Novel
番外編3-し人の目をした男-
「……え?」
「キラ、ちゃんと聞いてなかったのか? 人の話」
キラが首を傾げると、そのすぐ横にいたアスランがあからさまに肩をすくめて見せた。
「う、うん、ごめん」
「全く……ぼーっとしてるのは変わらないな。が見たら何て言うか……」
「……?」
「だからさっき言ったろ?」
再び大袈裟に溜息をついて、アスランは先程の話をもう一度した。
「あいつ、こっちに来てるんだよ。今はクサナギ配属だけど、俺たちからラクスに言えば、多分エターナルに移ってもらえると思うんだ。それで……」
なにやら微妙に興奮気味のアスランの言葉を、キラはどこか上の空で聞いていた。
幼馴染。
。
この二つの言葉がうまく重ならない。
「ねえ、アスラン」
「何だ?」
「、って……?」
ぽつりと告げられたキラの問いに、アスランは信じられない、といった表情を見せた。
「キラ……お前という奴は!」
「え?」
「薄情な奴だな! にキラのこと話したら、アイツ凄く喜んでて、また皆で話がしたいと言ってたんだぞ!?」
「え、うん、それで」
捲くし立てるアスランに、キラはまともに反応することが出来なかった。
再度説明を受けたにもかかわらず、やはりピンと来ないのだ。
(アスランは何を言っているのだろう?)
今の彼の頭では理解できない事柄が確かにそこにあった。
「…………幼馴染……?」
確認するように呟くと、アスランはまた大仰に頷いて見せた。
「そうだぞ、いくら月からこっち疎遠だったからって、三年くらいしか経ってないだろ?」
「うん……」
「なのにキラがそんな調子じゃあ、本当には俺が取るからな?」
「え、えっと……」
キラが何かを答える前に、アスランは用事はこれで終わりだとばかりに話を切り上げ、自室へと戻っていく。その足取りは妙に軽やかで、そのこともキラには不思議に思えた。
「僕の幼馴染は、アスラン……それから……?」
残されたキラはやはり理解できないといった風にそう呟くのみだった。アスランは思い込みが激しく、それでいてなかなか自分の意見を曲げない頑固な所がある。
「アスランと……僕と……それから……?」
もう一度、呟く。思い出そうとするが、その度にキラの頭に鈍い痛みが走った。
分からない。アスランの言っていることが半分ほども理解できなかった。だって、だって自分を幼馴染と呼べる人間は。
「僕とアスラン……しか、いないよ……?」
考えて、思い出そうとして。そして至った答えはやはりそれしかなかった。
いつのまにか、キラの目は戦闘中のもっとも緊迫した状態と同じく、瞳孔が開ききっていた。
そこから何の感情も見出せない瞳は、有識者が『SEED』と呼ぶ現象そのもの。それを進化の証だと言うが、今のキラの目は死人のそれと変わりがなかった。
「僕の幼馴染はアスラン。それ以外に、何があるの? おかしいことを言うよね、アスランは……」
低く吐き出されるその声にも、感情は篭っていない。
この、時点で彼の──いや、キラ・ヤマトという事象の異変に気付くものはいなかった。
そう、誰も、本人でさえも。
そしてもう一人の彼でさえも──……