テーマは「甘甘結婚式」!兄×妹です。
「ねえ、ボクの鎧はどこへ行ったの?」
それは、市内の骨董品屋の前を通った時だった。
アルは店先に並んでいた甲冑の兜の部分だけのやつを見てそう言うと、今度は俺を見た。
「あー…あれは…」
「あれは、どこ?」
「う…売っちまった…」
俺の言葉にアルは悲鳴を上げた。
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「ひどいよ!いくら用済だからって、ボクに断わりも無しに!」
骨董屋の店先で、アルに襟首を掴まれて激しく揺さぶられる。俺は言い訳もせずにただされるがままになっていた。
アルの魂を今の身体に移し変えて、残された鎧は人目にはあまり触れさせたくないものだった。
なぜなら、アルはその姿でこの国中を俺と一緒に旅していたからだ。言い換えれば、その鎧は俺と同じくらい有名になっていたからだ。
自分で言うのもなんだが「鋼の錬金術師」と言えばこの国の人間ならばその名前を一度は耳にした事があるはずで、些か気に触る事だが、時折アルの方が俺に間違われていた。
そりゃそうだ、全身鋼で出来ている鎧姿のアルを「鋼の」だと思う方が今からすれば自然だった。
だから、動きもしない鎧をいつまでも手元に置いてはおけなかった。動かない鎧があれば、その中身はどうしたと詮索される。それを避ける為にも、人目につかない場所で保管するか、処分するしかなかったのだった。
「…最後に、お別れしたかったのに…」
さんざん俺を揺さぶって、アルは俺から手を離すと寂しそうにそう呟いた。
「ごめん…売っちまう時、まだお前は目を覚ましてなかったからさ…」
鎧を処分したのは魂を定着させて3日目の事だった。いつまでもホテルの部屋の中に鎧を置いておけず、真夜中を見計らって自分の倍近い大きさの鎧を担いで引きずっていたら、汗だくの俺に声をかける男がいたのだ。鎧を見るなり、使わないのなら譲って欲しいと言う。条件も良かったので俺はその男の屋敷まで鎧を男と二人で担いで運んだ。
「でも…、最後はどうなったかぐらい、教えて欲しかったよ、兄さん…どうせ、今頃はどこかの鉄屑と一緒に溶かされてしまって…」
「え?いや、それはないぞ。ちゃんとまだ鎧のままだ。なんなら見に行くか?」
「へっ?」
アルは俺の言葉に丸い目を更に大きく丸く見開いて、素頓狂な声を上げた。ああ、そうか、売ったって言ったから鉄屑みたいに一キロいくらとか、そういうのを想像していたのか。
驚くアルの手を引いて、俺はある場所へと向かった。
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そこは、魂を定着させたホテルから数十分歩いた森の中にあった。この周辺一帯がある大地主のもので、森の入口には使用人の老人が門番をしている。
「よう!また来たぜ!」
俺は手を上げて挨拶する門番に声を掛けてそのまま森の中を進んで行った。
「ねえ、大丈夫?知ってるの?」
老人の方を何度も振り返り、アルは不安そうに言うが、俺が何も構う事なく奥へと突き進むものだから俺について来るしかなかった。
やがて、森を抜けるとでかい屋敷と手入れの行き届いた庭が姿を現す。薔薇のアーチやら綺麗に刈られた芝生がある庭を通り玄関に辿りつき、呼び鈴を鳴らすと中からは門番と同じくらい年を取った婆さんが戸を開けてくれた。
「こんちわ。おっさんいるかい?」
俺がそう言うと、婆さんは黙って中に手招きをして俺とアルを屋敷の中に入れ、そして広い応接間へと案内してくれた。
「しばしお待ちを。旦那様をお呼びいたしますので」
出された紅茶をすすりながら待つ事5分、出て来たのはこの屋敷の当主だった。
「いやあ、このところ姿を見ないと思っていたら来たね!」
この屋敷の当主は中年の人の良さそうな肥った男で、親から受け継いだ遺産で日々をのんびりと過ごしていた。この男の仕事と言えばいくつか持っている農園やらの管理ぐらいで、その他は趣味で集めている骨董品を眺めては磨くぐらいの事しかしていないようだった。
「なあ、久しぶりに鎧を見に来たんだ」
