「Wrong Heaven 2nd」でアルが家出した後。兄さんの告白です。
(2009.11.6追記)もともとオンラインで発表した時は本編の「WrongHeaven」の方が先ですが、同人誌として発表した際の並び順で再公開いたします。
なお、本文の修正等はひどい誤字以外はオンライン発表時より修正していません。
鉄格子のある病室と言うのは、それだけでこんなにも冷え冷えとしているのものなのかとマスタングは頭を押さえた。今、自分の目の前には取り乱し、自分に殴り掛かって来た少年が小さく身を縮みこませながらベッドに腰掛けている。その手には常に携行している使い古された手帳が握られていた。
「…これ、あんたに、やるよ…あと、俺の事、どういう風にしても、いいから。読めば分かるよ、錬金術師なら」
エドワードは笑っているような、泣いているような、どちらとも言えない顔でそうロイ・マスタングに言った。
マスタングは手渡された分厚い手帳をぱらぱらと捲りながら、ある一部分の箇所をしげしげと眺めながら、暗い色の瞳をエドワードに向けた。
「君は、何を望んでいるんだ?私との取引きか?お得意の等価交換で」
エドワードはその言葉を聞き、驚いたように目を見開いた。それから声を押し殺して笑い、頭を抱え込んでそして泣きながら答えたのだ。
「違うよ、逆だよ…俺は、また俺の身勝手で…アルを、あんな風にしちまったんだ」
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もう、できる事は全てやり尽くしたように思えたその時、唐突にその噂が耳に飛び込んで来た。
「まあ、平たく言えば、女の腹の中と同じ状況をつくり出してやって、それに練成で成長の速度を変えてやればいいんだ」
目の前の男は、得意げに自分の顎を撫でながら、俺に言った。
「俺はもう、動物実験では成功させてるんだ。見るか?あっちの豚小屋に成果がゴマンといるぜ?」
男に案内されて、そこへ足を踏み入れる。そこには、丸まると太った豚がせわしなく餌を食べていた。そして更にその奥の部屋に案内された時、俺は驚きの余り叫び声を上げてしまった。
大きな、ガラス張りの容器の中に小豚が何匹もいて、その容器を満たした液体の中にぷかぷかと浮いていた。腹からは臍なのだろうか、ひも状のものか伸びて大きな固まりに繋がっている。それがきっと子宮の中の胎盤の役目を果たすものなのだろう。
「豚は成長するのに人間程年月を要しないし、自我がどうとか、気にする必要もない。ある程度臓器が出来上がったら外に出して、あとは他の固体と育てればいい。けどな、人間だけはそうはいかねぇんだよ。成長の為のホルモンの調整がどうにも厄介でなぁ。他の錬金術師にもやらせたんだが、みんな細胞が暴走して老化するばかりで、うまく行かなかった」
「…それを、俺にやれ、と?」
男に自分の声が震えているのを悟られないようにするのが精一杯だった。きっと顔は奇跡を目の当たりにして喜びに打ち震える様がありありと浮かんでいただろう。だが、いい。もう構うものか。この男と組めば、アルの身体を練成できるかも知れないのだ。
その日から、ノウハウを得る為にその男の元へと日参した。勿論、アルには何も言わず、適当な理由をつけて誤魔化した。
やがて、男はこう言い出した。
「まず、身体の元となる遺伝子情報が必要だ」
残念ながら、アルの肉体の元になるものはもう何も残ってはいなかった。ならば、と自分のものではどうかと告げると、男がうーんと唸った。
「それじゃ、その本人とは違うものが出来上がるぞ?あんたらが心配している拒絶反応だって起きる可能性がある。極力同じものを用意しなけりゃいかん」
どうすればいいのかと頭を悩ましていた時に、故郷の幼馴染みの家に母の遺髪があることを思いだした。たしか、あるはずだ。父からの情報は俺の身体から、母からの情報はその髪の毛から取り出したらどうかと提案した所、なんとかできるかも知れないという結論に達し、早速遺髪の一部を取り寄せた。
そして失敗の許されない練成が始まった。これまでの男の研究で分かっているデータを頭の中に叩き込み、慎重に練成を行う。
男が母の遺髪から遺伝子情報を分離し、俺の肉体の一部からも細胞を(どこの細胞かはここでは言わないことにする。男の肉体で、青年期に激しく細胞分裂を繰り返す所と言えば分かってもらえるだろう)取り出し、練成でそれを融合させた。それから例の容器の中で成長を促進させた。
その作業はかなり我慢強いと自負する俺でも何度も投げ出したくなるようなものだった。激しく細胞分裂を繰り返す肉体を監視し、男のデータから割り出した成長ホルモンの成分を練成し、それをまた微調整しながら肉体を培養する液体の中に投与した。造られた肉体は胎児のように丸くなる体勢を取りながら猛烈な勢いで成長をしている。睡眠も満足に取れず意識が朦朧として来た頃、ようやく男がにやり、と笑った。
「すげえな…ここまでできたのは…初めてだ…さあ、魂をここに呼べよ!ぐずぐずしてるとせっかくの入れものが駄目になっちまうぞ!」
しかし。丸くなった体勢ではよく分からなかったその肉体の様子がガラス容器から運び出されて自分の目前に全てを曝した時、俺は叫び声を上げてその場に座り込んでしまった。その肉体は、事もあろうに女性の身体だったのだ。
「なんて事だ!おい、アルは男なのに!失敗だ…こいつを早く処分しないと…」
だが、男はにやついた表情を変えずにのうのうとこう言った。
「仕方ねえよ、そこまで俺はコントロ−ル出来ないし、それに、見て分からなかったか?小屋にいた豚達はみんな、メスだったじゃないか?」
曰く、オスの固体はどんなに実験を繰り返しても胎児の段階で死んでしまうのだと。ここまで生体練成できたのはメスであったからだと。こいつは、分かっていてそうしていたのだ。俺を騙していた!
