いつからだろう。
 私は、求めるものを見誤った。
 真に欲するものは真実なのに。それはいつまでも変わらないのに。
  ――私は、力を求めた。

 

―3―

 
 かつてエレメンタルの宝玉を封印していた空間の中に、見慣れない水晶がある。
 そして、水晶の中に、彼はいた。
 メアリィは、ひっ、と自分の喉が鳴ったのを感じた。
 アレクスは、いた。水晶の中に、いた。驚いたような目で、真っ直ぐにこちらを見つめている。
 どうしてかは判らないけれど。
 つい、と。
 ほぼ無意識のうちに、メアリィは手を伸ばしていた。水晶に、触れる。それだけで、細かな亀裂が走り、水晶は、あっけなく、崩れた。
(生きていた……!)
 その場に膝をついたアレクスに、メアリィは思わず手を差し伸べようとする。
 しかしそれは、彼自身の言葉によって叶わなかった。
「触らないで、下さい……」
 びくん、と、メアリィの身体が震える。
 思いがけない拒絶に、メアリィは手を引っ込める。そんな彼女の様子を知らず、アレクスはゆっくりと立ち上がった。うるさそうに、前に垂れていた髪を後ろに払う。水色の瞳が、メアリィを、次いでピカードとガルシアを捉えた。
「ガルシア、ピカード、メアリィ」
 思い出すように、唇に三人の名を乗せる。
 瞬間、堪えきれなくなってアレクスは、笑い出した。
「ははははは!あなたたちでしたか!この私の眠りを妨げた者は!本当に、妙な縁がある。私とあなたたちには……ガルシア、そしてメアリィ、特にあなたたちにはね!」
 ピカードは、どうせガルシアのおまけみたいなものだろうとしか、アレクスは考えない。ガルシアとメアリィの二人が揃っているという事実が、彼を揺さぶる。
 もし眠りが妨げられるのなら……万に一つでも、そういうことが有り得るのなら……自分がソル神殿で眠っていることを見つけることができるのは、ロビンかガルシアだと、アレクスは思っていた。確かに彼の予想は当たった、ガルシアはいる。だが、メアリィまでもがいるとは、どうして彼に考えられただろう!
 彼女は、イミルにいるはずなのだ。
 アレクスはゆぅらりと笑みを見せる。
「本当に……あなたたちは、愚かだ。ちょうど、身に余るほどの莫大な力を、誰かに行使しようと思っていたところだったのですよ」
 体中の細胞が、あるいは血液が、今すぐ力を振るえるだろう歓喜に酔いしれている。三対一だが、その事実がいったい、どれほどの逡巡をもたらそう。劣勢ではない。今の彼の莫大な力の前では、数え切れぬほどの人すらも、ひとたまりもない。
 それがわかるだけに、アレクスは、心が弾むのを感じた。
 やっと手にしたこの力を、振るえる……!
