Novel

PHASE03 Early queen move

 ──オーブ行政府

「シン・アスカに反プラント運動の疑い……?」
『はい。本来ならば、我がプラントだけで対処すべき事態なのですが……アスランの耳に入ってしまい、プラントに駐留するオーブ軍を動かすよう、彼から要請がありました』
 通信から聞こえてくるラクス・クラインの張り詰めたような、だが心地良い声。だがその口から語られるのは、カガリにとっても他人事ではない問題だった。

 4年前のメサイヤ戦役から、アスハ政権下のオーブとクライン政権下のプラントは友好関係を結んでいる。理由は戦争時からの同盟などのごたごたなど色々あったが、カガリの中ではラクスとの友情からくるものだと認識している。
 カガリ・ユラ・アスハは政治家としても、一国の代表としても、まだ経験が浅く勉強不足でもあった。大西洋連合との繋がりをを切ってのプラントとの同盟を、そういう面でしかとらえることができないでいるのだ。
 現状、疲弊した地球の連合寄りの国と比べ、政権交代のおかげか比較的元気なプラントや土壇場で勝ち馬に乗ったオーブはだからこそ、その程度の認識でも他から口出しをされにくいという、非常に幸運な立場に置かれている。
 そのため、国内の官僚達と話す時よりも、ラクスと話している時の方がカガリは気が楽だ。
 それとは対照的に、モニターに映るラクスの表情にはかげりがあった。
『アスランはとても心を痛めていました。シンがこうなってしまったのは、自分にも責任があると言って……ですが、彼はプラント駐留のオーブ軍の司令ですので、わたくしに命令権はありません。カガリさんの口から、アスランにお言葉をかけて差し上げて欲しいのです』
「そうか……分かった、駐留艦隊は全権をアスランに任せているから、あいつの思うようにさせてやってくれ」
『それを聞けば、きっとアスランも喜びますわ』

 最後にラクスは笑顔を作ると、軽く会釈をしてそこで映像が途切れる。通信が終わると、カガリは椅子に深く腰掛け、肘をついた。
 アスランが煮え切らないのはいつものことだが、問題はシンだ。シン・アスカ、確かに覚えている。彼とは結局、何も話せないままになってしまっていた。
 以前ミネルバに乗艦した時、アスハの失策を責め、怒りに満ちた瞳を向けてきた彼に、もしも自分が何かをしてあげられていたら──例えば、父を悪く言われたことで塞いだりせず頭の一つでも下げることができていれば、何か変わったのだろうか。それとも何も変わらなかっただろうか。
 変わらないといえば、ラクスの外見が前に会った時と全く変わっていないことに、今更ながらカガリは気付いた。先程は見た目のことまで気が回らなかったが、成人を過ぎて顔も体つきも大人びてきたカガリとは違い、ラクスはいつまでも少女のような外見を保っていた。よっぽど化粧が上手いのだろうか、それともそういう体質なんだろうか。
 政治家として舐められないために、無造作だった髪を整え、嫌いな化粧も必死で覚えたカガリとは正反対に思える。
「って、今はそんなことを考えている場合じゃない」
 シン・アスカという世界でも屈指のパイロットが海賊、場合によっては反政府運動に参加している疑いがあり、プラントやオーブが狙われている可能性がある、と聞いた今、女としての容貌の差など瑣末事に過ぎない。
 宇宙のことは、きっとラクスが何とかしてくれる。今はそれを信じて、カガリは早速アスランへの命令書の作成を始めた。


 ──再び、廃コロニー

「……ス……おい、起きろ……ジェス……」
「ん……?」
 カイトのやや乱暴な手つきで揺さぶられ、ジェスは目を覚ました。ソファに身を縮めて寝転がり、服を全て取っ払われた上からカイトのスーツだけをかけられた状態は、昨夜意識が途切れる前とそう変わっていない。
「カイト……何かあったのか?」
 何の余韻も無いカイトの起こし方にふと違和感を覚え、ジェスは寝ぼけ眼から一転、真剣な顔つきになり起き上がった。
「支度しろ。急いでここを出る」
 カイトは既にいつもの格好から戦闘服に着替えている。表情といい、纏った雰囲気といいどうやらただ事ではないらしい。理由を聞いている時間もなさそうだ。
 一体何が起こったのか、『分からないことを明かしたい、知らないことを知りたい』という欲求が人一倍大きいジェスだったが、こんな時にまで自分の欲求を優先させるほど空気が読めないわけではない。
 ここはとりあえずカイトの指示に従い、支度をしようと立ち上がろうとした、その時だった。
「っと……!」
 立ったと思った次の瞬間、視界がぐらりと揺れる。足に力が入らない。
「大丈夫か」
「あ、ああ……」
 そのまま床に転がりかけたジェスの体を支えたのはカイトだった。ジェスの足取りがおぼつかない原因が自分にあるのが分かっているからか、その表情は多少申し訳なさそうに顰められている。
「……こうしてても埒が明かん。走るぞ」
「え……うわっ!?」
 カイトがジェスの膝裏を掬い上げた。裸のまま横抱きにされる形になって、ジェスは慌ててかけられていたスーツを掴み、それに包まるようにして身を竦めた。
「か、カイト、服!」
「後にしろ!」
 何をそんなに急いでいるのか、カイトの表情は焦りに満ちていた。それでも、ジェスが立てないことに責任を感じてはいるらしく、彼はジェスを抱えたままモビルスーツのコレクションのもとへ走る。
 重厚なドアを開くと、擦り切れたザフトレッドを羽織った黒髪の男がこちらに背を向けて立っていた。
「シン、起きてたのか」
「眠りは浅い方なんでな」
 シンが答えて振り向こうとしたが、すぐにまた視線を正面に戻す。垣間見えた、普段は雪のように白い彼の頬は、うっすらと赤く染まっていた。
 それを見て、ジェスはあらためて自覚する。シンに勘付かれた。ゆうべはおたのしみでしたね──そんな言葉が脳裏を走った。
「とっとにかく、モビルスーツを一機貸してくれ。何でもいい」
 取り繕うように出たシンの言葉はやはり照れが窺えた。とはいえ、ただ男の裸を見るだけならば何ともなかったはずだから、やっぱり昨日カイトとの間にナニがあったか分かってしまったのだろう。
 急にいたたまれなくなって言葉の出ないジェスに代わり、カイトが顎で一機のモビルスーツを示した。
「そいつを使え。ザフト製のGタイプだ。慣れてるだろう?」
 カイトが指したのは、アウトフレームの本来の姿であるザフトのナンバー12、テスタメントであった。OSを調整し、PS装甲の電圧が変えられたその機体は、元の赤い色に白い十字の模様が走っている。
「ああ……マディガン!」
 シンは最後まで振り向かずにテスタメントのコクピットに搭乗する。ハッチを閉じてから、外部スピーカーで叫んだ。
「あまりジェスに無理させるなよ。……アレはつらいんだ」
 シンの声は何だかとてもリアリティにあふれていた。
「させてねえよ」
「いや、してる……」
「……とにかく、俺達はアウトフレームだ。後ろで着替えろ」
 舌打ちと共に呟いたカイトの言葉はさすがのジェスでもスルーできなかった。誰のせいで今こんな格好してると思ってる。
 それを無視してカイトは慌ててアウトフレームまで走ると、裏手に回りドッキングさせたままだったバックホームへとジェスを押し込んだ。自身はまた正面へと戻り、通常のコクピットへと乗り込む。

