兄×妹です。適度に性感マッサージ的行為な描写がありますのでご注意下さいませ。

「なあ、今年はどうする?」
司令部中央に位置する食堂の古ぼけた卓の上で顔を突き合わせ、数人の軍人がなにやら秘密めいた内談に興じていた。
「そうですねえ…ホークアイ大尉のお気に入りのお茶は去年プレゼントしてしまったし、今年は大尉が楽を出来るように奉仕活動っていうのはどうでしょう?…とは言っても、大尉が僕たちに自分の仕事を任せるような真似は死んでもしないでしょうから、本来大尉の仕事ではないような雑用を引き受けるとか…」
彼らの中で最も年若いフュリーがそう提案すると、それまで哈んでいた煙草を指先で掴み、アルマイト製の安っぽい灰皿に押し付けながら、ハボックがにやにやと笑って言った。
「じゃあ、言い出しっぺのお前が全部計画建てろよな。なあに、心配しなくてもいいぜ、掛かる金は俺らで仲良く分担してやるから、お前さんは誠心誠意、あの人に尽くしゃあいいんだ」
「おお、決まりだな。いやあ、今年は頭を悩ませずに済んだ。曹長、ご苦労!」
軍服の前を合わせようともせずに、突き出た腹に手をやりながらブレダもそう口にするとそれまで腰を下ろしていた椅子から立ち上がる。それに倣うようにファルマンまでもが立ち上がってフュリーに向かって敬礼の格好を取ったのだった。
「ちょっ…待って下さいよ!そんな…僕だけに押し付けようなんて!」
自分以外の総員に同意された形のフュリーは立ち去ろうとする上官の後ろ姿を必死に追いかけたのだが、不意に立ち止まって腕を伸ばしたハボックにその勢いを塞き止められてしまう。ハボックの長くたくましい腕は彼の背よりも頭1つ分程も小さなフュリーの頭を押さえ込んでいた。
「おい、年に一度の勤労婦人に感謝を捧げる日なんだぞ!おまえもいい加根性を据えろ!」
「うう…不幸だ…僕も厄介事を押し付けることのできる部下が欲しい…」
がっくりと肩を落とし、フュリーは意気揚々と肩を揺らしながら立ち去るハボックの後ろ姿を見送っていた。
アメストリス国内で「勤労婦人に感謝を捧げる日」が人々の間で祝われるようになったのは、かつての内戦が終結してからしばらく経った頃だった。
隣国との国境戦や内戦で命を失った男達の代わりに女性があらゆる職業に進出し始めたのはそう最近の事でもなかったのだが、当然のように人々の、男は強く、女は弱くと言った認識を変えるまでにはそれ相応の年月が必要だったのだ。
「日々労働に勤しむ婦女子らを労う」というスローガンの元に、働く母を持つ子らは母の代わりに家事を担い、夫や、また恋人たる男達は贈り物を贈り、普段は口にしないような豪華な食事に女達を招いた。
男達の中には、この記念日を主に商売人らが煽り立てていることを例に挙げて記念日を祝う事を拒絶する者もいたが、大半の男は女達の機嫌がすこぶる良くなる事を知って、多少の出費や面倒には目をつぶるようになっていた。
「…フュリー曹長のおべっかごときであの人のご機嫌が取れるとも思えんがなあ」
フュリーを置いて歩き出したブレダがそう零すが、その後を付き従っているファルマンがまるで慰めるかのように返事をする。
「そうは言いますがね、どうせ夜のもてなしは准将の担当ですから我々はこういった程度の事で無難に過ごすしかないんですよ」
「そうそう、セントラル随一の高級料理店へは准将が連れて行ってくれるんだから、俺達ゃ茶番で笑いを取るさ」
「そうだな。そう割り切るか!」
気心の知れた同期生であるハボックの言葉に、ブレダはようやくその気持ちを割り切ったのか、威勢良くそう言って笑ったのだった。
終わりかけた昼休み時間に自らのセクションへ戻る為に歩き始めた一行だったが、不意に先頭を歩いていたブレダが十数フィート先にいた人物を見つけて声を上げた。
「おい、大将殿が軍部に居るぜ」
ブレダが大将と揶揄したその人物は、アメストリス国内でも天才錬金術師としてその名を馳せていたエドワード・エルリックだった。
史上最年少の国家資格取得者として今なおその名を残しているエドワードだったが、いかつい軍人の集まるこの建物内ではまだハイティーンである彼は痩せた小柄な金髪の少年が迷子になっているようにしか見えない。
総務部の受付でなにやら書類を見ながら事務官の女性に何かを尋ねているエドワードに、ブレダ一行はゆっくりと近づいて行った。
「大将!久し振りだな」
ブレダの声に書類から顔を上げ、翡翠と同じ色の瞳を声のした方に向けたエドワードは相手が自分の見知った顔だと理解してとたんに表情を明るくして応えた。
「ブレダ中尉!ハボック中尉!ファルマン少尉!」
「よお。久し振りだな。元気にしていたか?アルはどうだ?」
手を上げて近づいて来たハボックに、エドワードは同じように手を上げ、ハイタッチで返して言った。
「ああ。先月初めにでかい案件を片付けちまってから准将からも厄介事の依頼もなかったから、俺もアルものんびりやってたよ。ところで、皆揃って何してんの?」
「俺達ゃ昼から帰って来た所さ。今度の日曜の相談がてらな」
「今度の日曜?何、それ?」
事務官の女性から書類を受け取りながらエドワードがハボックの言葉にきょとんとした顔つきでそう聞き返すと、エドワードに書類を渡した女性がくすくすと笑いながら口を挟んだ。
