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第六話-全てを奪われた日-

 コズミック・イラ71年6月15日。

 それはまさに、彼らの運命を変える日だった。


 捕虜を解放し、ブリッジに戻ろうとしたミリアリア・ハウは、前方に見知った背中を見つけ、その人を呼び止めた。
 彼はすぐに振り返り、ミリアリアに柔和な笑みを返す。
 ヘリオポリスからずっと一緒に戦ってきた、彼女の友人の少年である。
 手短に彼に用件を告げると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「モルゲンレーテの人が、僕のことをかぎまわっている?」
「そうなの、アークエンジェルのクルーにストライクのことを聞いて回ったり」
「……? ストライクは、ムウさんが乗ることになったんじゃないの?」
 見当外れの彼の返答にミリアリアは一瞬よろけてしまいそうになる。
「そうじゃなくて。『乗ってた』人って言ってたから、多分前のパイロットについて聞きたいんだと思うわ」
「そう……」
 心当たりでもあるのか、口元に手を当て、何かを考え込む少年。
「ねえ、その人、どんな人だったか分かる?」
「え? そうね……年は私達と同じくらいで、白っぽい茶色の髪の女の子だった」
「女の子……?」
 少年はますます深く考え込んでいる。邪魔にならないように、とミリアリアは小さく続けた。
「確か名前は『』って言ってたわ」
「…………?」
 少年の目が僅かに見開く。今しがた告げられた名前を繰り返して、何かを思い出そうとしているかのように見える。

 だがしばらくしてその首は横に振られた。
「うーん……やっぱり、分からないや」
「そう。じゃあ、知り合いってわけでもないのかな」
「もしかして、また手伝って欲しいとか、フリーダムの技術を狙ってるとかなのかな?」
 少年のなんの気なしの発言にミリアリアは目を丸くする。
「そっか、じゃあ警戒しなきゃいけないわね!」
 そして自分の発言に頷きながらこぶしを握ってみせる。
 少年はそんな彼女の様子に思わず微笑みを漏らしていた。

「それじゃ、僕はフリーダムの所に行くから」
「あ、うん」
 少年はそう言ってミリアリアの脇を通り抜け、格納庫へと歩き出す。
 ミリアリアはその少年の背中に向かって手を振った。

「頑張ってね、キラ!」



 コズミック・イラ71年6月15日。

 キラにとっても、にとっても、それはまさに運命の日となった。


「ユウナさん、ここの施設は……」
 いつまでもつのか。
 が聞きたいのはそれだったが、当のユウナは最後まで聞かず答える。
 まるで最初からの言いたいことが分かっていたかのようだった。
「ここは主戦場からは程遠いし、シェルター構造にもなっている。まず大丈夫だろう」
「何が大丈夫なもんですか!」
 そう言い放ったのは、二人のうちどちらでもない。
 傷のほとんど癒えたキラが、もどかしそうにパネルに映る連合艦隊を睨みつけていた。
「悪いけど、戦力差をこちらでも計算してみました……このままだと、確実にオーブは負けるんでしょう?」
「そうだね」
 ユウナがキラに向き直る。
 まるでなんでもないことのように言う彼の言葉がキラの癇に障った。
「あなたは平気なんですかっ!?」
「平気なわけないだろう!」
 だが、キラの剣幕に負けない声でユウナはぴしゃりと言う。
「オーブは負ける。僕の仕事はその後なんだ。いかにいい条件で戦争を終えさせて、連合の言いなりにならないようにするか……それが、政治家の仕事なんだ」
「そんなのっ……!」
「君たちは、僕と一緒に戦闘がおさまるまでここにいてもらうよ。特にキラ君、君は連合からスピンアウトしてしまったんだ。見つかったら大変なことになる」

 ユウナの声は平坦としていたが、実際には彼は奥歯をぎり、と噛んでいた。
 戦う力のない自分では、オーブのためにできることは限られている。
 もちろん政治家にしかできないこともあるだろう。
 その上厄介者まで抱えて、彼らを必要とするはずの人間は今この場を留守にしている。
 だが、今、戦渦に晒されているオーブの地と民を直接守ってやることが出来ないのは、悔しかった。

