「ほい、この間頼まれた古文書の解読終わったぜ!」
エドワードはそう言って書類の束をマスタングのデスクの上に放り投げるように置いた。
「相変わらず早いな。君に頼んで正解だったよ。他の研究者達は最初の頁を見ただけでお手上げ状態だったからな」
そう言って微笑むマスタングは満足げにその書類の束をぱらぱらと流し読んでいる。
練成に関しても天才的な能力を持つエドワードだが、その理論の組み立てや他人の書き記した研究書の解読も何人の追随をも許さない物を持っていた。流石は自身の内に構築式を持つ者だとマスタングは常日頃から感心していたのだが、今回の解読は3日程前に頼んだばかりだった。幾ら早いと言ってもまさか寝ずに解読を行った訳ではない筈で、マスタングはそれを訝しげに思い、エドワードにその事を問いただした。
「それにしても今回は早かったな。君に取っては赤ん坊の読む絵本程度だったと言う事かね?」
すると、エドワードは自らの隣に座るアルを見て言ったのだった。
「それなりに面倒だったけど、アルが手伝ってくれたからな。リライトは全部やってくれたし」
「そうか、それでか。道理で字が綺麗すぎると思ったんだ!」
「うるせぇ!」
アルはそんな兄と上官のやりとりをよそに、持参した手荷物をマスタングのデスクの脇に立っていた彼の副官のホークアイに手渡した。
「あの、これ良かったら司令部の皆さんで食べて下さい。お店で練習のつもりで作ったらすごく良い出来だったから」
「あら、ありがとう。じゃあ、ちょっと早いけれど休憩にしましょうか」
アルが持って来たのはバナナパウンドケーキだった。それを受け取ったホークアイはさっとどこかへ姿を消したが、数分後には戻って来て、綺麗に切り分けられたケーキを同じ部屋にいる者に配り始めたのだった。
「わあ、美味しそう!」
まず声を上げたのはフュリーだった。書きかけの書類を放り出して食べようとしたが、ホークアイにそれを制止された。
「お茶受けがあってお茶がないようね?」
フュリーはその言葉に顔色を変えて立ち上がり外に出ると、先程のホークアイのように数分後にはきっちり人数分の紅茶を食堂から調達して来てそれぞれのデスクに置いて回った。
「准将、どうぞ。とっても美味しそうですよ」
ホークアイにそう言われてマスタングもその焼き菓子に手を伸ばすと、一口かじりつく。途端に口の中に広がるバナナの甘い香りと味に感嘆の声を上げた。
「これはなかなか!丁度良い焼き具合だ。君は何をしてもそつがないね!」
他の面子もケーキを口にしながら盛んにその出来を褒めちぎっていた。アルはそれに顔を赤くして恐縮しきりという表情でいる。
「あー、こんなに料理も上手くてなんでも出来る彼女が欲しいぃぃぃ!」
ケーキを食べながらこう叫ぶのはおなじみハボックだ。またしても彼女に振られたのだろうか、エルリック兄妹の傍に近寄ると、アルの方を向いて涙目になりながらこう訴えた。
「いや、別に料理なんて上手くなくてもいい!気持ちの優しい子なら…なあ、どうして俺はモテないんだろうなぁ?」
「よく分からないけど…ボクから見てもハボック少尉はかっこいいなって思いますよ?たまたま出会うチャンスがないだけですよ」
アルはハボックを慰めるようにそう言う。ハボックはその言葉に途端に表情を変え、アルににじり寄って言った。
「そう、そうかな?じゃあ、アルは俺みたいのがタイプなんだ?」
そのハボックの余裕のなさ過ぎる姿に同僚らは苦笑し、アルの隣に座っていたエドワードは顔を引きつらせてそれを見ていた。
だが。次の瞬間、ハボックはアルの一言に凍り付いたように動けなくなったのだった。
「無理です」
「へ?」
「ちょっと違うから」
「はぁぁぁ?…じゃあ、アルはどんな男が好みなんだよ?あ、大将は別にしてだぞ!大将以外でここにいる男のどいつが好みだ?」
「男の人でって…」
アルはハボックの問いに小首をかしげながら室内を見渡すが、しばらくして困ったように返事をした。
「いません」
その言葉に驚いたのはハボックだけではなかった。アルに懐かれていると密かに自信満々だったマスタングも顔色を変えた。
「こんなうだつの上がらない万年少尉の男ならともかく、君の目の前にいる私でもかね?」
「はい」
「あっ、酷い准将!万年少尉だなんて!」
「本当の事を言ったまでだ!こと女性に関しては曹長並みだろう!」
アルを挟んでハボックとマスタングが言い合っている。そして、密かに部屋の片隅でフュリーが頭を抱えて落ち込んでいた。
「じゃあ、ここにいる中で誰が一番君の好みに近いのかね?鋼のを除いてだ!」
ハボックと同じく、マスタングもエドワードには勝てない事を知ってか同じような質問をアルに繰り返し尋ねた。
アルは苦笑しながらエドワードの表情を伺い、それからある人物の方を見て言ったのだった。
「…ホークアイ中尉…かなぁ?」
室内の一同が−エドワードとホークアイは除くが−がぎょっとした表情になる。
「あー、そうだな、お前鎧の時から中尉かっこいいって言ってたもんな」
照れて笑うアルを肘でつつきながらエドワードも笑って言った。
「あ、あの、アル君…中尉は女性…だよ?」
部屋の片隅で落ち込んでいたフュリーがいつの間にか立ち直ったようで、アルに恐る恐るそう言う。他の面々もそうだという表情でそれに同意するが、アルはあっさりと言い放った。
「分かってますよぅ。でも中尉って素敵じゃないですか?」
ここでようやく当のホークアイがなんとも言い様のない顔で上官や同僚らを嗜めた。
「さあ、もう休憩時間はお終いよ。これ以上人を話のタネにしないでちょうだい。…アル君、ケーキとっても美味しかったわ」
憧れていたと告白同然の言葉を当の本人に聞かれてアルはしきりに照れていたが、ホークアイが茶器を片付けるのを見てボクも!とその後を追い掛けて行ってしまった。
後に残された、エドワードを除く男達は複雑な表情でそれを見送った。

