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第十一話-アイデンティティ・クライシス-

 はかつての幼馴染に連れられ、エターナルにて『歌姫』との対面を果たしていた。
「まあ、ではあなたがさんなのですね。はじめまして、わたくしはラクス・クラインですわ」
「……はい、はじめまして、ラクスさん」
「あら? 緊張なさらずとも結構ですわ。年も近いのですし、わたくしのことはラクスとお呼びくださいな」
 決して気を許すまいと固まっていたの心を解きほぐすように、ラクスは花のような微笑を浮かべた。対しては、それにぎこちない笑みで返す。
 傍らにいたアスランが肩をすくめているのが分かった。そして、アスランと対になるようにラクスの側に控えている少年は──
「君、が…………?」
 怪訝そうにこちらを見遣り、控えめにそう呟いた。
 すかさずアスランが近づいて、彼の肩を叩く。
「ほら、キラ! お前も何緊張してるんだ。が綺麗になったから驚いてるんだろ?」
「えっ? あ、ええと……」
 戸惑う様子を見せる少年──キラ・ヤマトとされている少年──には目を向けた。彼と視線が合う。反射的にはにこりと笑ってみせた。
「久しぶりだね、キラ」
「あ、その……う、うん。久し、ぶり……?」
 少年はどもったままなのは変わらなかった。はそれで確信した。

(こっちのキラは、私のことを知らない……あるいは忘れている)

 この事実は、にとっては大きな収穫だった。今目の前にいる『フリーダムのキラ』が、の知るキラではない、という確証を掴むための。
 それぞれが思惑を胸の底に隠しての会合。歌姫の笑みも幼馴染の少年の態度も、自分の心すら深い沼の底に沈んだままだ。
 この部屋には、誰も心から笑っている人なんていない。何故だかにはそう思えた。


 そんなことがあってからしばらく経つが、の周りは相変わらずであった。
 はクサナギとエターナルを往復しながら、Kと共にヒルコの調整をする日々が続いていた。途中、ジャンク屋組合からの補給などもあり、メカニックとしては困ることは無かった。
 たびたびアスランが、カガリに会いにくるのを装ってにも挨拶していくのを、Kが追い返すことにも慣れた。
 フリーダムのキラは、ラクスと共にずっとエターナルにいるらしく、向こうから接触を計ることはない。

 静かなる潜伏。いずれは連合とザフトの戦いへ痛烈な横槍を入れるための、雌伏の時。
 その静寂が破られたのは、皮肉にも駐留場所として使っていたL4コロニー、メンデル跡だった。


 警戒のための銃弾が跳ね、対峙していた男の金髪が揺れた。
 キラは──『フリーダムのキラ・ヤマト』を追ってこのメンデルへと侵入したKことキラ・ヤマトは、髪に隠れていた顔を僅かに見て、驚きの声を上げる。
「ムウさん? ……いや、違う……あなたは、一体何者だ!?」
 男から発せられる気配が、明らかに憤怒を持ったものへと変わった。それで気付く。
「ラウ・ル・クルーゼ?」
 アークエンジェルにいた頃、自分たちを執拗に追い回し、苦汁を舐めさせられたあの男から感じたものと目の前の男が同一のものであるということに。
「私をムウ・ラ・フラガなどと一緒にしないで欲しいな。それに、そういう君こそ何者だ?」
「え?」
 クルーゼの問い返しに一瞬戸惑う。彼とは何度も戦ったことがある。奴ほどの男ならば、自分が何者であるかなどと、すぐに悟られそうなものなのに。
 だがキラの疑問はすぐに晴れた。
「キラ・ヤマトと同じ顔を持つ君は。失敗作のカナード・パルスというわけでもなさそうだ。何者かね、君は!」
「意味が分からないな! 僕はキラ・ヤマトだ!」
 キラにとっては精一杯の強がりだった。護身のために携帯していた銃がやけに冷たく重い。
 彼は間違いなく、先に侵入した『フリーダムのキラ・ヤマト』と接触している!

