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アルがよく発熱している事に気がついたのは、冷え込みも本格的になって来たここ数日の事だった。
どことなくぼうっとしている時の奴を見れば、いつもは透き通るくらい白い肌がほんのりと赤くなって見える。
ついこの前まで呑気にかわいい、としか思っていなかった自分が本当にバカに思えた。男で、手足半分冷たいつくりものの俺はアルの身体は柔らかくてあったかいのがデフォルトだと勘違いしていたけれど、それはちょくちょく熱を出していたからだったのだ。
「なあ、お前熱っぽくねえか?顔が赤いぞ」
食事の時にだるそうにしているアルにそう聞いてみると、そうかも、と小さく答えた。
「ちょっと疲れたり、冷たい風に当たるとこうなっちゃうんだ…でもすぐ治るから、大丈夫だよ」
「ええ?大丈夫だって?そんなしょっちゅう熱出してたらしんどいだろ?なんで言わないんだよ!」
抗議の色濃く、俺がそう問いただすとアルは拗ねたように答えたのだった。
「だって、兄さんてば『あったかくて気持ちいい』とか言うから…熱出してる位の方がいいのかと思って…」
いかん!アルの熱は半分は…いや、殆ど全て俺の所為かもしれない。
あったかふわふわなアルが大好きな自分自身に心の中で跳びひざ蹴りを喰らわせて、それから兄貴らしく、アルにこう言ったのだった。
「これからは寒い日と夜は外出禁止!やむを得ず外出する時は防寒に努める事!」

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それから俺はしばらく図書館で「家庭の医学大百科」を読みふけった。
それによれば、アルはどうやら抵抗力が他の人間よりも低いらしく、普通の人間ならばどうって事のないウィルスにも負けてしまっているらしい。
普通、人間は母親の胎内から生まれ出て母親から母乳を与えられる。その母乳の中には赤ん坊の身体がある程度の抵抗力を持つまで様々な病気から赤ん坊を守る成分がふんだんに盛り込まれているのだ。
だが、アルの今の身体はヒトの細胞から生まれたけれど、女から生まれた訳ではなく、当然母乳なんて飲んでない。だから、ほんのわずかな菌にも余分な力を使ってそいつらを排除しなくてはならなかったのだ。
だが、それでも身体が出来て魂を定着させてからしばらくは無理矢理部屋の中に閉じ込めて他の人間とも接触させなかったお陰で、ある程度には対応出来るようになっていたらしい。これが何のわだかまりもなく外に連れ回していたら、今頃どんな恐ろしい病原体に身体を冒され、再び肉体を手放す事になったかもと思うと、ぞっとした。

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俺はアルの為ならなんだって出来る。してやれる。
それからは、外から帰ればうがい手洗いは必須事項となった。特に軍部を訪ねた日は念入りに。あいつら、どんなひでえ菌持ってるか知れたもんじゃないからなぁ。ホークアイ大尉以外は。
そしてむやみにアルにちゅーしないように自分を戒めた。キスで感染る病気はゴマンとある。俺ですらアルにとっては雑菌の塊でしかないのかも知れないのだ。
大事なアル、自分の身体と引き換えだって惜しくはないほど、俺はお前が必要だから、どんな事だってしてやろう。