「『全ての働く女性に感謝を捧げる日』よ。男性が普段、お世話になっている女性に贈り物をしたりその人に代わって家事をしたりする日なの。数年前からセントラルでは皆の恒例の行事になっているわ」
「……なんだ、そんな事の相談だったのか」
ハボックやブレダらとともに歩き出したエドワードは、さもつまらないと言いたげな声色でそう言った。
「おいおい、そんな言い方するなよ。女性の上官を持つ我々にとっちゃかなり深刻な問題なんだぞ」
「ホークアイ大尉がかい?普段から普通に仕事してればそんなに借りを作る事もないだろ?大体さあ、あの人にそんなおべっか使ったって意味ないんじゃねえの?」
エドワードが言うように、リザ・ホークアイという人物は公正明大きわまりない人物だった。自らを厳しく律する代わりに、相手にもそれを求める。だがそれ以上を求める事はしない。過ぎたへつらいを彼女は嫌うのだ。
「そうは言っても、大事にされていい気のしない女なんていないもんさ。なあに、気の使いどころはそう凝る事もない。ほんの少し、彼女の好きな物を用意して、我々が普段よりも2割増で動き回ればいいだけの事だ」
「それだけ分かっていて、何故彼女の一人も出来ないんでしょうかねえ」
「……黙れや。出来ないんじゃなくて、作らないだけだ!」
同僚である女性士官についてしたり顔で話し出したハボックにツッコミを入れるファルマンを交互に見ていたエドワードだったが、不意にブレダの一言でその表情が固まった。
「で、大将は麗しの姫君に何を贈るんだ?」
「はぁ……ひ、姫……君ぃ?」
「おお、そうだよ、アルに何も施さないなんて訳はねえよなあ?毎日の食う物から部屋の掃除から洗濯から夜の相手まで、何から何まで世話になりっぱなしだってのに、そのお返しをしない訳にもいくまい?」
ブレダの言葉にエドワードは頬の筋肉を僅かに引くつかせながら、脳裏に皆が姫と囃し立てる、彼の唯一の肉親の顔を思い浮かべていた。
アルはエドワードと同じ色の美しい髪と瞳を併せ持った少女だ。彼らの母譲りの顔立ちは整然とした美しさと言うよりは人々を癒すかのような屈託のない笑顔を持ち合わせていて、誰もが彼女に好意を抱いてしまう。そしてどこか未発達な少年を連想させるすらりと伸びた細く長い手足に、それらとは相反するたわわな胸の双丘、よく鍛えられ引き締った腹筋とこれ以上は細くなりはしないだろうというウェストといった肢体は異性のみならず同性からも羨望の眼差しを集めていた。
複雑な事情の末に、エドワードの弟だったアルフォンスは少女の肉体に魂を定着されて世間ではエドワードの『妹』として生活をしているのだが、元来、見目も派手で性格も破天荒な兄のエドワードとは正反対に周囲からは堅実で控えめな性格と思われている事を自覚しているアルは、容姿についても兄以上に自分が周囲を魅了しているなどとは欠片も思わないらしく、どこか自覚の乏しいまま過ごして兄であるエドワードを慌てさせる事が多々あったのだった。
「そういや、最近アルの事を軍部に連れて来なくなったなぁ?やっぱ、他の男にちょっかい出されるのが嫌なのかね?」
慌てた表情を見せたエドワードに、からかうようにハボックがエドワードの前髪を掻き回しながら言うと、エドワードはハボックの肉厚で大きな手から逃れようと頭を反らしながら返事をした。
「ちっ……そうじゃねえよ。あいつだって忙しいから、あんまり連れ回しちゃ悪いと思って……第一、あいつは俺みたいに資格持ちじゃねえ、一般人だ。一般人が用もねえのに軍部をうろつくのもおかしな話じゃないのかよ?」
エドワードは口ではそう言っているが、真相はハボックの言葉通りだった。
軍人にも職員にも女性は一定数在籍してはいるが、やはり本来は男性社会である軍部では、アルのような、男性にとって保護欲をかき立てられそれでいて癒しを与えてくれる存在は自然と注目を集める。兄という立場のエドワードが常に目を光らせていても、その間隙を縫ってあわよくばアルと親密になろうとする者が後を絶つ事はなかったので、エドワードも呆れるやら疲れ果ててしまい、そしてその様子を見ていたアルも自然と人々の注目を集める場への兄との同行を控えるようになったのだった。
「今更、この軍部でアルを一般人扱いする奴もいないけどな。彼女がお前さんの報告書を清書している、有能なアシスタントってのはもう皆知ってるぜ」
「そうそう。いつぞやの報告書では前半と後半で字が違い過ぎて准将が読みづらいってぼやいていましたな」
ブレダとファルマンの半ばからかいのような言葉にも、いちいちエドワードは反応して、顔を赤くしては声を荒げていたのだが、やがて軍人3人組は昼休みがあと数分で終わりを告げる事を知って慌ただしく自分たちのセクションへと戻って行った。
後に残されたエドワードは自分たちのやりとりを目撃していた事務官の女性にくすくすと笑われながらも用事を済ませ、軍部を後にした。
帰宅途中に通りかかった市街はあの事務官の女性の言う通り、日々家庭と職場で奮闘する女性に憩いとあなたの愛を!などと派手な煽り文句とともにプレゼント用の商品がディスプレイされている。レストランの看板には今度の日曜の予約状況や特別メニューが貼り出され、家政婦手配の会社では特別に男性のメイドの手配預かりますなどというものまであり、エドワードは自分の知らぬ間にばかげたお祭り騒ぎで街中が浮かれている事に改めて気づかされたのだった。
(プレゼント……ねえ……あいつ、なんか欲しがってたっけ?)
