お正月の期間限定ながらクリスマスのお話です。

もやもやしてる兄さん×無邪気受な弟な感じです。全くもって健全なままお話が進みます。

「あーっ、兄さん、こっち、こっち!」
数週間の旅から戻った俺を出迎えてくれた弟は、大げさに両手を振りながらこちらに合図を送っていた。
世間はクリスマス休暇とやらで、故郷に帰る奴や他の国で休暇を楽しむ奴も多く、今俺と弟のいるターミナル駅はそういった人間達でごった返している。
右を向いても左を向いても人だらけというこの状況の中だったけれど、俺はあいつが合図を送る前からアイツの姿を見つけていたから、すぐさまこちらも手を挙げて返事をした。
「おう! 出迎えご苦労!」
駅の改札を抜けたばかりの俺の元へ、弟のアルフォンスが駆け寄ってくる。雑多な人の群れを器用に避けながら進んでくるその姿はどこにでもいるごく普通の人間にしか見えないだろう。
……いやいや、どこにでもいるごく普通のっていうのは語弊があるか。あまりお目にかかれない、いい男かな。そんな奴がつい数年前までは魂だけの存在で、バカでかい鎧の姿だったと聞いて信じる奴はこの駅の構内にいる奴どころか、この世界に誰一人としていないだろう。
まあ、アルが現在に至るまでの話はここでは省くけど、俺もあいつもいろいろとあって今は生まれ故郷から距離どころか次元も超えてこの世界のこの国―こちらではイングランドという国に、弟共々身を寄せているといった状況だった。
そして、俺は二週間と少し、島国であるこの国からヨーロッパ大陸に渡り、とある物質についての調査を終えて帰って来たところだったのだ。
「ねえ、ドイツはどうだった? みんな元気にしていたの?」
アルは俺の旅行要鞄を奪い取るようにして手に持つと、まるで小さな子供のように目を輝かせながらそう聞いて来た。みんな、というのは一時滞在していたドイツのミュンヘンで世話になった人たちの事で、大戦後のごたごたで苦労しながら暮らしていた。
「ああ、グレイシアさんも、他の皆も元気だったぜ。まあ、相変わらず金はねえしで大変そうだったけど、それは世界中どこも一緒だしな」
「だったらよかった。ドイツを出てからずっと連絡も出来なかったから気になっていたんだ」
ほんのしばらくの間世話になっただけだったにも関わらず、アルは俺の下宿の女主人のグレイシアさんや付き合いのあった人たちがどういった生活を送っているのかを心底から案じていた。これが奴のいいところでもあり、悪いところでもあるんだけれど、俺としてはこういう弟の性格は決して嫌いじゃなかった。
混雑した駅の構内を出て、どんよりと曇った空を見上げた。幸いな事に雪が降る程の寒さじゃなかったが(この国は潮流の関係でドイツ程には冷え込まないと後で知った)この街特有の重苦しい色の空に俺は早いところ下宿先に戻って身体を温めたいと思い始めていた。
鞄を再びアルから奪い返して早足で下宿に戻った。
大学の多くあるこの街で学生相手に自宅の空き部屋を貸しているその中の一軒に俺とアルは滞在している。
あちこち歩き回らなきゃいけない身だから住むところなんてどんな所でも俺は気にしないが、そんな俺にアルをつき合わせちまっているのが今の生活の中でのちょっとした悩みだった。
下宿の玄関を叩くと、家の中から俺の五倍くらい年をとったばあさんが姿を現した。ばあさんは俺たちの顔を見るなり無愛想にドアを開けて、今週の宿代は明日までに収めておくれと言い捨ててまた自分の部屋へと戻って行ってしまう。俺はそんなばあさんに適当な返事を投げて二階の下宿部屋へとさっさと上がっていった。
部屋についた俺とアルは重苦しい上着を脱ぐと、俺はベッドの上に、アルは古びた椅子に腰を下ろした。
そう大して広くない部屋の中には、大人二人で寝てもなんとかなるのだけが取り柄のベッドと小さな木製の机と椅子、そしてもう随分と本が置かれていない空の本棚があった。この下宿バスルームは一階で、その隣がばあさんの部屋になっているので夜中や早朝は使用禁止、台所も下宿人は勝手に使えないと来ている。そして学生街からは微妙な距離にあったので、もうずっと空き部屋になっていたのを俺たちが頼み込んで住まわせてもらっているという訳だった。
「ずっと移動だったから疲れたでしょ? おばあさんからお湯を貰ってお茶でも飲もうよ」
アルはそう言って立ち上がると、そそくさと部屋を出て行った。
