冬コミに出した現代日本パラレル・エドアル本の後日談な感じ。
設定としては
エドはアルととある事情があって離ればなれになり10年振りに再会する事が出来ました。けれど、エドの現在の仕事の関係ですぐにアルとまた離れなくてはならなかったのです。
エドはロイさんとは仕事上でのパートナーであり、一緒に住んでいて(※そういう関係ではありません。ロイさんはあくまで親代わり)、アルはイズミ先生とシグさんと一緒に暮らしています。
一緒にいられるのもあと数日間の兄弟の、大晦日から元旦に掛けてのお話です。
年明けにあっちへ帰ってしまうという兄さんと、少しでも長く一緒に過ごしたくて、ボクは親代わりのイズミ先生の元へ帰る日程を先に延ばすことにした。
電話でその事を先生に伝えたら、お前が食べる分のおせちをこしらえちまったじゃないかと思い切り怒鳴られてしまった。
けど、そう怒りつつも先生はせいぜい兄貴に甘えておきなさいと言ってくれて。
そんな訳で、ボクは心置きなくお正月を兄さんと過ごせる事になったのだった。
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兄さんと一緒に泊まっているホテルは年末年始を過ごす人たちでことのほか賑わっていた。
1人一泊数万円もするようなこのホテルに家族で宿泊する人たちもいるそうで、お金に余裕のある人と言うのはこ不況下にあってもそれなりにいるのだと実感させられる。
まあ、その「お金持ち」の中にボクの兄さんも見事に含まれていて、けれど、そんな人たちの中にボクごときが加わっていいものなのかどうか、なんだかとても場違いなような気がしていた。
兄さんは、持っているのに使わないのは勿体ないという考えで、食事でもなんでも惜しげもなく一番高くていいものを手にしようとする。
兄さんの親代わりだと言うマスタングさんという人がそういう主義の人だそうで、兄さんもいつの間にか同じような考えになってしまったのだそうだ。
(兄さん曰く、「あいつに似てるなんて、考えただけでもゾッとする」のだそうだけど)
そんなボクが、大晦日にホテルの部屋でテレビを見ていると、兄さんがボクに声を掛けて来た。
「おい、せっかくだから初詣にでも行くか?」
神仏など信じないと言い切った人が何事かと思い、ボクが驚いて兄さんの顔を見ていると、兄さんは照れたように言い訳を始める。
「あっ、あのなあ!お前が暇そうにしてるからだかんな!四六時中やりまくっててもいいけど、それじゃああんまりだからごく一般的な日本の正月ってモンを久し振りに兄弟で仲良く過ごそうって思ってるだけなんだからな!」
ボクとしてはむしろ離れていた10年分の想いの丈をそういう行為に費やしてもいいと思っているのだけれど、それじゃあボクも兄さんも身体を壊してしまいそうだ。ここは大人しく兄さんの尻馬に乗っかるのも悪くない。
夕食をとった後、頃合いを見計らって地下鉄に乗り込んだ。大晦日は人の多く集まる観光地周辺は電車も終電の時刻が伸びたり、終夜運転になったりする。
ボクたちが目指したのは数日前にウィンリィと行った浅草だったけど、真夜中だと言うのに駅周辺は大変なにぎわいだった。
「うわ、参道からもう人が溢れてるよ!すごいねえ!」
ボクは兄さんとはぐれないように、兄さんの腕をしっかりと掴んで参道へと向かって行った。と、抗う兄さん。
「どうしたの?」
ボクが尋ねると、兄さんは寒さでなのか、怒ってなのか分からないけど、顔を真っ赤にしながらボクの顔を見上げて声を上げた。
「この体勢は兄としてどうかと思うんだけどな、アル!俺が先導する!」
兄さんよりも頭一つ近く背が高くなったボクが先に進んで行った事が兄さんには気に入らなかったようだ。仕方なく兄さんを先頭に立たせて、その後をボクがついて行く形になった。