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冬の足音はひたひたと、この国を覆い始めていた。俺達の故郷のリゼンブールではもう初雪が降ったと今目を通している新聞が知らせてくれた。
石造りのセントラルの街は驚く程冷え込む。平均気温は東部なんかよりずっと高いはずだが、堅い地面から立ち上る冷気で俺の義肢の継ぎ目がちりちりと痛むし、アルの身体にだっていい事はなさそうだった。どこか暖かな場所に居住まいを移そうかと考えを巡らせていると、仕事から戻ったアルが手に持っていた紙袋をテーブルの上に置いた。
「アールー、うがいと手洗い、な」
紙袋の中に詰まった毛糸の束を横目で見遣りつつ、そうアルに声を掛けると、つまらなさそうな返事が聞こえた。
数分の後、儀式を終えたアルが俺の隣に腰を降ろす。そうして紙袋の中から毛糸を取り出して俺の目前にそれをかざしながら話し始めたのだった。
「あのね、セールで30%オフだったから沢山買って来たんだよ!これで兄さんに手袋とマフラー、編んであげるからね!」
そう言いながらアルは嬉しそうに笑う。俺達の故郷で作られた毛糸のその色は濃い赤で、もう生産が終わってしまったものだから、買った分しか在庫はないらしい。
「俺のなんていいよ。自分のを先にこさえろよ」
アルに寒さは大敵だ。俺なんか風邪だって滅多に引かないんだからと思ってそう言うと、アルはまあるい大きな目をもっと大きくして俺に抗議した。
「自分で作ったものを自分で身につけたって、全然楽しくないじゃない!誰かにこさえてあげるのが楽しいんだよ!」
そう言いつつも、アルはまず手袋を作り始めた。ちゃんと指が別れてるやつだ。
時折俺を呼びつけては、手の大きさを確認しながら編み進んで行く。数日して今度は自分の手の大きさを確認しながら編み棒を動かすアルの姿があった。
リビングのソファに腰掛けて編み物をする姿はかつての俺達の母さんそっくりだ。母さんは俺とアルが暖炉の傍で錬金術の本を読みふけるのをやさしく見守りながら、俺達の身につけるものを作っていた。だが、ある日、明らかに俺達や母さんが使うものではないものを編んでいたのだった。
暖炉の火の灯にほんのりと色付く母さんの横顔は、編みかけの作品を眺めて寂しそうに笑っている。やがて母さんは編みかけのそいつを編み棒から引き抜くと、ぽろぽろとほどいてしまった。
なあ、アルは母さんそっくりだけど、お前は母さんみたいにならなくていいんだ。
俺はろくでもない人間だが、あの男のようには決してならない。お前が望むだけ、お前の傍にいてやろう。

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二人分の手袋はどうやら出来上がった様子だった。次にアルが編み始めたのはマフラーだ。
どこまでもまっすぐに編み進めるだけだからアルくらい器用なやつなら一日もせずに編み上がると思いきや、それの完成はなかなかやって来る事はなかった。
アルはソファに腰掛けて、細いすべすべとしたひざ小僧を抱きながら編み掛けのマフラーをじっと見つめている。長さを確認してから眉根を寄せて、終いにはそれをほどき始めてしまったのだった。
ほどいた毛糸をきれいにまとめて、再び編み目を数えながらまっすぐに編み始めた。
アルはまっすぐそれを編み進めて行く。母さんとは違って諦めることなく。ゆっくりではあったけれど、幅と長さを何度も確かめながら、まっすぐ、まっすぐに。

