▼ 女装
(SS・セイロン紅茶/夕子)(絵・Eternal snow/snow)
「よせってば、もう」
美味しそうなクリームとスポンジから、似てはいるが食べられない石鹸の泡まみれになった月くんは、頭からシャワーを被って、髪に残っていた最後の生クリームを落としてしまった。
可愛い眼でこちらを睨みつけて、シャワーヘッドを脅かすように私のほうへ向ける。服を着たまま濡れるのは流石に嫌なので、仕方なく私は手錠を外してバスタブから離れた。と、それを見透かしたように、ドアが細く開いた。
コホン、と小さく空咳をして、ワタリが声をかけてくる。
「月さんのお着替えを用意いたしました」
「ご苦労、ワタリ」
「ありがとうございますワタリさん!!ほら、竜崎、濡れるから出てけよっ!」
背中をぐいぐいと押され、仕方なくバスルームから出た。私の足跡が、水気を含んで点々と残っている。
ワタリが、タオルの予備を棚から出して床を拭き始めた。
邪魔にされているようで(事実そうなのだが)、仕方なく脱衣スペースから出る。
私がいなくなった途端、バスタオルを腰に巻いただけの月くんが浴室から出てきた。
が、そこの棚のまえで、目を丸くして彼はしばし固まった。
確かにそれも無理はない。
ワタリに用意させたのは、三着の衣服。
レースもふんだんな蒼いドレスに、真っ赤な絹のチャイナ服、グリーンの、露出の激しいミニワンピース。
以前に月くんに着せたいと話していた会話を覚えていたのだろう。流石はワタリだ。
月くんは、他に着られそうな服がないか、辺りを見回している。しかし、完璧な執事のワタリは、バスローヴ一枚に至るまできちんと片付けていた。
「あ、あの、ワタリさん、その…」
「月さん、お着替えは用意してございますよ?」
ワタリがにっこりと月くんに微笑みかける。
「今夜はお祝いの日ですので」
「ああ、ハロウィンですよね……」
“この衣装が、仮装のつもりなのか?”
月くんの目には、そんな躊躇いと非難が篭っていただろうに、その視線をあっさりとかわして、ワタリは濡れた床を拭き終えるとドアの前で一礼した。
「では、私は竜崎のバースディケーキをもう一度焼いてまいります」
「あ、すみませんワタリさん、本当に僕の不注意で…っ」
「いえ、月さんはお気になさらず。失礼いたします」
そのままワタリが立ち去ると、月くんははっと顔をあげた。
ワタリのヤツ、余計なことを……。
聡い月はあれだけですぐに察したらしかった。
「てっきりハロウィンの祝いかと思ったら……竜崎…、あいつ、今日が誕生日だったのか」
月はしばらく腰にタオルを巻きつけた格好で立ち尽くしていたが、意を決してそろりと腕を伸ばし、服の袖を通した。
※
バスルームから続くドアの前で、ワタリと鉢合わせしそうになり、私は慌てて居室へと戻った。
ワタリが、私にも新しいケーキを焼いてくると告げて、スィートから出て行く。
しかたなく、ソファに膝を抱えて座り、手持ち無沙汰に爪を噛む。
月くんは……遅い。中々出てこない。
どうした?のぼせたか?いやそれはない。ワタリが来た時点で浴槽からは出ているはずだ。
外には夕闇が迫っている。少し落とした照明の下では暗く感じるかと、私は灯りのスイッチを入れようと腰を上げた。
そのとき。浴室から続くドアが、控えめにキイ、という音を立てた。
「ら……月、くんっ…!」
「な……なに? これ、変?」
「変だなんて!!とても素晴らしいです、よく似合いますっ!」
「似合…はは、それ褒めてないよ」
ワタリに用意させはしたものの、月くんのことだからきっとタオルを巻きつけたままで出てくるかと思っていた。
まさか、まさか進んで月くんが着てくれるとは!!