参道の両脇の出店に目を奪われつつ、金色の頭を追いかけて行く。
兄さんは体格の割に歩くのがとにかく早くて、ボクはようやく見失わないようについて行くのが精一杯だった。
ああ、そうか。身体も小柄だから人の隙間をくぐって行くから早いのか……これは兄さんには言わないようにしよう。
ようやく本堂前の広場に出て、そこからまたものすごい人に揉まれながら前へと進む。
「兄さん、兄さん!」
懸命に兄さんを追いかけつつ、ようやく賽銭箱の前まで到達した。
お賽銭用の小銭を手に握り、それを投げようとした時、兄さんが自分の財布の中から一万円札を取り出して投げようとしていたのを見てしまい、思わず兄さんの右腕をしっかと掴むとそのままそれを制してボクは声を上げた。
「ちょっと!なにそれ!奮発し過ぎじゃないの?」
しかし、兄さんはボクの腕を振りほどくと、そのお札を賽銭箱に向かって投げてしまう。
ひらひらとお札は宙を漂いながら、やがて賽銭箱の中へと消えて行った。
「あー……」
ボクが唖然としていると、兄さんは呆れたような声で言う。
「賽銭っても、どうせ建物の維持とか、そんな事に使っちまうんだろ?だったらさっさと直してもらっちまった方がすっきりするじゃねえか!」
「それにしたって……気前良過ぎ……」
でも、そんな事をいつまでも言っていた所で賽銭箱に収まった大金が戻ってくる訳でもなかったので、せめてボクはこの先兄さんが勝手な事をしないようにとボクは兄さんの肩をしっかりと抱いて歩き出したのだった。
「おい、離せよ?」
人で溢れ返る狭い参道を兄さんを抱きしめる形で歩くボクに、当然のように不満の色を露にした兄さんの声が聞こえた。
「いやだよ。だって兄さんてば歩くのが早すぎて見失いそうになるから、こうやってしっかり捕まえておかないと安心出来ないからね!」
まあ、それは建前で、ボク的には本当はちょっとでもくっついて歩きたいだけなんだけど。けれど、兄さんはそんなボクの気持ちを知って知らずか、口ではぎゃんぎゃんと吠えながらも、ボクの歩調に合わせて歩き出したのだった。
「お前がトロ過ぎんだ!もっとしゃかしゃか歩け!」
「無理だって。こんなに人が多いんだよ?ああ、兄さん他の人にぶつかりながら歩かないで!もっとこっちに寄ってよ!」
建前に隠していた筈の抱きしめる腕になお一層ボクは力を込める。
抱きしめる力を込める度、冷えた革が暖まって兄さんの体温がボクの手に広がって行くんだ。
こんなに簡単な事を感じられるまでにひどく遠回りをしてしまったから、その分、ちょっとボクたちの愛情表現は他の人よりはほんの少し歪んでいて過激なのかも知れない。
歩調を合わせて参道をようやく抜けたボクと兄さんは、そのまま夜の街をふらつく事にする。
すると兄さんが寄ってみたいという場所あると言うので電車に乗ってその駅へと向かった。
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「なあ、河原の方へ行ってみようぜ」
目的の駅で電車を降りて、すっかり整備された駅前から国道に向かって歩き、そこから大きな堤防を持つ川沿いへと足を向けた。
そこは、ボクと兄さんがかつて訪れた場所。あの、顔に大きな傷を持つ人と出会った場所だ。
「なあ、あのおっさん、まだいると思うか?」
兄さんが白い息を吐きながら、堤防を昇るボクへ話し掛けた。
「どうかなあ……もう10年も経ってるし、真面目そうな人だったからここからはもう足抜けしているんじゃないの?」
今、思い返せばまるで修行僧のごとき克己を感じさせたあの人は、何故あんな場所にいたのだろうか?