 重い沈黙が三人に降りかかった。
 それを振り払ったのは……誰あろうだった。
「ユウナさん。私はメカニックです。そして……キラはパイロットです」
「……? !?」
君? 一体何を……」
「人にはそれぞれやれる分野が違います。ユウナさんは政治をする。でも私達は政治家じゃない。ここでおとなしくしているような人間じゃないんです」
 真摯にが言う。キラはすぐにその意図を理解した。
 彼女の言葉を継ぐように、キラも言った。
「僕は……戦います。負ける戦いかもしれない、けれど、僕が戦うことで、オーブが少しでも有利になるなら」
 それがを守ることにもなる。
 その思いは心の奥底にしまい、と共にユウナを見た。

 ユウナはしばし黙っていたが、やがて溜息と共に消極的な許可の言葉を吐き出す。
「……僕は反対したからね……」
 つまり、何かあっても責任は取らない。
 それが彼の答えだった。

 十分だ。

 キラはようやく自由になった身体で、の案内の元、アークエンジェルの格納されていたドックへと駆け出した。



 ようやくドックにたどり着く。
 かつての仲間たちとやっと再会できる……キラのその期待はもろくも崩れ去る。
 ドックの中は既にもぬけの殻だった。


「違う、そっちじゃない」
 一人地下に残されたユウナがああ、と声をあげる。
 失敗した。少しでも彼らに有益な情報を渡しておくべきだった。
 どうせ出撃を(黙認とはいえ)許可するのなら、もう少し干渉すべきだった。
 モニターに映る、取り残された二人を見ながら、額を押さえる。

 アークエンジェルは既に、オーブ脱出のためマスドライバーのあるカグヤ島に移されていた。
 オーブの誇るイズモ級の二番艦クサナギも同様だ。
 上はもう逃げる算段を始めていることはユウナは知っていた。アスハ派の一部の要人たちはウズミと共に残ってはいるだろうが、それらはあくまで『一部』に過ぎない。
 もっとも、ユウナにそれを非難するつもりはない。戦後のオーブを任せるに足る政治家が全員死んでしまっては、戦後も何もないからだ。
「ともかく、こうしちゃいられない」
 逡巡の後、ユウナは部屋を出る。
 まだ戦端は切り開かれたばかり。うまくいけば、無事に彼らのエスコートができる位置までたどり着くことができるだろう。
 大急ぎで車を回させると、ユウナは車内の無線通信を開いた。
 彼らの入るドックに通じるラインを辿り、コール。
 繋がるまでの時間がやけに長く感じられた。

 この僅かなタイムラグが、ある家族を悲劇にさらすことになる。


 一方のドック。
 アークエンジェルは既に場所を移され、何も残っていないそこに、キラとは立ったまま呆然としていた。
 ストライクどころか、アークエンジェルどころか。
 モビルスーツの一機もそこには残っていない。
 がらんとした広い空間に、二人だけ取り残されていた。

 と、そこへ鳴り響くコール音にて、二人はやっと正気に返る。
 前後かまわず受話器を取ったのはキラ。取り落としかけたのを耐えると、通話口に向かって叫ぶ。
 通信相手は分かっていた。こんな所に電話を寄越すのは彼しかいない。
「ユウナさんっ!?」
『や、やあ、モシモシ?』
 たじろいだ様子のユウナにもかまわず、キラは続けた。

「何でもいい! 余っているモビルスーツはないんですか!? 本土に踏み込まれています!」
『オーブの物資は有り余っているわけじゃない。本当に出るつもりなのかい?』
「出ますよ!」
 受話器に噛み付かんばかりのキラの激昂。話しているユウナも、傍で聞いていたも、おそらく今はモビルスーツに乗ることしか考えていないんだろうと思った。
 もしここにアークエンジェルのクルーがいれば、砂漠に降下した頃の思い上がった狂戦士のことを思い出すだろうか。

 そのキラの勢いに押されて、ユウナは控えめに言う。
『モビルスーツは、あるには……ある。一つだけ、とっておきがね。ただし装甲が未完成で酷く脆い。それでも……乗る?』
「避けりゃあいいんでしょ! 何もないよりはマシです、とにかく案内してください!」
『……分かった。クレームは受け付けないからね』

 そうユウナが言い終わるのとほぼ同時に、手元のディスプレイにデータが転送されてくる。
 それは現在いるドックのさらに下層にある、アスハ家の秘密のドックと、そこまでの道程だった。
 神速の動きでキラはデータをダウンロードすると、すぐにを伴って移動を開始した。


