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第七話-アヴェンジャー-
虚空に向かい、叫んだ。
手には愛する妹の使っていた、ピンク色の携帯電話だけを握り締めて。
そうして、孤独な少年は復讐者となり、やがて熾烈な運命の中へと──……
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虚空に向かい、叫んだ。
少年は何も持ってはいなかった。
いや、持っていたものは全て、目の前で仲間たちと共に笑い合う、彼と同じ顔をした少年に奪われ、彼は生まれて初めて孤独を知った。
そうして、同じ時、同じ場所にて、二人の少年は復讐者となり、やがて熾烈な運命の中へと──……
コズミック・イラ71年6月16日。
ウズミ・ナラ・アスハ以下オーブのアスハ派と呼ばれる首脳陣が、自身と共にマスドライバー・カグヤを自爆させ、この戦争『オーブ解放作戦』は終わりを告げた。
連合としては、もっとも欲しかったカグヤの自爆により得るものが極端に減り、またオーブ側も、政治家たちの──良く言えば悲壮な、悪く言えば全く無責任な──集団死により、もはや戦線を維持する力も残っていなかった。
生き残った下級氏族の中から選出された暫定政府が連合を受け入れたのは、当然のことと言っていいだろう。
その中の一人、監視つきで自宅へ帰ることを許された、連合との繋がり深いユウナ・ロマ・セイランは、久々に父と再会していた。
だが感動の親子再会もそこそこに、父ウナト・エマ・セイランは苦々しく言う。
「アカツキを使ったな」
「バレたら死刑ですかね」
おどけてみせる息子に、かぶりを振って答える。
「そんなことは、私がさせん。……あれを造らせたことこそ、ウズミ・ナラ・アスハの最大の罪なのだから」
低く呟くウナトの瞳には、暗い光が宿っていた。
生き残った下級氏族達で急遽組まれた臨時政府、その重要なポストに彼はついている。アスハの功罪、全てをこれから背負って、連合と付き合っていかねばならないのだ。
「……では、私はいったん『彼』のもとへ参ります」
そんな父に、ユウナは一礼して足早にそこを去る。彼にもまた、やらなければならないことが山ほどあった。
背負ってしまった厄介なことも。
父との面会を済ませてすぐ、ユウナは待たせておいた車に乗り込み休む間もなく出発する。
後部座席には既に先客が二名ほど。
「あの、これからどこへ──……」
不安げに問うを手で制し、ユウナは膝に肘をかけてもたれかかると盛大に溜息を吐いた。
彼女の向こう側には、キラが項垂れているのが見えた。
本来ならば、ユウナを奥に乗せるために達にはいったん車を降りてもらわなければならないところだが、そんなことをしている暇も惜しい。それに、何があったか詳しくは分からないとはいえ、今のキラには彼女が傍についていてやった方がいいだろう。
キラ・ヤマト。先の戦闘後急に飛び出していった彼を連れ帰ってきたのは、誰あろうユウナの『上』的存在でもある、ロンド・ギナ・サハクその人だった。
彼は改修を加えられたゴールドフレームの手にキラを乗せ、直接セイラン所有の地下ドックまで降り立ったのだ。連合に包囲されている現状でよくもまあ、と頭を抱えたのを思い出し、ユウナはもう一つ溜息を吐き出す。
その後、再び大規模戦闘が起き……結果は見ての通り、オーブの全面降伏という形で終わった。
それまでの間、何か相当なショックを受けたらしく茫然自失となったキラを献身的に看病していたのは、当然のことながらだった。
一時的な心神喪失状態に陥っているといえた。
丸一日が経ち、オーブが『占領』という名の束の間の平穏を取り戻した今でも、キラに回復の兆しは見られなかった。生理現象以外の行動を、自律的にとろうとしないのだ。
そしてそのことは、キラを戦力と見込んだ『彼』を苛立たせるに十分な事態で──……
サハクの屋敷に到着する。
に支えられながら、おぼつかない足取りで『彼』の前まで歩いてきたキラを迎えたのは、一発の拳だった。
「ギナ!」
「ロンド様!?」
目の前で派手にぶっ飛ばされるキラに一瞬瞑目する。