俺は男にそう言うと、男は丸い肉付きのいい頬を緩めてにやっと笑った。
「ああ、いいよ」
男に案内されて向かったのは屋敷の地下室だった。分厚い扉の鍵を開けて中に入ると、手に持ったろうそくの灯のむこうに、子供の頃から見ていた懐かしいそれが立っていた。男は俺に鍵を、アルに手袋を投げ付ける。
「見終わったらちゃんと鍵掛けといてね。あ、そっちの女の子は手袋してよね!素手で触ると錆びちゃうから!」
かつての鎧の持ち主に向かってその言い種はないだろうと声を殺して笑っていると、アルが俺の左腕の皮を摘んでひねりあげた。
それから、俺達は数多く並んでいる鎧の中から、たった一つ、あの鎧の所に真直ぐに歩み寄った。大きく冷たいが優しかった鎧を見上げてしばらく俺達は黙ったままだった。
「…こんな所にあったんだね…」
しばらくしてアルが口を開く。アルがこうしてこの鎧を見上げるのは母さんの錬成をする前以来だった。アルは何年間もこの鎧の中から俺を、世界を見つめていた。そして、そうさせていたのは俺だった。
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「…この鎧をどうしようかと思っていた時に、偶然、あのおっさんに会ったんだ」
真夜中の街をでかい鎧を担ぐ俺を見て、あの男は目の色を変えて俺に掴みかかってこう言った。
「そっ…その鎧は…!君!なんでそいつを持ってるんだ?」
俺は最初、俺達の事を知っているのだと思い、慌てた。けれど、男は俺が何者であるかも全く知らず、ただ鎧を見て興奮していたのだった。
「なあ、そいつを譲ってくれ!もうずうっと探している代物なんだよ!なあ、頼む!」
俺はあのクソ親父のコレクションの中にもう一体鎧があったのを思い出した。そんなに名の通った職人のものだとは知らず、家と一緒に燃やしてしまった。燃え残った鉄屑はどこからかやって来た誰かが持ち去ってそれこそ鉄屑として売っちまったに違いない。
「…いいけど、高いぜ?」
興奮して顔を真っ赤にした男にそう言うと、男はぎっしりと札束の詰まった財布を懐から取り出して俺に金を握らせながら叫んだのだった。
「これで足りないのなら屋敷にまだある!頼むから譲ってくれよ!」
男の余りの必死さに俺はちょっと引き気味になりながら考えた。正直な所、カネなんていらなかった。ただ、この鎧の事を口外せずにいてくれる人間なら誰でも良かったんだ。
「そんなにカネはいらねえ。その代わり、ちょっとした約束を守って欲しいんだ」
そして俺と男は鎧を担ぎながら話をしたのだった。
俺は男に鎧を譲る条件を話した。まず、俺が好きな時に鎧を見られる様にする事。そして俺が望む時に再び俺の手元に戻してくれる事。
二つ目の条件に男は露骨にいやそうな顔をしたが、だったらやらねえ、と言い放ったら泣く泣く条件を飲んだ。
そうして俺と男の取引きは無事成立し、男の屋敷まで鎧を運ぶとカネを受け取り、そこを去った。
「あのおじさんって、鎧を集めるのが趣味だったんだ…」
「ああ。鎧だけじゃなく昔の武器なんかも集めてるらしくて、俺と会った時はたまたま骨董品屋に長居して帰る途中だったらしい」
地下室の中に集められた数十体の鎧は、そう言われれば皆古めかしい鉄球や鎖鎌や盾を手に立っていた。
アルはかつて自分の身体だったそれを愛おしげに手で撫でて、それから嬉しそうに笑う。
「ここに来ればいつでも見られるの?」
「ああ」
「ボクも来てもいいの?」
「もちろんだろ!お前のだったんだ」
不本意だが、確かに仮ではあるけれどアルの身体だったのだから、それを俺が止める謂れはないのだ。
けれど、アルはふっと表情を曇らせて、それからこう言ったのだった。
「ねえ、この鎧、あのおじさんに完全にあげちゃおうよ?」
「ええ?いいのか?」
俺が驚いてそう尋ねると、アルは鎧の、革で出来た指先に触れながら話し出した。
「確かにボクにとっては思い出深いものだけど、もう必要のないもの…ボクを守ってくれたけど、やっぱりボクはもうこれには戻りたくない…これは必要とする人の元に置いて行こうよ」
「そうか…そうするか…」
