Novel

PHASE09 Castling

 ジェス・リブルは決して強い人間ではない。旺盛すぎる好奇心が恐怖を麻痺させているだけなのだ。
 それは今だって。

 突然のMSの襲来に、アプリリウスの警備は混乱を極めた。何せ本来ならばミハシラ討伐軍の一員として出払っていてしかるべき傭兵が現れたのだ。
『尻尾を出したね、ラクス様に仇なす不届き者が!』
 それでもプラント内に易々と王手をかけられるわけにはいかないと、ラクス直属の親衛隊──俗に『歌姫の騎士団』と称される機体が一機、レーゲンデュエルに立ちはだかった。
「あれは確か……」
 確認のために呟く声すら震えているのが分かる。MSに乗って戦場に飛び込んでいくなど、それこそ少し前まで普通にやっていた。それは兵士ではないジェスにとっては怖いことだという自覚はいつの間にか薄れてきていたのだ。
 ジェスは傍らにいるカイトの腕をぎゅっと握った。それに応えるように、カイトがちらりとジェスに目を向け、すぐに前面のモニターに戻す。
「ヒルダ・ハーケンか。親衛隊の最右翼だ。ラクス・クラインさえ絡まなきゃ結構いい女なんだがな」
『男のそういう物言いは反吐が出るんだよ! アンタはここであたしが消し飛ばしてやるよ!』
 黒い機体の単眼が光を放つ。ブォン、と独特の音を出すドム・トルーパーは、それ自体がターミナルの陰謀によってつくられた機体だった。
 デュランダル政権時代に、ターミナルはこれをラクスの直属の部隊専用機とするためにわざとコンペ落ちさせ、機体をデータごと根こそぎ奪ったのだ。
 プラントとザフトに対する裏切りの象徴のような機体だったが、ヒルダはラクスを守るためにと用意されたこのドムを心底気に入っていた。そのため、中のOSや武装などを最新のものにアップデートしこそすれ、外観には一切手を加えず5年間使い続けている。
 機体への愛着、という点で見ればカイトにも彼女の気持ちは理解できたが、その理由が自分が毛嫌いしているラクスへの崇拝とも言える忠誠心からくるものだということには全く賛同する気にはなれない。
「そんなにカリカリするなよ、そうヒステリックだから男にモテないのさ」
『余計なお世話だよ! あたしはラクス様さえいればいいのさ、男なんてこの世から滅ぼしてもいいくらいだ!』
「……狂信者め」
 カイトは表情を苦々しく歪めた。
 悪いがヒルダに付き合っている暇はない。ホバー移動でこちらへ向かってくるドムに対して、レーゲンデュエルの体勢を低く構える。
『はぁぁぁぁぁぁぁっ!』
 一瞬の交錯。カイトは手に持たせたサーベルでドムと切り結ぶことはしなかった。迎え撃つと見せかけて機体をくるりと反転させ、横合いからドムの足を払う。
『くっ……こんな手に!』
 重心のしっかりしたドムはそれだけではさすがに倒れない。だが隙は出来た。
 脇をすり抜けて、評議会議長の座す場所へと突っ込んで行く。もはや邪魔するものは誰もいない。
「待たせたな、ジェス」
「え?」
 ビームサーベルで壁の一部を切り開き、跳躍したレーゲンデュエルは、プラント評議会の会議室中央へと降り立った。その議長席に、この時代に彼女を知らぬ者はいないほどの人物が、たった一人で座っている。
 これが、カイトが用意したジェスへのプレゼント。
「ラクス・クラインへの単独独占インタビューだ」
 レーゲンデュエルのコクピットが開き、ジェスは直接ラクスと対面した。

