Novel
が再会を期待したあのトサカ頭のジャンク屋は、そこにはいなかった。
いや、それどころか。
「……軍艦?」
シェルターの出口、その隙間から外を覗き見て、は驚愕の声を上げた。
その前には、連合の士官服を着た、どう見てもと同年代の少年が、先に降りたフレイを誘導して──と、フレイは少年に抱きついて、困惑させる様子を伺わせていた。
それをしばらく見る。どうもあの少年がサイとかいう例の彼氏──では、なさそうだ。あの戸惑い様は、男が恋人に見せる態度ではない。
「あ、あの」
そうしていると、シェルターの脱出口すぐそばで、先程の少年兵が控えめにに話しかけていた。既にフレイは誘導されたのだろう、彼一人。改めて少年の方を向くと、ナイーブそうな整った顔を少し困ったように傾げさせて、やはり控えめに言う。
「あなたで最後です。えと、どうぞ……」
手を伸ばす少年兵。わりと濃い肌の色であることと、収容された場所が薄暗い格納庫であるために今まで気付かなかったが、少年は頬を染めていた。
これが、・とキラ・ヤマトとの最初の邂逅であった。
Bypath-3 大天使の軋轢
予定が変わった。
予期せずしてたちを拾ったこの艦──名前をアークエンジェルと言うそうだ──の食堂に移動してきてそのまま、は頭を抱えていた。
どうもこれは地球連合の戦艦らしいのだ。
ただの戦艦ならば、ザフトよりはましだというのはあった。ジャンク屋連合に属するはともかく、あのポッドに乗っていたヘリオポリスの避難民はほとんどナチュラルだったからだ。
だが、艦内を歩く制服姿の少年達を見るにつけ、の頭を不安がよぎる。連合にも少年兵がいないわけではないが、この艦のはあまりにも練度が低いように見えたからだ。特に、ポッドから降りる時に手を貸してくれた少年など、手つきから言って明らかに民間人だ。
それにこの戦艦自体、の記憶にないということも気がかりだった。
「……この艦、一体どうなってるわけ?」
テーブルに肘をつき、は深く溜息を吐いた。
何より違和感を感じるのは、避難民達の処遇についてだった。フレイたちと一緒に食堂に連れてこられたはいいものの、その後の沙汰がない。時折、件のどう見ても民間人な少年兵たちがやって来ては、飲料を持って行ったり、フレイと話をしたりしている。
そしてそれは、今この時にも。
食堂に集まった彼ら。もともとの知り合いなのだろうか、と同年代くらいに見える数人で集まっては、何ごとかを話している。
まずは情報収集が先か、と踏んで、は立ち上がった。目の前でたむろっている彼らはおそらく、志願したヘリオポリスの住人だろうと予測する。避難用ポッドではなく、直接戦艦に逃げ込んできて、そのまま足りない人手を補うために。
それに、自分達を拾ってくれた人にも礼が言いたい。連合においてモビルスーツを操れる人材は貴重だから、整備や警戒に手を割かれて当人にそんな暇は無いだろうが。
が近づいていることに気付かないほどに、彼らは話に夢中だった。
「でもさ、地球軍がヘリオポリスでモビルスーツを造ってたからやられたんだろ?」
「でも、ヘリオポリスは中立なのよ? なのにザフトは攻撃してくるなんて……」
機密かもしれない情報の垂れ流しである。少なくとも、はここではじめて、連合がモビルスーツを開発していたことを知った。
「それを言うなら、地球軍だって怪しいぜ。大体、なんで中立のはずのヘリオポリスに地球軍がいたんだよ? おかしいじゃないか」
「オーブがそれを許可したからじゃない?」
「え……?」
「な……っ!」
ぽつりと漏らした一言に、彼らが押し黙る。
彼らの目下の議題は、攻撃を仕掛けたザフトと、中立コロニーにいた地球軍に対する批判が主だった。だがそこには、決して無視できない事実が抜けている。