ふと目に留まったショーウィンドウをぼんやり眺めながら、エドワードは考えた。皆がするから自分もと言うのは好かないが、エドワードはアルが日々家事をこなしていることには感謝していたので素直にその気持ちを物に託す事もやぶさかではなかった。
(服は、俺が選ぶとすっげー嫌がるし、下着はサイズがいまいち分かんねえし……胸がでかいってのは分かるんだけど……どこかへ連れ出してメシってのも、今度の日曜日はあいつは仕事だって言ってたからダメだし……)
アルは家事やエドワードの仕事のアシスタントの傍らレストランで給仕の仕事をしており、その給料で大抵の自分が必要としているものは購入してしまう。食住に懸かる費用は全てエドワードが自身に支給されている国家錬金術師の研究費の中から支出しているのだが、その事をアルは多少ならずとも気にしていて、エドワードに何かを買って欲しいとねだるような事はほとんど無く、従ってエドワードもアルがどんなものを欲しているかをあまり良く理解してはいなかったのだ。
仕方なく、エドワードは帰宅してから直接アルに尋ねようと決めて家路へと急いだ。

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「え?欲しいもの?ないよ、そんなもの」
アルは先刻焼き上がったシュークリームと煎れたての紅茶をエドワードの前に差し出しながら軍部では隠し撮りされて裏で流通している笑顔で答えた。
「それよりさあ、このシュークリームの皮すっごく上手にできたから、さくさくなうちに食べて!」
エドワードはがっくりと肩を落としつつ、左手でまだほんわかとぬくもりの残るシュークリームを掴んで口の中に放り込んで言う。
「んっ……ううむ、うめえ……って、お前なあ、せっかくこの俺が何か買ってやろうかって言ってるんだぜ?それを、むが……んまい。もう一個くれ……そんなもので済ますなよ」
「けど、あんまり物を持ちすぎるといざ他の土地に行こうって時に手間がかかるし、当面必要な物も足りてるから……気持ちは嬉しいけど、兄さんの研究費だってこの国の税収から捻出されている事を考えると、そう無闇には使えないよ」
エドワードの差し向かいに置かれた椅子に腰を下ろして、アルはそう返事をした。
「それにしても、一体どういう風の吹き回しだろう?ボクの誕生日はまだずっと先なのに、なんで兄さんがそんな事を聞くのさ?」
「それは……今度の日曜日が……アレだからだ」
「アレ?」
「……知らないのか?セントラルじゃ働く女に感謝しようって日が出来たらしい。それが今度の日曜日なんだぜ。今日軍部に行ったらハボック中尉にもブレダ中尉にも他の奴にもお前に感謝しろって言われた。まあ、俺だってこうして毎日うまい物を食わせてもらって家の事までやってくれてるお前に何も思わない訳じゃない……けど、お前と来たら普段は何にも俺にねだらないと来てるしなあ……たまには『わあ〜っ、ボクこんなの欲しかったんだ〜、ありがとう兄さん・』と感謝されちゃう的な事をしてやりたいと思った訳だ」
指先についたカスタードを舐めとりながらそう一気に口上をまくしたてたエドワードだったが、そんな兄の言葉を聞いたアルは喜ぶどころかどこか迷惑そうな表情を見せた。
「でも……本当に何も欲しくないよ。大体、ボクは自分でも必要だと思う事をしているだけなのに兄さんに一方的に感謝される筋合いもないし」
アルはそう言い、自分のティーカップを口元へと運ぶ。
アルのこの素っ気ない返答をエドワードもある程度は予想していたが、まさかここまでとは思いも寄らず、むぅっとしてミルクティーを口にするアルの顔を覗き込んだ。
「……可愛くねえ……」
「何を言われても無い物はないの!」
アルのティーカップを挟んで睨み合う形になった2人だったが、しばしの沈黙の後、アルが残っていたシュークリームをおもむろに掴み、口へと運んで言った。
「もうおひまい!」
その後、アルに洗濯物の取り込みを指示されたエドワードは取り込んだ洗濯物を適当に畳みながらぶつぶつと小言を零していた。
「なんでえ……無いならないなりにもっと可愛げのある言い方しろよ……『そんな風にボクの事を思っててくれてありがとう、嬉しいっ・』とかなんとか……」
アルに感謝されてみたいという気持ちも自分の中にはあったが、それ以上に彼女の喜ぶ顔を見ていたいというのが正直な気持ちだった。それをあのような愛想があるとは言えない表情で無碍に断られては1人ごちてみたくなるというものだ。
「くそっ、かくなる上はこの俺ごとあいつにくれてやるしか……」
頭の中で赤いリボンで全身をぐるぐる巻きにされた自分を想像したエドワードは流石にそれはないだろうと苦笑したが、もしそうしたらあいつはどんな顔をするだろうと思うに至り、手にしていた洗濯物を鷲掴んでにんまりと笑みを浮かべたのだった。
「ふふふ……素直にプレゼントを選ばなかった事を後悔させてやる!」
「うわっ!ボクのシャツがぁ!ちょっと兄さんしわくちゃになるからそんな風に握りしめないでよ!!」
エドワードは自ら思いついた作戦に陶酔していたが、不意にその様子を見たアルフォンスに後頭部を平手で叩かれてまだ畳んでいない洗濯物の山に顔を突っ込んでしまった。
「ぶはぁっ!なっ……なにしやがる!?」
「兄さんが変な事想像して笑ってるからでしょっ!」
「変とはなんだ、変と……ととっ」
寸での所で兄弟喧嘩勃発を思いとどまったエドワードは握りしめていたシャツを手から離して俯いた。
(押さえろ、堪えるんだ俺!)
「……はは、悪ぃ……つい力が入っちまって……そうだ、アル、お前日曜日は仕事だって言ってたけど……」
「うん、予約が沢山入ってるからお店が閉まるまで手伝ってくる」
「そうかそうか……じゃあ、俺の事は気にせずに仕事してこいよ。メシとかも気にしなくてもいいからさ」
「……そう?ありがとう」
突如態度の豹変した兄を奇妙に思いながらも、アルはキッチンへと姿を消した。
そしてその後ろ姿を横目でちらちらと見遣りながら、当のエドワードはその事に費やすには無駄に賢い頭脳をただひたすらに次の日曜日の算段へ向けていたのだった。

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調理場から次々と出来上がってくる料理を銀のトレイに載せ、アルはテーブルの間を飛ぶように回っていた。