 ──だが。

「ハッ!」
 クルーゼは鼻で笑うと、照準を定めたままバックステップで遠ざかる。長い髪の隙間から僅かに覗かせた表情は、背格好に比べて随分と老齢な印象を受けた。
「キラ・ヤマトならば先程ムウ・ラ・フラガと共に脱出したよ。さあ、答えてもらおうか! 本当のことを!」
 言いながら威嚇射撃を加える。銃弾はキラがかわさなくてもかすりもしないほどの所を飛んで行き、既に機能を失った機械の壁に当たって跳ねた。

「何を言ってるんだ! アイツは偽者だ、キラ・ヤマトは僕だ!」
「それをどうやって証明する?」
「……っ!」
 嘲笑のような問いかけとともに響く、金属が擦れるような銃撃音。キラは歯噛みした。
 決着のつかない銃撃戦。自分が自分であるという証拠が、本人の弁しかないこの状態に。
 それらは肉体的にも精神的にも、キラの許容量をとっくにオーバーしていた。
「なら信じなくてもいい!」
 指に力を込め、力任せにトリガーを引く。慣れない射撃は狙ったはずのクルーゼを大きく外していた。
「くそっ!」
 焦り、何度も撃つが、それらも全く的外れの場所に飛んで行き、かつんかつんとむなしい金属音を響かせ、弾は無重力の空間に浮かんでいる。

 完全に頭に血が上っていた。
 戦場とはいえ、別に生身での戦闘をどうしてもしなければならないわけではなかった。
 自分のルーツを探るために、あのフリーダム野郎の後を追って遺伝子の研究の進んでいたメンデル跡地へと行ったはずだった。だがそこで自らのアイデンティティを否定してくる、どうしようもなく不快な存在が目の前にいたのだ。
「くそ! くそっ!」
 キラはめちゃくちゃに撃ち続けた。既に照準すら定まっていない。
 それと同じく、ボロボロになった設備が遮蔽物となり、キラのものよりは幾分か正確なクルーゼの射撃を阻んでいた。

 慣性に流されながら、二人は睨み合いを続けていた。

(隠れる所を探さないと)
 避難場所を見つけようとして、キラの目が泳ぐ。だが、そこをクルーゼに付け込まれるということは無かった。
 外では既に戦闘が起こりつつある。乗って来たモビルスーツの所まで戻らなければならない。彼は彼で、外に出たがったのだ。
 やがて二人は、派手に破られた、かつては物々しいセキュリティがあったであろう、開きっぱなしになっていた大型のドアをその視界におさめる。
 中は行き止まりかもしれない。だが脱出を急くクルーゼをやり過ごすには十分か。キラはそう判断し、顔の前で腕をクロスさせて、足で反動を付け、ドアの中に飛び込んだ。

「……え?」
 最初に目に入ってきたのは、無惨にも原形を留めないまでに破壊された、何らかの装置だったのだろうと推測されるもの。
 煤けた中に辛うじて判読できた文字は『CLONE』……
 慣性のままに漂うキラに、同じくその文字に気付いたのか、立ち去ろうとしていたらしきクルーゼもまた、足を止めて興味深そうに中を覗き込む。

「こ、これは……これは何だ!? どういうことなんだ!」
「フ……ハハハ、クハハハハハッ!」
 二人の反応はまったく正反対のものだった。キラは『その光景』を信じられず、驚愕に目を見開いた。一方のクルーゼは、ここがどんな場所だか分かったのだろう、狂ったとも取れる笑い声を上げていた。
「何がおかしいっ!?」
「これが笑わずにいられるか!? もしやと思っていたことに確信を得たのだよ。人類の夢、人が、いや私が妬んでやまなかった存在が、よもや私と同じだったとはな!」
 流れるような動作であっという間にキラを追い越し、クルーゼはその部屋の中央あたりまで進み出る。
 彼がこれから言わんとすることが分かる。だが信じたくなくて、キラは吠えた。
「どういうことだ!」
「これを見て分からぬか? 人類の希望として生み出された最高のコーディネイター、キラ・ヤマトにはクローンが存在したのだよ!」
 舞台役者のように、大仰に腕を振ってみせるクルーゼの手の先には、彼の言う『クローン』が作られている場所なのだろう。まるでチープなSFのようだ。
「やめろ……」
 キラの顔から血の気が引いていく。だが彼はなおも続けた。
「しかし、クローンにはオリジナルがいるはずだ。君か、彼か! あるいは既にこの世にいないか……真実がどれにしろ、これで君は一つ権利を得たことになる」
「やめろっ! 違う! こんなのは嘘だっ!!」
「復讐する権利を得たのだよ! 君は!」
 既にクルーゼは銃口を向けるのをやめていた。目の前のこの少年を自分が害する理由は無いと思ったゆえだ。
 かわりに両腕を大きく広げ、狂気に満ちた笑みをキラに見せる。身に合わぬほどの深い皺が刻まれた顔を歪めたあの笑みを。