確かにヘリオポリスの住人達にとっては、このたびのザフトの襲撃はいい迷惑どころか、大打撃だったろう。その原因を作った連合にだって多大なる非が存在する。
だけど、何か一つ、忘れている。ヘリオポリスで連合が駐留出来ていた、そもそもの理由がそれだ。
白熱しかけた議論に水を差したのが、のその一言だった。
皆の視線が集まるのもものともせず、は静かに続けた。
「つまり、オーブはヘリオポリスを連合に売った……」
そこにいた少年兵たちが目を見開き、硬直するのが分かった。
無理もないことかもしれない。
ヘリオポリスはオーブが所有する資源コロニーだ。当然、そこに住むものもオーブ国籍を持っている。それはやとて同様である。
つまりれっきとした『自国土』であるはずの場所を連合に貸し出し、戦争のための兵器を造ることを、オーブは許容したのだ。自国が戦争と関わるのを何より嫌う、あのオーブが。
にわかに信じがたい事実。
「……でも、確かに一理あるかもしれないな。現に、コロニーに地球軍がいて、ザフトが襲撃をかけたんだ」
ぽつりと呟いたのは、眼鏡をかけた少年。それまでの話の流れを反芻し、冷静に分析していたらしい。それを聞いてフレイが声を荒げて彼の名前らしきものを叫ぶのに、はこの少年が、例の『サイ』という彼氏なのだと分かった。
「じゃあ、もともとはオーブのせいなんじゃない!」
フレイは激昂していた。他のメンバーとは明らかに系統の違う顔立ちをしていることから、もしかしたら彼女はオーブの出身ではないのかもしれない。だからこその、オーブを非難できるといったところだろうか。
「落ち着いて、フレイ」
「そうさ。一概に全部オーブが悪いってわけじゃないだろう……高度な政治判断ってやつさ」
フレイを宥めにかかるサイの言葉はどこかしら冷めていた。自分たち一般市民にははかりかねる大人の政治の世界、そういったものを嫌悪するかのようでもある。他の者たちも同様だ。
フレイのように、直情で短絡的に陥るものの方が、もしかしたら珍しいのかもしれない。
と、そこまで考えてはひっそりと嘆息した。
自分も彼らと同年代であるはずなのに、この感じ方の相違は何なのだろう。すれているな、と我ながらに思う。
フレイを囲んで宥めている少年達からふと視線を外すと、その輪から少し外れた所にいた別の少年と目が合う。をシェルターから下ろしてくれた彼だ。
どうやら内向的性質を持つらしく、彼は先程から一言も口をはさむことはなかった。まるで何かに遠慮しているようにも見える。
少し、好奇の心がわき、は席を立つと少年に歩み寄った。
「ねえ、君はどう思う?」
「え……どう、って」
いきなりの問いかけに少年は目を丸くしてを見遣った。こちらから話しかけることは完全に想定外の出来事だったようだ。は一つ頷いて、
「さっきの話。なんで地球軍がヘリオポリスにいたのか、何でザフトがそれを知って、仕掛けてきたのか」
「そ、そんなこと急に言われて……」
「全然、検討もつかない?」
「…………」
言いよどむ少年に首を傾げてみせる。少しの間の沈黙を破ったのは、どうやら落ち着いたらしいフレイの声だった。
「、キラにそういうこと聞くのはやめてあげて。この子、本当は……」
「フレイ!」
背後から制止されて、フレイが押し黙る。彼女が何を言おうとしたのか少し気になったが、目の前の少年が首を振って、「大丈夫だ」という風に笑ってみせたので、は再び彼──キラに向き直る。
「政治の話は、僕にはよく分かりません。でも、ヘリオポリスは崩壊してしまって……僕たちは、望むと望まざるに関わらず、この戦争に関わることになってしまった」
「理由を考えるより、事実に対処する方が先決、ってこと?」
「そういうことになります……じゃないと、みんなが……みんなを、守れないから」
