Novel

PHASE06 Isolated pawn

 ラクスより話を聞かされ、カガリにオーブ軍の采配を任されたアスランの取った方法は、あろうことか単独での突撃であった。

『シィィィィィィン! お前は何を考えているんだっ!?』
 通信を繋いだまま、アスランはミハシラの外から怒鳴りつける。誰に聞かれようとお構いなしなのはある意味彼らしいといってもいいだろう。
 むしろ問答無用で攻撃を仕掛けてこないだけ、分別があるとさえ思えてくる。
「なんで俺がここにいるって分かったんだ?」
「予は貴様達を匿ったつもりはないからな。隠していないのだから、ターミナルを通じてクライン共に情報を渡すなど容易いことだろう」
 喚き続けるアスランをよそに、シンはミナの答えに難しい顔になる。

 確かに彼女にそこまでの義理はない。それに、いずれこうなることはザフトを辞めた時から予想していたことだ。
 ならば、彼と──アスランと話すにせよ戦うにせよ、ケリをつけるのは自分しかいない。
『シン! ここにいるのは分かっているんだ! どうして出てこない!?』
「どうしますか、シン・アスカ?」
 外の様子をモニターしていたソキウスからの感情のこもらない問いかけに、シンは溜息をついた。
「……ミハシラに迷惑はかけられない。俺が直接行って、話をしてくる」
「そうしてくれるとありがたい。予としてもあやつをミハシラに入れたくはないのでな」

 モニターに映るインフィニットジャスティス。アスランのヒステリックな一面を表しているかのようなPS装甲の赤い電圧をひと睨みしてから、シンはふと気づいた。
 乗っていくモビルスーツがない。
 部屋を出て行こうと背を向けた格好のまま、シンはミナを振り返った。
「悪いけど、何か機体を貸してくれないか? 乗ってきたやつはそもそもマディガンのだし……」
「ふむ」
 シンは今時珍しく、決まったMSを持たない傭兵だった。必要なものは現地調達で済ませることが多い。
 そのことを知っていたのか、ミナが顎に指を当てながら何やら思案顔となる。何かを待っているようにも見えた。
 その答えはすぐに分かった。
『ちょっと待った! 行くならこいつに乗っていきな』
「え?」
 ジャスティスの映像が消え、かわりに出てきたのはバンダナを巻いた男の顔。彼は画面に向かって親指を立ててみせる。
「アンタは……」
『やっと整備完了だ。お前好みに仕上がってると思うぜ!』
 そして次に映し出されたのは、ミハシラの格納庫。
 真新しく塗装された一機のシビリアンアストレイ──の原型を辛うじてとどめているモビルスーツがそこにあった。
「え、ちょっと、アレ……」
「間に合ったようだな、ロウ・ギュール。シン、あれを貴様にくれてやる。好きに使うと良い」
「聞けよ! あれデスティニーだよな!? 顔はアストレイだけど、装備とカラーリングほとんどデスティニーだよな!?」
 シンは我が目を疑った。
 巨大なウィングバインダーに、これまた巨大な対艦刀とビーム砲がマウントされている。フェイス部分には隈取のような血の涙のような、そんな特徴的な塗装が施されていて、青、黒、赤、そして灰色のカラーリングとあいまって、全体的なシルエットはさながら悪魔のようだ。
 シビリアンアストレイをどう魔改造したらこうなったのかは知らないが、その外観はどう見てもデスティニーです、本当にありがとうございました。
 もちろん過去の愛機だし、愛着がないわけではない。けれど一応、あれはザフトが開発した機体なのであって、勝手に他勢力が真似していいものなのだろうか。……いいのか。最近はどこも連合のGタイプ、いわゆるガンダムフェイスを乱造していることだし。
「おい! なんでまんまに作るんだよ!? 嫌がらせか!?」
「つべこべ言わずにさっさと行け」
 喚き続けるシンを、ミナは一喝して部屋から蹴り出した。