ユウナは幼い頃呼んでいた名でロンドを呼び、彼とキラの間に割って入る。
は二人を見つつ、倒れたキラに寄り添い、起こそうとする。だがその必要はなかった。
「何を……するんですか、いきなり」
「やっと目が覚めたようだな」
傍らのを手で払って、キラが自力で起き上がる。その様子を信じられないといった風には見上げていた。
ロンド・ギナ・サハク。彼はある意味、以上にキラの性質を理解していた。
今のキラは、ショックで一時的に腑抜けになっているだけなのだと。
そして、どれほどの精神的衝撃を受けようと、彼の戦闘能力には陰りがないということも。
「私は少し荒療治を施しただけだ。あとは本人の気持ちの問題……もっとも」
ロンドの口元が歪に引き上げられる。
「感情を失っても、生きてさえいればこちらには戦わせる手段はあるがな」
「! ……ロンド様っ!」
ぞわり、と背筋に寒気を感じ、は反射的にキラを庇うよう立っていた。
その様子を見て、またもロンドは笑う。
「健気なことだ。もはやそいつはキラ・ヤマトでないというのに」
「……え?」
が聞き返す。同時に、背後のキラがびくりと震えたのが分かった。ロンドはかまわず続ける。
「この者は全てを奪われたのだ。顔も、名も、立場もな」
「……どういうことですか?」
「あとは本人に聞くがよい。それよりも」
ロンドが向き直った。190を超える長身より見下ろされ、ユウナが怯む。
その構図のまま、ロンドはこれからのことを三人に話した。
「連合と、組む?」
ロンドが告げた事実に、キラは衝撃を受ける。
なんと彼は、オーブを蹂躙した存在である連合と共同作戦にあたるというのだ。当然、キラを連れて。
「お前が乗っていたのは、オーブの象徴ともいえる機体だ。当然、これからも役立たせてもらうぞ」
「そんな……オーブの理念は、」
キラはたどたどしく反論を述べる。いや、述べようとした。
自分がアカツキに乗ったのは、他にモビルスーツが無かったからだ。戦ったのは、オーブを侵略させない……それは叶わぬとしても、少しでも被害を抑えるためだったからだ。
ロンドは聞く耳持たぬ、といった風を装っていたが、キラの口から出た『理念』という言葉にぴくりと反応し、その眉をつり上げる。
「理念? 理念などとっくに失われている。オーブは一度負けたのだ。守れない理念に意味などない」
「でもっ、一度守れなかったからって、それを諦めてしまうんですかっ!?」
「……全てを奪われたと言うのに、お前は甘いな、キラ・ヤマト。一つ教えておいてやろう。お前の言う理念とやら……何と言ったか」
「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに干渉せず……ですか」
「そう、それだ。その理念とやら、別にオーブの憲法でも何でもない、ただのウズミの政治ポリシーだ。私がそれを守らねばならない理由はない」
「…………」
キラは何も答えることが出来なかった。ロンドの言うことは紛れもない事実だったからだ。
嘲笑うように、ロンドは続ける。
「もっとも、私も早くオーブを取り戻したいのでな。今は連合に与してはいるが、いずれは奴らも叩き出す……」
それにしてもウズミめ。
とのロンドの愚痴は、キラを沈黙させてなお続いていた。
ウズミ・ナラ・アスハ……開戦直前まで必死の外交努力をしていたことは認めるが、それらは結局無駄になり、せっかく築いていた他勢力とのパイプも、それまでの首脳陣が軒並み戦死したことにより失われた。
最大の失態はマスドライバーだ。艦船を打ち上げるかの装置は、宇宙への玄関口だ。例えあれを連合に奪われたとて、破壊してしまうよりはましだったはずだ。
これのおかげで、宇宙──アメノミハシラに上がるためには、あの小蝿のように戦場にたかるジャンク屋どもの所有するギガフロートを使わざるを得ない。
連合はもともと、宇宙に進出する手段として、三度目のビクトリアへの侵攻を計画していた。それを手伝うかわりにオーブは見逃すという約束だったはずが、それも失効してしまったというのも業腹だ。
延々と続くロンドの言葉が、には心苦しかった。
「ロンド様、死人に鞭打つようなことは、どうかお控えください」