カップルで訪れている客の女性客の方に上等なワインやデザートのサービスがつくとあってどのテーブルの女性客も上機嫌で、そんな同伴者の様子に気を良くした男たちは会計の際にはアルたち給仕に気前よくチップを弾んでいた。
やがてラストオーダーの時間も過ぎ、客もすっかり引いて、店内の片付けも済むともう数十分で日付が変わるような時刻になっていた。
「うわ……忙しかったから遅くなっちゃった……兄さんもう寝てるかも……」
同僚らに挨拶をして店の裏口から外に出たアルはそう呟くと、街灯が多い表通りの方に向かって歩き出す。だが、通りに出た所で自分の良く見知った人影に出くわして声を上げた。
「兄さん!」
まだ肌寒いこの時期、赤いコートを着込んで街灯のポールにもたれ掛かるように立つ兄のエドワードの姿にアルは驚いた表情を隠さずに言った。
「どうしたの?わざわざ迎えに来てくれたの?」
「おう。こんな遅い時間に一人歩きなんてさせられねえからな……帰るぞ」
エドワードの声を合図に2人は肩を並べて歩き始める。通りには人気もほとんど無く、時折ゴミ箱をあさる野良猫を見かける程度だ。しんとした空気が周囲を包み、その中、無言で歩くエドワードの横顔を見つめながら、アルは寒さとはまた違った理由で頬を染めながら言った。
「周りに誰もいなくてなんだか嬉しいな……回りに誰もいないから、兄さんの事を独り占めして見ていられる……ずっと、こうしていられればいいのに」
その言葉に照れたような、微妙な面持ちでアルの方に向き直ったエドワードはぶっきらぼうに返す。
「お前なあ……どうして、そういう事をさらっと言えるんだよ……恥ずかしい奴だな」
「嬉しい事を嬉しいって言ってどこがおかしいの?」
「お前のは天然過ぎるんだ。聞いてるこっちが驚く」
そういったやり取りを交わす間に自然と2人の距離は狭まり、やがてアルの方から右手を伸ばした。
「じゃあ、こういう所でしか出来ない事をしようよ」
アルに暗に腕を組んで歩こうと催促されて、エドワードは心得たように左腕を差し出すと、今度は普段の彼らしく陽気な笑顔を見せながら返事をした。
「今晩はお前の言う通りになんでもしてやる。何でも、な」
やがて2人は自宅に辿り着いた。
夕食をレストランの賄いで済ませていたアルは風呂を使いたいと言い、二階にあるバスルームに直行した。
バスタブに湯を張る間に着替えを準備し、頃合いを見計らって服を脱ぎ、バスタブへと身体を沈める。湯を張る前に投入しておいたバスバブルの盛大な泡を既に上気した肌へとなすり付けながらうっとりとしていると、バスルームの扉が開く音がした。
「……兄さん?」
家の中には兄と自分しか居ないのだから、扉を開けたのは兄のエドワードなのだろうと考えてアルはそう声を掛けたのだが、シャワーカーテンの向こうに居るであろうその人は微かに映る影すらも微動せずに立ち、息をひそめている様子が感じられる。
「……兄さんでしょ?何してるの?トイレだったら別に気にしないから……」
同じバスルームにあるトイレを使おうとして入って来たのだろうと思い、そう声を掛けたアルはシャワーカーテンを開けた次の瞬間目の前に直立不動の姿勢で立つ兄その人を目にして驚愕したのだった。
「お背中を流しに参りましたァーッ!」
そう高くない背を目一杯伸ばし、軍隊式の敬礼を決めているエドワードは半袖のシャツにトランクス、頭にはタオルを細長く畳んだ物を巻いた姿でそう声を張り上げている。
エドワードの声をその姿に思わずアルは驚きの余り、バスタブのふちを掴んでいた手が滑り湯の中に口元まで浸かってしまっていた。
「うばっ……な……何?その格好!」
「日頃の俺の、アルへの感謝の気持ちを表すものとして、今この時からアルが眠るまで俺はアルの言う通りに従う事にした!まずは身体の隅々まで洗い清め、疲れた身体を癒す為にマッサージなんかどうかと思うんだ!さあ、どこが疲れてるんだ?どこでもどんな風にでもマッサージするぞ!」
エドワードは右手で敬礼を、左手で身体を洗う為のスポンジをわしわしと握ったり緩めたりを繰り返しながらそう声を張り上げているが、そんな兄の奇妙な姿にアルは一抹の不安を覚えたようで思わず兄の好意と言っていいのか、その申し出を断ろうと手を振って返事をした。
「ボク、別にそういうの必要じゃないから。普通にお風呂に入ってぽかぽかしたまま寝たいだけなの……大体、なんだかその手つき、すごくいやらしい感じがして触られたくない」
アルは一時も離れる事無く育った元兄弟だからこそ許される辛辣な物言いでエドワードに向かってそう告げるが、エドワードの方もそういった応対に慣れているのか、はたまた彼女の本心がその言葉にない事を感じ取っているのか怯む事無くバスタブへと近づいてアルの目の前へと握った黄色いスポンジを見せつけた。
「お前の身体に触れるのはこのスポンジと、お前がOKを出した所だけにするから!」
「……本当かなあ……?」
「信じろ、兄を!」
「う〜ん……じゃあ、証拠を確かめさせて!」
数度の問答の後、アルは湯の中から右手を伸ばし、エドワードのトランクスの前の部分に手のひらを押し付ける。トランクスの布地の下でこじんまりと収まっているエドワードのそれは、アルの濡れた手のひらの暖かさにぴくりと僅かに反応を示しはしたものの、依然として慎ましくその身を主張する事はなかった。
「……ありゃ、おとなしいまんまだ……」
「当たり前だ。別に邪な気持ちなんて持ってやしねえよ!」
「そっか……だったらいいかな……」
2人が愛し合う時に見せるエドワードの猛々しいそれとは打って変わって大人しい下半身の一物の様子に、アルの気持ちは徐々にエドワードの申し出を受け入れる方へと向かっていくように見えた。
アルはエドワードに対して同じ錬金術師として尊敬の念を抱いてるし、更に兄として、また生涯を共にする伴侶としても愛情を抱いている。時折子供のように我を通すこともある兄だったが、アルに対しては誰よりも気を使う兄に対してアル自身も悪い気はしていなかった。
「…………!」
「……何か、言った?」
「あ、いや……何でもねえ……」
エドワードは視線こそはアルへと向けられていたのだが、どこか別の場所へ意識を向けているかのような印象がアルには見て取れた。
しかし、それをアルがさり気に指摘しても、エドワードは何でもないと返答する灯りで埒があかない。
「じゃあさ、背中……いいかな?」
仕方なく、アルは頭の片隅に残るもやもやをひとまず忘れる事にして兄へその身を任せる事にしたのだった。
「はっ!喜んで!」
