情が爆発する。
「やっと、ぼくにも守るものができた。おまえはぼくが守る!」
「…ヴォルフ…」
「おまえはぼくと一緒にいればいいんだ!」
いつものユーリなら、怒り出すと思った。でも、静かに微笑んだ。
一瞬、その表情が母上に似ている、と思った。
「ヴォルフラム、淋しいんだろう」
「なっ! いきなり何をいう! 失礼だな、ぼくはっ」
ふわっと、ちょっと戸惑いながらだけど、ユーリの腕がぼくの体を包んだ。
「おれは、ヴォルフラムのこと頼りにしているよ。ってか頼りまくっちゃってるよ。居てく れないと困る。
コンラッドもギュンターもグウェンタルもみんな、おれ一人でなんかこの国でなんにもでき ないんだからさ。
守ってくれて、ありがとう」
照れくさそうな声でぎゅっと腕に力を込める。
そうじゃ……ない。
ホントに、なんにもわかってないなお前は。
そんなんじゃないんだ。
「ユーリ……」
「なに? ヴォルフラム」
「キス、していいか?」
「きす!? キス、ですか? 接吻ですか??」
慌ててユーリが体を離す。
「そうだ。やなのか?」
「それってほっぺにちゅーってわけないよね? ……口? マウストゥマウスってやつ?」
「あたりまえだ」
ゴクリとつばを飲み込んで、まっすぐにぼくをみる。
「い、いいよ。でも男同士だかんな!」
「ごちゃごちゃうるさいぞ!」
ユーリの肩を掴んで、唇を重ねる。
「う…、ん」
緊張してるのか、こわばったままの唇。
ユーリ、力を抜いてくれ……。
そっと耳の後ろからうなじをなでる。
「ん…ふ」
緩んだ唇に舌を差し込んで、歯をなぞる。
かすかにぼくの腕に触れるユーリの手に力がこもった。
息苦しさに少し開いたところに割り込ませた舌を咬まないようにしてるユーリが愛しい。
「ちょ…っと待った〜〜!」
いいところだったのに、ユーリはぼくの体を押し離しベッドの端まで後ずさる。
「なんだ、せっかくこれからだったのに」
「お前! その先までなんかしようとしてただろう!
ああ、もう! なんか気持ちイイとか思っちまったじゃないか〜〜!
だめ! 絶対ダメだかんな!! おれまだ未成年だし! 女の子としたこともないのにーーー!」
「まったく、尻軽なくせに恥ずかしがるとは、かわいいなユーリは」
まぁ、いい。時間はたっぷりあるから。
ぼくが守ってやると決めたんだから。
いろいろ教えてやらないと。
「かわいいとかお前に言われたくない!」
「わかったから、寝るぞ」
痛くない右手を差し出す。
「な、なんにもしないな?」
おずおずとぼくの手を掴み近づいてくる。
「しない、そのかわり今日はこのまま手を繋いで寝てやる」
「手繋いでって寝づらいよ」
「ぼくがベッドから落ちて傷めた腕をだめにしていいのか?」
「わーったよ! わかった! 今日だけだからな」
ユーリと手を繋いで、柔らかい布団にもぐりこむ。手のひらの温かさが気持ちいい。
「元気な子が産まれるといいな」
うとうとしながら呟く。
「へ……?」
「知らないのか? 愛し合う二人が誓いのキスを交わして眞王に祈ると子供を授けてくださ るのだ。
こうして手をつないで眠ると朝には子供が届けられるんだぞ」
「えええええ〜〜〜! 男同士なのに!? っていうか、それってコウノトリとかキャベツ 畑とかマジで???」
ぐぴぴ、すーぴー。
☆
「子供の…つくり方…ですか?」
「や、だから、その……魔族の皆様はやっぱり違ったりするのかな?」
「陛下の世界ではおしべとめしべが…」
「わかってるよっ コンラッド!
おれじゃなくて、その……ヴォルフラムが…、」
「知らないわけないじゃないですか。子供じゃないんだから」
「え?」
「ちなみに人間とすることは一緒です。じゃないと俺は生まれないでしょ?
からかわれたんですよ、ユーリは」
「ヴォルフラム〜〜〜〜!!」
終わり
(c)Tsukasa Ichinose