俺なんかよりも余程潔いアルの言葉に、俺もアルもこれがこの鎧と対面する最後なのだと知った。
でも。俺は鎧の一部を錬金術で分離すると、削れたその部分を再び修復し、鎧の欠片を手にする。
「ちょっと…あのおじさんにバレたら泣いちゃうよ?」
俺の行為を眉をひそめて見るアルに、俺はいいいから、と言い、そして地下室から出た。
男に鍵を返してから鎧を完全に譲ると伝えると、男は涙を流して喜んでいた。
「いいのかい?ありがとう!ありがとう!」
「いいよ。でもその代わり大事にしてくれよな」
そして、俺達は屋敷を後にした。
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帰宅してから、アルが食事を作っている最中に先程の鎧の欠片と銀時計をズボンのポケットから取り出して細工した。
…デザインが物足りない気がするが、アルにとげとげしい飾りをつけ過ぎだとか言われかねないので、物足りないぐらいがいいんだろう。銀時計から銀を拝借したので、時計はもう軍に返せない。まあいいか。
そうこうしているうちに、アルの方も食事の準備が出来たと俺を呼びに来たのでキッチンへと向かった。
「ねえ、鎧のカケラをどうするつもり?」
アルは俺が拝借した欠片にまだこだわっていた。多分、アルは今生の別れを告げたつもりなのに俺が未練がましく鎧に執着してるんだと感じたんだろう。そう思われても仕方ないが、俺はどうしてもそうしたかった。
「ちょっとな…目を瞑って手を出せよ」
「なんで?何をするのさ?」
俺の言葉に首をかしげるアルを無理矢理説き伏せて、目を閉じさせ、差し出された手のひらに先程細工した欠片を乗せてやる。それからそれを握らせてアルの胸元に押しやった。
「もう、目を開けていいぞ」
アルの手に握らせたそれは、指輪の形に再構築した鎧の欠片に銀でメッキを施したものだった。鋼そのままだと錆びるから、銀で覆ってやったそれを見つめて、アルは呆然としていた。
「俺と…お前を守っていた鎧だから…」
未練がましいと文句を言われるのは承知の上だ。そしてバカな自分にはこうやって戒めるものがなければならない事も。
「ありがとう…大事にするから」
アルは再びそれを握りしめると、ただそれだけを俺に告げた。
ところが。アルは指輪をしばらく握り締めて、それからぱたぱたとリビングの戸棚に向かって走り出してそいつを仕舞い込んでしまったのだった。
つけないのか?なあ、つけてくれないのか?
「…どうしたの?変な顔しちゃって?」
俺の前に戻って来たアルは俺を見ると不思議そうにそう言う。
「いや…あのさ、アレ、指にはめるモンなんだけど…」
ああ、だんだん脱力して来たぞ、俺…それでもなんとかこらえながら言うと、アルがようやくはっとした表情でまた戸棚の方へ走ると、指輪を取り出して来たのだった。
「ごめんね!大事に仕舞っておかなきゃって思って…」
そう言いつつ、人指し指やら、中指に通そうとする。でも、材料に限りがありかなり細く作った指輪はそれらの指には通らない。最後に右手の薬指にそいつは収まったのだった。
「わあ!薬指サイズだったんだね!ぴったりだよ!」
うん、そのつもりでこさえたんだ。でも、本当にしてもらいたいのはその指じゃなかったんだ。アル、お前って肝心なところで弟のままで、そして気が回らないんだな。
俺は気落ちしたまま、食事を始めたのだった。
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「にいさん?一緒に寝ようか?」
日付が変わろうとする頃、アルが自分の枕を抱えて俺の部屋にやって来た。こんな時はアルが俺に何かを言いたい時だ。
はて、俺は何かしでかしたのかと思い返したが、特に思い当たる節はない。言われるがままにベッドに2人してもぐり込んで向き合うと、アルが顔を赤くしてこんな事を言い始めたのだった。
「あの…あのさ、さっき貰ったやつ…」
「ん…ああ、何だ?」
鎧のカケラの事だと思い出して、気にもせずそう返事をする。
「こっちの…薬指にしても、いいの?」
「ああ、いいけど…」