 ジェスの姿を見たラクスは、一瞬だけ動揺の色を見せる。だがすぐにいつもの毅然とした態度を取り戻し、二人をきっと見据える。
「レーゲンデュエルは、ミハシラへ向かうよう命令が出ているはずですが……?」
「悪いが俺は今日限りザフトを退役する」
「ではなぜここへ来たのですか?」
「本来の仕事に戻っただけさ。世界一危なっかしいジャーナリストの護衛っていう、な」
 コクピットからワイヤーが下され、怪訝な表情を見せるラクスのすぐそばまでカメラを構えたジェスが近づいて行く。
 ラクスは動じなかった。議長席に座したまま、ジェスに向けられたカメラを睨み返す。
「現在、ザフトは作戦行動中です。質問は手短にお願いしますわ」
 頷いて、ジェスはこれまでにまとめたレポートの中からピックアップしたインタビュー項目を心の中で反芻し……それらを全部捨てた。
 自分が本当に知りたいこと、皆に知ってほしいことを聞こう。
「では、単刀直入に聞く。ラクスさん……あなたは、カーボンヒューマンなのか?」
「……………………はい」
 長い沈黙の後、ラクスは小さく、しかしはっきりと告げた。
「お察しの通り、わたくしはラクス・クラインのカーボンヒューマンです」
「いつから……」
「はっきりとは覚えておりません。オリジナルのラクスとしての記憶もありますから。ですが、わたくしの容姿は5年前とちっとも変っておりませんの」
 確かに、公称年齢23歳だと発表されてはいるが、今目の前にいるラクスは、まるで少女のような容姿を保ったままだ。彼女自身も、おそらくジェスと同じように違和感に気付いたきっかけがそれなのだろう。
 どうりで俺が狙われたわけだ。ジェスは内心納得する。
 憶測に過ぎないとはいえ、こんな重大なスクープに勘だけで辿りついてしまったら、警戒されるのも頷ける。
「もうひとつ、聞いていいか?」
「何でしょう?」
「キラ・ヤマトも……カーボンヒューマンなのか?」
「……! はい……」
 今度のラクスの答えは先程よりさらに力なく、小さかった。
「本物のキラは、7年前オーブ沖の戦いで、イージスと相討ちになり、戦死しました」
「待てよ……? 7年前といえば、ロウがオーブ領海内でストライクのパイロットを救出したと聞いたぞ!?」
「その方は嘘は言っていないと思います。しかし、その後わたくしのところに送られてきたキラは既にカーボンヒューマンでした」
 ラクスの声は震えている。運命だと確信した相手が自分のものになった時には既に偽物だったからだろうか。それとも、同じ境遇のキラを憐れんでいるのだろうか。
「つまり、ロウが助けてからプラントに渡るまでの間に、キラ・ヤマトはすり替えられていたってことか……?」
「おそらくはそうなのでしょう。あなたが一番知りたがっている組織によって」
「……ターミナル」
 物語の悪党の最後は饒舌だというが、ジェスはラクスのこの正直すぎる告白に僅かな違和感を抱いていた。
 もしかしたら、彼女はこのことを公表させるつもりではないか。自分にインタビューさせることによって、彼女の背後にあるターミナルを白日のもとに晒そうとしているのではないか。
 おそらく推理は当たっている。でなければ、あのラクス・クラインが信用していない人間をこんな懐深くまで近づけるはずがない。
 彼女もまた、反逆しようとしているのだ。この茶番劇の、いやすべての元凶に。