 長い長い通路を渡り、下へ下へと潜り、やっとたどり着いた一区画。
 そこがアスハ家の秘密ドックだった。
 本来ならばアスハ家の許可なしに立ち入ることなど不可能なのだが、緊急事態であることと、ユウナの立ち回りと、キラのハッキング能力がそれを可能としていた。

 二人を待っていたのは、半ば放置されたような状態でメンテナンスベッドに立て掛けてある一揆のモビルスーツ。
 装甲はなるほどユウナの言った通り、何かを表面に張りつけようと試みた形跡が見られるが、ほとんどが黒く塗られた発泡金属がむき出しになっている。
 外見はGATシリーズともASTRAYシリーズともつかぬ、両者の特徴を併せ持ったような形をしている。どちらかというと、ストライクに近いだろうか。
 黒い装甲以外に目立つ所といえば、機体の幾箇所かに見られる金色だった。何か特殊な装甲のようにも思ったが、すぐにその考えは捨てる。『何かを張りつけようとして失敗した』と思しき箇所に、その金色はまとわれていたからだ。
 おそらくそれがユウナの言っていた『装甲が未完成』の部分なのだろう。

 二人がその歪なモビルスーツを見上げていたその時。

 『声』が聞こえた。

「何だ、これ……ウズミさんの声……?」
 怪訝な表情でキラが呟く。
 録音されていたのは、オーブ元代表ウズミ・ナラ・アスハの、娘へのメッセージだった。
 おそらく遺言にするつもりだったのだろう。メッセージには、カガリに向けてこのモビルスーツを託すことや、オーブの理念についてなどが組み込まれていた。
 それを聞き流しながら、キラは手元のパネルを操作し、リフトを動かす。
「ウズミさんも、いざという時はこれで戦うようにと用意していたのか……」
 何の感慨もない感想だった。仲間の父親だ。悪く言いたくはない。
 それをに聞かれていないのは、キラにとって幸いだったかもしれない。
 なぜならはこう思っていたからだ。
「ウズミ・ナラ・アスハ……軍事を司るというだけでサハク家を批判しておいて、自分はこれか……」
 それが呟きとして漏れる。こちらもキラに聞かれなかったのは幸いかもしれなかった。

 このモビルスーツの名前は『アカツキ』というらしい。
 よくよく見れば、肩の部分に昔の字で『暁』と書かれているのが分かる。
 大仰な名前を、と思う。

 この金ぴかについて、には思い当たるものがあった。

  「さん……俺、見たんです。あれは自衛のためとか、そんなもんじゃない」

  「帰る途中に……道に迷って、そこで、見つけた。金色の……」

 いつかシンと話したこと。
 キラへの気持ちを自覚し始めた時の。

 そういえばアスカ家の人たちは無事だろうか?
 ふとそんな考えが頭をよぎる。
 上層部はオノゴロを放棄し、そこへ連合の部隊が上陸した、とユウナが戦況を伝えていたが。
「……踏み込まれてるのは、本島の方じゃなくて、オノゴロみたい」
「うん」
「私の家があった所なの。キラ、お願いね」
「……うん」
 既にコクピット内でOSの調整を始めていたため、キラの返事は短いものだった。
 その声音には、に対する優しさと、戦いの前の緊張感とがない混ぜになっていた。

 OSの調整自体はすぐに完了した。もともと使われているものが、キラがストライクに施したものの応用であり、オーブに協力した時に組んだものだったためだ。
 はドック脇でアカツキの出撃のサポートをしている。発進シークエンスは使えない。全てマニュアルで動かさなくてはならない。
 だがキラの協力もあり、なんとかアカツキは動き出す。

 そして地上への発進口へと進む。

「キラ・ヤマト……行きます!」

 それは衝動に任せて。
 キラのその声と共に、剥がれた黄金がオーブの空に舞い上がる。
 は賭けに勝ったのだ。キラが直感で行動する人間だということに、彼は戦士だということに賭けて。
 そして、万全でないのに、出撃させた。