アルは俺と一緒に居るといつもこんな感じだ。こちらは頼んでもいないのに、あれやこれやと世話を焼いて来る。奴が世話焼きなのは今に始まった事ではないが、アルがこちら側にきてからそれがどうにも過剰な気がして、俺の気持ちはどこか落ち着かなかった。
俺以外、知り合いのいない世界にやってきたのだから、アルは俺を頼りにしてその結果俺に意識が向いてしまうのは仕方のないことだと思う。けれど、その原因を作ったのは紛れもない俺自身で、だから俺は果たしてこのままアルを道連れに旅を続けていてもいいのだろうかと考えることがしばしばあったのだった。
そんな事をぼんやりと考えていると、陶器製のポットにたっぷりの沸かしたての湯で煎れた紅茶と、ポットと揃いのデザインのカップ、それにいい焼き色のショートブレッドをトレイの上に載せたアルが戻ってきた。畜生、あのばあさんは俺が顔を見せても愛想笑いの一つも見せやしないくせに、アルの時は焼き菓子のサービス付きときている。けど、この時ばかりはアルに世話を焼いてもらって正解だと俺は思った。
「はい、どうぞ」
アルは白いカップに紅茶を注ぐと俺にカップを手渡した。俺の分はたっぷりと。そして奴は自分の分のカップには六分目ほどの量を注ぎ、紅茶の色が消えてしまうほどにたっぷりと牛乳をそそぎいれたのだった。
「ねえ、兄さんが出かけている間にちょっとした仕事をしていたんだ」
俺が牛乳紅茶に顔をしかめていると、アルがそんな話をし始めた。
「仕事だって?」
「うん。この時期はクリスマスって言うお祝いの為のご馳走の準備に忙しいって角の肉屋さんで話しているのを聞いてね。それで何か手伝えることはないかって聞いたら、注文の入った家に肉を届ける仕事があるって言われたんだ。肉の配達ならイズミ先生の所でもやったことがあるし、それで…」
アルはこの下宿の主人であるばあさんに気に入られている関係で、たまに食材の買い出しにつきあわされていたのだが、その時にでも話をしたようだった。
「別に……まだこの世界にやってきてそんなにたってねえし、おまえはしばらくのんびりしていてもいいんだぞ?」
俺は紅茶を一口すすると、そう切り出した。奴の事だから、自分の食い扶持位なんとかしようって魂胆なのだろう。
アルはこちら側にやって来てからまだ二月と経っていない。ドイツと違ってこの国は言葉が通じる分(アメストリスの公用語と英語は驚く程似ている)アルも気が楽な筈だが、だからといって働く必要なんて全くないのだ。親父が遺した金品は相当な額だったし、そりゃあ、倹約するに越した事はないが。
「親父の金はまだたんまりあるし、本格的に動き出すまではこっちの世界のやり方に慣れるのが先だぞ。あれこれ手を出して怪しまれるのは勘弁だ」
「分かったよ……ごめんなさい」
小さな子供に言い聞かせるように俺が言うと、アルは珍しい事にしおらしくなり、素直な声色で返事をした。その姿にほんの少し俺は罪悪感を覚えてしまい、慌てて立ち上がり奴の方をぽんぽんと叩いて笑ってやった。
「いやあ、別に悪さをしているんじゃなし、そんなに気にするなって! ああ、そうだ! 明日はどっかいい所を見つけて豪華なメシでも食うか! せっかくのクリスマスって奴なんだから、こういう時くらい、ぱーっと……」
けれど、俺がそう言った時にアルはこちらが驚く程に目をまん丸く見開いて叫び出したのだ。
「あっ……明日はダメだよ! 凄く大事な用事が……その……だから……」
アルの声に俺は思わず後ろにのけぞりながら、小さな声で
「え……な、なんで……だよ?」
そう尋ねると、アルは顔を真っ赤にしながら何やら訳の分からない言い訳をし始めたのだ。
「だって、あの、明日はいろいろとあって……とにかくダメなの! 夜遅くまで手が空かないんだ!」
アルの言い訳する姿があまりにも必死に見えたので、俺はそれ以上の追求はせずに引き下がった。
「分かったよ。とにかく、お前はいろいろと気を回し過ぎなんだよ。年が明けたらいよいよ忙しなくなる予定なんだから、それまではのんびりしていてくれ! これは兄としての命令だそ? 分かったか?」
「う、うん……」
アルは相変わらず素直な返事をしたが、その表情は何かを言いたげなものだった。もしして、この俺に何か隠し事でもあるのだろうか? 
大人しく紅茶を飲み始めたアルの顔を俺はちらちらと見ながら、漠然とそんな事を考えていた。

