ゲイルの指は、長くて、そして先の皮膚が硬い。
 他の誰よりも、作戦室のマップを撫でている時間が長いんだって、わかる。
 天板には、ほのかなあかりのLEランプが仕込まれている。薄いマップで更に弱められた光が、ゲイルの鋭角的な顎をうっすらと緑色に染める。彼が眉をひそめると、顎が下がり、今度は明かりが斜めに射す。真っ平らな頬と目の縁までもが、緑になる。
 そのまま、奴の眼が鮮やかな緑に染まらないかって、俺はあらぬ期待をする。
 緑に変わったその眼で、俺を真っ先に見てくれないかなって。
 聡い彼だから、一瞬で俺が間近に立っていた意味にきっと気づいてくれる。

 俺がゲイルを意識したのは、多分、食われかけたからだろうと思う。アートマの暴走で悪魔となったゲイルが、同じ部屋に待機していた俺に、いきなり襲いかかって来た。銃で応戦しても、適いっこない。四つ足で跳ね、ありえない角度に筋肉を曲げ、弾をよける。正直ダメだと思った。俺の視界がふわりと揺らぎ、次の瞬間、不思議な感覚が頭の上から降りてきた。
 いいんじゃない?
 怖くなくなってきた。
 痛くないような気もする。
 あれ?幸せなんじゃないの?ふわふわ、ほわほわ浮かぶ気持ち。

 その時の感覚をアニキに話したら「危なかったな」と一言言った。生命の危機にさらされると、生きものは皆そうなるそうだ。――悪魔も?
 捕食者の牙を痛く感じないですむように、はらわたをえぐられても、安らかに瞑目できるように、死をまぢかに感じた時、自ら神経を麻痺させるのだと。

 ヤバイ。多分、俺は天然でドラッグやっちまった。(元メリーベルのヤツがドラッグに関しては教えてくれた。そいつも実物は見たことないらしいんだけどさ。ソーマドロップみたいなものかな)
 
 以来、ゲイルの顔を見ると、恐怖と同時に、別のスイッチも入っちまう。食われ…たくはないけれど、あのふわふわとした一瞬をもう一度味わいたい。
 敵と戦って、窮地に陥っても、そんな気分になるかもしれないが、本当に死んだら困るからね。俺が、というより、人手の足りないエンブリオンが。

 ゲイルは、今は一応安全パイ。俺の前ではアートマの暴走に極力気を配っているらしい。
 俺は俺でセラの歌に助けられたわけで、そのお礼は彼女にするつもりだけど、ゲイルからもわびを入れてもらわないと、割に合わない。

 と言う振りをして。

 俺はゲイルにまとわりつく。

 「な、喰らいごっご、しない?」
 極力明るい声で言ったら、ゲイルは、能天気なヤツめ、という眼をして、俺を見た。
 

 な、なんだよう!
 俺だってホントはドキドキしてるんだから。
 こんな戦場で、こんなウキウキして、遊ぼうって誘ってるんだから。職務に忙しい参謀を。
 突き抜けないと誘えないってば。
 しょーがないっしょ!

 ゲイルが俺を戦力的にアテにしていない、ってのは、かなり前からうすうす感じていた。
 バットとトレード、と言われたときには、さすがに凹んだ。でも、ごくごく最近なんだけど、少し目が優しくなってきてる気がする。
 見直してくれたかな。
 それとも。
 眼が緑に変わる日が近いとか。
 あとは…
 「喰らいごっこ」をしたせいで、俺をちょっと意識してしまったとか。

 ないない。
 それは、ないないない。
 そうだったら嬉しいけど。

           (ごめん、ここまで。ブラウザの戻るでお戻りくださいまし)