Novel

「ロウ! 樹里! リーアム! プロフェッサー!」
「おう、! 久しぶりだな」

 一人ずつ、懐かしい名前を呼ぶ。
 ホームの格納庫でを迎えたホウキ頭のジャンク屋の笑顔に、やっとひと息つける気がした。

 ただいまを言える環境があるのは、なんて幸せなことだろう。
『私もいるぞ』
「うん、8も元気してた?」
 ロウが抱えた四角い箱を撫で、はやっと実感した。

 今はここが、自分の帰る場所でいてくれている、と。

Bypath-6 I’m come home

 とはいえ、すぐにブリッジへご案内、という事態にはならなかった。の知るホームの格納庫に『あるはずのなかったもの』を発見し、の表情からすぅっと笑みが消えた。
「ところで、ロウ」
 感情のこもらない平坦な声で、おそらく張本人であろう男を呼ぶ。
「何だ、腹減ったのか? ならこの『レトルト海鮮ジョンゴル鍋セット』をだな……」
「じゃなくて、アレ」
 ロウを制してが指差したものは、フレーム部分の赤いモビルスーツ。こんな形状のものは見たことがないが、どことなくストライクにフォルムが似ている。
 だが渋い顔のとは逆に、ロウは自慢げに笑い、
「スゲーだろ! ヘリオポリスで見つけた『レッドフレーム』だ!」
「ヘリオポリスで!?」
 言い切るロウには今度は目を丸くした。

 ヘリオポリス。
 モビルスーツ。

 この奇妙な符合はどうしたことか。胸がざわついた。
「まさか……連合のGを盗んできたわけじゃあ……」
「それは違うわね」
 の疑問をあっさり否定したのは、眼鏡をかけた妖艶な雰囲気の女性だった。手元のコンソールを操作すると、『レッドフレーム』と呼ばれたモビルスーツのデータがモニターに映し出される。
「プロフェッサー?」
「これはヘリオポリスで極秘裏に開発されていた『アストレイ』シリーズ。連合のものじゃなく、オーブが独自に、ね」
「デザインラインが似てるのは、連合の技術をパクった……と?」
「ご明察」
 眉を顰めるに、プロフェッサーの口元がニヤリと歪む。ご丁寧に眼鏡まできらりと光らせて。
「まあ、オーブは中立宣言を出してるからね。色々ときな臭いけど、独自の戦力を開発しないといけない事情は十分にあるわ」
「……そのきな臭い国の国籍を取るように言ったの、誰でしたっけ?」
「あそこは理念さえ守れば誰でも住んでいい国ですもの。脛に傷持つ人にはちょうどいいでしょ?」
 ケラケラと笑うプロフェッサー。出会った当初から、この人に口ででも何でも勝てたことなど何一つない。
「まあまあ、さんがオーブとのパイプ役にもなってくれるので、私たちは助かってますよ」
 とっさにリーアムがフォローを入れるが、当のプロフェッサーはそ知らぬ顔でパック入りの豆乳をすすっていた。

 開戦の直前、当時の代表首長ウズミ・ナラ・アスハが提唱した中立宣言。『侵略せず、侵略を許さず、侵略に干渉せず』という理念を発表したのは、明らかにこれから起こるであろうプラントと地球連合との戦争に関わらないようにするための咄嗟の策だったに違いない。
 だがにとっては好都合だった。すぐにオーブに入国し、移住手続きを済ますとまたすぐに宇宙に戻ったのが約一年前。地球に降りたのはその時一回限りだが、貴重な経験をしたと思っている。
 そんなことがあったから、ヘリオポリスに住むことも出来たし兄を病院へ通わせることだって出来たのだ。そこら辺は一応、感謝している。
 だが今、プロフェッサーから聞いた話で、どうやら軍拡に連合を利用したらしい、ということを理解した。
「あそこで連合のモビルスーツの建造を許可したのはそういうことか……」
 中立国の薄暗い裏側を垣間見て、は大仰に溜息をついた。


 その後みんなでホームのブリッジへと移動する。彼らがレッドフレームを手に入れることとなった事件、グレイブヤードでの出会い、コロニー・リティリアの旅立ち、などなどそのほとんどがロウとレッドフレームの武勇伝であったが、はそれらを楽しく(そして少し羨ましげに)聞いていた。
「日本刀に、廃コロニーロケットに、何より同型機かぁ〜……いいなあ、私も見てみたかったなぁ」
「いや、でも俺としちゃ、連合の最新メカを触ってきたっていうのが羨ましいぜ! くぅ〜っ、機密情報が見れねえのが悔しいけどなぁ〜!」
「ねえ、そういえばは私たちが行く前にヘリオポリスにいたのよね?」
「うん、そうだけど……」
 樹里の言葉に、首を傾げる。彼女とは年が近いこともあり、話しやすく仲の良い相手だった。
「大丈夫だったの? が行ったすぐ後にザフトが攻めてきて、コロニーが崩壊したって言うじゃない!? 私たちがついたのはその後だったし、探そうにも中がめちゃくちゃだったし……心配したんだよ〜!?」
「大丈夫だって! ほら、この通り足だってちゃんとついてるし」
 途端に目尻を潤ませる樹里に、心配性だなぁと苦笑しながらも彼女の頭をぽんぽんと撫でてやる。の側から樹里を挟んで反対側にいたロウもどことなく呆れ顔に見えた。
「無事だったんだからいいじゃねえか。だいたい、こいつが死ぬようなタマかよ」
「だって〜」

