■Hush-hush
――ヒートの秘密がばれた日のことです――
――
素足にもかかわらず、ばたばたっと足音を響かせながら、あわただしく入って来て、
頭からシャワーをざっとかぶり、
他のメンバーの会話には全く加わらず、さっと浴室を出る。
ヒートのバスタイムは、いわゆる『カラスの行水』という奴だった。
…カラスって、何だっけ?
まあいい。
その日も、同じ調子で浴室に入ってきた。シエロがヒートの方に眼をやったのは、特に理由があったわけではない。たまたまそちらの方を見て、ソープを泡立てていたからにすぎない。
「ヒート?」
シエロの呼ぶ声に、ほんのり疑問の色が含まれているのを感じて、ヒートは珍しく水しぶきから顔を逸らし、彼に答えた。
「ああ?」
「あんたのちんこって、変わってるね」
ちんこって…?
いや、それくらいわかる。
「変わってるって、なんだよ」
早くも怒気をはらんだヒートの質問に応えないまま、シエロはみっつ先のシャワーのコックを締めていたトライブのボスを呼んだ。
「ねえねえ、アニキ。ヒートのちんこ見てみて?」
ボス=アニキ=銀の髪のサーフは、やわらかなうす青のタオルでアートマのある頬に転がる水滴を拭いながら、ゆっくりとふたりの方に近づいてくる。
相変わらず足音をさせないヤツだな、なんか気にくわない、とヒートが思っていたのはさておいて。
「ねえねえ、アニキ?」
「ん?」
ふたりして、ヒートの股間を覗きこもうとした瞬間、持ち主は、紅い髪を振りながら、目的の場所を両手で隠した。
「なんで隠すんだよ!ブラザー!」
「…なんかヤだろうが!見せ物じゃねえんだよ!やめろふたりともあっちいけ!」
目を伏せて吐き捨てるように言うヒートの頬が、薄い紅に染まっているのを見て、シエロは鼻で笑ってみせる。
「なんだよう。誰にでもあるもんだろう。なーに恥ずかしがってんの!俺なんかこんなに振り乱してもへっちゃらだもんね」と言って、腰を円形に揺らし、股間の一物を振って見せた。乾き始めた青い陰毛が、いかにものどかそうに中央で揺れていた。
「バカなことしてるんじゃないシエロ」
シエロの隣に、今まで無言で立っていた参謀ゲイルが、心底呆れたように口を挟んできた。
「そんなぶらぶらさせて、今まさに敵の奇襲があったらどうする。一番先に目に触れて、銃でドンと撃ち抜かれるぞ」
それは一種の参謀のからかい――無表情だが――だとシエロはわかっていたけれど、ドンと打ち抜かれた時の痛みをふっと想像して、ぶるぶるしながら、ヒートと同じポーズで、股間をガードして見せた。
「…ちがうって?」
氷の目をしたボスが、参謀とシエロのじゃれ合いに一段落ついたのを見て取って、話をひょいと元に戻した。
表情を伺わせない、薄い色の瞳が、じっとヒートの隠された部分を見ている。
「ち、ちがわねえよ!そんな見るなよ」
後ずさりするヒートを視線で牽制して、サーフは年少のシエロに無言で説明を促す。
「ちがうって、アニキ。俺、自分のもアニキのもゲイルのも、結構似てると思うの!でも、なんかヒートのはさー」
「なんなんだよ!」
「とにかく変なの!」
なんでそんなに変変言われなきゃならないんだろう、とヒートはちょっと混乱した。しかし、ここまで言われるとやはり腹が立つ。
「少しぐれえ、形変わってても、どってことないだろ!」
「いんや!ヒート病気じゃねえの?」
シエロがぐさりと刺す。
「病気?」
サーフの眉が、顰められる。まだ残るシャワーの湿りが、彼の睫毛をいつもより翳らせて見えた。頬に、長い睫毛の影が落ちて、尚、表情が曇って見える。
「ヒート。ちんこ見せろ」
「やなこった!」
ヒートは流れるシャワーをくぐり、身を翻させようとした。しかし、その先にはいつの間にか参謀が立ちはだかっていて、行く手を阻む。頭脳派の役回りだが、参謀のゲイルの体格は、エンブリオン1のアタッカーのヒートと同等だった。むしろ、腰回りなどは、もっとどっしりとしている。悪魔化して片足で立てるのは、足腰の強い証拠だった。(たまによろけるが)
「待て。俺からも要請する」と、参謀。
「トライブ内の体調管理は、幹部の重要な仕事だ。まして、その幹部当人に病気の可能性があるとなると、見過ごすことはできない。そして、ヒート、重篤な病気だった場合、おまえを幹部から外すことも考えなければならない」
「…幹部から外す…!」
これには、さしもの暴れ馬ヒートも、ショックを受ける。前線に出られない。これは、戦闘が生き甲斐であるヒートにとって、三度の食事を抜かれることと同じくらいの痛手だった。
逃げる気配の失せたヒートに、サーフがゆっくりと、優しげな声で、きっぱりと言った。
「ヒート、ちんこ、見せて」
サーフの声でちんこ、と響いた時、ヒートは非常にびくりとした。さっきは逃げることしか考えなかったけど、落ちついて聴くと、なにやらその台詞は、大変イケナイ、けしからんことではないのかと思えた。でも、同時に、この状況に甘い気持ちもこみあげてきた。いったい何でだろう…
ヒートが股間から両手のガードを外すと、参謀が近づいてきて、彼を背後から羽交い締めにした。気が変わって逃げられないように、との配慮なのだろう。参謀にとって、ボスをスムーズに行動させることが、一番の目的なのだ。
に、しても。
この体勢、なんなの?