 ──格納庫。

「…………おい」
『どうだ? 武装もデスティニーに似たやつにしたし、お前なら使いこなせるだろ!』
「何が使いこなせるだっ! こんなにゴテゴテ積んで、フル稼働させたら二秒でバッテリーが干上がっちまうだろ!?」
『だったらフル稼働させなきゃいいだろ?』
「使えないものをどうして装備してなきゃいけないんだよ!?」
 コクピットでシンが吼える。
 ロウが持ち込んで、ミナから託されたその機体、シビリアンアストレイのシン用カスタム機。通称シビリアンデスティニーと呼ばれているそれは、見た目通りの無茶なスペックであった。
 特徴的なウィングバインダーにはヴォワチュール・リュミエールを加速のみに使用するためのスラスター。推進にミラージュコロイドを撒き散らすために、最高速に達した時にはコロイド粒子に残像が投影されまるで機体が分身したかのように錯覚させることすらある。
 ご丁寧に、ごてっと取り付けられたウェポンラックにはジャンク屋特製の巨大対艦刀と長距離ビーム砲がマウントされている。
 腕部にはビームシールド“ソリドゥス・フルゴール”をもちろん完備。
 さすがに肩部のブーメランはオミットされていたが、これは投擲モーションに無駄が多く、OSの調整が面倒になるからという理由であり、つけられないこともないらしい(律儀にもロウは「つけるか?」と聞いてきたがもちろん却下した)。
 極めつけは、掌部のビーム砲だ。デスティニーのパルマ・フィオキーナと異なり、かつてレッドフレームが偶然会得したと言われる『エネルギーコネクタからの帯電をぶつける』技を意図的に放つことができる、という意味不明な仕様になっている。
 ロウいわく、名づけて“必殺!光電パルマ・フィオキーナ”だそうだ。

 どうしてこうなった。シンはヘルメット越しの頭痛をどうすることもできずに項垂れた。

「全く……もういいよ、相手はアスランだけだ、なんとか持たせてみるさ!」
 もとよりジャスティスと正面からぶつかろうなんて愚策は考えてはいない。それにこれ以上待たせると何をしでかすか分からない。心情的には、もう数時間ほど放ったらかしにしておきたいところではあるが。
 仕方なく機体を発進口へと向かわせる。派手派手しいシビリアンデスティニーの姿とは逆に、シンの心は陰鬱としていた。