とうとうエドワードの申し出を受け入れたアルはエドワードに対して背中を向けるとしみ一つないすべらかな肌をスポンジで擦るようにと指示する。するとエドワードはスポンジを湯に浸してから豊富な泡を掬い取り、その肌へと撫で付けるようにしたのだった。
上質の海綿で出来たスポンジはアルの細身でそう広くない背を縦横に駆け巡り、美しい肌を更に磨き上げた。隣国には白磁で出来た人形よりも、もっと美しい肌をした人形があると聞いた事がある。きっとその人形の肌はアルのこの美しい肌と同じなのだろうと感心しながらエドワードはスポンジを動かし続けていた。
やがて背中を洗い終えたエドワードはアルに立ち上がるように指示した。
「ええ?なんで?」
「だって、腰とか尻とか洗わなくてどうするんだ?こういう皮膚の柔らかい部分もきちんと洗わないとダメなんだからな」
他人に身体を洗ってもらうと言う普段ではあり得ない行為、ましてや腰などと言う隠すべき部位を洗うと言われてアルも流石に恥ずかしがってエドワードの指示を最初は断った。だが、エドワードは頑として洗うと言って聞かず、例によってスポンジを握りしめたままその場を動かない。
「なにさ、ボクの言う事を聞くとかなんとか言って、全然聞いてくれないじゃないか……」
「別に聞かない訳じゃないさ。お前の言う事も勿論聞くけど、お前にとってした方がいい事を俺は言っているだけだ」
そう言い切って憚らないエドワードの瞳は至って真面目でまっすぐとアルを見つめている。そんな風に見られるとつい兄の申し出を断りきれないと見たのか、アルは渋々ながらバスタブの中で立ち上がったのだった。
「手早くお願い……」
アルがそう言う前に、エドワードは柔らかなスポンジをアルの腰に当てて円を描くように優しく動かし始めていた。
普段のエドワードからは想像もできないような柔らかで繊細に動きのスポンジににアルは背をふるりと揺らして小さく声を上げる。
スポンジは腰骨の辺りから次第に肉付きが良くきゅっと持ち上がった尻肉を撫で回し、尻の下の、太腿の裏側を数度往復する動きを見せていた。
「あっ……」
アルは肝心な部分に触れられず、届きそうで届かない場所を優しく触れられて、もっとその先をと乞いたくなった。いつだってエドワードの指先は性急過ぎてアルにとってはそれが愛しくもあるのだが、こうして優しく触れられるのも目眩がする程魅力的だった。
「……アル、向こうに手をついてくれ」
エドワードは感情のこもらない声でバスタブのふちに手を掛けるようにアルに指示を出した。今まで浸っていた湯の熱気と、優しすぎるスポンジの感触にぼうっとした頭のアルはさしたる抵抗もしないままに言われた通りの姿勢を取るが、次にアルへ与えられた感触はそんな彼女の意識を不意に現実へと引き戻したのだった。
「あっ、や、やあ……やっ……ダメ、そ、そんな……」
2つに盛り上がった尻肉の間に割り入ってするりと形を変えて入り込んだスポンジは、アルの後孔を撫でながら、秘裂の手前で止まると、また同じ場所を撫でながら戻っていった。
「いっ……いいよ!もういいから!そんなところまで洗わなくてもいいよぉ!」
アルは腰を揺らしながらそう抵抗の声を上げるが、エドワードの持つスポンジは執拗に同じ場所を往復し、美しい窄まりを持つ後孔とその周囲を撫でるように触れていく。だがその先の肝心な場所にはやはり触れる事は無かった。
数度の往復の後、エドワードの手とスポンジがアルから離れた。焦らされるかのようなその感触に自分を見失いそうになっていたアルはふうっと大きく息を吐いてバスタブの中にへたり込んで声を上げた。
「もっ……もう!いきなり驚くじゃないか!」
「悪ィ……痛かったか?加減したつもりだったんだけどな」
「痛い方がずっとマシだったよ!あんなにくすぐったいの、すっご……あ……」
エドワードへ文句を言うつもりが、つい本音が顔を覗かせる。寸での所で口から飛び出しそうなそれを飲み込んで、アルは薄く可愛らしい唇を尖らせながら話題を変えた。
「……とにかく、今度は腕をお願い。重たいお皿を運んで疲れてるんだよね」
「了解。じゃあ腕を出して」
湯の中から伸ばされたアルの腕を右手で支えながら、エドワードはスポンジで二の腕から指先に向かって洗い始めた。スポンジに僅かに力を込めて、洗うと言うよりはアルの腕の筋肉を揉み解すようにしている。
「ああ、気持ちいい……腕が軽くなる感じ……」
左腕を洗い終えて次に右腕を出し出したアルは真剣な顔つきで彼女の腕を洗うエドワードへ言った。
「兄さんがこんなにマッサージが上手だとは思わなかったよ」
「見直したか?俺だってやる時はやるんだぜ」
エドワードはほんの少しだけ表情を崩し、彼本来の持つ陽気さの覗く笑顔を見せた。
普段はがさつな態度の兄が自分の身体をこんなにも繊細な手つきで扱ってくれている事にアルは密かに優越感を覚えてしまう。
エドワードはアルの仕事が終わるのを見計らって彼女を迎えに行く事があり、その度に同じ店で働く女性たちはアルがうらやましいと口々に零していたのだ。
そんな、女性たちの密かな憧れの的となっている兄がかしずくのは自分だけだという事を周囲に触れて回りたい気分になるのだった。
「次。首」
だが、アルが心地よさを感じてぼんやりとしているのも構わず、エドワードはまた冷静な声色に戻って次に触れる場所を指定して来た。
兄の言う通りに首を伸ばして頭を後ろに反らすようにしたアルに、またひどく優しい手つきでエドワードが触れて来る。
湯に暖まったエドワードの指先が、首筋の薄い皮膚の上からアルの敏感な感覚を刺激する。いつの間にかスポンジはバスタブの中に放り投げられ、その代わりにエドワードの指がアルのうなじからおとがいの輪郭から鎖骨のくぼみから総てをねっとりと撫で付けるように愛撫を始めていた。
「首筋とか、胸元は皮膚が薄いって聞いた事がある……乱暴に洗うのは御法度で、こうするのがいいんだってさ」
そう語るエドワードの声に耳をか傾けるには、アルは自らに触れて来る指先に官能を高められ過ぎていた。
どくどくという胸の高鳴りが音になって聞こえてきそうな程に興奮し、鎖骨の下、つんと上向く胸の頂は触れられずとも硬く尖ってその存在を誇張しはじめている。
兄の股間に触れて確かめた手前、自分が興奮し始めているなどと知れたら後でどんなにかからかわれる事だろう。そうされずとも、アルの自尊心がそれを許さなかっただろうが。