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「わあ!雪!初雪だよ、兄さん!」
休日の朝、目が覚めると窓の外の風景は真っ白に変わっていた。
ゆうべ遅い時間に降り出した雪は明け方にはやんでいたけれど、気温が上がらないせいでそのまま綺麗に残っている。うっすらと家々の屋根やら、木々に積もる雪にアルは窓ガラスに貼り付いて歓声を上げていた。
「ねえ、久しぶりに外で朝ご飯食べようよ!この前見つけたあのカフェのモーニングが食べたい!」
この頃は編み物に熱中していたせいで、こんな風にはしゃぐアルの姿を見るのは久しぶりだった。寒い中出歩くのは好きじゃないが、アルが行きたいと言うのなら仕方がない。
「じゃあ、しっかり着込んでから行こうぜ。俺もお前も寒いのは得意じゃねえからな」
すると。アルはじゃあちょっと待ってて、と自分の部屋に駆け込んで、しばらくしてからまた戻って来たのだった。
アルが手にしていたのは、あの赤い色の手袋とえらく長いマフラー。
「ちょっと時間掛かっちゃったけど、出来たよ!さ、これ着けて!」
手袋は左右で大きさの違う俺の手にきちんと合わせられている。でも、アルが俺の首に掛けたマフラーは良く見れば一本しかない。俺はその、超ロングなマフラーを外すと、逆にアルの首に巻き付けて怒鳴ってやったのだった。
「お前のを作れって、言っただろ!」
「だって、毛糸が足りなくなっちゃったんだ!」
アルも負けじと俺に向かって声を荒げた。俺達は同じくらいの背の高さで互いに同じ色の瞳で睨み付けながらしばらくそのままでいたが、ふと、アルはにっこりと笑ってマフラーの端を掴むとそれを俺の首に巻き付け始めたのだった。一本のマフラーを二人で分け合う形になっている。
「なんだァ?お、おい…?」
アルのあったかい頬が俺の頬に触れた。風邪を引くからと、この頃は傍によるのも遠慮がちだった俺は、そのやさしい感触にどくん、どくん、と胸が高鳴った。
「…端っこの房の分だけ毛糸足りなくて…だったらいっそこうした方がいっしょにあったまれるし、いいでしょ?」
「…バカだな、毛糸なんてお前、いくらでも作れただろ…?」
「でも、この毛糸はボクが手にするまでに、リゼンブールの人達の手から、いろんな所を経てようやくボクの元に辿り着いたんだよ?…いろんな人の想いがこもってて、とってもあったかいんだ…それに…」
こうでもしないと、兄さん、ボクの傍に来てくれなくなっちゃったし。
不意に、俺はアルにとってちっともあいつの望みを聞いてやっていなかった事に気がついた。
確かにアルの身体は大事にしなきゃならないけれど、あいつが一番欲しがっていたものまで遠ざけていた。
触れれば感じる暖かさ、柔らかさ。俺の腕すらも、アルには必要な感触。
「…じゃ、行くか」
ぴったりとくっついたままで玄関に立つ。ドアノブに手を掛けたまま、顔を横に向けてアルにキスしてやってから、勢い良くドアを開け放った。
「真っ白!ボク達が一番乗りだ!」
全身が引き締まるような冷気の中、顔だけがほくほくと暖かい。アルの声を聞きながら、俺達はゆっくりと初雪に足跡を残しながら歩いた。
俺はろくでもない男だ。ひょっとしたら俺達の親父と同じくらいに。それでも、俺はアルの傍に、アルが望むだけいてやれる。
俺は手足半分冷たくてろくでもない男だけれど、その分だけ、アルはまっすぐであたたかでやさしいから。

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「なあ、お前が編み物してる所見てて、母さんを思い出したよ」
カフェに着いて、俺はストレートの紅茶を飲みながらそう正直に話すと、アルがくすくすと笑った。
「うん、そうなんじゃないかって、思ってた。だって、気がつくと兄さんてばボケってこっち向いてボクの顔見てるんだもの」
柔らかい口調で言う事は手厳しい。さすが生まれてからずっと一緒の元弟で妹だ。この天才兄さんをしてボケとは。
「…でも、お前は編み上げたなぁ。うん、母さんとはちょっと違うぞ」
アルははあ?と不思議そうな表情でそう声をあげると、兄さん、何言ってるのか分かんないよ、と言って焼き立てのペストリーを喰んだ。
俺はあのろくでなしそっくりで、お前は母さんそっくりで。でも俺はアルの傍にいるし、アルは強くてあったかい。


罪を犯した俺達に与えられたのは閉じられたファミリー・ツリーに閉じられた世界。
二人きりの世界。
それを選んだのは俺達。だから、二人でぴったりと寄り添って歩いて行こう。まるで互いが互いの半身であるかのように。この世界の果てまで。
俺達の世界が終わるまで。


このところずっと妄想暴走モードでそういうのしか(エドウィンですら!これは後日公開予定)書いていなかった事に気がつき「表に上げられる程度のものを!」と燃えて書きました〜。

うちとこの兄さんは原作よりもずっとずっとおこちゃまで(年令設定はもうハイティーンなんだけど)アルの事になると周りが見えなくなって突っ走って間違いに気がついて鬱々としてるダメなやつですが、アルが本当の自分の身体ではないけれど、身体を得てそれまでの遅れた分を取り戻すのに一緒になってやり直している感じになってます。

この先まだまだ行ったり戻ったりの兄妹なんですが、可愛がってやってください>皆様。


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