僕は、《化け物》なんかじゃない!
どうして、僕はこんなに嫌われるの?
僕は、何もしていない!!
−1−
風が渡る。
馥郁たる風。新しい緑をふんだんに含んだ、心を洗ってくれるような、そんな風が吹いていた。それでいて、日差しはまだ、どこか幼さを残している。柔らかい日差しは、大きめの窓を通して、部屋の中に出し惜しみ無く降り注いでいた。爪の形に切り取られた空を見上げると、そこは申し分ないほどの青で、申し訳程度の雲が所在なげに漂っている。それすらも、風に流され、どこか別の空へ移動しているかのようだった。
「ふぁ……」
ピカードは、欠伸をかみ殺そうとして、失敗した。
ぎゅっと目を閉じ、開ける。その淵に涙が付いているのを見て、メアリィは思わず笑みを零した。
「笑わなくたっていいじゃないですかぁ」
とはピカードの言。メアリィは、素直に謝った。
本当に、いいお天気だこと……メアリィは自分の住むイミルの地を思い浮かべる。イミルでは、真夏の短い時期を覗き、ほぼ全てが雪に覆われた期間が続く。そのせいか、今日と同じような空なら見たことはあったが、持つ雰囲気が少し異なっていたように感じる。美しい緑が木々に溢れているからこそ、風もふんわりとしているのだ。
窓からは、黄金色に染まったアルファ山の頂上が、少しだけ見える。つん、と胸に痛みが生じた。追われるように、メアリィはアルファ山から視線を外す。決意は、まだ、簡単に崩れ去りそうなほど、脆い。
――真実に向き合う決意。
まだ、弱い。
「どうしたの?」
ピカードは、知ってか知らずか、きょとんとした顔をしている。メアリィは微笑みながら首を振った。
「何でもありませんわ。いいお天気でよかったと、そう思っていたのです」
今日は、ロビンとジャスミンの結婚式の日だった。メアリィは三日前にハイディアに到着し、ガルシアの家に泊めてもらっていたのだ。ガルシアが、宿屋に泊まるのもどこかよそよそしいだろう、と言い出したため。ピカードも一緒だった。
んー、とピカードは考え込むような表情した。
「じゃ、当てたら教えてくれる?メアリィが今、何を考えているか」
どこか自信がありそうな目をしている。
「お天気のことと、ジャスミンのこと。きっと、花嫁は綺麗ですわ」
そうメアリィが言っても、ピカードは構わなかった。
「そうだなぁ……アレクスのこと」
「……………………」
どうして判ってしまうのだろうか。
小さく息を吐く。そっと、アルファ山に再び目をやった。
アレクス。
彼女の同族の戦士。彼女の師であり、兄のような存在であり、そうでありながら彼女の敵となった男。全てを支配する力と永遠の命を求め、アルファ山にいた彼は、黄金の太陽現象に伴う崩壊に、巻き込まれたのだろう、それから三年、音沙汰無しの状態が続いている。あるいは、もう、どこにもいないのかもしれないと、暗い思いがメアリィを恐れさせた。ハイディア村を訪れることを、許さなかった。
黄金色に染まったアルファ山。
崩壊したソル神殿。
その中には、真実がある。
調べてみればいいのだ。ソル神殿の中を。真実は、きっと、神殿の中にある。
――怖い。
「メアリィ?」
ふと気が付くと、ピカードが心配そうな目でメアリィを見つめていた。それをきっかけにし、脆い心を叱咤する。
(もう決めたはず。神殿に行くのだと。彼を捜すのだと)
扉が開いて、ガルシアが入ってくる。彼は、ピカードとメアリィに告げる。
「明日の朝早く、うちの玄関前に集合だ」
途端にピカードが嬉しそうな顔をした。
「ボクも行っていいんですか?」
メアリィも、少なからず驚いていた。自分とガルシアだけで行くつもりでいたから。あまり、かつての仲間を連れて行きたくはなかった。かつての仲間たちは、アレクスに対し、怒りを感じている。あるいは、戦いになってしまう可能性もあった。
それは、嫌だった。
ピカードは、アレクスのことをどう思っているのだろう。
一緒に行けることに喜色満面な横顔からは、その答えは読み取れそうにない。
と、ガルシアは当初の目的を思い出す。
「準備が出来た。式が始まる」
ピカードとメアリィは、式場となっている村の広場に急いだ。
純白のドレスと、ヴェール、可愛らしい花束。ジャスミンは、本当に綺麗な花嫁姿だった。ジェラルドが口笛を吹いて、彼の姉に小突かれた。シバは、びっくりして言葉も出ないらしい。隣のイワンも同じような顔をしている。
今日のジャスミンはいつもよりしおらしくしている。それが、いっそう花嫁の可憐さを引き立てているのだから、不思議だ。ロビンは、自分の花嫁を眩しそうに見つめている。ガルシアは、どこかむっとしているようだが、嫌そうではない。娘を取られた父親のような心境なのかもしれない。
その日の夜は、これまた大々的な宴となった。お酒が振舞われたとき、メアリィは、座を退いた。ガルシアとピカードも、それに続く。ジャスミンは、何か言いたげな夫を止めた。彼女には、その理由が、少しだけ判っている。
翌日もまた、美しく晴れた日だった。