だが、エドワードの指先がアルの喉骨の下のくぼみから肋骨の継ぎ目の上をすっと降りて来た時、固さを増しつつある胸の先端に甘い痺れが走り、押さえ切れなかった声が不意に漏れた。
「あっ、やん……」
その声を聞いた途端、長い前髪に隠れがちなエドワードの整った眉の端が僅かに動いたが、漏れ出た声に慌てているアルはそんなエドワードの変化にまでは気が回らずにいる。
「……よし、今度は俺の方を向いて立ち上がってくれ」
さも事も無げな声色でエドワードはそう言うと、真っ赤な顔をして呼吸を乱しているアルの両手を取り、跪いていた自らも立ち上がった。

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エドワードは自らの前で美しい肢体を赤く染めながら息を荒げているアルを一瞥すると、そうとは悟られないように心の中でほくそ笑んだ。
(さあて、これからどれだけ焦らしてやろうか……)
自分がプレゼントを買ってやると言ってもそんなものはいらないと無碍な断り方をして来たアルに対して、エドワードは何か仕返しをしてやろうと考えたのだが、彼女の身体に傷をつけたり、精神的にダメージを与える事は避けたかった。
ほんの少しだけ彼女より優位に立ち、その可愛らしい顔が許しを請う所を見れればいいだけだ。それさえ叶えばもう後はどれだけ殴られようが罵声を浴びせられようが構わなかった。
子供の頃ならアルは弟だったし、子供故許される腕力に訴えての行動と言う事もエドワードは考えただろうが、もうすっかり大人と呼んでもおかしくない年頃になった今それをしようとも思わない。
そう考えると仕返しと言うのはそうそう思いつかない訳で、そこでエドワードは数日間を費やして今回の作戦を立てていたのだった。
普段はアルの事を想像しただけで頭を擡げ始める欲望をしなだれたままにさせておくには、普段は彼自身の内に会得していて口に出す事など必要としない構築式を復誦するのが役に立つ事が分かった。
まるで下心がないように見せかける事はこれで可能だろう。
そして今、事は彼の予定通りに進みつつあったのだった。
「……よし、今度は俺の方を向いて立ち上がってくれ」
エドワードはそう言い、立ち上がったアルのうすっぺらな腹にスポンジを当てた。
アルは日頃から護身と体力維持の為に体術の鍛錬を続けていた。その効果もあって細い手足にもある程度には筋肉がついており、腹も目立ちはしなかったが引き締ってなめらかな肌の下にその存在を確認する事が出来た。だがやはり男性であるエドワードの割れた腹筋よりは頼りなく、うすっぺらな印象に止まる。
そんなアルの腹を、エドワードはまたゆっくりと撫でるようにスポンジを滑らせた。
やがてエドワードはアルのみぞおちの下につつましく鎮座していた臍に目を付けた。
あまり深く差し込まないように注意しながら、泡にまみれた左手の人差し指を臍に当ててくりくりと動かす。
「ヘソもきれいにっと……ある、俺さあ、ガキん時、母さんにきれいにしろって言われてほじくり過ぎて腹が痛くなって寝込んだの、憶えてるか?」
エドワードはアルの表情を見ずにそう話をするが、アルはと言えばエドワードの臍への愛撫にすら感じるようになっていてはあふうと息を荒げながら生返事しか出来なくなっていた。
「う、うん……ふあ……はァ……も、もうおヘソいいよぉ……」
「そうか?じゃあ、こっちを……」
エドワードはアルの臍から指を退かすと、今度はスポンジを使わずにアルの骨盤の辺りを両手でがっしりと掴み、両手の親指でももの付け根の部分をマッサージし始めたのだ。
「足の付け根にはリンパ節があってだな、ここの流れが悪いと足がむくんだりするそうだ。だからお前みたいに立ち仕事をする奴は特に念入りに手入れをしなきゃならない」
数日間のうちに仕入れたにわか知識を得意げに披露しながらエドワードはマッサージを繰り返すが、その指先の動きにアルの方は半ば取り乱したかのようにエドワードの指先の動きを留めようとばたばたと両腕を動かして喚いた。
「むむ、むず痒くなるからーっ!いい!もういいから!」
「あー、そういう不快な感覚があるのは多分いらんリンパ液が溜まっているからだな。せっかくこんなに細くてきれいな足なのに、むくんじまうのは勿体ないぞ」
アルにしてみれば、エドワードの指先がマッサージと称して動く度に、アルの下腹部に薄く生えている飾り毛の周辺にまで動くのが慌てていた原因だった。もしもエドワードがもっと大きく指を滑らせたのなら、飾り毛どころかその下に隠れている敏感な部分に触れてしまうだろう。今ですら、全身の様々な部分に触れられて股間の奥に息づく秘唇は赤く火照り口を開いて、とろりとしたぬめりを内股にまで伝えているというのに、そうなったら自分を抑制する自信がアルには皆無だった。
「やめて!もう放してよ!」
アルはエドワードの金色の頭を両手で掴むと目一杯突き放してそう叫び声を上げた。だが、さしものエドワードもそれには頭を無理矢理後ろに反らす形になり、仰け反らせた首の痛みにうめき声を上げたのだった。
「うげっ!くっ、首の筋が!」
「ごご、ごめん!痛む?」
バスルームの床に尻餅をつきながらうなじの辺りを摩るエドワードに、アルは両手を差し伸べながら何度も謝った。
「大丈夫?兄さん?」
「あ、ああ。へへ、俺の方こそ悪かった……もう身体は止めにして、髪を洗ってやるよ」
気を取り直すかのように立ち上がったエドワードはバスタブに溜まっている湯を抜くと、シャワーのコックを捻って勢いよく湯を迸らせた。
アルの身体にシャワーをかけて泡を流してやると、バスタブの中でしゃがみ込んで俯いているアルの頭に湯をかけた。柔らかく細いアルの髪はあっと言う間に水を含む。そこへシャンプーの液剤を手のひらに含ませ泡立てたエドワードが触れた。
エドワードは髪の毛が絡み易い機械鎧の右手を使わず、左手だけで丹念にアルの頭髪を洗っていった。指先の腹でアルの頭皮を揉むように動かし、時折大きく頭全体をかき混ぜるようにして動かしている。そう言った動きを何度か繰り返し、最後にアルのうなじからざっと指先を髪に埋めながら頭頂部に向かって動かすと、アルの背がぶるりと震えるのがエドワードの目に映ったのだった。
「アル?寒いのか?もう終わるから」
「だ、大丈夫ぅ……」
アルを気遣う言葉を吐きながらも、エドワードは心の中で踊り出したい心境だった。
(へへ、感じてやがる!しかも、我慢しきれないと見えて自分で触り出してるし)