キラは少しはにかんだ笑みをに向けた。そこに隠された照れと言うか、ほのかな思いを、は感じ取ることはなかった。
その代わりに、の頭の中には、彼の言う『守る』という単語が引っ掛かっていた。
ただのクルーが、それも、ちょっと前まで守られるべき立場にあったはずの少年が言うにしては重い言葉である。
(もしかして、この子が……)
はキラをまじまじと見た。なにやら頬を染めて視線をそらされたが、それでもは見続けていた。
そうして心の中に起こった核心の代わりに。
「そういう考え方は、嫌いじゃないな」
「え?」
独り言のつもりだったが、キラは再びの方に向き直る。そこで初めて、は表情を緩めた。
「今、事実として戦争がそこにある。原因を考えるより先に、まずはそれを何とかしないとって言う君の考え方。私は好きだな」
「そんな、大層なものじゃ……」
「それでもいいんだよ。私も、今ので決心がついた。まずは生き残ることを考えないとね」
改めて礼を言い、食堂の入り口まで行くと、見張りに言って艦長へと話を通してもらえるよう頼む。彼は最初は訝しげにを見ていたが、ジャンク屋である旨を伝えると、何事かを悟ったのか、通路を指してを外へと送り出した。
その背中に向かって、彼女を呼ぶ声がかけられたのは、食堂の中からの背が完全に見えなくなってしまう直前のこと。
「あの……僕、案内します」
振り返ると、キラがを追って来ていた。微笑んで再び礼を言うと、キラも同じように笑みを返してくる。
「ありがとう。君……」
「キラです。キラ・ヤマト」
「私は。キラ君? 私もね、少しだけお手伝いすることにしたよ。君のおかげでね」
「……?」
その言葉の意図を図ることが出来ないまま、キラはを案内して行った。
艦長、マリュー・ラミアスは格納庫にいた。
彼女は元々技術仕官だ。ブリッジで指揮を執るよりも、本来はこちらの方が本分なのだろう。彼女の表情はどことなく浮かないものではあったが、それでも機械に携わるものとしての真剣な表情をしていた。
「……それで、あなたも志願を?」
そう訊ねるマリューの顔には、明らかに喜色がうかがえた。はジャンク屋である。整備を任せられる確かな人材を確保できるということは、単艦行動中で補給もままならないアークエンジェルにとっては貴重なことであろう。
はそれに肩をすくめて答えた。
「いえ、ちゃんとした志願となると困ります。ジャンク屋組合はこの戦争には不介入ですから」
「では、どうして協力を申し出てくれたの?」
マリューの表情が僅かに曇る。そこには、の協力が得られなくなることによる不都合よりも、疑問の方が先に立っていた。
その疑問には、きっぱりと答えてやる。は真っ直ぐにマリューを見据えた。
「生き延びたいからです」
「…………」
あまりといえばあまりにも単純な、そして人間としての根源的なところに根ざす理由だった。マリューはぽかんと口を開けてを見ていたが、すぐに立ち直り、次なる疑問を発した。
「では、どうやって協力してくれるというんですか? いくらジャンク屋とはいえ、軍属でないものを機密に関わらせることは出来ません」
「ジャンク屋が関わったことを知られなければいいのでしょう?」
それまでもきりっとした表情から一転、は悪戯っぽい笑みを浮かべる。さすがにマリューは狼狽を隠せない。
構わずは続けた。
「連合と合流する前に、ジャンク屋組合から迎えを寄越してもらいます。それまでは、私がこの艦と艦載機を弄った痕跡は一切残しません。でも、一応レポートだけは提出させてもらいますね。やむを得ない事情、ってことで。スペックとか、機密に関しては、記録に残しませんから」
「……はぁ」
言い切って、袖をまくっているを目の前に、マリューは不安げに溜息を吐いた。