▼ 仮装

華の亡骸/キヌ)

恥ずかしがる月にプリプリ可愛らしく怒られながら、風呂から上がって。
そこにあった・・・服。

「・・・」
「早く服・・・竜崎?」
「・・・」
「どうした?・・・さっきワタリさんに頼んでただろう・・・?」

ここで手錠に繋がれだし、月とワタリも対面した。
私の身の回りの世話をしてくれる優しい執事、おそらく月はそんな感じでワタリを把握している事だろう。
事実、私に付き合えるワタリへと、尊敬の瞳を送っているのも度々見かけていたし。
月はワタリをいい人、凄い人、と思っているようだが。
・・・ワタリ・・・。

「・・・月くん。」
「何?早く服を・・・」
「ええ・・・今日はハロウィンですしね・・・ワタリが・・・気を利かせて仮装を用意してくれたようですよ。」

洗面台に置いてある一枚のメモ用紙。
その下に・・・ある仮装を私は両手で持ち上げ、月を振り返った。

「はい、どうぞ。」
「・・・は?・・・え・・・?」
「どうぞ。」

両手を差し出すと、パチパチっと瞬かれる長い睫毛。
きょとんっとした瞳が手の上に落とされたのは一瞬、すぐに月は私へと視線を戻し、訝しげに細い首を傾げた。

「どうぞって・・・竜崎・・・」
「何でしょう?この仮装では問題でも?」
「問題っていうか・・・いや、そもそも・・・どの仮装?」

・・・どの仮装、か・・・。
難しい質問だ。
黒猫とか魔女とか包帯のみ着衣でミイラ男とか、そういうのが月には似合うんじゃないかと思う。
が、あまり奇抜なものを選択すると着たがらないだろう。
月が袖を通す事を了承するような、且つ、私が好むようなもの。

「・・・修道士・・・」
「は?」
「修道士、の仮装服ですよ。・・・畳んであるので、よく分かりませんか?では・・・」

修道士の服。
・・・いいじゃないか。
ハロウィン、ハロウィンと考えて、咄嗟に口をついたコスプレだが・・・月には似合うと思う。
丈の長いワンピースに、ケープに、十字架のクロス、禁欲的な雰囲気が艶かしく月を飾ると思うから。
私は両手の親指と人差し指を物を抓む形にして、目の前に掲げた。

「このような感じの・・・修道士の服です。」
「・・・竜崎・・・」
「似合うと思いますから、どうぞ。」

両指を額の辺りまで上げる。
と、その指に抓まれている服が壁になり、私から月は見えなくなる筈なのだが。
見える。
純粋に不思議がっていた無垢な表情から、疑惑に眉を顰めた表情へと変化した月が。
警戒するような、怯えのような眼差しで、ジリっと一歩後ずさる月が。
顔だけではなく、湯船に温められ上気した肌とか、濡れたタオル一枚で隠されている危なげな細腰とか、月の姿が全部。
何の妨げもなく、見える。

「・・・竜崎。」
「はい、何でしょうか?」
「ない。」
「ない?何がないのでしょう?」
「服、が。」
「・・・服が、ない?」
「何もないじゃないか。」

月が問題なく見える理由、月が嫌そうに瞳を歪める理由。
私の手に何も持たれていないから。

「・・・ありますよ、修道服。」
「ない!どこにあるって言うんだ!?」
「ここに。」
「はあ!?」
「見えませんか?」
「見える見えないじゃなくって、ないってば!」

困惑に戸惑い、どう反応していいか分からず硬直していた思考が動き出したのだろう。
目を見開き、月は声を荒げたが、もう私はやってしまった。
ここで退く訳にはいかない。
私は両指で抓んでいた服を、手錠の繋がれていない左腕にかける・・・動作をして。
ワタリが残した一枚のメモを月へと突きつけた。

