水の気配が濃い、水のマーキュリー灯台頂上に、アレクスはいた。
 水の灯火は、触れると莫大な力を彼に与える。アレクスは、灯火に直接触れたことがあった。手の爪が蒼に染まったのを覚えている。思えば、あのとき、求めるものが真実から力にすり替わったのかもしれない。
 そう。自分は馬鹿だった。自分こそが、馬鹿だった。真実を求めていたはずだったのに。今でもそれは変わらないはずなのに。
 しかし力を手に入れたことで、真実に近づいたような気がするのも確か。ただの思い込みだとは判っていても、嬉しかった。あるいはこれを、人々は希望と呼ぶのだろうか。
 戯れに、水の灯火に手を触れる。やはり、莫大な水の力が流れ込んでくる。しかし今度は、それはアレクスにも掴みきることができるぐらいのエナジーだった。もともとアレクスの、水のエナジーに対する容量は大きい。キャパシティとも呼ばれるその容量は、黄金の太陽現象により、輪を掛けて大きなものとなっている。
 さて、これからどうしようか。
もう一度、アンガラ大陸を回ろうか。力を手に入れ、多少なりとも成長した今の自分なら、かつては見逃していた真実への手がかりを、上手く拾えるかもしれない。
 ヘスペリアやアテカといった、他の大陸に足を伸ばそうか。かつての旅で多くの大陸に行ったものの、自分のことを調べる余裕などはなかった。地図に載っていない街や村も多々あるだろう。
 と、背後に人の気配を感じ、アレクスはびくっとする。
 ガルシアか、ロビンか、ハモか……自分を追ってきたのだろうか。戦いを続けに。それはそれで相手をするのは構わないが、しかし戦いはもう終わったはずだった。
 多少の警戒をしながら振り向いて、アレクスは息を呑んだ。
「リ……リトル・レディ……!」
 リトル・レディと呼ばれた娘は、にっこり微笑んだ。
「わたくしは、もう、子供ではありませんわ」
 そう、彼女はとっくに一人前のレディとなっている。アレクスの師匠の娘メアリィ。アレクスは、苦笑しながら頂上の淵に座った。いつの間にか日はとっぷりと暮れており、空には幾つもの星が瞬いている。灯台の水の灯火のお陰で、それでも辺りを見渡すことは出来た。イミルと水のマーキュリー灯台のある、北の大地が広がっている。
 メアリィは、アレクスの隣に座る。少し目を見開いて見せただけで、アレクスは何も言わなかった。
 もしかして、こうして隣に座ったことは初めてなのではないだろうか。メアリィの父が生きていて、アレクスがまだ居候していた頃から、彼と彼以外のものにはある障壁みたいなものが存在していたがゆえに。
「アレクスは、これからどうするのですか?」
 問われるままに、アレクスは答える。
「さあ……取り敢えずは、アンガラ大陸をもう一度回ります。あなたの家に居候になる前にも回っていましたが、それでもチャンパのように見落とした村がありましたから」
 チャンパは、アンガラ大陸の南の端に位置する小さな村だ。灯台を灯す旅の途中で、初めて見つけた。
「では、メアリィは?」
 アレクスは彼女を見ないままに言う。彼の視線は眼下の大地に向けられている。
「このままイミルで暮らすのでしょう?」
「いいえ」
「では、ハイディアにでも移り住みますか?」
「いいえ」
「では、どうするのです?これから」
 そこで初めてアレクスの目がメアリィに向けられた。メアリィは、そのことにひどく満足を覚える。言葉を、ゆっくり切りながら、メアリィは紡ぐ。
「わたくしはね、あなたとともにいきたいと、思ってるの」
「メアリィ……?」
 アレクスにとっては完全に予想外のことだった。いつ終わるとも知れない旅だし、アレクスが何者であるかを知るための旅だ。個人的なことこの上ない旅につき合わせるより、メアリィにはイミルで平和に暮らしていて欲しい。
 しかし、メアリィは微笑をたたえたまま首を横に振るのだ。
「いい?アレクス。わたくしは、あなたがいないのは嫌なの。あなたの傍にいたいし、あなたの力になりたいのです」
 ただのわがままであることを知っていても、メアリィはそういう。
 一緒にいたい、それだけを伝えたかったから。
 かつての旅で、忘れかけ、かつての旅で、明確な形になった自分の願いだから。
「メアリィ。あなたと一緒に。長い旅を」
 与えられた台本を読むかのように淡々と言い、ややあってアレクスは、実感を伴ってうなずいた。
「それも、いいかも知れませんね……」
 その言葉に、メアリィは最高の幸せを見たと思った。
 切なる願いが叶った瞬間だった。
 ややあって、立ち上がるアレクス。
「では、行きましょうか。リトル・レディ」
 だからわたくしは子供ではない……そう言い掛けたメアリィの前に、アレクスは手を差し伸べる。
「知ってますよ。レディ・メアリィ」
 人を食ったような、それでいてどこまでも優しい彼の笑みを、蒼の灯火が照らしている。
 魅力的な彼に対抗するべき言葉は、たった一つ。
「……アレクスのばか」
 拗ねたような表情をしながら、メアリィは彼の手を取るだけだ。
 わざとらしく驚いて、アレクスはレディの手に唇を寄せた。

あとがき