「さあ、もういいでしょう。わたくしが知るのはこのくらいです」
 ラクスの視線がカメラから外れて揺らいだ。同時に、ジェスは自分の隣に人の気配を感じる。
「カイト・マディガン、わたくしを殺してください。誰かに利用されることは、わたくしにとっては死よりも耐え難い屈辱です」
「それは、俺にしかできない仕事か?」
「そうです。サーカスの生き残りであるあなたは、ターミナルの被害者と言えますから」
 まるで断頭台に立たされた囚人のように、ラクスは静かに目を閉じた。
「カイト……」
 振り返ると、カイトと一瞬だけ視線が合う。彼の瞳は何も語ろうとはしていなかった。
 その代りに、カイトがジェスの肩を掴んだ。そのままレーゲンデュエルのコクピットまで引っ張って戻って行く。
「わっ……」
「行くぞ」
「なぜです? わたくしを殺さないのですか?」
「俺はパイロットであって、殺し屋ってわけじゃない。MSに乗っていない、しかも無抵抗の奴を殺せるほどいかれてるわけでもない。それに……」
 コクピットに戻ったカイトが答える。引いて戻ってきた時から触れ合ったままのジェスの腕はまだ僅かに震えていた。
「コイツの目の前で人殺しするのも気が引ける」
 カメラを収め、ジェスは自分の腕に置かれているカイトの手に自分の手を重ねた。
「……そうだな、俺もあんたはカイトに殺されるべき人間じゃないと思う」
「わたくしを許すというのですか?」
「そうじゃない。ただ、あんたを裁くのは俺やカイトじゃなく、プラントの人たちだ」
 コクピットの中でゆっくりと首を振る。
 レーゲンデュエルの望遠カメラで映し出されたラクスの表情は、なぜだか焦っているように見えた。
「それでは意味がないのです。あなた方のような人でなければ! 今プラントにいる方々は、わたくしの声に──」
『ラクス様──ッ!』
 そこでラクスの声は遮られた。会議場の壁を破って強引に入り込んできた、一機のMSによって。
「ドム・トルーパー!」
『マディガン! 貴様、よくもラクス様の玉座の前に土足で入り込んでくれたね!』
 汚らわしい、ヒルダが吐き捨てる。彼女には許せなかった。敬愛するラクスに大嫌いな男が近づくこと、そのものが。
 ヒルダはカイトからラクスを庇うように機体を割り込ませる。破壊箇所が増大した会議場の中央にあった円卓も、ドムのホバー移動の犠牲になりほぼ跡形もなく踏み潰されていた。
「あの女狐……コロニーの中でもお構いなしか!」
 レーゲンデュエルのビームを消していたサーベルを構え、再びエネルギーを送り込む。同時にヒルダもビームサーベルを抜き、もう片方の手でギガランチャーを構える。
『死ねぇっ!』
「ちっ……」
「きゃぁっ!」
 ドムが急速接近する。頭に血が上っていたヒルダは、この時スラスターの衝撃をまともに食らい、ラクスが吹き飛ばされ床に倒れたことに気付かなかった。



 ──プラント宙域。

 ミハシラ防衛戦はどうにか成功の兆しを見せ、ザフトは撤退していった。
 諦めたわけではない。最強の駒を送り出すためだ。
 だが、そのことを既に読んでいた一機のシビリアンアストレイのカスタム機が、『それ』が出てくる地点へと一直線に向かっていた。

『シン! どうして君は!』
 予想もしなかった待ち伏せに、キラは驚きの声を上げた。
 向かってきているのはシン・アスカ。和解したと思っていた少年は、いつの間にか自分の前から消えて再び敵として立ち塞がって来たのだ。
 ストライクフリーダムの全砲門とスーパードラグーンを全てシビリアンデスティニーに集中させる。必殺の射撃だと確信したそれは、しかしいとも簡単に回避された。
「もうやめろ、キラ! アンタ、自分が弱くなってるって気付いてないのかよ!?」
『何を! 僕はラクスに剣を託されたんだ! この力を……っ!?』
 キラの根拠のない主張を、シンは不規則な回避行動を取り続けながら聞き流していた。
 このキラは知らない。フリーダムは息子をキラ自身に殺され復讐に身を委ねた父親が、禁断とされた核エンジンを搭載したものだということも。
 今乗っているストライクフリーダムが、休戦中にラクス・クラインが自らが覇権を握るためにザフトからデータを盗み出し、痕跡をすべて破壊したことにより造られたということも。
 彼は知らない。彼自身開発に協力したというのに、その力の真の意味を。軍でもない一介の個人が戦争に横槍を入れるために開発した忌むべき兵器だということを、気付いていないのだ。

 ストライクフリーダムがバレバレの構えを取る。全部の武装を前面に展開した、隙だらけの発射体制。
 マルチロックオンを完了させる隙を与えず、シンは機体を上下反転させキラの足下を通って射線から外れた。
『!?』
「フルバーストの構えを取れば、誰もが止まってくれると思うなよ」
 何もない空間を光の奔流が通り過ぎていく。呆然とそれを見つめるしかできないキラの耳に、どこか落胆したようなシンの声が届いた。
「まだザフトにいたころ、ストライクの戦闘データを見たことがある。その時のアンタは、もっと強かった」
『え……? 何を……何を言ってるんだ、シン!?』
「聞けよ!」
 ここでシンはいったん攻めの手を休め、通信回線を切り替えた。
 ジェスはラクスへのインタビューを、ひそかに周辺宙域に実況中継していたのだ。あらかじめレーゲンデュエルに仕込んであったそのライブ通信をシビリアンデスティニーが拾い、オープンチャンネルでキラに聞かせる。
 幸い、ストライクフリーダムのNJCのおかげで、電波障害も何もなく、ジェスとラクスの音声がクリアに聞こえてきた。