「ワタリが用意してくれた服ですが・・・見えませんか?」
「だからないって言って・・・え・・・ええっ!?」

月はワタリを尊敬している。
優しくて、心が広くて、有能で、立派な人間だと思っている。
が・・・残念なお知らせだ、月。
ワタリはあれで結構怖い。

達筆で認められたメモに、ぎょっと目を剥く月。
そこに書かれているのはたった一文。

『キラには見えない仮装を用意いたしました。』

「なっ・・・何、言って・・・ワタリさんっ!」
「月くん、もう一度お聞きします。」
「え・・・ちょ、ちょっと待てよ、竜崎・・・っ」
「この修道服、見えませんか?」

言うまでもなく、私にも何も見えない。
つまり、ワタリは何の服も用意してくれなかったのだ。
この一文を書いた紙を置いておいただけで、服の手筈を整えてくれなかった。

・・・ケーキ駄目にしたからか・・・?
例え不慮の事故とはいえ、時間と気持ちを込めて焼いたケーキを駄目にされたら、ワタリだって不快に思うだろう。
その上、掃除もせず、不快感を押し殺して淹れ直してくれたお茶だって飲まず、服の用意を命じて、月を風呂場に連れ込んでしまったし。
そもそも服なんていくらでもクローゼットにあるのだ。
自分たちで用意もしようともせず、ワタリの仕事を増やすような事をしてしまった私たちが悪い。

だからこのメモ。
これはただの意趣返し。
服ぐらい自分たちで用意してください、という訴えを含んだ、ハロウィンのいたずら。
メモを見た私がすべき行動は、大人しく服を取りに行く事だったが。
もう、やってしまった。
瞬間、頭に浮かんだ欲望のまま、動いてしまった。

「・・・見えないという事は・・・」
「えっ、ちょっと・・・竜崎、何を馬鹿な事言ってるんだ!?」
「馬鹿な事じゃないですよ。私には見えてるのに、月くんは見えないと言う。」
「だって本当にないだろう!?」
「それは・・・キラという事ですか?」

このメモを上手く利用すれば、月に服を着せずにいられる。
この服が見えないというのはキラだから、と・・・脅せば、月は見えるふりをするかも知れない。
何も着ていないのに、服を着たふりをするかも知れないのだ。

童話と同じ事をしようとするなんて馬鹿げている、という自覚はある。
聡明な月相手に実現する可能性は低いと分かっている。
だが・・・私はその数パーセントの確率を望んでしまった。
普段着だって似合う、普段着にケーキを被った格好だって艶かしい。
スーツは脱がしたくてムラムラするし、ヴィクトリアンドレスのような繊細でありながら華美なものこそ月には相応しい。
そう、思いはするが・・・やはり、一番月に似合う格好。
裸。
類稀れな美貌から月は何でも着こなすけれど、何も身に纏っていない、ありのまま、生まれたままの月に勝る格好など、私はないと思う。

「キラって、そんなっ」
「でもそうでしょう?月くんはこの服・・・見えないんですよねぇ?」
「そ、んなっ、おかし・・・っ」
「見えないんですよねぇ?それとも見えましたか?着ますか?」
「ワ・・・ワタリさ・・・」

青褪めだした顔色、額から流れ出す汗。
身に降りかかっている危険の全貌を理解し、じりじりと後ずさりながら、月が救いを求めるように呟く名前。
だが、無駄。
ワタリは来ない。
ケーキを落とした月も同罪とみなされてるから、ワタリは来ない。
と、思わず口の端を吊り上げつつ考え、不意に頭に浮かぶ疑問。
・・・同罪、じゃないのか・・・?
ワタリの小さな反逆でこの行為は行われたと思っていたが・・・もしかしたら違うのかも知れない。
メモを実行すれば、今日一日私は月の裸体を拝める。
とても素晴らしいものを見て過ごせる事になる。
これは・・・ワタリから私へと贈られた誕生日プレゼントなのか。

