▼ トリック
(黒 71/みづは)
「お前にやる菓子はない」
キッパリとそう答える。
どうせ今日に限らず好きなだけ甘い物を食べてるじゃないか。そう続けようとして、周りの視線に気付いて口を噤む。皆して白けたような顔をして僕を窺うように見ている。ああ、そう。折角の楽しい雰囲気を僕ぶち壊したって事?
「では、trickで…?」
周囲の咎めるような視線に気を取られていると、竜崎が平たい声でそう言う。その声に首を捻り、振り返る。普段と変わらぬ無表情なのに…何だか楽しそうに見えて気味が悪いな、オイ。
スィッと僕の視線を躱し、フラフラとテーブルに近づいて行く。その仮装の所為なのか、頼りなく歩く姿は本当の吸血鬼みたいだ。いや、セッセセッセと皿にケーキを積み上げる吸血鬼なんかいない。ケーキに限らず、お菓子食べ放題じゃないか。さっきの質問は一体、何だったんだ…。
「月くんは食べないんですか?」
テンコ盛りにした皿を手の平に乗せた竜崎が思い出したように僕を振り返る。それに手の平を広げて見せる。
「何も出来ないよ、」
そう、僕の手には大きなグローブが嵌められている。野球に使うような物ではなく、フカフカと柔らかいぬいぐるみの手のような物だ。これでは何も掴めない。
竜崎は暫し、そんな僕を見つめてからペタペタと傍に戻って来る。そんな歩き方をするから折角のマントも風に靡かず、相当カッコ悪い…。
「食べさせてあげましょうか?」
その言葉は親切のようだが、僕はそれを断る。絶対に厭だ。
緩く首を振る僕に面倒臭そうな溜め息をつくと、皿を持ったまま再びペタペタと歩き出す。その後ろ姿を見送っていると、ドアの手前で振り返り「早くして下さい」と理不尽な言葉で僕を急かす。
「どこに行くんだ?」
「ハロウィンの余興としてはもう充分でしょう。着替えた方がいいですよ、それ」
続けて、目のやり場に困りますから、と意味不明な事を呟く。
何の事だか分からないが、それに逆らう理由はない。用意してくれたミサには悪いが、こんな格好でいいたらハッキリ言って落ち着かない。竜崎の後に続いてドアを潜り、隣の部屋に移動する。
苦労して両手に嵌めたグローブを外し、ズボンに付けてある尻尾を毟り取る。それだけでかなりスッキリした。続けて着替えようと思うが、背後から竜崎がケーキを突つきながらジッと注視して来るのに気付いて、手を止める。
「バスルーム借りるよ、」
「…どうぞ、」
低い返事に、入って来たのとは違うドアに向かう。ドアノブを捻ろうとして、その必要がない事に気付く。何故だか薄く開いたままになっていたのだ。怪訝に思って目を上に向け、大きな溜め息を吐く。
「なぁ、竜崎」
「何ですか」
「こういう事するのは精々、小学生までだと思うんだけど、」
ドアの天井近く。そこにはどこで調達して来たのか、白くなった黒板消しが挟まっていた。知らずにドアを開けたら頭から被っていたかも知れない。だけど、今時そんな悪戯に引っ掛るような間抜けもいないだろう。
一歩、引いてドアを押す。重力に従って黒板消しは落ちるが、それと同時に何かが僕の顔目掛けて飛んで来る。咄嗟の事だったので避ける事も出来ず、顔面でそれを受け止めてしまう。
ベチャ。
微かに濡れたそれは柔らかく、ぶつかっても痛みはない。ただ、物凄く不愉快だ。
僕の顔に当った物。それは、濡らしたコンニャクだった。糸で吊ってあるのだろう、ブランブランと重たそうに揺れるそれを睨み付ける。
「お前…」
クソ…。こんな屈辱、生まれて始めてだ!!
怒りに任せて振り返るが、予想していたより遥かに近い距離に竜崎の黒い目があって、慌てて身を引いてしまう。それに竜崎が更に一歩足を踏み出すので、鼻先が僕と触れんばかりになっている。近い、近過ぎる…!
ジリジリと下がるが、こんにゃくがペシンと後頭部に当るので足を止める。一気にバカバカしくなって、脱力してしまった。
「月くんがコチラを選ぶのは分かってました」
そうだろうな。そうでなかったら、こんな仕掛けを前もって用意する筈がない。何だか手の平で踊らされていたようで面白くないけど…真剣に怒っても疲れるだけだし、年に一度の事なんだから大目に見てやろう。
「これでお終いか?」
肩を竦めて訊ね返すと、竜崎が手を上げて肩に掛けたマントを外す。パサリと床に広がるそれを見下ろしていると、「そんな訳ないでしょう」と声がするので顔を上げる。いつの間にか首に掛けたリボンを外し、ぞんざいな手付きで襟を広げてる。そして上目遣いに僕を捕らえてニヤリと笑う。
「私は何の仮装ですか…?」
まるで僕の耳に噛み付かんばかりに口を寄せて、そう囁く。突き飛ばす気にもなれなくて「吸血鬼だろ」と返す。すると、耳許で竜崎がクスリと笑い声を上げ、僕に掛けられた首輪に指を掛ける。
「その通りです。だから月くんにこんな事してもおかしくないんですよね…?」
そう言うと、ベロリと僕の首に唇を押し当てて来る。余りの事に呆然としていると、そのままペロリと舌を這わせて舐め始める。
くすぐったい…!!
身を捩って逃げようとするのに、竜崎の手が僕の腰に回され、そう出来ない。必死になって抗うが、ペロペロと舐められる滑稽さにクスクスと笑い出してしまう。笑ってしまえば、何だか楽しいような気がして来るから不思議だ。
特別な日なんだから、許してやるか。
僕の態度に、竜崎が僅かに顔を上げて不思議そうな目で見つめて来る。それでも僕の腰に回した手を外さないので、思い切って寄り掛かってみる。今日だけはキラを忘れて祝ってやってもいいかな…。
「どうしたんですか、」
怪訝そうな言葉に笑顔で返してやる。
「happy birthday。L」
≪ END ≫
もう一度、最初から!
裏誕キーワード その7
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