とたんに、自分の身体中の血液が沸騰するのを感じ、気がつくと、血まみれで床に倒れている男がいた。自分の右腕の機械鎧に血と肉が汚くこびり着いていた。もう男に息はなく、取り乱した俺は髪をぐしゃぐしゃとかき乱して叫んだ。
そして叫び尽くした時、傍らの生まれたばかりの肉体をふと見た。
美しかった。生まれたばかりの身体というのはこんなに美しいのかと思った。少女の身体に成長したその肉体に手を伸ばす。わずかに膨らんだ胸に触れ、窪む滑らかな腹をさすり、すらりと伸びた太ももに触れた時、先程とは違う興奮を覚え、そして俺はその身体に縋り、泣きながら自分の性器を擦り、そして精を吐き出した。
ひくつく身体をのそりと起こして、もう一度、まじまじとその少女の顔を見つめた。
それは遠い記憶にある、かつてあった母の若い頃の写真の姿に酷似していた。違うのは、俺と同じ髪の色だけだ。きっと、目を開けば俺と同じ色をしている瞳があるのだろう。そうだ、アルも子供の頃はよく母親似だともてはやされていたのだ。だから。そうだ、これはアルなのだ。父と母の遺伝子を受け継いだ、確かに。
それから俺はその場にあったものを全て分解し、そしてそこを後にした。眠ったように動かない魂のない少女の肉体をようやく担ぎ上げて近くの宿に運び込むと電話でセントラルのホテルにいるアルを呼び出した。
数週間理由をつけて連絡を取らなかった上に突然呼び出され、俺の前に姿を現した鎧のアルは何事かと驚きの声で俺の顔を見て言った。だから、俺は笑いながら言ったのだ。喜べ!お前の身体を取り戻したんだ!と。
そして俺は鎧の前の止め具を外し、血印に手を伸ばした。アルの悲鳴が聞こえた気がしたが気に留めず鎧から魂を一気にひっぺがした。
……それから。アルは数日間目を覚まさなかった。俺はそれをずっと見守り−やがてアルがいたい、という言葉を口にして目を覚まし−本当に練成を終えたのだと実感した。
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「なあ、俺は頭がおかしくなっちまってるんだよ…あれは、本物のアルじゃない、コピーなのに、なのに、あいつの魂を閉じ込めちまったんだ。その上、人も殺した。欲情して汚しもした。俺を殺すなんて生易しい事はしないでくれ。こういう所に一生閉じ込めて、死ぬよりも酷い目に遭わせて欲しいんだよ」
マスタングはエドワードの喉の奥底から絞り出すような言葉を聞き終えると、手元の手帳の一部分を剥ぎ取り、発火布を纏った指先を擦りあわせて一瞬にして灰にした。呆然とそれを見つめる少年に向かって吐き捨てるように言い、その部屋を後にした。
「何度も言っているように、軍の君たちの記録には人体練成を行った事など残っていない!…だが、自分が罪を犯したと自覚するのであれば、それを償う相手がいるだろう?それを忘れるな!」
それから、マスタングは部下にエドワードの病室を普通病棟に移すように指示すると用意された車に乗り込んだ。
<continued on "Whong Heaven">
そう言えば、高校生の時に友達がこのタイトルで自作曲を収録したカセットを作って売ってたよ。カセットと言うのがミソですな。いや、ちょうどCD出回り初めの頃だったなぁ。
そんな訳で、「Wrong Heaven」で原因が分からずあちこち調べまくっていた兄さんは要するに嘘を付いてました!ということで。