「よ……あの者どもに感化されたか? お前とて、アスハの偽善に腹を立てていたではないか」
「いえ、そうではなく……もう、何を言っても、ウズミ様には届きませんから」
「ウズミめ、死に逃げおって……」
控えめに嗜めるようなの言葉は、しかし逆効果だった。
いくらこちらが文句を言おうが、あの男には既に聞く耳はないのだ。それがさらにロンドの怒りを買い、彼は整った顔を醜く歪める。
「だがオーブのこの有様、間違いなく奴にも原因がある。それを咎めるくらいはよかろう」
「…………」
は答えなかった。もう、彼に返すべき答えはなかった。
ロンドの一撃によって目が覚めたキラは、休息もそこそこに件の地下ドックへと足を運んだ。
先日の出撃にて小破したアカツキの修理と、改修。いまだキラの中ではこれ以上の出撃を迷う心もあった。が、やれるだけのことはやっておきたい。
キャットウォークの隅の壁に背をかけて座り込み、キラは携帯端末を立ち上げていた。
アカツキに使われているOSは、元々キラがストライク用に組んだものを参考に作られている。これは後で分かったことだが、キラがアカツキのOSを調べてみると、技量の低いナチュラルにも扱え、尚且つ極度に性能強化されたものであることが見て取れた。M1ASTRAYなどに使われているものより、よほど習熟されている。おそらく手元にあったキラの戦闘データをそのまま使ってあるのだろう。
それらが今、本人の協力も手伝って、最高の戦闘マシーンとして生まれ変わろうとしている。
これはまさしく『キラ・ヤマト』のための機体だった。
「アカツキ……か。眩しい名前だね」
端末をいじりながら、キラは呟く。修理、改造の様子を監督していたユウナが隣に立ち、それを何とはなしに聞いていた。
「オーブの象徴だからねえ……ウズミ様は、カガリにこれを託す気だったらしいけど」
調整が間に合わなくて、しかも特殊装甲『ヤタノカガミ』は恐ろしく費用がかかる。そんなものを、勝ち目のない戦争に挑むオーブ政府は見逃しておけなかった。
結局、カガリはストライクの兄弟機ルージュを愛機とし、オーブを発った。この主無きモビルスーツには、そんな名前は相応しくないかもしれない。
独り言に独り言で返したつもりだったが、気付くとキラがユウナを見上げていた。肩をすくめ、溜息まじりに言う。
「カガリじゃ扱いきれませんよ、これは」
「……だねぇ」
二人揃って、顔を見合わせると苦笑を漏らした。が、次の瞬間には真面目な表情に戻り、
「宇宙に出て……どうするつもりなんだろうねえ。アメノミハシラがアスハの者を受け入れてくれるとは思えないし……」
ユウナは宇宙に出たクサナギを案じていた。いや、正確には次代のオーブの象徴、神輿となる人間のことを。
オーブは宇宙にもいくつかステーションやコロニーなどを所有していたが、その中で最大規模を持つアメノミハシラはサハク家の手の中にある。加えて、崩壊したヘリオポリスの件で、連合、プラント双方から問題視されているため、宇宙にはアスハの味方となってくれるものはほとんどないと言っていい。
「プラントの穏健派はどうですか? 彼らと交渉の場が持てれば、そこから和平の道も……」
ユウナがぽつぽつと喋る数少ない情報から、キラは自分なりの考えを引き出そうと試みた。彼の記憶に残るのは鮮やかな桃色の髪を持つ少女だ。『歌』という手段を利用して穏便に政治・外交をおこなうクライン派ならば、少なくとも話を聞いてくれるのではと思ったのだ。
だが、それはユウナがゆるりと首を振ったことにより否定される。
「……ああ、そうか。君は知らないんだったね」
「どういうことです?」
キラは立ち上がっていた。自分の知らぬ所で何があったのか。
「君が怪我して眠ってる間にね、プラントの政治情勢は変わったんだよ。今のプラントを牛耳っているのはタカ派のパトリック・ザラだ」
「ザラ……」
キラの脳裏に、幼馴染の少年の顔が浮かぶ。互いに殺し合い、自分ではない『キラ・ヤマト』と向き合っていた少年を。
「クライン派の勢力は大きく殺がれているらしいよ。もっとも……」
ユウナの目に剣呑な雰囲気が含まれていることにキラは気付いた。次の言葉を待つ。
聞こえてきたのは、の声だった。
「キラ、ユウナさん。食事持って来ました」
