「くそっ、あいつらしつこいな……プレスの文字が見えないのか!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「だが……うわっ!? シン、もう少し丁寧に扱ってくれよ!」
「しょうがないだろ! 向こうは最新鋭機二個小隊、こっちはオンボロ一機なんだ!」
「オンボロって……」
「それよりちゃんとセンサーやれ! “不殺”で頭吹っ飛ばされても知らないぞ!」
「分かってるよ!」
衝撃と浮遊感、戦闘の光と口の悪い同乗者。
アウトフレームDの頭部コクピットで、ジェス・リブルは現在の状況にひっそりと溜息をついた。
シン・アスカ。元ザフトレッドで、かつては“デュランダルの懐刀”とまで言われた男は、現在ザフトを退役し、傭兵家業に身をやつしている。
今回、取材から帰ってくる際のジェスを迎えに行くのが彼の仕事だった。最初、ジェスはそのことに疑問を覚えた。シンは傭兵としての経験は浅いが、腕は一流だ。それがただの出迎えだなどと、彼にしては簡単すぎる仕事ではないか……と。
ジェスのその疑問は、現在の最悪の事態によって答えを示されていた。早い話が取材中に何者かに襲撃を受けたのだ。
シンは恐ろしいほど正確に襲ってきたMSを必要最低限だけ行動不能にし、恐ろしいほど迅速に取材に行っていたプラントからジェスを連れて脱出した。そこには不殺などという生ぬるさは存在しない。効率を最優先し、必要以上に相手を撃たない、必要ならばコクピットも狙う、シンの性格と傭兵としての腕の確実さが表れていた。
そして追撃部隊から逃げ回っているのが、今だ。
「はあ、全く……俺はジャーナリストだってのに、なんでこうも狙われるんだ?」
「当たり前だろ。アンタは重大なスクープをいくつも取って、しかもそれを惜しげもなく公表するからだ。バラされちゃまずい奴らが躍起になって追いかけてくるのさ」
「それにしたって、話くらい聞いてくれたっていいと思わないか? 俺には戦うつもりなんてないんだし……」
「それは無理だな。いくら報道屋だと言っても、アンタが乗ってるこれはモビルスーツ、戦いの道具だ。こいつに乗っている限り、アンタの主張は信じてもらえない。大体アンタは、自分が狙われている自覚が無い。相手は明確に、アンタを殺そうとしていたんだぞ、今のプラントは話し合いが通じる相手じゃない」
「しかし……」
それは違う、モビルスーツだって使いようで戦い以外にも役に立つし、報道の力は武力を抑えることだってできる、このアウトフレームがそれを体現する、そう言おうとした時だった。
「! 前方に熱源!」
「数は!?」
「ザクが一機だ……速いぞ!」
「ザク一機? 挟み撃ちにしては妙だ……それよりまずいな、もうバッテリーが残り少ない」
「いや、待て! これは……」
アウトフレームDのコンソールと睨めっこ状態のシンは一瞬気付くのが遅れた。そのザクが敵ではない、といち早く確認できたのは、ひとえに直接カメラを覗く頭部コクピットのジェスによるものだ。
ジェスの声に喜色があらわれた。愛用のカメラを通して見たそのザクは、白い十字のペイントが施されている。
このマークが何を意味するのか、モビルスーツを扱う稼業の中では知らぬものはいまい。
そのザクから、待ち望んだ通信が入ってくる。
『待たせたな』
「カイト!」
ジェスは心底ほっとした。これで助かる。無意識のうちに頬が緩んでいた。
だがそれも長くは続かなかった。
「いい所に……マディガン、返すぜ!」
「え?」
やれやれといった風なシンの声を合図に、アウトフレームDの頭部コクピットハッチが開かれる。少し揺すってやると、そこに座っていたジェスの体がふわりと浮いた。
「うわぁっ!?」
『ジェス!』
叫びカイトはザクの手を差し伸べ、ジェスを受け止める。
「ナイスキャッチ」
ザクのモニターに、そう言いながら不敵な笑みを浮かべたシンが映し出された。
「危ねえな! 撃たれたらどうしてくれるんだよ!?」
「昔の偉い人がこう言ってた。『人間みたいな小さな標的に、そうそう当たるものではない』ってな」
「どんな偉い人だ!」
「とにかく行くぞ」
ジェスの憤る声などものともせず、シンは残り少ないアウトフレームの推進剤を思い切り噴かす。ザクのコクピットの中にジェスを引っ張り入れながら、呆れた声でカイトが呟いた。
「ったく……腕はいいが無鉄砲すぎる。アイツにお前のお守りは無理だな」
「嫉妬か?」
「悪いか」
「…………」
からかうつもりで言ったのに意外な返答があって、ジェスはそれきり口を閉じた。
──廃コロニー
「それで、何だったんだ」
「何が?」
「お前が掴んだっていう極秘情報だ。お前、何を見たんだ」
「ああ……俺が調べていたのは、コイツさ」
必要最低限のものしか置いていない殺風景な部屋。中央に置かれた、かつては年代物だったらしい古びたテーブルの上に、数枚の写真とデータディスクと紙の束が無造作に放り投げられた。
カイトは片手に缶ビールを持ち、もう片方の手で一番上にあったレポート用紙の束を取って、器用に片手でめくりながら読み進める。
「……? どこの国にも所属しない、秘密情報組織?」
「元はクライン派の情報組織だったらしい」
向かい側のこれまた古いソファに腰を下ろしたジェスが頷く。それを聞いた瞬間、それまでおとなしく脇に立っていたシンの表情があからさまに厳しくなる。ジェスはかまわず続けた。
「そいつがロゴスや“一族”それにライブラリアンの遺産を手に入れて、さらに巨大化したって情報を聞いて、調べようとしたんだ」
「そしたら襲われたってわけだ」
シンが補足するように短く続けた。
しかしどうも回りくどい言い方をする。ジェスらしくもない。カイトは渋い顔でコーヒーをすすった。
「ジェス……一体何の組織を調べたんだ?」
二人が一瞬、身を固くするのが分かった。やがてジェスがおそるおそる口を開く。
「クライン派に情報を流している秘密組織、それは……」
慎重に、ジェスは言葉を紡ぐ。カイトは渋い顔をしたまま。シンは平静を装って、缶コーヒーのプルトップに指を引っ掛けたまま動きが止まった。
「……ターミナル、と呼ばれてる」
「ターミナル?」
「!!」
カイトが聞き返すと同時に、液体が勢いよく噴き出す音が溢れた。
音のした方を向いてみると、シンが『中身の入った』コーヒーの缶を拳で握り潰す姿が目に入った。
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あとがき。
前から構想してたカイジェス+傭兵なシンのトリオです。リクエストいただいたこともあり、これにヤンデレ要素もくわえた中編としてチャレンジ!
これからカイトが病んでいってシンもちょっとダークなので、ジェスの精神力だけが頼りです(笑)
あ、ちなみに隠す気はないんですがターミナルは真っ黒です。
お題提供:
Fortune Fate様