「あ、あ……っ」
操縦桿を握る手が震える。シンの失ったはずのものが目の前にいるのだ。
ライブラリアンとカーボンヒューマンに関して、知識だけは持っていたが、やはり実際に目の前に出てこられると動揺を抑え切れない。
「る、な……」
『シン、投降しなさい! じゃないと、こいつで……』
ソードに換装したインパルスが対艦刀を構える。まるで姉のように諭す口調も、ルナマリアそのものだ。
「うわあああああぁぁぁぁぁっ!!」
シンが吠えた。様子を見るつもりだったのか、緩慢な動きで横薙ぎに振り抜かれた対艦刀を、ディバインストライカーで上から叩き落すように跳ね除けるとスラスターを逆に噴かせて距離を取る。
『くっ……』
「なんでルナがこんな所にいるんだよっ!」
『あたしは、あんたを連れ戻しに来たのよ! あたしだけじゃない、ミネルバのみんなもそう……お願いシン、一緒に帰ろう? そうすれば、きっとラクス様だって許してくれる……』
「そんなはずはない! だってルナは、みんなは……!」
死んだはずなのに。
その事実を口にすることが躊躇われた。ルナマリアとミネルバのクルーは、確かに戦死したはずだった。そのことは間違いない。シンは彼らの葬儀にも出席したのだ。
だが今、肉体的にも公的にも死んだはずの彼らがここにいる。インパルスの動きからして、偽者という線は真っ先に捨てた。
『シン! 油断するな! そいつはカーボンヒューマンだ!』
「!!」
追っ手はシン・アスカの精神に付け込むために来たのだ。そんなことはシンにだって分かっていた。死んだ人間の遺伝子情報を他の人間に移植し、“ゆりかご”で記憶を調整して作られるカーボンヒューマン──彼がジェスについて回って調べていた事柄と一致する。
「それじゃあルナが、みんながあの時死んだのは……!」
そこでシンは一つの可能性にたどり着いた。
ミネルバの生き残り、つまり厄介者のオリジナルを消し、従順なカーボンヒューマンとして蘇らせる。
生前のルナマリアはラクス・クラインをこんなにも信奉はしていなかった。
エクスカリバーとまともに打ち合える武装はテスタメントにはなく、シンはディバインストライカーを前面に展開し、防御に努める。
『そうよ……本物のルナマリア・ホークは死んだ。あたしはその複製……でもね、シン。あたしは覚えてるのよ。あんたのこと……好きになったことも』
「言うな!」
『シン、お願い!』
インパルスが再びエクスカリバーを振り上げる。ソードシルエットをチョイスしたのは格闘戦の得意なルナマリアらしい選択だったが、やはりかつてのシンと比べると、インパルスの扱いに関しては劣る。
大振りな攻撃の合間を縫って、隙のできた腕部にトリケロス改のクローを叩き込む。
『くっ……シン!』
「ルナっ! ルナマリア・ホーク!!」
インパルスはエクスカリバーを放棄して一旦遠ざかり、ソードシルエットをパージ、テスタメントに向けて突進させる。シン自身もかつてフリーダム相手に使った戦法だった。咄嗟の判断にしてはいい選択だ。
シンはシルエットがぶつかってくるのを避けようともせず、イーゲルシュテルンの斉射でVPSの切れたシルエットを撃ち落とした。
『ブラスト……』
「させない!」
スラスターの逆噴射により、テスタメントはインパルスの下部に回り込む。そちらにはミネルバの姿があった。
図らずも両者の間に割って入る形になったのは僥倖だった。
『きゃぁぁぁぁぁぁッ!!』
動きの止まったインパルスを、再びトリケロス改の内蔵ビームが襲った。
『シン……どうして……!』
「ごめん、ルナ……けどお前は、本当のルナじゃないんだ! お前が蘇るその代償に、どこかの誰かが存在を消されているんだ! 俺はそれを許すことはできない!」
シンの慟哭が、弱々しく問うルナマリアの声を掻き消した。
死してなお、何者かに利用され続ける彼女達。裏で糸を引いているであろう存在に、シンは怒りと悲しみを抑えきれない。
「頼む、ルナ……みんな……もう俺の前に姿を現さないでくれ……」
戦闘不能になったインパルス回収のためだろうか、ミネルバがすぐ近くまで来ていた。
利用されているだけの彼らを討つための気力は、既にシンに残されていない。せめて自分の目の届かない所へ行って欲しい、その願いだけを伝えると、テスタメントを反転させ遠ざかる。
ミネルバから複数の熱量を感知したのはその直後のことだった。
「……っ! ミネルバ!?」
テスタメントに向けられたミネルバからの砲撃は、届く前にいくつかが撃ち落とされる。それまで様子を見守っていたアウトフレームが、ガンカメラを専用のビームライフルに持ち替えてシンの援護をしていた。
シンはミネルバから距離を取り、近づいてきたアウトフレームと接触する。