今となってはもうその理由を確かめる術もないのだけれど、今一度あの人に会えたのなら、こうして兄さんと2人でいられるようになったお礼と、そしてそれを尋ねてみたいと思った。
堤防の一番上まで昇った僕らは、河原に点在するブルーシートのテントハウスに目を遣った。
それはあの頃からは格段に数を減らしていた。今が冬だと言う事と、そして野外生活すら厳しいと感じさせる経済不況の中で減って行った事は一目瞭然だった。
「……いる訳、ねえか。そうだよな……じゃあ、帰るか」
兄さんは苦笑まじりにそう言うと、先ほど昇って来た堤防を滑るように下り始めた。
「いなくて良かったぜ。あんなところで冬なんて越せやしねえだろうし……」
けれど、まるで独り言のようにそう言う兄さんと、その後をついて歩くボクたちが駅へ向かう為に商店街へと足を踏み入れたその時だった。
白髪も、顔の傷もそのままに、あの人がこちら側に向かって歩いてきていたのだ。防寒着の下の厳つい体つきも当時そのままだった。
ボクは背を丸めて歩く兄さんの背中を小突きながら前を指し示す。
小さく叫び声を上げた兄さんとそしてボクの姿に、あちらも気がついたようだった。
ゆっくりと近づいて、そしてあの人は言った。
「……元気そうだな。そちらは弟か……見違えたぞ」
「……俺にもでかくなったな、とか、男前になったとか言いやがれ!まあ、あんたも変わんねえな……さっき、この寒さで凍死してんじゃねえかと思って心配して河原まで見に行った所だったんだぜ」
「あの場所はあれからすぐ引き払って、今はこの近くのアパートに住んでいる」
兄さんの減らず口に表情一つ変えないその人は、意外な事にボクと兄さんにアパートに来いと言って来た。
特に断る理由もなかったので、彼の言う通りにその後について行った。
途中通りかかったコンビニで、兄さんがおでんとカップ酒を買う。
そしてボクらは下町らしい、妙に懐かしい町並みを残す一帯の中の、2階建てのアパートの1室へと招かれたのだった。
「うひょ、ラッキー!こたつこたつ!」
6畳間らしい室内の真ん中に置かれたこたつに兄さんは嬉しそうに声を上げながら、この部屋の住人よりも先に上がり込んでこたつへと飛び込んだ。
「あ、あの……ごめんなさい、図々しくて……」
兄さんの行動にボクは恥ずかしくなって頭を下げると、あの人は少しも笑いもしなかったけれど、怒った風でもなしに構わない、とだけ返事をしてくれた。
手みやげ代わりのおでんとカップ酒をこたつの上に広げて、ボクらはささやかながら再会を祝い始めた。
「あれからもう10年か……時の経つのは早いものだな」
あの人の言葉にひゃっひゃっと笑い声を上げながら兄さんが返事をする。
「おかげさまでね。こうして酒も飲める年になりましたよっと……ちくわぶ食わねえの?じゃあ俺が頂くぜ」
そう言えば、兄さんがお酒を飲む姿なんて初めて見た。あまり強くないみたいで、カップ酒を数口飲んだだけなのに既に顔を真っ赤に染めている。
これからお酒を飲む機会があったら兄さんにはあまり飲ませないように見張っておく事にしよう。酔っぱらったら酒癖悪そうだし。
そんな中で、ボクは窓辺に置かれているTVの上に、色あせた写真が飾られているのを目にした。
木製のフレームに収まって立てられているその写真には、黒髪の美しい女性と、そして顔にまだ傷もなく、笑顔ではないけれど今よりももっと穏やかそうな表情の男性が収まっていた。
ボクが思わずその写真に目を奪われていると、耳元で声がした。
「……己れが彼女を殺した」
カップ酒を飲み、おでんを突いていた兄さんの手も止まり、ボクらは声の主を凝視する。
「……へえ、そうだったんだ……この人、あんたの恋人とか?」
兄さんの問いに、今は顔面に傷を称えたその人はためらいも見せずに答えてくれた。
「ああ」