 既にシンは発進している。火を入れて、OSを立ち上げコロニーの外の様子をざっと確認すると、やはり標的はここらしい。
「チッ……数は昨日よりは少ないが、ちとマズイな……」
 テスタメントを追っているモビルスーツらしき熱源は一機だけ。だが問題はそいつの母艦らしき戦艦だ。
「カイト、どうなってる?」
 バックホームから移動したのか、頭部コクピットからジェスの声が届く。
「襲撃者はモビルスーツが一機に戦艦一隻。型番からして、海賊の類じゃなさそうだ」
「……というと?」
「来てるのは、インパルスとミネルバだ」
 機内のモニターでジェスがちゃんとパイロットスーツを着ているのを確認すると、カイトはバックホームを切り離し、メインスラスターを噴かせた。

 インパルスは、かつてシン・アスカが、そしてルナマリア・ホークが使用していた制式採用機とは別に数体が製作されたが、そのほとんどがテスト機であり、現在ではもっとローコストの量産機があるおかげで既に実戦配備されてはいないはずだ。
 そしてミネルバ。かつてのシンの母艦。こちらはいまだ現役のミネルバ級戦艦が存在するが、それでも使用しているのはザフトのみであり、海賊風情が保持できるクラスのものではない。
 何よりジェス達の認識では、ミネルバとは5年前の戦いで沈んだ過去の戦艦だ。
 テスタメントと距離を縮め、アウトフレームのカメラでも確認できる位置までたどり着いても、その事実は覆らなかった。勘違いではなかったのだ。
「動き方はザフトのクセがあるが……」
「どういうことだ……メサイヤの亡霊でも出てきてるってのか?」
「お前にしちゃ非現実的な意見だな」
 皮肉げに笑い、カイトは何故か逃げずにインパルスと切り結ぶテスタメントの間に威嚇射撃がわりのガンカメラのフラッシュを向けた。
「俺達は知っているはずだぜ、こいつらと同じ存在を」
「カーボンヒューマン……!」
 心当たりは一つだけだ。ライブラリアンが所有していた、他の人間の遺伝子をいじって死人を蘇らせる禁断の技術。
『そうだ、ミネルバのみんなは死んだ、確かにあの時死んだはずだ! 覚えている、俺はまた守れなかったっ!』
「じゃあ、それに乗っているのは……!?」
 そうだ、つまり。
 この追っ手はただのザフトではない。間違いなく、ターミナルの息のかかった連中だ。
 ジェスは戦慄した。奴らがここを襲撃してきたということは、標的はやはり自分達だということなのだから。しかも、公的には存在しないことになっている技術であるカーボンヒューマンまで投入して。
 おそらくシンが自分達と同行していることを知ってのことなのだ。シンが逃げるでもなく攻めあぐねて時間稼ぎに徹しているのは、やはりかつての仲間を撃つことに躊躇いがあるからだろう。
『くっ、なんとか距離を取って……』
 テスタメントが離れたのをこれ幸いと、インパルスがフォースシルエットをパージし、それをイーゲルシュテルンで撃って目くらましを作る。
『ミネルバ! ソードシルエットをお願い!』
『!!』
 インパルスから聞こえてくるのは澄んだ女の声だった。一瞬だけ、シンの動きが止まる。

 乗っているのはシンの亡くした恋人、ルナマリア・ホーク。そのカーボンヒューマンに間違いなかった。

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あとがき。

開始3話にして早くもラクスが動き始めました。
そしてシンの受け経験あり発言(笑)相手は多分ザフトの不特定。だからつらかったんだ、うん。
ルナと付き合ってはいたけど、多分ルナはそのこと知らない。

お題提供:Fortune Fate