 楽器の鍵盤を叩くように、アレクスは指で空をとんとんと叩いた。不可解な行動に、ガルシアたちが警戒する。
「安心なさい。何も、害は与えませんよ」
 アレクスは、手を引っ込めたまま動けないでいるメアリィに、力を放った。
 ぺきぺきと、何かが凍るような音がした。
 次の瞬間には、メアリィは青い水晶のようなものに閉じ込められている。中に青い液体は、水だろうか。メアリィは、別段苦しそうではなかった。ただ、信じられないものをみるような目で、アレクスを、ガルシアたちを見ている。
「……何をした」
 ガルシアの声が低くなった。
 アレクスは、これ異常ないというぐらいの陰惨な微笑みを返す。
「なに、皆さんの気持ちを盛り上げようと思っただけですよ。私を倒さない限り、彼女の封印は解けないとしたほうが、あなたも容赦なく私と戦えるでしょう?」
 言いながら、アレクスは自らの唇より漏れた言葉に少しだけ目を丸くした。
(ガルシアと、戦う)
 それもいいかもしれない。
 ロビンかガルシアに見つけられることを、きっと、心のどこかで待ち望んでいた。
 それはすなわち、こうしてガルシアと一線交えたかったから。
 今はまだ、ロビンはいない。だが、焦ることはない。まずは、ガルシアだ。ガルシアに対し、力を試し、じきにロビンも加えてやろう。アレクスは浮き立つ心を感じた。まるで新しい玩具を与えられた幼い子供のように。あるいは、彼が幼いときに、得られなかった感情を、今ここで、初めて得たかのように。
 アレクスは言う。
「宣言します」
 戯れにメアリィのいる水晶に指を滑らせながら。
「あなたは、私に勝てない。もし私があなたの刃に倒れるとき、あなたもまた、私の氷に胸を貫かれると心得なさい」
 ガルシアは無言でソルブレードの柄に手を掛けた。ピカードが、一瞬遅れてそれに倣う。
 ――たんたん、たととん、たととん、たとん……。
 アレクスは再び、指で空を打った。意味は、彼自身も知らない。ただ、溢れる力を振るうすべを、彼の身体が既に習得していたというだけのこと。
 解放の言葉を発す。
「フリーズプリズム!」
 大粒の氷が二人を襲う。これが、戦闘開始の鐘代わり。ガルシアは、跳んだ。氷を避けながら、ひときわ大きい粒を足蹴にし、高みに達する。切っ先は、真っ先にアレクスに向けられている。高みがあるだけ鋭い一撃は、しかしながら、軌道が可愛そうなほど手に取るようにわかる。少しだけ、アレクスは身をよじることで、それを避けた。落ちてきたガルシアの背中が、アレクスの目前にあらわになる。新しいエナジーをぶつけようと、アレクスは右手を上げた。
「っ!?」
 その右手は、しかしながら、力を発することはなかった。あらわになったガルシアの背中を踏みつけながら、ピカードがアレクス目掛けて体当たりをぶちまかそうとしているのだ。ダークサイドソードの切っ先は、アレクスに向いている。反射的にアクアフォールを放った。ピカードの軌道が、僅かに横に逸れる。加えてアレクスが反対側に身をよじったので、結果的にはかなりピカードは外れたことになる。地面にまともにぶつかりそうになるところを、ピカードは前転の姿勢でくるりと回り、衝撃を最小限に抑えた。
 ガルシアは、もう次の攻撃に入っている。アレクスの後ろを取ろうと、走り出している。アレクスは、自分を中心に氷を呼んだ。
「アイスホーン!」
 ガルシアに見事に命中する。体制を立て直したピカードが、プライを発動させようとする。アレクスは、次の攻撃目標をピカードに変える。要は、プライを邪魔すればいい。両手をかざし、アレクスは放つ。
「チルド!」
 ピカードのプライは途中で中断された。
「チルドアース!」
 続けてのアレクスの攻撃に、ピカードの足は地面に凍りついた。と、ガルシアが視界にいないことに気付く。直感だった。上を向いたアレクスの目に、再び降ってくるガルシアが飛び込んでくる。避けようがないほどの至近距離。咄嗟に、氷で剣を作り、ガルシアの刃を受け止めた。
 がきんっ!