「で、でも、殺したって……」
「事故でな。己れに過失があった……結果として己れが手を下したのと同じ事だ」
その人の顔の傷は、その時の事故でついたのだとも、教えてくれた。
ボクたちはそれからまたちびりちびりとカップ酒を啜り、おでんを食べた。
その中で、兄さんがぼそり、と呟くように言う。
「……あんたの罪滅ぼしはもう終わったのかい?だから、その写真を飾れたって訳?」
ああ、そうか、あのテントハウスの中にあの写真はなかった。
すると、傷の男は残りのカップ酒を全て呷ると初めて微かな笑顔を見せて言ったのだった。
「そうではない……人を殺めた罪は消えはしない。だが、この己れの生きる様を見てもらいたいと……そう思っただけだ」
窓の外が白んで来て、ボクと兄さんは帰る事にした。
「じゃあな。もう心配なんてしねえかんな!」
「兄さんてば!口が悪すぎる!」
最後まで口の悪い兄さんの口を塞ぎながら、ボクは長居を詫びながらアパートを後にしたのだった。
せっかく暖めた身体を冷やさぬようにと、早足で歩き出した兄さんとボクだったけど、不意に兄さんが足を止めてボクの方へと向き直って言った。
「アル!俺はこれからだかんな!」
一瞬何の事かと目を丸くしたボクを見て、また兄さんが声を上げる。
「俺の事、見てろよ!今までの分、まとめてつりが返ってくるくらい、お前を大事にしてやるからな!俺がどれくらいお前の事を愛してるか……」
兄さんのほのかに染まった頬をしなやかで美しい金髪が縁取っていて、その金髪も昇りかけた朝日に反射してまるでオーラのように輝いて見える。強い意志を表すかのような引き締った口元も、形のいい眉も、声を発する度立ち上る白い吐息も、ボクにとってはどんなに高価な貴石よりも美しくて大事なもの。
ああ、なんてボクは強くて美しいものに愛されて守られているんだろう!
「わかってる……分かってるよ!」
ボクは大声を上げている兄さんに腕を伸ばすと、そのまましっかりと抱きしめる。ボクの胸の中にすっぽりと包まれる形になった兄さんは少しだけ抵抗して腕に力が入ったけど、やがて大人しくなったのだった。
「……どうも、お前にそうされるのは慣れねえ……」
照れたようにぼそりと呟く兄さんは、自分より背の高いボクにこういう体勢を取られるのが余り好きではないらしい。でもね、こんな事はただ形ばかりなもので、どんなにかボクが兄さんという存在に包まれて幸せでいるかと言う事をどうか分かって欲しいんだ。
「慣れてもらわなくちゃ。だって、この先ボクたちはずっと一緒なんだから……ずっと一緒で、ボクの事を大事にしてくれなきゃイヤだよ……」
鼻先がつんとして、ボクはそれは冷たい朝の空気の所為だと思いながら、ずっと兄さんの肩口に顔を埋めていた。抱き合う傍らを通り過ぎる人の気配を感じたけれど、構うものか、ずっとこうしていたい。
「アル、なあ、やっぱり離せよ……みんなこっち見てるしさあ、ほら、早く宿に戻ってあったまろうぜ?な?」
ボクをなだめようとして兄さんの指先がボクの髪の毛をぐしゃぐしゃと、あの懐かしい乱暴さで掻き回した。
ああ、全てが終わった。そして、今昇り始めた太陽のように、新しいボクたちのこれからがまた始まる。
乱暴だけどとびきり優しい指先に触れられながら、ボクと兄さんの新しい年が、日々が始まった。
実は旧年中から書いていて、書きあがったのも数週間前なお話。もう新年とかじゃないし〜、と思いつつも健全系が寂しいので肝を据えてアップしてみました。
ネタばれしてしまうと、パラレル本の中で原作とは全く正反対に兄弟を傷の男が諭すというエピがあったりします。最初は出てこなかったのになあ…原作で今いい人キャンペーン中だからかな〜?
これからもときどきパラレルネタは出てきそうなので、まあ、その時は「またかよ〜」とか呆れてくださいませ。