 キラの足から力が抜けていった。
 がくりと膝をつき、床から踵が離れ、無重力空間に無防備な状態のまま浮いていく。
「僕は……一体……」
 呟くキラを尻目に、クルーゼはその場を離れようとした。彼が茫然自失状態となった今が撤退のチャンスだと考えたのだ。
「では、な。いずれまた会うことになるやもしれん、偽者君……あるいは、立場を奪われたキラ・ヤマト本人君!」
 皮肉げなクルーゼの声が響き、そして彼の気配は消える。あとには、浮かんだままのキラ一人が残されていた。
 目に入ってくる景色を必死に拒絶したくても、それができなかった。

 人ひとりが入れるくらいの大きさのガラスケースのようなものが何十個と陳列されている。そのほとんどがめちゃめちゃに壊されていて、中に充満していた液体が飛び散った痕跡がいまだに残っている。かろうじて生き残っているものはあったが、それも生命維持装置が働かず、中でその姿を保ったまま死体になっている、自分と同じ顔をした少年の、顔、顔、顔──…………

「ひっ……」

 キラがやっとのことで呼吸をすると、そんな引っ掛かった音が漏れた。だが何か言葉を発しようとしてもそれは叶わなかった。口元の筋肉は思うように動かず、部屋から逃げ出したいと思ってもキラの体はガクガクと震えるだけで、一向に動き出そうとはしない。
 ゆっくりと、気の遠くなるような時間をかけてようやく顔の向きを変えた時だった。
 なんとも間の悪いことに、キラの目線があのケースの壊れていない区画とぶち当たった。
 そこで彼は恐ろしいものを目にした。冷静に考えればただの目の錯覚だろう。だが、今のキラはそれを判断出来る状況ではなかった。

 ケース内部に残っていたいくつかの死体が、虚ろな目をぎょろりといっせいにキラに向ける。いや、正確にはキラがそう感じたのだが。
 何の感情も篭らぬ濁った紫色のガラス玉だが、キラには凄まじいまでの憎悪が込められているように感じられた。
「あ、あぁ…………」
 震えながら何とか後ずさる。地面を蹴り、硬直したままの体はやっとのことでキラに僅かずつの後退を許してくれた。慣性の法則に従って、ただひたすら、視線から逃れようと宙に浮いたままじりじりと遠ざかっていき、ついにはキラの背は壁際に触れる。
 がたん、と音がしたそこは何かのスイッチだったらしく、しかも運の悪いことに一部、その機能がまだ生きていたのだ。
 透明なケースが一斉に開かれる。濁った液体は無重力で球状になって腐臭を撒き散らしながら部屋内に飛び散って、中に入っていたヒトの形をした肉塊は、酸素に触れたことにより徐々にぐずぐずと崩れていく。

 この瞬間、キラ・ヤマトの中でパズルのピースがぴたりと合った。

 分かってしまったのだ。なぜキラ・ヤマトが二人存在していたのか。
 なぜ自分と入れ替わるように、あの居場所に別の自分が入り込んでいたのか。
 自分の妄想じみた想像は間違っていなかったのだ。
 理解し、そして彼は決壊した。
「……ぁああああああああああっ!!」
 恐怖と得体の知れない気持ち悪さに、キラはただ、叫ぶしか出来なかった。