………感動です。
月くんが選んだのは、真っ赤なチャイナドレス。
三着の中では一番地味に見えたのだろう、けれども肌にぴったりと沿う絹の光沢が身体のラインを際立たせて、太ももの真ん中まで入った深いスリットとともにその肢体をなまめかしく彩る。
スリットの間から見えるレースのガーターベルトが、白い肌に映えて眩しい。
恥ずかしげに頬を染めて、凍りついたようにドアの側に立ち尽くしたままだ。
「し、仕方ないだろ?これがバースディプレゼントだからな 」
「はい、今日は最高の誕生日です!こんな素敵なプレゼント…を……?」
「さっきのケーキ、バースディケーキだったんだろ?ハロウィンのじゃなくて」
「月くんっ…!!」
「誕生日おめでとう竜崎。……今日だけ、だからな?」
今日が私の誕生日だから。私だけのために着てくれたのだ。
思わず駆け寄り、その肩を抱きよせた。
「ごめん。せっかくのバースディケーキをめちゃくちゃにしちゃって……。でも、ハロウィンのだと思ってたんだ。そういえばあのケーキにはかぼちゃが飾っていなかったよな。ハロウィンのケーキならかぼちゃとオレンジピールで作らなくちゃ。完璧主義のワタリさんにしては変だと思ったんだ…」
私の腕の中でくるりと後ろを向いて、照れ隠しの様にぶつぶつと呟くかわいい唇を塞いでやった。
「こちらを向いて、よく見せてください」
「……恥ずかしいから、嫌だ」
「月くんがプレゼントなのでしょう?でしたら、その姿を堪能させてください」
深く切り込んだスリットへ、腰を抱いていた手を滑らせる。白い太股が露になるのも厭わず、差し入れた手で彼の臀部を撫で上げると、噛み締めていた彼の唇からはあえかな喘ぎ声が漏れた。
「やだ、竜崎…っ」
こんなところで、と続きそうな言葉尻だった。私の手を嫌がっているわけではない。その証拠に、スカートの前部分を僅かに持ち上げて、月くん自身が主張するように頭をもたげている。
身動ぎして壁に手を付いた月くんに、そのほうが動きやすいかと、後ろから彼の背中に身体を密着させ、彼の引き締まった尻の狭間に、私の猛ったモノを押し当てて、亀裂に沿って擦り上げた。
すすり泣くような、かすかな喘ぎが桜色の唇から漏れる。
汗で濡れ、張り付いて肌を透かすチャイナドレス。 ぷくんと勃ち上がった胸の突起が手に取れるようだ。
月くんが手を付いた壁は全面ガラス張りになっている。柔らかな間接照明に照らされて、窓外の夜景に重なるように私達の姿が鏡の如く浮かび上がる。
その鏡面に映っているのは、視線を彷徨わせている、今にも泣き出してしまいそうな、切なそうな瞳。
ガラス越しに見詰めあい、その瞳に甘い色が宿るまで、両脇にあいたスリットから、片手を後ろに、片手を前に回して月くんを可愛がった。
握りこんだ彼は私の手の中で脈打ち、気持ち良さそうに涙を滲ませ始めている。
息を詰め、首を俯けて羞恥を表す月くん。その視界の先には、スリットの部分から持ち上がったドレスがある。その布の下で、動く私の指も彼自身も、彼からは見えないままだ。
目の前に差し出された桜貝の耳朶を甘噛みした。また甘い声が漏れる。私の指の動きに合わせたように、月くんの指先が震えて、何かに縋ろうと強張り、そして虚しく空を掴んだ。バランスを崩した彼は、私に腰を支えられるようにして辛うじて立っている。
「ああっ……りゅ、ざき、もうっ…」
頬までガラスに摺り寄せて、涙を浮かべた彼の腰を引き寄せ、スリットを思いっきり捲くり上げると。
猛りきった私のモノを押し当てて一気に貫いた。
「ああーーっ!」
ガラスが息に白く曇るほど甲高い悲鳴を放ち、腰を打ち込む私の動きと同じタイミングで、白くて細い、繊細な指が握りこまれる。
私を胎内に含んだまま、細腰が大きく跳ねる。中がぎゅうっと窄まって、痛いくらいに私自身を締め付けて。
一瞬背筋を強張らせ、彼はがくりと膝の力を抜いた。
立っていられないほどの快感、なのだろうか。
「いや…あぁ」
捲くり上げた真紅のスカートの下で、高く掲げた細腰に私のモノが根元まで飲み込まれているのが良く見える。腰を抱えたまま抜き差しすると、ぐしゅぐしゅと濡れた音を立てた。
「く…っ」
「唇を噛んではいけませんよ月くん」
貴方の可愛らしい喘ぎ声が聞けなくなるじゃないですか。
「あんっ、やだ…凄く深いっ、お前、入って…っ」
「でも、それがいいのでしょう?」
ガラスから離れた腕を高く上げ、私の首に縋らせて、噛み付くように締め付けてくる。