「よくやった、ワタリ・・・!」
「な・・・何がよくやっただ!」
「いえ、こちらの話です、申し訳ありません。さて、月くん・・・どうしますか?」
「っ!く・・・ぅ・・・」
「着ますか?それとも見えないと言い張りますか?」
「言い張るって・・・うぅ・・・」
「月くん?」
「・・・み・・・見え、た・・・」
「!・・・それは、素敵な事で・・・ならば、着替え手伝いま」
「でも、その仮装は着ない!」
「っ・・・月くん・・・」
「ワタリさんには申し訳ないけど、いつも通りの格好させてもらうよ!」

・・・さすが月・・・。
悔しそうに瞳を揺らしたし、落ちるかと期待してしまったのだが。
困惑の中にあっても聡明な月の頭脳が導き出した答え。
気丈に睨み上げ、引き攣りながらの笑顔で告げられた言葉に、私はギリっと親指の爪を噛み締める。
さて、どうするか。

「ワタリさんには僕から後でお礼と謝罪しておくから・・・それで問題ないだろう?」
「・・・」
「さ!クローゼットまで付き合ってもらうよ、竜崎!」

いつもとは逆に、私を手錠で引っ張りながら歩き出す月。
子供の駄々のように体重をかけて引き止める事は出来ない。
今は引かれるまま、ついて行くしかない。

元々裸の王様が実行される可能性は低いと思っていた。
が、その低さでも賭けたいと思うほど、期待もしていたのだ。
容易に諦める事は出来ない。
どう脅して、基、どう説得するか。
ワタリの好意を、は先手を打ち、月が謝罪すると言ってきているから、使えない。
ハロウィンだから少しぐらい、と言ったって、捜査は遊びじゃないと返されれば、月が正論の為、負ける。
この、見えない服、ない服を着せる方法。
ワタリが折角用意してくれた、今迄で一番素晴らしいプレゼントを堪能する方法。
・・・強硬手段に出るしかない、か。

「・・・月くん。」
「ん?なっ・・・に・・・?」

肩に手をかけ振り向かせると、月は警戒に身を硬くするが。
月の頭上から月の足元まで、体のラインに沿わせつつも、触れずに下ろされる私の両腕の意味が分からなかったらしい。
拍子抜けしたように力を抜き、寄せられる眉根。
一体何、とでも言うような飽きれた表情の月へと、私は口の端を吊り上げてみせた。

「今、着せました。」
「は?・・・え・・・」
「月くんにも見えているのですから、言うまでもないと思いますが・・・修道服、着せて差し上げました。」
「っ!りゅっ、うざき・・・っ」
「わざわざ脱ぐのも、そして服を取りに行くのも面倒ですし、もうクローゼットには用ありませんよね。さあ月くん、先ほど落としたケーキの後片付けでもいたしましょう。」

瞬時に怒りと羞恥で顔を真っ赤にさせた月に、考える時間を与えてはいけない。
今度は私がグイっと手錠を引き、部屋の中心部へと月を連れ、歩みだす。
私の勝ちだ。

「っ、っ、着・・・着てない、だって・・・ホラ、手錠嵌めてるし!」
「・・・で、外せ、と?」
「い、いつも服着替える時は、外すだろ・・・な?」

外したら、クローゼットへ走り向かう気なのだろう。
そんな容易に分かる企みを、私が許す訳ないじゃないか。
私は足を止め振り返ると、顔を真っ赤にしつつ冷や汗を流す、という器用な事をしている月へと手を伸ばした。