アルは左手を差し出してそう言った。ぼんやりと返事をしてから、その言葉の意味に気がついて俺はベッドから跳ね起きてしまったのだった。
「だっ…い、いや…そーいうつもりじゃ…あー…そうだな…うん…」
「さっきは気がつかなくて…兄さんハッキリ言わないから。ちゃんと言えば良かったのに」
言われてそうするのと、自分からするのとじゃあ、やっぱり違うと思うから、あの時は無理強い出来なかった、そう言うと、起き上がっていた俺に合わせてアルもベッドから身体を起こすと、左手を俺の前にさし出したのだった。
「はい。兄さんがして?」
言われるがまま、俺はアルの右手の薬指から指輪を引き抜くと、うやうやしく左手の細い指先を手に取って、そして指輪を薬指に通してやった。
そして指輪をつけた左手を眺めながら、アルが話を始める。
「ボクは形なんてどうでもいいって思ってたんだ。もともとボクは弟だもの、望んだって世間から認められる仲になんてなれないしね。そりゃ、形だけなら…偽造した出生証明でどうにでもなるけど、そんなのは本当にボク達を結び付けた事にはならない…でも、こうして、ボク達が旅をしていた証を兄さんから貰って、形だけでもそういう風になるのもいいかなって…思ったんだ…」
ふと、子供の頃、幼馴染みのウィンリィと、3人で村の結婚式の風景を見ていた時の事を思い出した。
「わあ!素敵よねえ。白いベールに白いドレス!」
ウィンリィは花嫁の姿を見て、機械鎧を見た時と同じように目を輝かせていた。女ってのはちょっときれいなものを見せてやりゃあ喜ぶ単純なやつなんだとその時は思ったけど。
俺は今、猛烈にアルに花嫁衣装ってやつを。
…着せたい!
「アル…なあ…結婚式…しよう…!」
目の色の変わった俺をアルは驚いて見つめていたけれど、やがてにっこりと笑って返事をしたのだった。
「いいよ…でも、ちょっと待ってて」
アルは俺の部屋から出て行くと、数分後両手いっぱいになにやら布地を抱えて戻って来た。
「なんだよ、それ?」
「ウィンリィと結婚式ごっこした時の事、憶えてる?」
「あー、それは憶えてるぞ!使ってないカーテンひっぱり出して来て頭から被って遊んでてばっちゃんに怒られた!」
アルが言うには、その後本当にウィンリィを花嫁にするのはどっちかっていう喧嘩をしたんだそうだ。
「兄さん、本当のウェディングドレスなんてボク、着る資格ないよ…だから、これで我慢してね」
そう言って、アルは手にしていたものを身につけ始めたのだった。
服はいつか買った白いワンピース、そして頭にはレースのカーテンが。
子供の頃、ふざけてやっていた遊びそのままに、アルは花嫁の真似事をし始めた。でも、真似事と言うにはあまりに似合い過ぎだ。
「さあ、誓いの言葉を言わなくちゃ!」
結局こうなるべきものだったのか。ならば、と俺は右手をアルの前にかざしてそして言ったのだった。
「俺は俺の銀時計と、お前の鎧に誓う。俺は一生お前と離れない事を。…幸せになんてしてやれないだろうけど…それでもいいか?」
アルがレース越しに俺の手に静かに口づける、そして俺と同じように宣誓した。
「ボクもあなたの銀時計と…ボク自身に誓う。どんな事が起きようとも、決して離れたりはしない。…時にはあなたを苦しめるかも知れない…それでも…」
「構うものか。愛してる、アル」
自分達以外誰も居ない部屋の中で、俺達は自分自身に宣誓した。契りを結ぶ為のキスを見つめるのは、祭壇に祭られた神ではなく、銀時計と鎧のかけら。俺達にお似合いなのは所詮そんなものだ。
そうだ、俺達は自分自身に誓えばいい。もう決して離れないと。
アルの顔に掛かるレースをめくり上げて、そして口づけた。軽く触れるだけだったけど、再び目を開けた時に目にするアルは、今までと違うアルなのかも知れないって、そう思った。
「…これで、ボクは永遠に…あなたのもの…」
「俺も、アルのものだ…」
俺達はどちらともなく手を差し伸べて、ずっと、ずっと抱き合っていた。
鎧はアルの魂を分離した後、どうなったのか?と自分で書いてて謎だったので、こんな話を作ってみました。物好きなおっさんがいて良かったね、兄さん(笑)。