「……うん? ありがとう。そこにおいといてくれるかな?」
「はい」
手に持った簡易ランチパックを、脇の小型キャスターに置く。キラはしばらくそれを見ていたが、ユウナはまたも口を開いた。
「それでさっきの話だけどね、これは君にも聞いて欲しい。クライン派だって、決してあてにはならない」
「どういうことですか?」
キラが聞き返す。一方のはクライン、の名に反応して肩が震えた。
「……?」
「エイプリルフール・クライシスを引き起こしたのは、クライン派によるところが重い、ということですね」
「そう。君のご両親の事は知っていたからね……非常に残念なことだった」
「いえ……」
「……? どういう、こと?」
「私の両親、国営の貿易会社に勤めていて……出張中に、死んでしまったの」
「!?」
「ごめんね、今まで黙ってて」
「ううん、君って辛いだろうし、それはいいんだ。でも、どうしてそれが、クライン派と……」
「んん、技術知識はある割りに、鈍いとこあるね、君。つまり……」
ユウナが二人を遮る。多少おどけた様子だったが、彼の口から出たのはキラにとって少し信じられない、残酷な真実。
「開戦当初、ザラ派はモビルスーツによる降下作戦を提案したが、当時の議長であるシーゲル・クラインによって却下された。その代案として提示されたのが……」
「ニュートロンジャマーの投下。血のバレンタインの報復……ですね」
「そう。その結果が原子力発電等の機能停止によるクライシス。降下作戦による被害の想定を大きく上回る、大規模な人的、物的被害……血のバレンタインが24万あまりに対して、こっちは地球の総人口の約一割と言われている」
「そんな……どうして? 武力侵攻よりよほど……」
「……うん、そこなんだ。目的としては、核分裂を抑えさせることによって戦争での核の使用を封じた……その程度のつもりだったんだろう。だけど実際には、地上は深刻なエネルギー不足に陥り……民間の、戦争とは関係のない人たちが……守られるべき人たちが、大勢死んだんだ。餓死、凍死……死因は色々だったろうね」
事実を、いや現実を知って、キラは俯く。かつてアークエンジェルで会ったラクス・クラインは、政治のことなど何も知らされず、ただ平和を祈り歌う、綺麗な人形だったというのか。
「ラクスのお父さんが、そんなことを……」
「その後、自らの行為を悔いたシーゲルは穏健派に転身、和平を結ぼうとしたんだけれど、政治闘争に負けて……あとは今の情勢が全てを物語っている」
フォローするようにユウナが言ったが。キラの沈んだ心には届かなかった。
それが分かって、ユウナもそれ以上の現状説明は止めた。ただ、何の後ろ盾もないまま飛び出したクサナギを案ずるばかり。
「だから、宇宙できっと、カガリは孤独だ」
溜息を吐くユウナの目には寂しい光が混じっていた。
「あのアカツキも、オーブの威光を失って光が消えている……あれはもうアカツキじゃないね」
「中身はほとんど、別物になってます。新しいコードネーム、付けた方がいいですね」
その場を重い空気が包んでいた。話題を変えようとしたが、失敗したとキラは思った。
だが意図を汲んでくれたのか、がある言葉をぽつりと口にする。
「『ヒルコ』……っていうのは、どうですか?」
「ヒルコ?」
「オノゴロから捨てられた、不具の子供だね。いいんじゃないかな? 不完全なアカツキ……既にないはずの命」
「僕がヒルコそのもの、ってわけですか?」
「キラ……」
「そうですね、それにしましょう。僕はもう、キラ・ヤマトと名乗れない」
自嘲気味に笑うと、キラは再び端末に向かった。
決意すべき時が来た、と思いながら、アカツキ改──『ヒルコ』のOSに向かった。
ユウナが去り、狭い通路にはキラとが並んでいた。何かを言いたげに、はキラの操作する端末を見つめている。
「何か、聞きたいことがあるみたいだね?」
キラが促すと、それでやっとの口が動く。やはり不安げに、おずおずと切り出された言葉には少なからず戸惑いの色が混じっていた。
「キラ・ヤマトの全てを奪われたって、あれはどういうことなの? ロンド様も言ってたけど……」
「……これを見て」