追い付いて来たジェスたちと共にこの場を離れようとしたのだ。だが、アウトフレームは止まらなかった。
「ルナ!?」
アウトフレームのビームが沈黙したままのインパルスを貫いた。
「ルナっ! クソッ! 何で撃った、マディガン!」
『お前さんらしくない言い草だな。不殺の英雄様の真似事か?』
「違う! けどルナは……インパルスにはもう戦う力は残ってなかった!」
『今はなくても、また追っ手として俺達を襲う可能性だってある。奴らはもう正規のザフトじゃないだろう?』
「……くっ」
その時シンの脳裏をよぎったのはキラ・ヤマトのことだった。一度は倒したはずのフリーダムが、姿を変えて──正確には、より強い機体に乗り換えて、再び彼に挑んできたことを思い出す。
カイトの言葉は正論だ。それに、例え今ここでルナマリアのカーボンヒューマンを上手く説得できて撤退させたとしても、“ゆりかご”で記憶を操作されてまたシン達と敵対することになってしまえばその努力も無駄になる。
『シン、投降なさい。これは最終警告です。従わなければ、次はタンホイザーを撃ちます』
「艦長……!」
それまで無言を通していたミネルバからの通信回線が開く。インパルスが……ルナマリアが落とされたというのに、タリア・グラディスの声は冷静だった。
シンの答えを待たずして、ミネルバの主砲、タンホイザーの砲門が開かれていく。収束していく陽電子にはっと身構える。
回避行動を取る直前、テスタメントは何者かに突き飛ばされた。
『お前たち、そのくらいにしておけ』
「なっ……誰だ?」
慣性のままに、ミネルバからかなり離れた所にまで飛ばされたテスタメントの眼前で、『それ』は姿を現した。
背中に巨大な二本の剣を負った黒と金の機体。その背後で、発射されたタンホイザーの光が反射する。
『アンタは……』
『ロンド・ミナ・サハク!?』
『テスタメント。乗っているのはシン・アスカだな? 今から指示したポイントへ向かえ。この場から離脱する』
低い女の声。どこか言い様の無い威圧感を感じ、気付けばシンは彼女の言うとおりにしていた。
アンタ誰なんだ。どうして俺の名を知っている。なぜ助けた。
聞きたいことはいくらでもあったが、それを今ここで聞くのは許されないと思った。
黒と金の機体は今度はアウトフレームの方に向かうと、機体ごと引っ張ってシンがいる方へと加速した。
どうやらパイロットは、ジェスやカイトと知り合いらしい。そういえば、先程名前を呼んでいた。
「ロンド・ミナ・サハクって言ったな……?」
聞き覚えがある。宇宙ステーション『アメノミハシラ』で子飼いの戦力をいくつも持っていて、ちょっとした独立勢力にまでなっているその首魁の名がサハクと言ったはずだ。
何より、サハクといえばオーブ氏族の名でもある。
「オーブが今更何を……」
シンは奥歯を噛み潰し、ロンド・ミナ・サハクの示した方向へと進んでいく。彼を待っていたのは一隻の戦艦だった。
テスタメントにガイドビーコンを出している。入れと言うことなのだろう。シンはそれに大人しく従うことにした。
いや、従うしかなかった。
──アメノミハシラ
『どうだね? 私の情報に間違いはなかっただろう』
モニターにはチョコレート菓子をかじりながら不敵に笑う一人の男が映し出されていた。
情報屋ケナフ・ルキーニ。ジェスがターミナルの情報を手に入れたのは、元はと言えば彼と彼の弟子であるベルナデット・ルルーからのタレ込みである。
「確かにアンタの言う通りだったよ。ターミナルが怪しいってな。それに」
答えながらジェスは、シンと対峙している黒髪の女にちらりと視線を向けた。
「……彼女に救援要請を寄越したのも、アンタだろ?」
『そうだ』
ルキーニの目が鋭く光った。
『俺は情報を仕入れて、どこに売るか見定めて教えるのが仕事。そこから先は報道屋、お前の仕事だ』
「分かってるよ。俺は必ず、ターミナルの真実を掴んでみせる」
胸をトンと叩いてみせるジェスを満足気に見て、ルキーニは通信を切った。
一方のシン達も話はまとまったらしい。どうやら、しばらくここに置いてもらえるようだ。
とりあえずひと息入れられる。そう安堵したジェスに、暗い眼差しが向けられていたことに、彼は気付いていなかった。
その翌日、ジェスが姿を消したという噂がミハシラ内を駆け巡った。
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あとがき。
やはり戦闘シーンは難しいですね。まあたいしたものは書いてないですが。
そして次回からはぐんと話が暗くなります……
ルキーニとベルは多分もう出てきません。ゴメンネ二人とも(笑)
お題提供:
Fortune Fate様