「うわぁあああああああっ! ああああああああ!!」
 壁にもたれかかったまま、頭を抱えて髪を振り乱す。
 喉が枯れるまで雄たけびを上げながら、狂気の淵で、あのクルーゼとか言う奴の嘲笑を聞いた気がした。あまつさえ、その意味すら分かるような気がした。
 自分は既に必要のない存在となっていたのだ。

 あの時。本来ならばイージスの自爆と共に自分は死んでいるはずだった。だから今生きていることは、を感じられることは幸福なのだと思っていた。でも違った。
 最初から仕組まれていたのだ。おそらくは、このキラ・ヤマトの生を快く思わない誰かによって。

 今いる自分を抹殺して、代わりのキラ・ヤマトをその後釜に据えようとした者が!

「……く、ふふふふふふ……っハハハハハ!」
 叫び声はいつしか哄笑へと変わっていた。だがそれは、聞き様によっては泣き声とも取れるような、そんな悲しい声だった。



 ──エターナル


……」
「え?」
 振り返ったは、一瞬警戒するのを忘れて自分を呼んだ男を呆けるような目で見た。
「き、キラ? どうしたの?」
 男は彼女のよく知る、キラ・ヤマトと同じ顔をしていた。ただし、人前では絶対に外さないヘルメットは外していて、着用するパイロットスーツもオーブのものではなく青を基調とした地球軍デザインのものである。
 フリーダムのキラ・ヤマトだ。だがそう判断した時には既に遅く、はフリーダムのキラ・ヤマトによって、通路の壁に追い詰められていた。
「どうしたの、って……探してたんだよ。君に会いたくってさ」
「何か用なの?」
 まるで昔に戻ったかのような無垢な微笑みを見せるキラに、ふと気を許してしまいそうになる。だがの体は壁に手を突いたキラにより退路を塞がれていて、とても落ち着けるような状態ではなかった。
「用がなくちゃ、会いに来ちゃ駄目かな……?」

 おかしい。
 以前会ったフリーダムのキラとはまるで様子が違う。だからこそ、は彼をKであるキラとは違う存在だとして認識していた。
 もちろん、こんな風に女性に積極的なのは昔の内向的なキラのイメージとは全く違うものである。あるのだが……この前、ラクスと初めて会った時のような、ぎこちない感じとも違う。
 どっちが本当の『フリーダムのキラ・ヤマト』なのか、一瞬分からなくなってしまう。
「キラ……私のこと、覚えてるの?」
「何言ってるんだ、当たり前じゃない。は僕の大事な幼馴染だよ」
 にこやかに、淀みなくキラが答える。やはり前のキラとは違う何かがあった。自然と身が強張る。
「じゃあ……約束、は?」
「約束?」
 おそるおそる問うと、キラはきょとんとした表情で首をかしげた。どうやら『あの約束』については、どの道覚えてはいないらしい。は首を振った。
「ううん、なんでもない。それじゃ、私もう行かないと……」
「待って!」
 は断りを入れて、自分を閉じ込めているキラの腕をどかそうと手を触れた。だが意外にも、キラは強い口調でそれを押しとどめ、触れたの手首を掴んだ。
「きゃっ!」
「アスランが言ってた。『のんびりしてたら俺がを貰う』って……だから、それは阻止しないと」
「え……?」
、僕は……」

---

 キラは帰艦すると、クサナギの彼の部屋ではなくエターナルへと乗り込んだ。
 おそらくはまだこの艦にいるはずだ。艦を出る直前に、彼女にこちらへ行くように言ったことだし、あのアスラン・ザラのことだ、自分の近くに置こうとするに違いない。
 に会いたい。そうしなければ壊れてしまう。
 通路用のグリップを握り締め、キラは胃のあたりが逆流しそうなのをこらえながら進んだ。

 の姿はすぐに見つかった。彼女は一人の少年に引き止められていたのだ。
 誰よりも、アスランよりもそばに近づいて欲しくない人間に。

「アスランが言ってた。『のんびりしてたら俺がを貰う』って……だから、それは阻止しないと」
「え……?」
、僕は……」

 そんな声が聞こえてきて、キラは腸が煮えくり返りそうな気分になった。
 なんなんだあいつは、今までに何の関心も持たなかった奴が、今更僕の猿真似で彼女を手に入れようとするのか。
 僕からまで奪うつもりか!