----------

夕方になり、ベッドの上で本を読んでいた俺はアルがどこかへ出掛けようとしているのに気がついた。
「おい、何処へ行くんだ? もう少ししたら晩メシだぞ?」
下宿のばあさんは時間に厳しい。夕食はきっかり六時半に始まるのだが、それに遅れると決まりを破ったと言ってメシを出してもらえない。こっちが金を出している客だと何度も喧嘩になりかけたが、それでもばあさんの決まりとやらは変わる事はなく、それは例えアルであっても変わらなかった。
「ごめんなさい、ちょっとだけ……食事の時間までには戻れると思うけど、もし戻れなくてもなんとかするから気にしないで」
上着を着込み、アルはそう言い残して部屋を出て行く。おかしい。俺の二週間の旅行前にはそんな事はなかった。今の時刻は午後六時、図書館は締まっているから行き先は図書館じゃない……奴は一体何処へ行こうとしているんだ? 
アルが部屋を出て行ってからしばらくして、俺はアルに気づかれないようにその後を着ける事にした。
宵闇に紛れながら、俺は弟の後ろ姿を追った。アルは下宿を出ると真っすぐに商店街の方へと向かって早足で歩いて行く。五分程歩いてからアルの足がある建物の前でぴたりと止まったからそこは何処なのかと思い見上げると、アルが仕事を手伝ったという肉屋だったのだ。
「なんだ……? 配達の手間賃でも受け取りに来たのか?」
ところが、アルは店の中には入らずに、店の前で女と立ち話を始めたのだ。
アルと話をしているのは、確か肉屋の娘だった筈だ。年と長い金髪と青い目が少しだけあちら側の幼なじみに似ていて、初めて見た時にアルが興奮気味にウィンリィみたいだね! と話していたのを思い出した。
肉屋の娘は楽しそうにアルと話をしていて、アルもまんざらでもない様子で楽しげに、時折恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうに笑っている。声が聞こえる距離ではないので何を話しているかまでは分からないが、あの二人の様子からしてかなり親密な仲であるように俺の目には映っていた。
しばらく話し込んだ後、肉屋の娘は自分よりも背の低い(嫌な言葉だ)アルの顔を覗き込むと、やおらアルの頬にキスをした。俺もそれを驚いたが、当のアルは俺よりももっと驚いていて、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。肉屋の娘はアルの様子を見てからからと笑っていた。
そして二人はようやく話す事も無くなったらしく、手を振って別れた。アルはまだ赤い顔をしながらこちらの方へと走ってやって来たので、俺は大急ぎで建物と建物の間の隙間に身体を押し込んで奴が通り過ぎるのをじっと待ち、そしてまたあいつの後ろ姿を追い掛けながら下宿へと戻ったのだった。
その後、何もなかったかのように食事を取った(アルは俺もどこかへ外出していたのを多少訝しがっていたが)。食事の後は二人して部屋にこもり、アルは本を読み、俺は旅先で集まった情報を纏める作業をしていたのだが、先程のアルと肉屋の娘とのやり取りが頭の中に残ってしまい、どこか作業中も上の空になっていた。
アルはあの女の事が好きなんだろうか? 
そりゃあ、こいつだってそういう事に興味が出てもおかしくない年だし、兄貴の俺の目から見ても女にも男にもモテるに違いない。
だとすれば、アルが明日はダメだと言った意味が何となく見えて来る気がした。
クリスマスをあの娘と過ごす為に俺の誘いを断ったんだろう。肉屋の配達で稼いだ金はきっとあの娘の髪飾りや耳飾りになっちまったに違いない。
ああ、俺はアルに振られちまったのかという考えが頭の中にぼんやりと浮かび、しばらくしてからそりゃねえだろう! と、もう一人の自分が喚き出す。だって俺にとってアルは弟なんだぞ? 振った振られたの関係なんかじゃ絶対ないし、こういう時、兄としては喜ぶのが普通じゃないか? それなのに、この置いてきぼり感は一体……。
目を通している資料はちっともまとまらない。すると、そんな俺に気づいたらしいアルが横になっているベッドの上から俺に声を掛けて来た。
「兄さんどうしたの? ぼんやりしちゃって……旅の疲れが残っているなら、早く寝た方がいいよ」
アルはそう言ってベッドの自分の隣をぽんぽんと掌で叩いた。どうやら隣に来いと言っているらしい。
「ん、そうだな……もう寝るか。ドーヴァーの連絡船の中じゃあ殆ど眠れなかったもんな」
俺は服を脱ぎ捨てると素早くアルの隣に滑り込む。既にベッドに横になっていたアルのお陰で寝床はほんのりと暖まって心地いい。そしてずっと夢に見たアルの笑顔がすぐ傍にあって……ああ、もうこれ以上望む事なんてしちゃいけないのかもしれないなあ、なんて考えた。
やっぱりアルにはウラニウム探しなんて手伝わせないで、あの肉屋の娘とのんびりとこの街で暮らすように言って聞かせよう。
アルには苦労ばかり掛けっぱなしで何もしてやっていない。兄としてせめて好きな女と幸せに暮らせるようにしてやらなきゃいけないんだ。
「………ん、……さんてば!」
「んっ、あ……な、何だよ?」
「ボクももう寝るけど、明かりを消してもらってもいいかって聞いたんだよ! やっぱり疲れてるんじゃないの?早く寝ようよ!」
いつの間にかアルが俺の事を呼んでいた。その怒ったような声に慌てて机の上とベッド脇に置かれた二つのランプを吹き消すと、ベッドの中に一足先に潜り込んだアルが小さくお休みと言うのを俺は聞いた。
「……おやすみ、アル」
俺もベッドに潜り込み、背を向けて眠る弟へ向かって囁いた。