の問いには直接答えることはせず、キラは端末のディスプレイにある映像を映し出した。
アカツキのカメラがとらえた、青い翼を持つ白いモビルスーツの姿だった。
「ZGMF-X10A。名称はフリーダム」
「これが、何?」
「パイロットは、キラ・ヤマト」
「…………?」
低く響く目の前のキラの言葉が理解できず、は押し黙った。キラ・ヤマトはそこにいるはずなのに。どうして自分の知らないモビルスーツのパイロットなどと。
混乱したにかまわず、キラは続けた。ディスプレイには、相変わらず圧倒的火力で連合の部隊を攻撃していくフリーダムが映っている。
「アークエンジェルと共に、オーブの危機に駆けつけ、宇宙へ旅立った正義の味方……ってとこかな? そして乗っていたのは、死んだはずのキラ・ヤマト……」
「……待って! 分からないよ、だってキラはここにいるじゃない!」
「つまり、僕の偽者、ってことだよ」
「──!」
がはっと息を飲むのが分かった。今、自分はきっと酷い顔をしているのだろうと思った。
いつの間にか何者かが自分とすり替わっていて、何食わぬ面でかつての仲間達の輪の中にいるなどと、きっと正気ではいられない。
いや、あるいは。
「……あるいは、僕の方が偽者かも……」
「そんなこと、あるはずないじゃない! だって、どう見てもキラだよ? この間会った時のままの……」
「今の科学技術なら、本物そっくりに整形して、記憶を移し変えることだって出来るかもしれないよ?」
どうする?
そんなニュアンスを込めて、を見遣る。少しだけ怯えた表情をしているように見えた。
ごくり、との喉が動く。
「私は……信じるよ。今ここにいるキラを、信じる。私が支えたいと思ったのは……好きだと思ったのは、今までずっと一緒にいたあなただから」
緊張気味に告げられた一言だったが、それはこの時のキラが真に欲する一言だった。
「……ありがとう。僕も信じる……いや、信じたい。僕が真にキラ・ヤマトであると」
一番不安を感じているのは、誰あろうキラ本人だ。だから卑怯だと思いつつ、の言質を取った。
オーブに拾われてより、キラを取り巻く状況は劇的に変化してきた。それらが次々と波のように押し寄せ、心が壊れそうにすらなった。
ただ、それでも、何度も胸塞ぐ現実を目の当たりにしてきた中で、彼女だけは、信じられると思った。
が信じるものを、自分も信じられると、思った。
それは昏い決意だった。だがこの瞬間、間違いなく彼は決意したのだ。
揺るぎなき意志とともに。
「……ビクトリアの作戦、僕も参加するよ」
「え……」
「そして、僕は僕を取り戻す」
ああ、復讐するのだ。はそう直感した。自分からキラ・ヤマトというパーソナリティを奪った『フリーダムのキラ・ヤマト』に、復讐するのだ。
の返事を待たず、キラは彼女に向き直った。
酷く穏やかな気持ちで。
「それでね、今なら……言えるかも、知れない」
一つずつ、噛み締めるように、言葉を紡ぐ。
「……君が、好きだよ」
「え……だって、私」
驚くに、すぐさま照れたように視線をヒルコへと移す。
「君に突っぱねられた時、ショックだったけど……それでもなお、守りたい気持ちは変わらなかった」
キラは女性関係に対しては臆病な所があった。月の幼年学校時代のときからそうだ。
幼馴染という理由で屈託なく接してくれるだからこそ、その時のキラは親しくできていたのだし、アークエンジェル内でも、自分に縋るフレイを受け入れ、さらには自分を慰めてくれたラクスにある種の好意を感じることができた。
だがそれらは結局、『彼女達がキラに優しくしてくれた』から、キラが心を開くことができたのだ。
だから。
「だからこれは、僕の本当の気持ちだと思うよ」
優しい声に、は頬が緩むのを感じた。本音でぶつかってなお、それまでの関係は壊れることはなかった。それどころか、キラは自分の気持ちすら受け入れてくれる。
それが嬉しかった。
復讐に身を染めきったはずの少年に唯一残された、純粋な気持ちを注がれて、嬉しかった。
だが、それだけ吐き出すと、キラはすぐに顔つきを改めた。
ヒルコを見上げるキラの横顔は、紛れもない復讐者のそれだった。
時にコズミック・イラ71年6月16日。
第三次ビクトリア攻防戦開始まで、あと2日──……