「腕ですね。私が通してあげま」
「ぃ・・・や!」
「ライッ」

腕を捕らえて、手錠を一瞬外し、すぐ嵌め直す。
それで対処出来る、と行動に移したのだが・・・月は一体何をされると思っているのか。
指が触れる前に短い悲鳴を上げ、踵を返し逃げる。
勿論まだ手錠は嵌めたままで、私からは三メートルも離れられない為、逃げ隠れは無理だと・・・油断した。
月の背後にドドンっと置かれている巨大かぼちゃのお化けかぼちゃ。
2、300キロはありそうで、こんなものでお化けかぼちゃを作ったワタリの腕に感服しかけるが。
その刳り貫かれた上部から、ひょいっと身軽に内部へと飛び込む月。

「っ・・・月くん・・・」
「ワ・・・ワタリさんーっ!」

いくら巨大とはいえ、内部に成人男性が入ればそれでほぼ一杯。
目や口など限られた入り口からでは手を伸ばしても抵抗しやすいし、篭城するにはもってこい。
月は裸で過ごす危険を目の前に、真っ向から立ち向かおうとするのを諦めたのだろう。
こちらを警戒しつつ、ワタリの名前を呼ぶけれど。

「・・・まぁ、そういうのも嫌いじゃないです。」
「え?ちょっ、竜崎、無理っ!絶対無理だからっ」

狭いところで密着するのもまた愉しいじゃないか。
それに、もうこれ以上逃げ場がないのも都合がいい。
月を踏まないようにだけ注意しながら、私もお化けかぼちゃの上部から身を捻じ込めだした。

「ちょ、竜崎、無理!嫌だ、入って来るなっ!」
「・・・いやらしい台詞ですね・・・」
「何が、どこが!?っ、もう・・・ワタリさんっ、ワタリさんっ」
「月くん、危ないので暴れないで・・・」

私に身を任せ、密着し抱き合えば、不可能ではないと思うのだが。
月の必死の抵抗に、グラグラ揺れる・・・それどころか、ミシミシ不穏な音を立てるお化けかぼちゃ。
でも、大丈夫。
ワタリは気を使って現れないだろうし、捕まえてしまえばすぐに月の抵抗も止む筈、と。
強引に上体を内部に捻じ込み、月に覆い被せた時、私たちの周囲でビキビキッと繊維の裂ける音がして。
内部を刳り貫かれ脆くなっていたかぼちゃが、砕けた。

「う、重っ、ってう、そ・・・っ!」
「え・・・っ」

メキメキッ、グシャッ、と随分と大きな音がしたと思う。
が、内部の窮屈な場所から際限のない広い空間へと居場所を変える事になった私たちへの衝撃はかなりのもので。
砕け散ったかぼちゃの上、身を重ね合い、衝撃と混乱に言葉をなくしていると、カチャリと離れた場所から音が聞こえてきた。

「うぅ、重、いからっ」
「・・・」
「あ・・・ワタリ、どうし・・・」

音の発信源は扉。
そこから身を現したワタリへと、どうした、呼んでないぞ、と告げようとして・・・私の声は途中で途切れる。
ワタリの静かな静かな、もしかしたら私以上に感情を隠す事が上手い瞳。

「・・・竜崎、月様。」
「ワ、ワタリ、あの・・・」
「あっ、ワタリさん、助け、て・・・」
「少々やり過ぎでございます。・・・ケーキは後片付けの後で、持ってまいりますので。」

部屋の状況を一瞥した後、ニコリと穏やかに微笑みつつ告げられた言葉。
怒りなど欠片も見つからないのに、逆らう事を許さない強さを秘めたもの。
何一つ見える変化はないのに、普段と全く違う事を月は悟ったのだろう。
・・・ワタリの怖さに、気づいたのだろう。
一礼し、部屋から立ち去るワタリを、私たちは恐怖を共感しながら見送って。

「・・・りゅ、うざき・・・」
「・・・はい・・・」

今の姿の羞恥も、かぼちゃが割れた衝撃も忘れ去ったらしい月の、でも微かに震えた声。
プレゼントではなかったらしい、裸体の月の上から・・・私はワタリに命じられた掃除をする為、大人しく身を退けた。

≪ END ≫

もう一度、最初から!

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