----------

俺が目を覚ました時、既にアルの姿は俺の隣にはなかった。どうやら朝食を取るためにもう食卓に着いているんだろうと考えていたのだが、階段を降りて台所に向かうとパンケーキを焼くばあさんの姿しか見えなかった。
おまえさんの弟はもうとっくに食事を終えて出かけていったよと怒鳴られながら食事を取った俺は、資料探しとばあさんのお小言から逃れるためにこのあたりでいちばんでかい大学の図書館へと向かった。
巨大な書庫から目当ての本を取ろうとすると一番上の棚にあって事もあろうに手が届かねえときた! 
この国の女はみんなばかでかいからって本棚まで馬鹿でかくすることもなかろうにと俺はぼやきつつ踏み台はどこかと探す。
そういや、あちら側に居たときは、アルがどんな場所の本でも手を伸ばして取ってくれたっけ。
その途端に胸を締め付けるような寂しさがわき上がる。けれど、これから起こる事はアルにとって、俺にとっても仕方のないことなのだ。
生きていればいつかは恋だって結婚だってするだろう。それが俺たちにとってちょっとばかり早く訪れただけの事なのだ。
今日はクリスマスだという。人々は親しい人に贈り物を贈るそうだ。ならば、俺はアルに自由を贈ってやることにしよう。俺につき合わされたが為に肉体を奪われ、俺を捜すために数年間を費やし、俺とともに居ようとしてあちら側の全てを捨てざるをえなかったあいつに、今度こそ。
図書館が閉館の時間を迎え、俺は朝来た道を反対に歩いて行く。もうすっかり日は暮れて、人通りさえもまばらだった。
これからはずっと、俺はこんな風に一人で歩いて行くのだ。そんな事を考えながら下宿にたどり着くと、玄関先ではアルがドアの前に腰を下ろして誰かを待っていた。
「兄さん! 遅かったじゃないか! ボク、ずっと待っていたんだよ。さあ、早く中に入ってよ!」
おかしいな、アルが俺を待っていたって? そんな訳があるはずがない。
それでも俺は俺の手を引いて家の中へ連れて行こうとするアルのなすがままに着いて行き……食卓の上に並ぶ白い皿を目の当たりにした。
「兄さんにボクからとっておきのプレゼントがあるんだ。さあ、席について!」
俺は訳も分からずアルの言う通りに席に着いた。すると、アルは台所へとすっ飛んで行き、それから両手鍋を持って俺の方へと戻って来たのだ。
「うふふ、兄さんはきっと久し振りに食べる筈だよね? きっと懐かしくてビックリすると思うよ」
鍋ぶたをアルが持ち上げると、鍋からは白い湯気がゆらゆらと立ち上った。そしてそれと同時に周囲に立ちこめる、えも言われぬいい匂い。それは俺たちの母さんがよくこさえてくれた懐かしい料理の匂いだった。
「アル、こいつは……」
「驚いた? こっちでは牛乳を使わないシチューばかりだったからさ……肉屋のお嬢さんにこんな味なんだけどって言って頼んで作ってもらったんだ。あ、味はちゃんと同じだから安心して! ボクも何回も試食して確認したから大丈夫だよ! さあ、暖かいうちに食べて!」
皿に溢れんばかりに盛られたクリームシチューとアルの顔をしばらく交互に見比べて、それから俺は間の抜けた声でアルに尋ねたんだ。
「アル……こいつを作る為に……もしかして、肉屋に……」
「えっ? ええっと……まあ、結果的にはそういう事になっちゃうのかなあ……クリスマスにはプレゼントを贈るって聞いて、ボクも兄さんに何かを贈りたくなったんだ。だって、何年間も何かをしてあげたくても傍に兄さんはいなかったから……最初はよく使うものを何かって考えていたんだけど、色々考えて、結局これになっちゃった。配達を手伝ってもらったお金は材料費と手間賃にしたよ」
アルの話を聞いて、ふとアルがこちらに来たばかりの頃に母さんやばっちゃんのシチューが懐かしいと零した事があったのを思い出した。
なにせグレイシアさんとノーアの作るスープはどれもこれも塩味で、ここのばあさんが作るものはトマト味だったからなあ。
「そうか……俺はてっきりアルはあの肉屋の娘と今夜は過ごすとばかり……」
俺がもそもそとそう口ごもりながら言うと、アルは顔を真っ赤にしつつ、掌を顔の前でぶんぶんと振って否定した。
「そっ、そんな! あの人はそんなんじゃないってば!」
「だって、夕べ会った時にお前のその……キスしてたじゃねえか……」
「見てたの? どうして見てたの?」
「いやその……お前の事が気になって、後を着けてみたら見えちまったって訳で……」
「ひどいなあ、こっそり見ていたなんて。でも、残念ながらあの人ってばボクの事なんてまるきり子供扱いだし、ボクだってそんな気は全くないから」
俺の見当違いの推測をさらりと否定したアルは、もう一皿、自分用にもシチューを皿に取り分けて俺の隣の席に座った。
「さあ、もう食べようよ。お腹空いてるんでしょ? 沢山作ってもらったから、どんどんお代わりしてよね! これから二人であちこち行くんだから、栄養取って体力つけなきゃ!」
陽気に笑うアルの隣で、俺はシチューを口の中に掻き込んだ。懐かしい味はそのままに、俺の口の中に広がってそして胃を満たした。途中、やけに塩味が利いている気がしたけど、それは多分涙のせいだろう。アルが俺の顔を見てまた笑った。