 だが今はそれでもいいと思った。
 戦う理由を理屈で考えるのは戦士の役目ではないのだから。
 そう割り切ろうとして、はかぶりを振って、キラの無事を祈った。


「……っ!」
 ノーマルスーツを着るんだった、と後悔したのも既に遅く。キラは地下発進口から外に出ていた。
 オオワシパックに内蔵されているフライトユニットのバーニアを吹かせて急制動をかけ、空中で止まる……Gでキラの体にハーネスが食い込む。
 幸い頭は打たなかったが、内臓の辺りがグルグルした。
 キラは普段着のままだった。高機動空中戦にはどう考えても向かない格好だ。
 時間がなかったのだ。仕方ない。……とはあまり割り切りたくない痛みと共に、キラはまっすぐオノゴロ島を目指した。


 オノゴロでは既に戦端が切られていた。
 それを象徴するかのような二機のモビルスーツが、モニターの向こうの小さく映り込んだ。

「……どっちが、連合だ?」
 アカツキを空中でホバリングさせ、ギリギリの射程距離外から、キラは二機を交互に見た。
 GATシリーズと同じような外見、特にフェイス部分は似ていた。そしてオーブのASTRAYシリーズも、それらと似たような技術──連合のGATシリーズをよく言えば参考にした、悪く言えばパクった──で造られている。特に外観はラインが同じなのではないかと思うほど良く似ている。
 一見しただけではどちらが連合でどちらがオーブの機体か分からない。
 一方は濃いグリーンでほぼ一色に塗られた機体。地上に降り、上空に向かって胸部のビームと二門の肩の砲塔を爆ぜさせている。
 もう一方は、それ以上に砲門の塊だった。肩、腰と両方に一つずつ、ビーム砲とレールガンらしき光を発射し、両腕には二挺のビームライフルを構えている。
 単独で飛行する能力を持っているらしく、白をベースにした機体色がオーブの空を超高速で飛び回っては、背中にマウントされた青い翼のようなユニットを前面に展開させ、地上の緑色の機体を狙い撃つ。
 いっそ神々しいとさえ言えるその姿は天使を思わせた。
 両方とも、アカツキのデータには入っていない。

 一方がもとはザフトがGATを元にして造ったモビルスーツだなどと、もちろんキラが知る由もなかった。

 キラはどちらかというと近〜中距離戦を得意とする。ならば、奴らに対抗するためには砲線をかいくぐり相手の懐に飛び込むしかない。

「あの白い方、地上に向かって撃っている……」
 苛立った声で、キラは歯噛みする。
 オノゴロの住民の避難はまだ終了していない。あんなにドカドカと打ち続ければ、避難の障害となるばかりか、誤って当たってしまうかもしれない。
 どちらが連合でどちらがオーブ側なのか、データをハッキングする余裕はなかった。が、どちらがより危険か、キラは素早く判断する。

 その一瞬の差が、明暗を分けた。

「! ……人!?」
 白いモビルスーツに向かってスラスターを加速させようとしたその瞬間、アカツキのレーダーに生体反応を見つけた。
 反射的に下を向く。遠目に確認できたそれは家族連れだった。両親と幼い少女、少し離れて少年。
 だから一瞬、反応が遅れた。
「……やめろーっ!!」
 白い方も、緑の方も、あの家族のことが見えていない。いや、もしかしたら敢えて見ないようにしていたのかもしれない。
 キラにはそこまでは分からなかったが、双方相手に向けて、目いっぱいの火線を叩き込む。
 気がつけばキラは、地上の家族を庇うようにアカツキを加速させていた。

 間に合わなかった。

 ビームと実弾の混じった奔流は、互いに干渉しあい、まるで計ったようにアカツキをすり抜けて空中へ霧散、あるいは大地へ着弾していった。
 驚愕の表情のまま、ゆっくりと目を下に向けてみる。
 先程までいたはずのあの家族の姿はどこにもなかった。

 あと一瞬、出撃が早ければ。
 あと一瞬、決断が早ければ。

 この悲劇は、防げたかもしれなかった。

「……っ……うあああああっ!!」
 怒りとも悲しみともつかぬ、やりきれない感情がキラの中で爆発する。種子がはじける感覚。アスランと本気でやりあった最初で最後の刻のように。
 白いのが離脱する。緑のは急に動きが鈍くなる。逃げる方は放って置いて、キラは緑色の機体に向けて急降下する。

(殺された! お願いされたのに! のいた所なのに!!)