汗で貼りついた絹の上から乳首を捏ね回し、指先で抓めば腰をくねらせて喘ぐ。前に回した手でペニスの尖端をくちゅくちゅと擦れば、私を締め付けていた後孔が益々きつくなった。
「いやあ…っ」
夜の闇に浮かぶネオンの海の中に、くっきりと繋がった私たちが映しだされる。
私はさらに激しく突き上げ、月くんの上体を起こしてガラスに凭れさせた。
「や…っ、はあ…んっ」
「見てごらんなさい、月くん。なんて綺麗なんでしょうね」
貴方は。
頬を染めて私のモノを咥えこみ、悦楽に喘いでいる彼は、瞳を閉じたままだ。
眼下に広がる街の灯りがチャイナドレスのきらびやかな刺繍と重なって、ガラスの中の月くんは輝くばかりの美しさだというのに。
「ちゃんと見てください。その綺麗な目で見ないと、達かせてあげませんよ」
先から雫を滴らせている彼の根元を指で締め付けた。
「い…っ、痛い、竜崎、や、だ…」
「ほら、目を開けて」
「ひぁ…っ」
私を咥えて離さない、後孔の縁を指でなぞった。あかく色付くそこは、襞が伸びきるほど一杯に咥えている癖にまだ欲しいというかの様にひくひくと収縮している。
「気持ちいいでしょう?」
「あぁ…んっ、い…いいっ、竜崎、もう、お願いだから」
磨きこまれたガラスの中で、彼がゆっくりと瞼を開ける。
長い睫が震え、瞳が赤く光ったように見えた。
……その紅い虹彩に惑わされて、一瞬の躊躇いの後私は彼を激しく突き上げ、いつものように泣き、喘ぐ彼の中に、猛りきった欲望を叩きつけていた。
※
差し込む光に目を射られて、私はもぞもぞと身動きした。
ああ、もう朝なのか。
ガラス越しに立ったまま月くんを堪能した後、ベッドに場所を移して明け方まで楽しんだのだ。
月くんもまだ足腰立たない状態だろう…もう少し、このまま抱きしめて…?
あれ?
隣には誰もいない。
そして、周りを見渡して気付いた。ここはいつものホテルの部屋ではない。
白とクリーム色に統一された部屋、ベッドはダブルだが、ホテルの部屋よりはかなり狭い。
どこだ?
寝起きの頭を抱えていたら、ドアがばん!と開いて、可愛い姿が見えた。
「ぱぱー!おはよう!もう、おねぼうさんだな!」
幼稚園の制服の上に水色のスモック、黄色い帽子を被っている月くん。
上半身を起こしてぼうっとしている私をみて、小さな可愛い指をびしっと突きつけてくる。
「ぼくはね、もうあさごはんもたべて、おきがえもじぶんでしたんだぞ!」
「ああ、凄くがんばりましたね、偉いです」
ああ、何で忘れていたのだろうか。この子は月くんと私の子ども――愛しいわが子ではないか!
ぷっくりとした可愛い頬っぺにおはようのキスを落として、私はベッドから抜け出した。
「ママはどちらです?」
「ままはきっちんにいるよ」
可愛い彼を抱き上た。「じぶんできがえた」と自慢するだけあって、靴下の踵部分が上を向いたままだ。ぷっくり膨れる靴下を元に戻してやりながら台所へと移動した。
果たして、其処には黒いエプロンを着こなした愛する妻がフライパンを片手に立っていた。
食卓では――あまり見たくもないが――私にそっくりのもう一人の子どもがとろとろと蜂蜜まみれのホットケーキをつついている。
「遅いぞ、竜崎。仕事に遅れたらどうするんだ?」
ピンク色の唇を可愛らしく尖らせて注意してくるが、昨夜散々泣かせたせいで目元はほんのりと色づいていて、朝からとても悩ましい。
我慢できずに、後ろから腰に抱きついた。
「う、うわっ、危ないって、今お前の分のホットケーキ焼いて…」
「仕事なんて行きたくありません。子ども達が園バスに乗ったら二人きりになれますか?」
「お…お前ね…っ」
朝っぱらから盛るのもいい加減にしろ!!と、月くんは手にしていたフライパンを私の頭上めがけて振り下ろした。
※
「流河!流河ってば、大丈夫か?」
目を開けたら、心配そうな月くんの顔がすぐそこにあった。
思わず腕を伸ばして頭を抱え込み、唇を重ねる。
「んーっ!!んふっ!」
私のいきなりの行動に慌てて月くんは私をぽかぽかと殴った。
「酷いじゃないですか月くん良人を殴るなんて…」
「誰が良人だ莫迦っ!!」
突き飛ばされ、しりもちをついて、周りを見回せば、よい天気に恵まれたテニスコートの真ん中だ。
テニスウエアから伸びるすらりとした足が目の前にある。
白い肌を無防備に晒して……私以外の者の目に触れる場所でそんな格好をするなんて、お仕置きしますよ月くん?
