Novel

「チョコなんかあげません」

 コズミック・イラ72年、某所。

『カタパルト・オンライン。ストライクノワール、発進シークエンスに入ります』
 CICデッキにてが決められた文章を読み上げる。
 普段は平坦で、感情の読み取れない彼女の声は、今日に限って少しだけ明るかった。
『どうしたんだい、? 今日はやけに嬉しそうじゃない』
 ノワールの後で発進待ちだったブルデュエルから、とは違う女の声が聞こえてきた。
 それに追従するように、さらに後ろからの通信。
『確かに、いつもと感じが違うな』
『でしょ? シャムス。ねえ、何かいいことでもあった?』
「……お前たち、私語が過ぎるぞ」
 それを遮ったのは、ストライクノワール。スウェンの一言だった。

『……申し訳ありません、中尉』
 僅かに沈むの声に、スウェンは首を振って答える。
「いや……構わない。接続完了、ストライクノワール、いつでも行ける」
『は、はい!』
 モニターにシークエンスの完了が示され、再びが声を発したときには、すっかり元の彼女へと戻っていた。

 ただひとつ、発進コールの前に普段はない一言がかけられたことを除いて。

『スウェン中尉、ハッピーバレンタイン』
「……!」
 それではっとした。そういうことか。
『今日は、元理事国の所有物であるプラントを乗っ取った宇宙の化け物共が24万3721人も死んだ日です。任務中なのでチョコレートは渡せませんが、ご武運を祈ります。……進路クリア、ストライクノワール、発進どうぞ!』
「了解した。スウェン・カル・バヤン、ストライクノワール、発進する」

 黒いモビルスーツが空に舞う。
 彼らは幻肢痛。いまだエイプリルフール・クライシスの復興に力を注ぐ連合軍に代わって地球を守る、影の部隊。

 そんな彼らにもバレンタイン・デーは平等に訪れるのだ。チョコレートはなくても、ささやかに祝おう。いつ終わるとも知れない命が続く限り。

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お題提供:capriccio