----------

「アル、俺、お前にプレゼントの用意をしてねえんだけど……」
一日のすべてが終わり、後は寝るだけになったその時に、俺はアルにそう言った。
言えねえ。お前を自由にさせる事が、俺からの贈り物だと考えていたなんて、絶対に言えねえ! 
なんという思い上がった考えだったのかと、自分が恥ずかしくなる。ついでに、お前って奴がどれほど俺の中で大きな存在だったのかを知った。
遠く離れていても日々思う事はお前の事ばかりだったけれど、こうして布切れ一枚程度の距離にあっても、俺はお前の事ばかり考えてしまう。
そんなに大事に思っているのに、お前が欲しい物が何なのか、分からなかったんだ。
「これからでも良ければ、お前の欲しい物を見つけて来てやるよ」
とは言え、可愛い彼女とか言われたら却下だけどな、とか考えていると、アルは俺を見てくすくすと笑って言ったんだ
「別に欲しい物はないよ。だって、ずっと欲しかったものをついこの間プレゼントしてもらったばかりだもの」
そうしてベッドに横になっていた俺の隣にするりと潜り込んだアルは、俺が飛び上がって喜びそうな事を口にした。ああもう、どうしてこうもお前は俺のツボをそうも上手く突きやがるんだろうか。
「ボクがずっと欲しいと願っていたのは兄さんと一緒にいる事……兄さんの隣で同じ時間を過ごしたいって事だけだよ。だからもう十分なんだ……」
毛布の下から聞こえて来たアルの声がだんだんと小さくなって、やがて代わりに静かな寝息が聞こえて来た。
俺は頭の中で、奴が完全に寝入ってからガキの頃みたいに抱きしめてやろうか、それともあの肉屋の娘みたいにしてやろうかって算段を始めていた。(おわり)

クリスマス公開を目標にお話を書いていたのですが、ちょうどその前後に忙しくなってしまい、公開がずれてしまいました。公開がずれたついでに、冬コミがあるのになんにもないのは寂しい〜とか思いはじめて(でもスペースはないんだぜ!)、書いたお話を冊子にしてお知り合いに配って回っていたのは私です(苦笑)。ちなみに、冊子の方はIKEAで売っていたラッピングペーパーをちまちま裁断して表紙にして作りました。結構可愛かったっす。でも裁断が大変だからあまり作れない〜。

この後にも一応続きを考えていて、多分そっちは18禁相当なお話になると思います。兄さん頑張れ!


 展示部屋 mainpage