その日の朝早く、ガルシアの家の前に集まったガルシア、ピカード、メアリィの三人を、ジャスミンとシバが見送ることとなった。ロビンやジェラルド、イワンは昨夜の宴の酒がたたり、まだ寝ている。ジャスミンとシバも、ひどく眠そうではあった。
「まったく、ソル神殿に行くつもりだったなんてね」
シバは目を擦りながら、軽くガルシアを責める。
「どうりで三人ともゆうべ、早く引き上げたわけ」
シバは怒っているようだったが、眠気が勝っているのか、あまり怒られているような気はしない。それは、ジャスミンも同じだった。
ともかく、そんな二人に見送られ、ガルシアたちはソル神殿に向かった。
ソル神殿は、ひどい崩れようだった。
入り口は瓦礫に覆われている。ガルシアは、それを、持ってきたソルブレードをてこがわりに使い、がこがこどかせていった。そんな彼の首には、服に隠れながらも、麻紐のようなものが見える。ピカードが、それはイワンの姉ハモからの贈り物なのだと教えてくれた。風と水の力を封じた、不思議な石だと、ガルシアは淡々と付け加えていた。かくいうピカードも、ダークサイドソードを使ってガルシアに倣っている。そんなピカードの指には、どこか怪しげな指輪が嵌っている。堕天使の指輪と呼ばれる品で、武器の持つ呪いの効果を打ち消す力を持つ指輪だ。
かつての旅でロビンたちが手に入れたものだったが、ピカードはそれを譲り受けたのだった。
メアリィは瓦礫をどかす二人を見ながら、メイスを持って来ればよかったかしら、と少し後悔する。メイスなら、情け容赦なく瓦礫を砕いてくれるだろう。ただ、メイスを持ってくるのは、あまりにも武装しすぎているような気がしたのだ。だから、杖にした。メアリィはラケシスワンドを握る手に力を込める。
「終わったよ、メアリィ」
ピカードにそう言われるまで、メアリィはただただ一心に杖を握っていた。ピカードの声に我に返ることになる。
「行きましょう」
先導するのはガルシアだ。ソルブレードを持ち、果敢に先に進んでいく。ソル神殿の内部もまた、ひどく崩壊している。柱が折れ、銅像は倒れている。たまに、天井からぱらぱらと小さな小石が落ちてくることもあり、三人をひやっとさせた。
もしソル神殿の完全な崩壊が始まって、埋もれたとしても、ガルシアがリターンのエナジーを発動させれば逃げられるだろう。
ソル神殿内部には、数は少ないものの、強力な魔物が棲息していた。ガルシアは、それらの殆どを一刀のもとに切り伏せた。かつての旅から三年経ったが、彼の腕は殆ど落ちていないようだ。
ピカードも、なかなか強い。メアリィは、そんな二人の後方援護に徹している。
どれぐらい進んだだろうか。
すっ、と、メアリィは何かの中に入ったような感触を覚えた。
「――……?」
足を止めたメアリィに、ピカードが怪訝そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いえ……」
何を感じたのか。メアリィは言いよどんだ。
周りに視覚的な変化はない。メアリィは数歩下がって、またその場へ進む。また、何かに入ったような感触がした。
何かの力が漂っている。
「――!?」
ややあって、はっ、とメアリィは息を呑む。
「水の力……」
水の力がそこに漂っている。
水の中に入ったような感触がしたのだ。
「何をしている!?」
ふと気付くと、ガルシアが少し先の方で待っていた。
慌ててガルシアのところへ向かうピカードとメアリィ。
そんなガルシアが、不意に足を止めた。それは、小部屋への入り口だった。不思議なことに、小部屋の中は一切、崩壊の跡が見られない。魔物の気配は感じられなかったので、それぞれ、警戒しながら中に入る。
二間続きの小部屋だった。手前の部屋の床には太陽の、奥の部屋の床には月のレリーフが、それぞれ施されている。奥の部屋の更に奥には階段がある。ガルシアは、我先にと階段の上に上った。階下で待つメアリィたちの目の前で、二つのレリーフに変化が生じる。すなわち、太陽のレリーフは月に、月のレリーフは太陽のものに、変化したのだ。その変化が完了して間もなく、ガルシアが降りてくる。そのまま彼は、手前の部屋の方の壁の前に立つ。するとどうだろう、光の渦のようなものが現れ、どこかへの扉のような形を取ったのだ。
「これは……!?」
「エレメンタルスターの封印されていた間への入り口だ」
ガルシアの答えは淡々としたものだった。
三年……いや、もう四年前になるのかもしれない。プロクス族のサテュロスたちとともに、ガルシアはこの場所に来たことがあった。そのときは既に、ロビンたちの手によって封印は解かれていたのだが、ガルシアには、その跡を見ただけで仕掛けの解き方がすぐに判ってしまった。
それを今回も繰り返しただけだ。
何より、崩壊の進むソル神殿の中で、その部屋だけまったくの無傷であることが妙だった。それは同時に、ソル神殿の中心であるエレメンタルの間に、何かがあることを教えているようなもの。アレクスがいるとしたら、そこしかない。
「行くか」
ガルシアの問いに、ピカードは勿論頷く。ややあって、メアリィも、頷いた。
三人は、互いの手を取る。そして同時に渦の中へと、足を踏み出した。