 気分の悪かったのも何のその。そう思った時には、既に体が動いていた。

---

っ!」

 鋭い声が響き、フリーダムのキラの動きが僅かに止まった。その隙を逃さず声の主は無駄のない動きで二人のもとに跳び、彼の手首を掴む。
「キ……えと、K」
 ヘルメットのバイザーを下ろしているため、その男の視線は分からなかった。Kは掴んだ手首を捻り上げると、からそいつを引っぺがし二人の間に入り込んだ。
を口説くつもりなら、僕を倒してからにするんだね、キラ・ヤマト」
「えっ……でも、僕はの」
「行こう」
 最後まで言わせず、Kはの手を取り歩き出した。の方はそれに抗う様子もなく、フリーダムのキラにもう片方の手を振って別れを告げようとする。
「う、うん……じゃあキラ、またね」
「……うん、『また』ね、
 仕方なさそうにフリーダムのキラも手を振って見送る。

 またね?
 また、だと?

 また僕から奪うつもりか!?

 心なしか、の手を握る力が強くなる。
 自分からキラ・ヤマトの名を捨てたのに、があの男をキラと呼ぶのに耐えられなかった。
 キラ・ヤマトは僕だ。は僕を選んだ。僕のものだ。
「K……痛いよ」
 がそう言うのにも答えなかった。人前ではそう呼ぶように頼んだのは自分なのに。
「……K?」
「…………っ」
 足を早める。醜い嫉妬に身を焦がしながら。自分が何者であるか揺らぐのを押さえつけながら。
 クサナギの自室に戻るまで、Kはついにと一切の口を聞かなかった。


 部屋に着くと、まずキラはを据付式のベッドに放り投げた。
「きゃあ!」
 短い悲鳴を満足気に聞くと、ヘルメットを脱ぎ捨てパイロットスーツのジッパーを一気に下ろし上半身をはだける。
 ついで不思議そうな顔をしているに覆いかぶさり、フロントオープンの作業着を引きちぎるように脱がせた。
「な、何!? キラっ!?」
「……うぅぅぁあああああっ!」
 は怯えた声を出した。でもその時やっとキラと呼んでくれた。そのことでキラの箍が外れた。
「僕は誰だ?」
「……き、ら?」
「僕は誰だ?」
「…………」
「僕は誰だ? 僕は誰だ? 僕は誰だ!? 僕の名前を呼んでくれ! 僕は……僕がキラなんだ!!」
「キラ……っ、つぅ!」
 叫んでの体に倒れ込み、下着をずり上げて、こぼれた白い乳房に噛み付いた。が強張ったのが分かったが、それでも止められなかった。もう片方の胸を掴み、空いた手で服の間から背中を抱き締める。
「キラ……痛い、っ、キラぁ……」
 肩にかかる女の手の感触。の声が上ずっていた。

 それでもキラは、彼女を乱暴に求めることが止められない。が名前を呼んでくれることが、自分をキラだと認めてくれることが、嬉しくて仕方がないのだ。
 いつしかキラは全身が震えていた。肩にかけられた手が首の後ろへと回り、何事かを察してくれたが自分を抱き返してくれているのだろう、優しく撫でられる。
……ずっと僕の名前を呼び続けてくれ……」
 先程の勢いのなくなった弱弱しい声で呟くと、キラは自らつけてしまった歯型の残る胸に舌を這わせた。


 その夜。

「僕は権利を得た……」
 暗闇の中、仄かに光る二つの夕闇。
 いつになく激しく求められたためだろうか、ぐったりとシーツに埋もれる白い体の隣で静かに体を起こし、キラは低い声で呟いた。
「そうだな……確かにそうだ、ラウ・ル・クルーゼ……」
 口元に笑みが浮かぶ。内気だった少年時代とは違う、ストライクに乗っていた頃の追い詰められた新兵のものとも違う、獰猛な笑み。

 真実を探ろうと宇宙へ出たキラの決意は、緩やかに、しかし確実に歪み始めていた。