 強い衝撃に、氷の剣はなすすべもなく折れる。じぃん、と手が痺れた。その一瞬の隙を逃すことなく、ガルシアは剣を繰り出した。それすらも、紙一重で避けるアレクス。代わりに、彼のマントが大地に縫いとめられた。
「しまった」
 ガルシアの目的は、あるいは最初からこれだったのか。
 思ったときにはもう手遅れ。
 アレクスの喉元に、ソルブレードの切っ先が突きつけられた。反対側からは、いつの間に抜け出したのか、ピカードがいて、ダークサイドソードの切っ先が向けられている。
「お前の負けだ」
 ガルシアの声は、淡々としたものだった。
「早くメアリィを出してください。大体、ボクたちは、あなたを倒しに来たんじゃない」
 ピカードは、上がっている息をどうにか抑えるのに必死なようだった。
「ふっ……」
 不意にアレクスの膝からがくりと力が抜けた。慌てて剣を下げる二人の見つめるところで、アレクスはその場に膝を付いた。苦しげに、はぁはぁと荒い息をしている。ガルシアが、駆け寄ってくる。ぎりぎりまで彼を引きつけて、アレクスはにやりと笑った。
 すっと立ち上がり、両手をかざす。
「デンジャラクトッ!」
 危険な爆発がガルシアを真正面から襲った。疑問を差し挟む暇さえ与えられないまま、ガルシアは吹っ飛ぶ。近くにいたピカードも、同じ目に遭っている。
水晶の中で、メアリィが呆気に取られていた。
(デンジャラクト……!?火のエナジーを、どうしてアレクスが……?)
 一度出鼻をくじいてしまえば、あとは戦況はアレクスの思うが侭だった。デンジャラクトをもう一発お見舞いし、今度はウィンドスラッシュだ。ガルシアは、二度目のデンジャラクトで地面に叩きつけられたまま、動こうとしない。自然、ウィンドスラッシュの餌食はピカードになる。幾つもの切り傷が生まれる。
どだい、ピカードの存在は邪魔なのだ。
 自分が求めている相手は、ガルシアとロビン。地の力を備えた、新しい英雄たち。
「スピンッ……!」
「ぐッ!」
 くぐもった呻きとともに、ピカードは地面に仰向けに倒れた。
 なぶるように、ゆっくりと、アレクスはピカードに近づいた。歩きながら、氷の剣を作り出す。冷え冷えとした透き通る蒼の剣は、どこまでも鋭い。
「人を殺すのは嫌いですが」
 アレクスは冷たい笑みをくれてやる。
「今回は別でしょう。あなたは……邪魔だ」
 切っ先はピカードの胸に向かい、真っ直ぐに下ろされた。
 駄目だ、とピカードは思った。
 さしものピカードも、一巻の終わりだった。
「やめろ」
 低い低い声が背後からするまでは。
 切っ先は、ピカードの左胸の上わずか数センチのところまで迫り、そこでぴたっと止まった。アレクスが、溜息をつく。しかしその溜息に、どこか嬉しそうな雰囲気を感じ取り、ピカードは混乱する。
(ボクやガルシアを倒すことが目的じゃないの?)
 まだ戦う事が出来るということに、こんなにも喜んでいるのか?
 判らない。
ただ一つ判ったことは、自分が命拾いをしたこと。この隙に、ピカードは痛む身体を無視し、横に転がって、体制を立て直した。
 プライを掛けようとするものの、ずきずきと傷が痛み、上手く集中できない……。
 アレクスは、ゆっくりと振り返る。何も、急ぐことはない。振り向いたそこには、彼の期待通り、ガルシアがいるのだ。
 ガルシアは、ピカードに向かって手をかざす。
「今は逃げろ!皆に知らせろ!オレたち二人でどうこうできる相手ではない!」
 君だけをおいて逃げるわけにはいかないと、叫ぼうとしたピカードは、次の瞬間にはもうソル神殿の入り口にいた。
(リターンのエナジー……?)
 入り口から外に見る。
そこには腹が立つぐらい綺麗な空が広がっていて。
 差し込む日差しはさっきまでの死闘が嘘だと囁いているかのように柔らかくて。
「く……」
 ピカードは、ままならぬ身体に鞭打ち、必死に外に這い出た。
 どうっ、とピカードはそこに倒れる。
(駄目だ……みんなに、知らせないと……)
 知らせるって何を?意識が朦朧としている。
「ガル、シ……ア……」
 吸い込まれるように、ピカードは眠りのからめ手にその身を
明け渡した。