ああ、そういえば。
私が誘ったのだ、テニスをしようと。
大学で最初に手合わせして、「またテニスしたいね」と言っていたのを理由に、呼び出したのだ。
「大丈夫か、流河?打ち所がわるかったのかな」
「一体なんだったんですか」
「隣のコートから球が飛んできたんだ…それが、流河、お前の頭に当たって」
いきなり倒れた私を心配して、コートの向こう側から走ってきてくれたらしい。
夜神は膝をついて上体を傾けると、心配そうに私の後ろ頭に指を伸ばす。
瘤ができているのか、鈍痛がする。
「隣のコートの奴……下手なくせに、何でこうも見事に流河の頭に命中したんだろう」
美しい貴方とテニスしている私が羨ましかったんじゃないでしょうか。
言葉に出す前に、また黄色い丸い物体が後ろ頭に直撃して、目の中で火花が散った。
※
「竜崎?居眠りか?疲れているんじゃないのか」
夜神さんの声がする。
ちかちかするので閉じた目を開ければ、目の前には監視モニタがずらりと並んでいる。
「ちょっとうとうとしてしまいました。すみません夜神さん、何か情勢に変化はありましたか」
「部活動をしていた粧裕が帰ってきた。幸子が、食事の支度を始めたよ」
「月くんはまだ塾でしょうか……あ、帰ってきましたっ!」
中央の大きいモニタを玄関前に切り替える。
今日は暖かかったのか、上着を着ずに制服のままで、肩に鞄をさげて……玄関に取り付けたカメラの位置は悪いな、頭上からしか写らないではないか。これでは彼の表情が見られない。
彼の髪の色によくマッチした制服に、ボルドー色のネクタイが艶っぽい。高校生の癖に、何故こんなに色っぽいのだろう、夜神月。制服なのだから沢山の人間が着ている筈なのに、まるで彼のために誂えたようにさえ感じる。早く、直接見たい。会いたい。
「竜崎ー、局長ーっ、こっちで進展がありましたぁ、どうしたらいいか指示をくださいー」
いきなり部屋のドアが開いて、松田が飛び込んでくる。
しかし、夜神さんしか目に入っていないのか、床に伸びるたくさんの配線に足を取られて、モニタに釘付けの私の背中に松田が………。
※
「おはよう、竜崎」
「おはようございます、月くん。今度はどんな月くんですか」
「は?」
「どんな月くんでも、何歳の月くんでも愛してますから」
「朝っぱらから、何寝ぼけた事言っているんだ?」
声に呆れた色を含ませて、月くんが問いかける。
目を開ければ、いつものホテル、いつもの朝。
手錠で繋がれた先に、パジャマ姿の月くんがいる。
「はは、どうやら楽しい夢をみたようだな」
にっこり笑った月くんが、大きく伸びをした後ベッドから降りた。
鎖の届く長さギリギリで窓際へ寄ると、カーテンを開ける。
明るく爽やかな朝の光が差し込んできた。
「ああ眩しい!十月も今日で終わりなのに、暖かそうないい天気だよ」
「……十月の終わり?今日って、三十一日でしたっけ」
「うんそうだよ。それがどうかしたか?」
「…………。」
それでは、今までのは全部夢だったのか!?
考えてみればやけに月くんが優しかった気がする。全ては願望のなせる業だったのか。
いや、だが、これを正夢にすればいいのだ!
今はまだ朝だ。これから準備しても遅くはない。
今すぐワタリを呼び、バースディケーキを頼まなくては!
私は爪を噛むのをやめて、ワタリを呼ぼうとインターホンに手を伸ばした。
≪ END ≫
もう一度、最初から!
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