エドワードはバスタブにぺたりを内股をつけてしゃがみ込んでいるアルの、下腹部に彼女に悟られないようにそっと視線を移した。そこにはアルの両手が飾り毛を隠すように添えられていたのだが、よく見ると重なった下の方の手の指先は僅かに開いている隙間から差し入れられて微かに動いていた。
明確に敏感な部分に触れているのではないのだろうが、その指で快感を得ようとしているのはアルの様子からして明確だった。
「よし、流すぞー。目に泡が入らないようにしっかり瞑っておけよ」
エドワードは先刻目にした光景も構う事無くそうアルに告げると、再び湯を迸らせてアルの頭へかけて泡を洗い流した。それから仕上げにトリートメント剤を手に取り髪に馴染ませ再びそれを洗い流した。
「これでいいかな」
エドワードは全身を洗い上げたアルの姿を見て満足げにそう呟くと笑顔を見せた。それにつられてアルも赤い顔で微笑む。アルにしてみれば兄の指から与えられるじわじわと責め上げられるような愛撫から逃れられる安堵感から自然に出た笑顔だった。
だが、バスタオルを棚から取ろうとして腕を伸ばしたまま、エドワードはその動きを止めてしまった。
「あ、洗い残した所がある」
バスタオルを取ろうとした手を引っ込め、再度バスタブの中に立つアルに向き直ったエドワードはおもむろにシャワーヘッドを掴むとコックをひねる。そんなエドワードの行動に再び身体に触れられる事を恐れたアルはバスタブの中で懸命に身を反らせながら声を上げた。
「どっ、何処を?ちゃんと全部洗ってもらったから大丈……」
「だって、股の間はまだ洗ってねえ」
「まっ……!!!」
「ほら、足を開けよ」
「やだーっ!いいから!気にしないで!」
「気にするだろ?汚れたままで匂ったらどうする?病気も心配だし」
「いいから!兄さんはしなくていいから!ボクが自分で洗う!ココだけは自分で洗うからーっ!」
シャワーの湯を下腹部に当てながら不満そうに言うエドワードをなんとか説き伏せて、アルはシャワーヘッドをひったくると、それを自らの股間に向けた。
アルはエドワードからひったくったシャワーから出る湯を股間に当てて、注意深く開いている方の手で股間に息づく秘唇に触れる。
興奮してぱっくりと開いたその部分は溢れた蜜でぬるぬるとしていて、アルはそれを悟られまいとするかのように急いで湯で洗い流した。
次々に溢れる蜜をようやく洗い流して、アルはエドワードが広げたバスタオルの中に包まれるようにその身を任せると、全身を緊張させながら水分を拭き取っていくエドワードの手の感触に耐えた。
バスタオルのもこもことした感触を通して触れるエドワードのごつごつとした指先に時折声を上げそうになるが、どうにか堪えて下着を身に着けた。
だが、アルの身体を拭き終わってもエドワードはその場から去ろうとはしなかった。
「ありがとう、ちょっと驚いたけど気持ちよかったよ……で、あの……」
にこやかな笑顔を称えて目の前に立つエドワードに戸惑いを覚えて、アルは口ごもりながら言う。
「ボクはもう終わったから、兄さんもお風呂に入って寝たら?」
「俺はお前が入る前に入ったからいいよ。それに、まだ続きがあるからなあ」
エドワードはあくまでも穏やかな笑顔を見せながらそう言った。そしてその言葉に驚愕するアル。
「続きぃ?まっ……まだ何かするつもり!?」
「仕上げのマッサージがまだ残ってるよ。お前の部屋でやってやるからな。昨日帰り道の途中にある店でマッサージオイルってのを買って来たんだぜ!ほら、これ!」
エドワードは得意げに、いつ持ち込んだのかと思うような、アルが見た事もない遮光瓶を手に取って彼女へと見せびらかした。
「もう……もういいよぉ……夜だって遅いし、ボクももう寝たいし……」
「そんなに時間掛からねえよ。俺がここまでサービスするのも多分もうないと思うから受けといた方がいいと思うんだけどなぁ……?」
兄がどうあっても自分にマッサージを施そうとしていると知り、アルはもう抵抗する事を諦めていた。アルも自分を随分と頑固だと思う事があるが、何しろ兄はそれ以上なのだから。
何やら楽しげなエドワードはアルの手を引いてバスルームを出た。
落胆の表情をしているアルと違い、エドワードは遂に鼻歌まじりでアルの部屋へと足を踏み入れている。
けれど、一方でアルの表情にも安堵の色が微かに浮かんでいた。
その先の、マッサージだけだといいつつ、その先に待つもの。
いつもされているように、兄の持つ烈火のごとき情欲で自分を飲み込んで欲しいと願うのだ。
「さあ、ベッドの上にうつぶせになってくれ」
エドワードにそう促され、アルは兄が敷いたバスタオルの上に下着姿のままで言われた通りにうつぶせた。
エドワードは部屋まで持って来た先ほどの瓶の口を開け、中からとろりとした液体を左手のひらに落とすと、開いているもう一方の手の指先で液体をかき混ぜるかのようにしている。
やがて手のひらで暖められた液体がアルのほどよく張ったふくらはぎに丁寧に擦り込まれた。
足首から太腿に向かって扱き上げるかのような動きでエドワードの手がアルの足をマッサージし始め、今度のアルは素直にその感触を楽しみ出した。
「んっ……すごく……気持ち、いい……ねえ、兄さん、もっと上の方もマッサージして欲しいな……」
「こうか?」
「ああ、そう……そこもいいけど、もうちょっと上の、内側も……」
「この辺か?」
「……違うよ、もっと上の方……」
ところが、先ほどのバスルームの中と違い、エドワードはごく真っ当に両足のマッサージをするばかりで、アルが触れて欲しいと思って指示する場所に一切触れなくなったのだ。
そのマッサージもアルにとっては心地よい物だったが、所詮性感に直結するような場所ではなく、アルは焦れてなんとかして兄の指をその場所に触れさせようと身体を捩ったりするのだが、そうこうしているうちにアルの両脚に掛かっていた重みがすっと引いてしまったのだ。
「これで全部だ。どうだった?俺のマッサージも大したもんだろう?」
「えっ……ま、待って……」
アルは上体を起こして、ベッドサイドに立ってそう言うエドワードの顔を見た。
相変わらずにこやかな表情で小指の先ほども悪びれた素振りを見せずにいる兄に縋るような目をするが、エドワードはつり目がちな瞳をぱちぱちとさせてまるでアルの思いに気づいた素振りも見せずにいる。
「何だ?まだどこか……」
アルは今や自分の中で燃え盛っていた炎に飲み込まれる感覚を味わっていた。
「ねえ、なんでもボクの言う通りにしてくれるんでしょう?」