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「なあ、あんたら誤解してないか?」
エドワードはがっくりと肩を落としているハボックとマスタングを見て言った。
「アルは別にまるっきり女になっちまった訳じゃないんだぜ?身体はああでも魂は元のままなんだ。あんたらみたいなむっさいおっさんを好きになる訳ねーじゃん?」
その言葉にマスタングが反論しようとするが、部屋の入口からアルが姿を現したので口から出掛けた言葉を呑み込んだ。
「兄さん、おまたせ!」
「おう。じゃあ帰るとするか」
上着を掴み立ち上がってすたすたと部屋を出て行こうとする兄を引き止めつつ、アルは礼儀正しく皆に挨拶をして部屋を出ていった。
「…そうだよなぁ…」
兄妹が帰った後でハボックが呟いた。
「なんかさ、ずっと鎧で居た所為で…あんな可愛い姿を見せつけられると…弟だったってのを忘れさせられるよなぁ…」
マスタングもため息をついてそれに同意するが、不意に叫び声を上げた。
「魂はそのまま…なら、なんで鋼のにぞっこんなんだ?」

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「兄さん、兄さん?」
いつもより早足で歩くエドワードにアルもつられて早足で着いて行った。
「少尉も准将もくっだらねー事ばかり言いやがって!」
今頃になって、自分の最愛の人間に下らない色恋の話をさせた男達が腹立たしくなって、エドワードは声を荒げた。
「そんなにカリカリしないで?ねえ、家に帰ったら兄さんにとっておきのを焼いてあげるから!」
アルはエドワードの腕に縋り付きながら、母親が拗ねた子供をあやすようにそう言った。
「あのね、チーズスフレの作り方も教わって来たんだよ。すっごいふわふわなのにしっとりしてて、口の中で溶けちゃう感じなんだ!」
アルの細くしなやかな腕のその奥の、アルの言う所のチーズスフレのような魅力的な2つのまろみを腕に感じてエドワードはほんの少しだけ顔を赤らめて言った。
「…本当か?」
「うん!すっごく美味しいよ?」
「…んじゃ、それでいい」
やがて2人並んで歩き始めて、エドワードは時折隣のアルの顔を覗き込む。
すると、アルも必ずその時はエドワードの顔を見ていて、にっこりと笑った。
「あんまり見るなよ」
「兄さんこそ!」
「お前が見てるから気になるんだよ!…何が面白くてそんなに見るかね?」
エドワードは照れ隠しとすぐ分かるような口調でそう言い捨てるとまた早足で歩き始めた。アルは再び追い掛ける形になり、くすくすと笑いながら兄の後をついて言う。
「兄さんの顔を見てたんだよ。だって、綺麗なんだもん。太陽の光に髪の毛とか、瞳とか、透き通るみたいで…」
綺麗なのはお前の方だろう?と言いかけてエドワードは口を噤んだ。自分らしい、別の言葉を必死に探す。
「何を…お前も殆ど同じ色してるクセに!」
「違うよ!兄さんは特別だもん!」
アルはそう言ってまたエドワードに縋り付くと、先程の言葉を繰り返した。
「兄さんは特別なの…ボクにとって特別なんだから…」
…昔好きだったあの子よりも、いつもやさしいあの人よりも。どこの、どんな誰よりも。
顔を赤くしてずんずんと歩くエドワードの隣を、アルはその腕を取って一緒に歩いた。


うちの妹は弟の魂が女の子の身体に定着されちゃったという設定なので、こんな話を書いてみました。

ちなみに、多分妹はゴキブリ見つけてもすんごい勢いで退治するであろう(笑)。兄、ちょっとがっくりしたりして。


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