『シン! 遅いぞ!』
 モビルスーツ越しの久々の対面は、アスランの怒鳴り声により始まった。
「……そりゃどーも、こっちも色々ごたついているんでね」
『どういうことなんだ、お前が反プラントのテロに加担しているだなどと……!』
「…………あー」
 アスランは何かを誤解していた。おそらく早とちりしたのだろう。部隊も連れず単独で来たのがその証拠だ。
 『シン・アスカ』『反プラント運動』『テロ』これらの言葉が変な方向に結びついたのだ。
 どうしたものか、とか、いきなり攻撃しないなんて成長したな、とか、シンがそんなことを考えている間にも、アスランはヒートアップしていった。
『お前は一体何をやっていたんだ! キラやラクスを悲しませて……ミネルバのクルーは、お前を残して全て討たれた! それなのにお前はっ!』
 シンは終始無言だった。だがこの時点が限界だった。
 アスランは旧ミネルバクルーについて何かを喚いていたが、オーブ軍に降って、メサイヤ戦で容赦なくそのミネルバを落とした奴に言われたくはない。
『答えろ、シン! 皆が必死で戦っていたというのに、お前は今まで何をやっていた!』
「言えば信じるのかよ?」
『何!?』
 アスランが一瞬だけ怯む。自分でも驚くほど冷え切った声が出た。
 その機を逃さず、シンは畳み掛けた。
「覚えてるよ! ルナやミネルバの皆が死んだ時だろ! でもそれを話して、アンタは信じるのかよ!? ザフト崩れのチンピラ兵共の便所になってたって、言えばアンタは信じるのかっ!?」
『な、何を言ってるんだ、お前は!?』
「サイアクの環境だったよ! 俺が旧デュランダル派だとか何とか言って、ラクス・クラインの恩赦を受けたとか専用機が気に入らないとかって、そんなくだらない理由で!」
『何を馬鹿な、そんなことあるわけがないだろう!』
「そう思ってるのはアンタらだけだ!」
『黙れ! ザフトを抜けただけでは飽き足らず、愚弄するのかっ!』
 激昂とともにジャスティスの両手足にビームの刃が形成される。一度狙いをつけてから、シビリアンデスティニーの肩関節を削ぎ落とそうとジャスティスが突撃してくる。
「くっ!」
『戻るんだ、シン! 今なら俺がキラとラクスに取り成してやる!』
「出来るもんか、いいように使われてるアンタなんかにっ!」
『シィィィン!!』
 ビームシールドを展開すれば防げるであろうジャスティスのビームブレード。だが起動させる電力はない。代わりにシンは、デッドウェイトになっていた背部のビーム砲で受け止めた。
 綺麗に真っ二つにされたビーム砲を前方に投げ捨てると、ジャスティスに僅かな隙が生まれた。この4年、紛争はそこかしこであったというのに、平和ボケしたのかジャスティスの動きは以前より緩慢に感じられた。
「そこだぁっ!!」
 残った方、反対側にマウントしてあった対艦刀を無造作に突き入れる。通電もレーザー発振もされていないその刀は、当然ジャスティスの装甲を貫くことはできずに途中で止まるが、シンは止まらなかった。
「うおおおおおっ!!」
『ぐっ……!』
 VLをコンマ秒だけ起動させ一瞬の加速を得る。対艦刀を押し込み、ジャスティスの動きを止めると、それを逃さずシビリアンデスティニーの掌を向ける。ベアクローのようにジャスティスの頭部メインカメラを捉えた手は間接部分にあるはずのコネクタからのエネルギーが掌の中で帯電し、メインカメラに直撃したそれは一種の閃光弾のようになってアスランの視界を焼いた。
 だがそれだけでは終わらなかった。シンはもう片方の掌を、今度はジャスティスのコクピットに叩き込む。荷電粒子をそのままぶつけられて、ジャスティスの電装系は一時的に麻痺してしまうことになった。
 とりあえずは、シンの勝利と言ってもいい。だが、テストもなしに無茶な動きをさせた反動か過剰な負荷がかかり、シビリアンデスティニーの両腕は派手に火花を散らして動かなくなっていた。
 バッテリーも、ジャスティスを抱えて帰還するまでの余裕はない。

 仕方なくシンはミハシラの救助を待つことにした。
 ジャスティスのコクピットでは、アスランがいまだ何事かを喚いていた。


 ──再び、アメノミハシラ。

「……そうか、アマツは回収できたのだな?」
『はい。しかし基地内に生命反応は確認できません。ジェス・リブル、カイト・マディガンともに消息不明です』
「よい。帰還せよ」
 必要最低限だけを話すと、ミナは通信を切り、その場を後にした。
 ちょっとした旅支度が必要になる。戦後4年のこの混沌とした世界で、ミハシラは実質的に自治権を獲得しているようなものであるとはいえ、オーブの主権は地上に──アスハの小娘にあるのだ。
「ラクス・クラインにああも容易く踊らされるとは……待っていろ、カガリ。少しきつく灸を据えてやる必要があるな」
 不敵に笑うミナではあったが、その心中に渦巻いているのはクラインやアスハへの憎しみではなく、矜持を傷つけられ、友を奪われたことによる怒りであった。

 逆襲の時はすぐそこまで迫っていた。

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あとがき。

メカ描写が得意ではないので(所詮腐女子)なぜだかこういう時、ギャグっぽくなってしまいます。
まあガンダム的論戦になるとなんとかシリアスっぽく持ち直せるんですが……すみません、トンデモ兵器考えるの楽しいです。まあすぐ壊れたけど。
種といえば全部乗せ、全部乗せといえばロウ・ギュール。そんな感じで今回のゲストはロウにしてみました。デスティニーフィンガー(?)もできて満足!

お題提供:Fortune Fate