あの人がいなくなってからのミネルバは、変わってしまった、ように思う。
議長の特別な計らいでいきなり出戻ってきて、たいした活躍も指揮もせず隊内を散々引っ掻き回して、挙句利敵行為を連発したかと思うといきなり脱走して行った。まさに嵐のような人だった。
それは私との関係だってそうだ。あの人は私を好きだと言ってくれて、私はそれに答えたけれども、正式に破棄されていたわけではなかったラクス・クラインとの婚約話に、オーブの代表と付き合っていたらしいという噂を否定しなかったことに加えて、同僚の妹を連れて行ってしまった。
これは、不誠実だといわれても全く擁護の仕様が無い。
よく、シンには「あんな奴やめとけ」等言われることがあった。あの時の私は、ただ単に『気にいらない上官がモテることが気に食わないのだろう』程度にしか考えていなかった。でもそうじゃなかった。シンは正しかったのだ。
そしてもう、あの人と私の世界は交わることは無いのだと、実感させられる。どちらが最初に道を踏み外したのかは分からない。だけどもう、あの人とは住む世界が違うのだ。
そう思い知らされた終戦だった。あの人は私の母艦を、かつて世話になった戦艦を──ミネルバを、何の躊躇もなく轟沈させた。
モビルスーツに乗っていたから、その時何人死んだのか分からない。ただ、あれからグラディス艦長とヨウランとだけは連絡が取れなくなっている。
プラントが負けて戦争は終わった。デュランダル議長が倒れた後釜には、オーブ側の味方をしていた本物のラクス・クラインが何故かおさまっていた。
失意を胸に、それでも私は冷や飯を食わされることを覚悟してザフトに残った。あの人はオーブに留まったと聞いたから。
今はあの人の顔を見たくなかった。
見たくなかった、のに。
「……」
「なんで」
司令室に呼び出され、何事かとやって来た私を待っていたのは、何か切羽詰った表情で中途半端に手を伸ばして私に向けている、オーブの軍服を着た男の姿。
普段ならこの司令室に常駐している、どこの馬の骨とも分からない新白服の男はいなかった。どうやら目の前の男に気を利かせて出て行ったのだろう。となれば、私が呼び出されたのも仕事などではなくこのためか。
知らず、視線がきつくなる気がしたが、目の前の男は私とは逆に相好を崩し近寄ってくる。
「なんで……あなたが、こんな所にいるんですか、アスラン」
男の手が私の肩にかかる前に、何とか言葉を絞り出せたことに感謝した。
「何でって、君に会いに来たに決まってるじゃないか」
「図々しいんですよ、裏切り者のくせに」
「なっ、」
みるみるアスランの顔が憤慨に染まっていくのが少しだけ面白いと思った。
「俺は裏切ったわけじゃない、自分がやるべきだと思ったことを」
「やるべきだと思ったことがザフトを裏切ってテロリストに加担することだったんでしょう? 分かってますよ」
「っ!」
「痛っ……」
いつの間にかアスランに両肩を掴まれていた。アスランは勢い良く私の名を怒鳴ったけれど、その後の言葉はろくなものが出てこない。
同じだ。脱走した時にシンを説得しようとしたやり口と、まったく同じ。抽象的な言葉しか出てこない、口下手な男なのだ。
「君はまだ分からないのか!? デュランダルの目指していた世界は!」
「少なくとも、今よりはいい世の中になっていたと思いますよ。テロリストの首魁が一国家の首領になって、世界に残る戦いの火種に何も対処できないでいる今よりはね」
「シンだってルナマリアだって分かってくれた! なのに、君はまだそんなことを……」
「オーブでクライン議長たちで取り囲んで脅したら、そりゃあ嫌でも分かった振りをしますよ。ルナは面倒見のいい子だから、シンを放っておけなかったんでしょう?」
「くっ……」
「だいたい、あなたは今はオーブ軍のはずです。どうしてザフトにいるんです? 何故ザフトの私にそんなことを言うんです?」
「それは、キラやラクスが……」
「ああ、新議長閣下と隊長殿が。つまり国家単位で繋がってるってことですか。もしかして、最初からクライン派とオーブがつるんでたってこと? デュランダル議長はとんだ茶番をやらされたものですね」
「……まだ分かってくれないのか……」
「奇麗事だけを掲げて、話し合いもせず最初から武力のみを使い政権を簒奪した者達の考えることなんで理解不能ですね。分かりたくもありません。……会いに来ただけなら、もう用事は済みました? オーブなり何なり、さっさとお引取りください」
掴まれた腕を無理やり振り切ると、アスランはひどく傷ついた表情をしていた。それがまた、私の心を苛立たせるとも知らずに。
「何ですか、その『自分は被害者です』って顔? さすがは新議長閣下と隊長殿のお仲間でいらっしゃいますね」
「……もういいよ……これ以上何を言っても、君は聞く気が無いみたいだから」
その、何かをあきらめたような口ぶりに、ついに私は沸点を超えた。
「この期に及んでまだ『自分は正しくて話を聞かない相手が悪い』と思ってるんですか!? もうそれでいいですから、早く帰ってください! そして二度と顔を見せないで!」
悲しいのは、アスランにとっては私のこの怒りも『ただのヒステリー』程度にしか思われていないだろう、ということだろうか。
そんなことを考えながら、私は背後に閉まるドアの音を聞いていた。
気配が何もしなくなってから、ようやく長く息をつく。
「アスランはきっとこのことをキラ・ヤマトとラクス・クラインに報告する……そうしたら、ここにいられなくなるのは私の方、か……」
我ながら拙い啖呵を切ってしまったものだ。このご時世、いかな嫌な奴の下といえど、まっとうな職にありつけるだけありがたいというのに。
けれど、もう後戻りはできない。一度アスランに吐き出してしまったものが、心の中で燻ったまま消えてくれない。
私は一つの決意を抱いて、自室へと戻っていった。軍服をきれいにハンガーにかけ、部屋の私物をまとめて後のものは処分してから、最後に一つ残った備品のラップトップで文書を作成する。最初にこう打ち込んだ。
『辞表』
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