サーフはタオルを首にかけ、シエロは手近にあったバスタオルを肩にはおりながら、ヒートの前にしゃがみこんだ。
赤い、翳りからのぞいた、ヒートの局所。
ふたりの視線がじっとつきささって、ヒートは居たたまれない。
そして、――そして。
本当に、俺は、病気なのか?
まずシエロが口を開く。
「ね?なんかちょっとちがうよね」
それに応えてサーフ。
「…皮が…」
それなり、黙り込んでしまう。
皮が、どうなんだよ!と怒鳴りたいが、沈黙が妙に怖くて、ヒートはあわあわと口を動かすばかり。
「ヒート、触ってもいい?」
「なんだと!?」
思いがけないサーフの言葉に思わずつかみかかろうとするが、参謀に強くつなぎ止められた。
「触って…痛かったりしたら…言えよな」
サーフの声色が、あまりにも優しい。優しすぎて、却って怖い。俺は本当に重病かもしれない。いままで全然気づかなかっただけで?気が小さいところのあるヒートは、すっかり萎縮した。
「あ、縮んじゃった…」
ヒートの目の前に下がっていた局所が、臆すると同時に小さくなってしまった。
「ぶっ」
「だめだよ、シエロ」
吹き出しかけたシエロをすかさず叱ると、サーフは右手をやんわりとヒートの一物に延ばした。
ひんやりと冷たい手だが、芯の方からぬくもりが感じられる。
「…わ」
ヒートが思わず腰を引くと、参謀の戒めが強くなった。
両腕のつけ根が、締めつけられて、ひどく脈を打った。それと同時に心臓も。
実は心臓のバクバクは、サーフに触られたせいなんだけど、ヒートにはそれがわからなかった。
「ヒートの陰毛、髪の毛と同じで柔らかいね…」
「そ、そこじゃないだろ。そんなとこさわってんなよ、バカ!」
「ここ触ると、気持ちよくない?」
「だから、そうじゃなくて…」
ちんこの病気が…
と思ったけど、さらさらと肌を滑っていくサーフの指から、毛を焼き溶かすようなちりちりとした感触が這い始め、そのままヒートの股間を打つ。
「あ、元気になった」
シエロに変だ変だ、と言われた状態から、少し大きく育っている。
「痛くない?」
「…なにが?」
「大きくなって」
痛いっつうか。
きゅんきゅんする。これ、痛いって言わないだろうな。腰の後ろが重い。そして、なんか、ちんこの奥がしんどい気持ち。寂しいっていうのか、悲しいっていうのか…切ない?切ないってのかな?これが。
「い、痛くは、ねえ、よ」
息が上がっている。なんでだろう。自分の大きくなったちんこの向こうに、サーフの心配そうな表情が見える。変な光景。でも、これって、とっても…
「もうちょっと、大きくしてみよう」
なんかの実験みたいに、淡々とサーフが言う。ヒートは微妙に悔しい。自分の息が上がってるのに、サーフの声が平板だなんて。
サーフの右手が棹を掴み、左手が背後にある袋を揉み始めた。
「あああ!な、なにすんだよ!」
「うわ!アニキすっげー!」
ヒートとシエロの声が同時に上がる。ヒートの背後で、参謀の心臓の鼓動がひときわ大きく打ったのにも、ヒートは気づいてしまった。
驚く間もなくせり上がってくる酔い。
「動かすよ」
なにを?