 過去に失った人たちのことが浮かんでは消えていった。
 自分を助けるために幼馴染に殺された親友のこと。
 父を守ってくれなかったと泣きながら非難した少女のこと。
(またあの繰り返しだ! 僕はあの頃からちっとも変わっちゃいないっ!!)
 それがただ悔しかった。

 地上の機体に向けてさらに加速する。ほとんど『落下』と言ってもよかった。
 急激なGがかかり、キラは顔をゆがめた。だがそんなものはどうでもいい。
 落ちながら、アカツキのビームサーベルを抜き、刺すように構える。相手は何故か反撃する様子を見せなかった。これを幸いにキラは一直線にコクピット横の装甲の継ぎ目を目指す。
「うおおおおおおおっ!!」
 気合と共に、ビームサーベルを突き立てる。浅い。これでは致命傷足り得ない。
 一撃では仕留められなかったが、別の意味での効果はあった。
 アカツキの落下エネルギーをそのまま勢いにして、緑色の機体ごと、それまでいた場所から二機とも吹き飛ぶように離れていったのだ。
 落下と衝突の衝撃により、コクピット内部は激しく振動した。胃液が逆流し、キラは吐き気を催す……こういう時には我慢せずに吐いた方がいいというのは知っていたが、それでも反射的に喉まで出かかったものをぐっと抑える。
 およそ数百メートルは飛ばされただろうか。先程とは景色がまるで違って見えた。あちこちで煙が上がり、海さえ見渡せる所にまで出ていた。
「う……ぅ……」
 ふらふらする頭をこらえ、握っていたビームサーベルを離し、立ち上がる体勢をとる。
 一方の緑色の機体は、ちょうど尻餅をついたような体勢を取ったまま、沈黙していた。パイロットは気絶したのだろうか?と思いかけた頃に、よろよろと立ち上がる。まだやるつもりなのか。
 壮絶な体への負荷、精神的疲弊、戦闘による興奮。にもかかわらず、キラの頭はいまだ冷静さを保つ部分があった。
 SEEDが弾けた瞬間の感覚がまだ持続している。大丈夫、やれる。
 二本目のビームサーベルを取り出し、光る刃を出現させる。少しでも動きを見せたら、躊躇なく斬りかかる。
 そのつもりだった。

 二機の対峙に突然割って入ったのは、上空からのミサイルの雨だった。
「ぐっ……!」
 キラは機体をバックステップさせ、回避行動を取る。質量兵器に耐性のあるフェイズシフト装甲を持つ機体ならば、避ける必要すらなかった攻撃。だがこのアカツキには、そんなものは搭載されていない。
「ちいっ!」
 空いた方の手にビームライフルを握らせ、向かって来た飛行物に放つ。咄嗟のことで照準が定まらない。
 敵の恐るべき機動にも驚かされた。どうやら飛行形態に変形するモビルスーツのようだった。まるで何かに焦っているような印象を受ける。焦りは判断力を鈍らせるというが、この場合はそれがいい方向に作用していると見て取れた。

 どうする。
 向こうの二機は、何か優先する事態があるようで、その障害となるものならばどんなものでも、何としてでもそれを取り除こうとするだろう。
 この状態で、たった一機で、勝てるのか。
 キラはかつてアークエンジェルで戦っていた時のことを思い出した。今更ながらに、あの時の自分は周りの人に支えられて戦ってこられたのだと実感する。

 そんなことをしている間に、飛行型モビルスーツが近づいてくる。
「……!!」
 対抗する準備が整っていなかった。つくづく判断が鈍っているなと、いまだ冷静な頭のどこかが囁いた。

 だが攻撃は来なかった。
 飛行タイプのモビルスーツは、緑色を上に乗せると、アカツキには目もくれずUターンしてまっすぐ帰っていく。
「見逃して、くれた……?」
 怪訝そうに呟くが、真意は分からない。

 深く息を吐く。
 SEEDもおさまり、瞳孔の戻ってきた瞳でキラは上空を仰ぎ見た。

 そこにあったのは並んで飛ぶ二つのモビルスーツ。
 一つは先程見た、青い翼を持つ白い機体。そして、巨大な『背負いもの』をしょった赤い機体……
「……?」
 ここでキラはある違和感を覚えた。
 何だろう。酷く懐かしい、それでいて腹の底が憎しみに染まるような、そんな感じをあの赤いモビルスーツから感じ取る。
 だがバッテリー残量ももう残り少ない。
 悔しいが、今は戻るしかない。疑念と共に、キラはアカツキを地下工場へと戻させた。