「ああ。でも、お前がもう夜遅いからって……」
「それはもういいの。明日は1日休みだからどうでもよくなった。ねえ、マッサージはもうしてくれないの?」
「いいけど、じゃあ次はどこにすりゃあいいんだ?」
エドワードはそう言った後で口の端をつり上げる。
そしてアルはバスルームにいた時のように顔を赤くしながら両腕で自らをかき抱いて呟いたのだった。
「……ボクの事、全部。ボクが言う通りに絶対してちょうだい……」
してやったり、とエドワードは快哉を叫びたくなるのを必死に押さえながらベッドの上に両手をつき、色めかしくベッドの上で自分の事を見つめている少女の鼻先にまで顔を近づけて言い放ったのだった。
「じゃあ、どこをして欲しいのか、この俺にちゃんと分かるように言うんだぞ?そうすれば、俺はその通りにしてやるから……今日はそういう日だしな」

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普段は安息日として静かなシティがにわか賑わった休日も終わり、エドワードは訪れた上官のセクションで輪を作り多いに盛り上がっている顔見知りの軍人たちに声を掛けた。
「何をそんなに騒いでるんだよ?」
「ああ、大将、丁度いい所に!昨日撮った写真がさっき上がって来たんだけどよ……見てくれよ、こいつ!」
腹に手を当て、うっすらと涙すら浮かべながら大笑いをしていたハボックがそう言ってエドワードに見せた写真には、全てに絶望したかのような表情をし、軍部の女性事務官の制服を着たフュリーとそれをむっとした表で膝に乗せているマスタング、そして彼らとは相反して普段の冷静さからは想像もできない程に明るく弾けた笑顔で収まっているホークアイの姿があった。
「なっ……なんだよこれっ!なんつー凄まじいモンを……」
「み、みんなに押し切られて抵抗出来なかったんだ……僕、嫌だって言ったのに、ホークアイ大尉も止めてくれなくて!」
呆れたようにちらちらと自分を見ていエドワードに向かってフュリーは両手を握りしめて、目を潤ませながら反論するが、そんな後輩の訴えなどまるで無視したハボックがフュリーの短髪をがしがしとかき混ぜ、そしてブレダがフュリーの腹におもしろ半分に軽いパンチを入れながらからかって言った。
「けど、見てみろよ、このホークアイ大尉の笑顔をよ!こんな風に笑ってくれるなんて年に1度あるかどうか……それを引き出したお前の株は間違いなく上がったから安心しろ!」
しばらく皆で笑い合った後、軍議を終えたマスタングが戻って来た。
「よお、あんた、新しい秘書を雇ったんだって?」
ニヤニヤと口元を歪めて笑いながらそう言い、エドワードはマスタングの後に着いて執務室へと入っていった。今日の本来の目的である提出書類を既に執務室にいたホークアイに手渡す。それからマスタングのデスク脇に置かれている椅子に腰を下ろす。と、それを見計らい、マスタングは苦々しい表情でエドワードに向かって吐き捨てるように言った。
「あいつら、くだらん真似を……職務中に何をふざけているのかと思えば記念写真などと……」
「あら、昼休みの残り時間を利用していたし、別に職務に支障を来すような事はありませんでしたよ。どこかの誰かさんみたいに、ランチミーティングをダシに夕方まで姿を消すよりはマシです」
だが、マスタングの上官としての苦言をまるで消し去ってしまうような事をホークアイは事も無げに笑顔で言い放った。エドワードとマスタングの為の紅茶を用意する為に立ち上がった彼女は、茶器を手にしながらエドワードにも声を掛けたのだった。
「エドワード君は何かアル君にプレゼントでもあげたの?」
「えっ……あ、ま、まあね」
ホークアイからの突然の問いかけに、エドワードはティーカップを受けとる手を一瞬止めた。そしてどこかぎこちない笑顔で嘯く。
「あいつがその時一番欲しいって思っていた物をやったよ」
「ほう、君にそんな甲斐性があったとはな」
「バカにすんな。俺とアルはあいつが生まれたときからずっと一緒に暮らして来たんだ。あいつが欲しい物くらいお見通しだぜ!」
マスタングの突っ込みを鼻息荒く返したエドワードだったが、何をアルへプレゼントしたかなどは口が裂けても言うまい、そしてこの場に居合わせている2人がこれ以上の詮索をしないようにと心の底から願っていた。
「まあ、あいつの事をこの地上で一番理解しているのがこの俺だからなあ。あいつに何をプレゼントしたらいいかなんて聞くような野暮な事はしなくたって楽勝な訳さ」
ひとしきりそう語った後に矛先が自分に向かないうちにとその場から去ろうとしたエドワードへ、見送りの為に手を振りながら穏やかな笑顔でホークアイが尋ねたのだった。
「それで、アル君はエドワード君の贈り物を気に入った?」
「そっ……そりゃあ勿論!手放したくないって昨日の晩からべったり一緒だったみたいだし!」
まさか自分の身体で奉仕したとも言い出せず、しかも半ばアルを欺いてなのだ。アルに目をかけているこの女性にそんな事が知れたら自分の身が危うい。
「じゃ、じゃあ、俺、アルが待ってるから帰るよ。仕事頑張って」
「ええ。エドワード君もね。夕べ大変だった分、今日はゆっくりした方がいいわ」
「え……」
ホークアイの一言に、エドワードの体中からどっと吹き出た冷や汗が首の裏を、背筋を凍えさせた。
エドワードは司令部から出ると、彼を見た誰もがそうと分かるように慌てて駆け出していく。
アルが市中を巻き込んでのこの騒ぎを知らなかった訳ではないと疑うべきだったのではないのだろうか。そして、かの女性士官と通じていない訳もないのだと。
「なんだよ……嵌められてたのは……」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めながらもどこか愉快な気持ちにさせられて、エドワードは笑い声を押さえながらアルの待つ家へと走って行った。

副題「逆ソープ天国」……すいませんごめんなさい言い過ぎました。

実は、アル陥落から先も書いていたのですが、そこまで一気に書いてしまうと話がまとまらなくなってしまうのであのシーンで切り上げてみたりした訳です。その後のナニなシーンはまた別にお話に仕上げて発表したいと思います。

しかし、最初はバレンタインあたりにアップするつもりで書いていたのに、それがホワイトデーを過ぎそしてお花見の季節になった今の今まで仕上がらないとは……花粉と黄砂は恐ろしいです。はい。


裏展示部屋TOP