――お前は確かに生粋のマーキュリー一族だ。だが、それだけじゃ足りないんだろう?
そう言って、師は意味ありげな笑みを見せた。
師の言葉は正しかった。
私は莫大な力と永遠の命に惹かれた。
それらを駆使して手に入れるべき、真実に――ひどく、惹かれた。
―2―
誰かが近づいている。
彼は、実に不快げに眉をひそめた。
ゆっくりと目を開くと、そこには蒼に染まった世界が見える。世界とはいっても、かつて彼が生きていたものとは幾分趣を異にしたものだ。そこにあるものは、ただっぴろい足場だけ。まるで誰かの手で磨き上げられた石床のように、平らで、固い、むき出しの大地だ。
ただ、その空間には、濃い力が満ちている。かつて錬金術の封印の要となった四つの宝玉が眠っていた頃と、何ら変わらない、あるいはそれ以上の力に満ちている。彼は、その空間で、独りでいた。
そこは、およそ外界の光が届かぬにもかかわらず、周りがはっきり見えるほどの明るさを保っている。それもまた、満ちている力のなせるわざなのかも知れない。肝要なことは、そこでは朝日が差すことはなく、夜の闇に覆われることもない。つまり、時の流れがないことなのだ。彼は、どれくらいそこにいるのか、とうの昔に判らなくなってしまっている。
この空間で覚醒と眠りのあわいを漂う彼を、邪魔するものは皆無だった。
だというのに、何者かが近づいている。
その何者かを受け入れたくなくて、彼は再び目を閉じた。
皮肉なことに、目を閉じた方が、かえってはっきりと、その何者かの存在を感じ取ることが出来た。
三つの力がある。
一つは、地。残りの二つは、水。
(やめてください)
彼は、思わず呼びかけていた。
(私の邪魔を、しないで下さい。私の眠りを妨げないで下さい……)
この空間は、ひどく居心地がいいものだった。何よりも、手に入れた力を、認識することが出来る。自分のものとして、感じることができる。この微睡みのもたらす安らぎを、彼は好んでいた。
だというのに、確実に何かが彼の安寧を破ろうとしている。
(誰です)
彼は、目を開けた。
蒼に染まった世界の中に、いるはずのない彼女の姿を見た。
(リトル・レディ!)
彼女は、怪訝そうな目でこちらを見ていた。
しなやかな手が、こちらに伸ばされる。
(駄目です!)
刹那、彼は思わず叫んでいた。
(駄目です!あなたは、私に触れてはならない!私の眠りを妨げてはならない!そんなことをしたら、私は……私は……!)
自らに科した封印が、解かれようとしている。
まだ目覚めてはならないと、心の中で囁く声がする。その声の囁くところは、もっともなことだ。彼は、それに何の異論も持っていない。だが。だが!その一方で、手にした力を存分に振るえる歓喜に、震えている心もある。
情け容赦なく、彼女はこちらに手を伸ばしている。
(いけない)
彼は、いるはずもない神に祈りたい衝動に駆られた。
(いけない。あなたは、私に触れてはならない。私はまだ……私は、まだ……!)
彼女の指が、触れる。
瞬間。
細かな亀裂が彼の視界に生じる。それは地中に張った草の根のように、視界全体に隙なく敷き詰められた。
そして。
ぱぁん、と。
乾いた音がする。
封印は、粉々になって、崩れた。