 けれど、どうしても。


 胸騒ぎがした。衝動が止められなかった。
 制止するたちを振り切ってここまで来た。はやる気持ちを抑え、キラは海岸近いオーブの砂地を踏みしめる。
 そこは幸運にも戦渦に晒されていることはなく、豊かな緑があのモビルスーツから彼の身を隠してくれた。

 キラは木陰から、あの青い翼のモビルスーツを盗み見た。
 ちょうど、中からパイロットが出てくる。そいつが何者なのか、どうしても知りたい。

 コクピットハッチをじっと見る。
 パイロットは連合製のノーマルスーツを着ていた。
 もう一方、赤いモビルスーツのパイロットは、ザフトの赤いノーマルスーツ。こちらはおそらくアスランだろう。あの戦い方には覚えがあった。
 なぜオーブに味方しているかは知らないが、ストライク撃墜の功績で新型を貰ったことは推測できる。

 二人がヘルメットを脱いで、対峙する。

 赤いスーツの男はやはりアスランだった。涼しい顔をしている。
 キラの胸が安堵とも怒りとも憎しみともつかぬ、複雑な感情で軋む。
 それ以上アスランの顔を見ていられなくなって、キラはもう一方に視線を移した。

「……!?」

 言葉を失った。

 ある意味、誰よりもその男の顔を知っていた。
 穏やかな眼差しでアスランの方を向いているのは、まだ年若い少年だった。
 ぺたんとした後頭部と、それとは対照的なぎざぎざの前髪はチョコレートを溶かしたような明るい茶色。
 やや緊張気味にアスランに向けられている目は、太陽が沈んだ直後の薄暗い紫色。

  「アスラン」

 風に乗って、少年の発した声がキラの所まで流されてくる。
 その声にも聞き覚えがあり、キラの胸に動悸が走った。
「あ、れは……」
 少年を指差し、口をぱくぱくと動かしながらの体勢から動けなくなる。
 目の前がブラックアウトしていきそうになるのを、必死の形相で抑える。
 キラは少年のことを誰よりも知っていた。
(あれは…………僕!?)
 まるで何事も無かったかのようにアスランとの和解を演じてみせる姿を、もう一度凝視する。

 少年はキラ・ヤマトだった。


 その『キラ・ヤマト』は、それまでの禍根など忘れてしまったかのように、アスランに微笑みかける。
(違う、アスラン! 何やってるんだ! 僕はここだ、そいつは僕じゃない!)
 声を出したかったが、出なかった。
 アスランだけではない、その場にいる誰もが、『キラ・ヤマト』とは今ここにいる自分ではなく、向こうにいる少年の方なのだと主張しているように思えた。
 いまだ緊迫した雰囲気の二人の間に割って入った金髪の少女もそうだ。
 二人を……アスランと『キラ・ヤマト』と肩を組みながら何事かを喚いている少女──カガリの姿が目に飛び込んでくる。

 あれが『キラ・ヤマト』なのだとしたら、自分は一体何者だ?
 あまりの衝撃に、全身の震えが止まらない。

「──だ……」

 目の前が暗くなる。どさり、と音がしたが気にしなかった。
 自分が膝から崩れ落ちたのだということにすら気がつかないでいた。
 無性に喉が渇いていた。思うとおりに働いてくれない声帯に鞭打って、声を絞り出す。

「アイツは誰だ……」

 一度出てきた声は、堰を切ったように止まらなかった。
 だがキラの絶叫は風に遮られ、砂浜の『キラ・ヤマト』には届くことなく、彼の周囲のみに響いた。


「アイツは誰だ!? なんでアスランと一緒にいるんだよ!? キラって誰だよ!? 僕は……僕は誰なんだぁああああーーっ!!」

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※ちょこっと解説。
文中でヒロインが「ウズミが『軍事を司る』というだけでサハクを批判している」
と言っていますが、これは正確ではありません。ヒロインの勘違いです。
実際は、「オーブを軍事面で守るために裏工作を重ねている」点をウズミは批判しているわけです。
ただ、その工作でオーブが利益を被っていることも事実であり、
さらにアスハだって色々汚いことしている(ヘリオポリスの件とかね)のもまた事実なのです。