 何てことのない会話。その中に、アークエンジェルでは味わうことのなかった暖かさと安心を感じ、は二人の会話を聞きながら微笑んでいた。
 だがその優しい時間は、プロフェッサーが持ってきた情報チップにより途切れることになる。
「はい、ご所望のデータ」
「あ、ありがとうございます……」
 プロフェッサーは風呂あがりだった。まだ乾ききっていない豊満な肉体を白衣一枚のみで覆ったスタイルは、男性にとっては目のやり場に非常に困る状態だろう。
 だが実際に目をそらしたのは、常識的な男性としての感覚を持つリーアム一人であった。樹里は顔を赤らめながらもプロフェッサーのスタイルを羨むように眺め、は渡されたデータのことで頭がいっぱいで。
 そして一応男であるロウはというと、女の艶姿を見ても特に反応がない。メカニックに関しては鋭い勘を持ちながら、他のことには驚異的なまでの鈍感ぶりである。
 彼はチップを興味深そうに覗き込んだ。
「ああこれ、兄さんの居場所を探してもらってたの」
「そいつを追うのか?」
 ロウの瞳は鋭い。まるで全てを見透かされているように錯覚する。それに飲まれてしまわないよう、は落ち着いた声で、ゆっくりと答える。
「うん。……地球に降りる」

 その瞬間、(とプロフェッサー)以外の人間の表情が固まった。ちなみにそのプロフェッサーはというと、さもありなんといった風に溜息をついている。
「えぇ!? 地球って、だってお兄さんはヘリオポリスで脱出ポッドに乗ったんでしょう!?」
「そうなんだけど、その後オーブの回収部隊に拾われたみたい」
 データチップを8に読み込ませると、画面にワールドアトラスとおそらく兄の居場所であろう光点が表示される。
「ここって……」
「どう見てもアフリカですね」
「オーブが回収したのなら、どうしてオーブじゃないの?」
「……さぁ?」
 覗き込んだ三人の疑問に首を傾げて分からないという意思を伝えると、はチップを抜き取った。

 兄がいると思しき場所。点滅する光は、北アフリカのバナディーヤと呼ばれる町を指していた。その周辺の地域はザフトのジブラルタル基地にも近く、さらに親プラントであるアフリカ共同体と、ザフトを追い出そうとしているレジスタンス組織との確執、さらに『砂漠の虎』と呼ばれるザフトの指揮官の存在により、激戦区と言ってもいい場所となっている。
 なんとしても、早く迎えに行かなければならない。

 チップを懐にしまうと、は立ち上がった。
「大丈夫! ツテはあるから。でもとりあえず、今日は疲れたから組合に報告だけして寝るー」
「お、おい……」
 手をひらひらと振りながらブリッジを出て行くを誰も追いはしなかった。彼女が決めたことにもう何を言っても無駄だということが、みんな分かっているのだ。

「私のジョージ・グレン抱き枕! 汚さないでよ〜!」
 ドアが閉まる直前に、樹里のそんな叫び声が響いた。


 その夜。ホームにはの姿は既になかった。

「さてと、主任への報告も終わったし、あとはオーブに帰るだけ……」
「動かないで」
「えっ!?」
 ジャンク屋組合の出した降下シャトル。出発直前のコクピットに座ったマリーンのこめかみに、鋭く砥がれたマイナスドライバーが突き付けられた。
「マリーンさん? 悪いけど、このシャトル、降下ポイントをアフリカに変更してくれる?」
「な、なんですかぁ〜いきなり!? そんな勝手なこと、できません〜!」
 ミディアムヘアをアップにして、慣れないコンタクトレンズのせいか目元の潤んだ少女。ジャンク屋組合がサポートに寄越したマリーンという名の構成員、とのことだったが、本当は違う。
 おっとりとした返答を遮るようにして続ける。
「別にオーブに直帰でも構いませんよ。ただその場合、ヘリオポリスでのオーブの行動は、ジャンク屋組合を通して地球連合・プラント双方に包み隠さず報告させていただきますけど……どうしますマリーン、いえ、ジュリ・ウー・ニェン?」
「な、何でそのことを……!?」
「短い間だけどよろしくね」
 少女──ジュリの顔がさっと青ざめる。はそれに会心の笑みを返すと、ドライバーを引っ込めた。


 こうして息つく暇もなく、は安心できる『家(ホーム)』を後にするのであった──