棹を握るサーフの右手が、ゆっくりと上下し始めた。
「う…ぎゃん」
今まで出したことのない妙な声で、ヒートは叫ぶ。頭のてっぺんに雷が落ちた気分だ。
膝から下の力が抜け、参謀の腕にすっかり体重を預けてしまう。
サーフの握ってる部分に血が集まって、じりじりと痺れている。その痺れを消したいような増したいような、焦れったい気持ち。
「…痛くない?ヒート」
「…れ、なんだ…痛、とか…そ…」
舌がもつれて、言葉にならない。
「あ、も、――うアァ…っ…サーフ…サーフぅ…」
それとは知らずに、喘ぎ声が漏れていた。
「カセイホウケイだな」
ヒートの耳の後ろで、ゲイルの声が響く。
「勃起して痛くないなら、問題なかろう」
ゲイルはヒートの腕を解放した。裸体のヒートは、いかにも無防備に、ずるずると床にくずおれてしまう。
「なに?その、カセイ…」
シエロがゲイルに尋ねる。
「病気ではない。個性のひとつだな」
「はあ」
安心したような、気が抜けたような、シエロの反応だった。
「なんでもないか、ならよかった…って、ゲイル、あんた…!」
無表情の参謀が、バスタオルを被ったシエロの身体を横抱きにした。
「シエロ。サーフのしていることを、俺に施す気はないか…」
「え、なに、言ってんの、あん、た」
いままでしれっとし続けていたシエロが、動揺し始める。
「ゲイル!な、なにすっげー前ふくらませてんだよ!顔色ひとつ、変、えずに!」
「…シエロ、口を吸うから…」
ゲイルの密やかな声、というとても珍しいものがヒートの耳に聞こえて、シエロの言葉はしばらく途絶えた。
なんだ…あれ?
朦朧とした意識の中で、ヒートは考える。
あのふたり、何してるんだ?
そして、俺はどうしたんだ?
浴室の床に崩れ落ちて、仰向けになったヒートに、サーフが馬乗りで身を預けてきている。
サーフの両手は、相変わらずヒートの一物を探り、周辺を彷徨い続けている。
「…初めて?」
サーフの柔らかな声が届く。
「なんら、よ、これ…」
口に溢れた唾液が、上手く飲み込めないヒートは、まだろれつの回らない言葉で質問した。
「知らなかったのか…こんな、気持ち良いこと」
身体がふわふわして、なのに、頭の中で火花が散って、胸の奥がふくらんだり、逆に吸いこまれそうになったり。
気持ちいい、のか。これって。そういうことか。
「いままで、痛かったから、自分でいじらなかったのかも知れないね…」
「…あ…」
「でも、もうやっても大丈夫」
大丈夫だった、みたいだ。病気じゃない。
けど、この状態も、どうしたらいいんだろう。立ち上がれない…
ヒートは、サーフの手に、自分の股間を押しつけた。
「あ、サーフ…!」
「なに?もっと扱いて欲しい?」
必死にうなずいた。
「じゃあ、俺のも触ってくれる?」
なんでもする。なんでもするから…
サーフの股間に触れる。サーフのちんこはすっごい立ち上がってて、先端の柔らかいところから、透明なしずくが漏れてる。もう、シャワーの水滴は乾いたはずなのに。良く見れば、身体からも汗が噴き出している。頬も赤い。サーフが汗をかくなんて、思っても見なかった。
「だって、ヒートの声も顔も、いやらしかったからさ…」
…いやらしいって、何?
「もう、俺、興奮して、正直、どうしようって…」
言いながら、サーフは荒い息のまま、ヒートの首筋に顔をうずめる。
胸と、腹と、腿と、股間が、すりあわされた。今まで感じたことのないぬくもり。
一度触れたら、もう離れられないような、心地よい温度。
炎のように熱くもなく、氷のように冷たくもなく。
なんて、気持ちいい。
ぼんやりとヒートは思って、そして、このまま意識が消えるかもしれないな、と感じた。
でも、訳がわからなくなる前に、ひとつ訊いておきたいことがあった。
「…サーフ…」
「なに?」
耳元で囁かれる、サーフの声は熱い。
「ヤツら、なに、してん、だ?」
ヒートの言葉が、シエロとゲイルのことを指しているって、サーフにもすぐわかった。
ゲイルはシエロの小さな身体を組み伏せて、その体内に自分の欲望を放つ準備をしていた。シエロは目を潤ませて、早く早くとゲイルにねだっている…
サーフはいままでと同じ優しい声でヒートの質問に応える。
「…教えてあげる、俺が。ゆっくり、ね。ヒート」
END