シンが宇宙に戻った時、プラントは既にミハシラとの紛争状態となっていた。
ミハシラとサハク家が、メサイヤ戦役後に蔓延した海賊達を手駒に加えた私兵団となっており、宇宙の治安維持活動の一環としてのザフトの派遣であると公的には発表されていたが、プラント発のその情報はプラント人以外からしてみれば武力干渉でしかない。
プラントの、ひいては歌姫の騎士団の内部事情を探り、ラクス・クラインの神聖性を侵す邪魔な存在を秘密裏に消滅させようとしている。このたびの派兵はそう受け取られた。
「ラクス・クライン……いよいよ手段を選ばなくなってきたか!」
シンはそう吐き捨てると、怒りに満ちた眼差しをモニター越しの金色の機体に向けた。
「オーブ軍、それも将官まで担ぎ出してくるなんて……アンタはなんであの女にここまで協力するっ、ネオ!」
改修したシビリアンデスティニーから発射される手持ち式のビームライフルの光は、当然だがヤタノカガミ装甲に弾き返される。
牽制だ、それは分かってはいる。だが、隙を見せれば装甲の隙間を狙い撃ってくるかのような冷徹な射撃に、ムウ・ラ・フラガは舌を巻いた。
『坊主……俺はネオじゃない、ムウだ。俺には帰りを待ってくれてる女房と子供がいる。俺が帰らなきゃ、マリューと息子が悲しむ。こんなところでやられるわけにはいかねえんだよ!』
アカツキがビームサーベルを抜き放ち、シビリアンデスティニーに肉薄する。同時に、ドラグーンを起動し、シビリアンデスティニーを取り囲むように展開する。
オーブ代表の御座として造られたアカツキだが、現在それはドラグーンシステムを有効に使える人材としてムウが現在借り受けている形になる。それはそのまま、オーブ軍のフラッグシップとも言える機体だ。アカツキが動いているということはオーブ軍が動いているということに他ならない。
「虫のいい話だな、ネオ。ステラみたいな子供を使い潰しておいて、アンタ自身は何のおとがめもなくのうのうと暮らして結婚までしてっ! ステラたちを見殺しにして、俺の仲間を何人も殺して、自分は家族がいるから見逃せって!? そんな都合のいい話があるか!」
『言いたいことは分かる。ステラのことも、すまなかったと思ってる……俺はあの子たちを忘れたことはない』
「罪悪感が何になるっ!」
『ッ!』
「この5年間、幸せだったんだろ!? 幸せになることが罪滅ぼしだなんて、俺は絶対に認めない!」
数度の打ち合いの後、二機は再び距離を取る。ウェイト削減のため背部のウェポンラックを取り外したシビリアンデスティニーにとっては、遠距離での射撃戦は不利となるはずだが、シンは迷わなかった。
機体を止めることはしない。推進剤の消費による息切れの心配もよそに、一撃離脱に切り替えたのだ。
シンは目の前の男に、既に怒りも憎しみも通り越した擦り切れた感情しか持てなかった。5年前、ステラを返してどうなるか想像がつかなかったわけじゃない。それでも帰りたがっていたネオのもとへと彼女を返した行為はシンにとって後悔しか残さない結果となった。
そのことを今になってまだグダグダと言っている自分も許せなかったし、オーブの象徴に堂々と乗ってまるでボランティアにでも参加するかのような感覚で、曲がりなりにも自治が成り立っているミハシラに干渉してくる馬鹿な大人のことも理解できない。
「ネオ、アンタはステラたちのところへは行かせないし奥さんのところにも返さない。ザフトに協力してミハシラに不当な武力干渉をしかけたオーブ軍人として、一生を塀の中で過ごすんだ!」
シビリアンデスティニーが突進する。操られるままに繰り出されるドラグーンの十字砲火は、直線的な動きをするシンの操縦には致命的だとムウは確信した。しかし。
『なっ、速い!?』
一瞬だけ現れた光の翼。それが消えた時には、シビリアンデスティニーのビームサーベルがアカツキのコクピットすぐ横の装甲の継ぎ目に突き刺さっていた。
「アンタが遅いんだ」
光の消えた瞳で呟く。その次の瞬間には、シビリアンデスティニーは掌からの放電により、アカツキの電送系を完全に沈黙させていた。
これでオーブの援軍の士気はがた落ちだろう。あとはザフトを、そしてキラ・ヤマトをどうにかするだけだ。
だが、戦いながらシンはどこか違和感を覚えていた。
彼が相対したラクス・クラインという女は、全てをお膳立てされたレールの上を優雅に走りいつの間にか全てを手にしている、そういう女だった。彼女の前にはこの世のあらゆる勝利と栄光が約束されている。どんな障害も、ラクスの前では瞬く間に彼女に有利に捻じ曲げられる。
運命とも言える力。
シンはそれを、ラクスの周到すぎる準備と鋭すぎる先読みのなせる技だと思っていた。
だからどこか信じられない気持ちでいるのだ。こんな短絡的な戦いを、ラクスが何も考えずに仕掛けてくるなんて。
考えてもいなかった。
既に運命がラクスを見放しつつあったということなど。
──ターミナル。
「ジェス、ここはもう危ない。俺と来て……!?」
「お帰り、カイト」
カイトが部屋に戻ると、ベッドから抜け出し机に向かっているジェスの姿があった。
いまだ監禁状態にあり、さらに何者かに暴行を受けた心の傷に何の処置もされないままだったというのに、振り向いたジェスの瞳にはいつもの好奇心という名の生気が宿っていた。
「お前……何やって」
「ここで手に入れた情報をレポートにまとめていたんだ。いつどこで必要になるか分からないし、万が一のことがあっても記録は残る」
「…………」
カイトは言葉を失った。目の前の男は自分が思っているよりもよほど強い。
やがてレポートを全て持って支度を済ませたジェスが近づいてくると、そこでようやく呆れたような声で呟いた。
「ったく……お前は最高のジャーナリストバカだ」
「褒め言葉だと受け取っておくよ」
「だが好都合だ」
「え?」
早く連れて出ようと掴んだジェスの腕は僅かに震えていた。ああは言ったものの、やはり傷は癒されていないのだ。
「お前のことは俺が必ず守る。だから、お前はお前の戦いをして欲しい」
「俺の戦い……」
ジェスの戦いとはすなわち報道に他ならない。カイトはジェスのために、とんでもないスクープを用意してくれているのだ。
自然と表情が引き締まり、静かに頷くと、二人は格納庫へと急いだ。
レーゲンデュエルのコクピットは、二人で入るには少し狭かった。だが今はそんなことを気にしてはいられない。
ターミナルについてのスクープを持っているジェスは、ラクスにとっては外に出てほしくない存在である。それを連れ出すのだから、障害はあるに決まっている。
「カイト、脱出するのか?」
「いや、俺達の戦いの舞台はここだ」
「……?」
ジェスの問いに答えることなく、カイトは機体を発進させる。
だが行き先はミハシラではなく、アプリリウス1──ラクス・クラインの居るプラントの玉座だった。
---
あとがき。
カイジェスのターン!……のはずだったんですが、思いのほかシンVSネオに力入れすぎました。
思ったよりカイトがヤンデレなかったなぁ。ジェスも強いし……爽快感を優先した結果がこれだよ!
そしてクライマックスがまた一話延びそうです。次こそは!
お題提供:
Fortune Fate様