 『キラ・ヤマトも……カーボンヒューマンなのか?』
 『はい……本物のキラは、7年前オーブ沖の戦いで、イージスと相討ちになり、戦死しました』

「この声は……ジェス、それに」
『……ラクス!?』
 キラは信じられないといった表情で放送を聞いていた。
「分かったか? アンタが前より弱いと感じたのは俺の勘違いじゃない。ストライクに乗っていたキラ・ヤマトと今のアンタは別人なんだ!」
『なっ、何言ってるんだ! 僕は僕だ! だからこんな……』
「そうだ、アンタはアンタだ」
『シン!』
「でも、ストライクのキラじゃない……俺の家族を殺したのも、たぶんアンタじゃない」
 言い捨てて、シビリアンデスティニーがストライクフリーダムを蹴って離れた。
 先程の通信は、自分の他にもミハシラや傭兵、ジャンク屋などがそれぞれに受信し、世界に広めてくれるだろう。もしそうならなくても、シンが今一番殺したい相手の特定はできた。
 ならもう、さっさと戦いを終わらせるべきだ。
 再びシビリアンデスティニーの眼に、闘志が灯った。


 そうしてラクスへのインタビューが終わり、再び会議場での戦いが始まっていた。
 レーゲンデュエルは、ドムの脚部を徹底的に狙っていた。
 双方ビーム兵器は装備しており、VPS装甲によるアドバンテージはないと言っていい。それなら、スクリーミングニンバスにより防御力の高いコクピット回りを無理に狙うよりも、脚を破壊してバランスを崩す方がいいとカイトは判断したのだ。
 キラにも通じるえげつない戦い方ではあったが仕方ない。それに疑似重力のあるプラント内の戦闘では、相手を転倒させるのは有効な手段でもある。
 だがカイトにとって、そして彼女を守ろうとしていたヒルダにとっても誤算があった。
『ら、ラクス様ぁぁぁぁぁ! お退きください!!』
 執拗な攻撃により、ついにバランスを崩したドムが巨体を転倒させる……そのすぐ下に、ラクス・クラインがまだ逃げずにうずくまっていたことだ。
 さらに追い打ちをかけるように、防御行動のとれないドムのコクピットにビームサーベルが突き刺され、小さく爆発が起こる。
「潮時、ということなのでしょうね……」
 自らにかかるMSの影に逃げることも慌てることもなく、ラクスは蒼白に染めた顔でそれを見上げ、やがて目を閉じた。

 それと同時刻。

 ミハシラとプラント、その代表者同士の戦いも、そろそろ幕を閉じようとしていた。
 シンの乗るシビリアンデスティニーは、長時間の運用による疲労もものともせず、圧倒的性能差のストライクフリーダムを果敢に攻め続ける。
 だが一方のキラは、先程のインタビューのショックにまともに機体を動かすこともできずにいた。
「終わりだ、キラ・ヤマト」
 あちこちガタがきて、静かに壊れゆくシビリアンデスティニー。新たにつけてもらった肩部のビームサーベルの最後の一本を引き抜く。
 ふっと目の光が消え失せ、シンはそれ以上の言葉もなくストライクフリーダムのコクピットを串刺しにした。
 いくらフレームをPS装甲で強化していても、もとは分割装甲を採用し機動性を確保したもろい機体だ。
 そして今までぬるま湯に浸かりきって腕が鈍ったうえ、動揺して動きの止まったキラなど、傭兵として修羅場を潜り抜けてきたシンの敵ではない。
『ラクス……そんな、僕は……』
 最後まで自分が信じたラクス・クラインの言葉を求めながら、キラ・ヤマトのカーボンヒューマンはストライクフリーダムと共に閃光に消えた。


 平和の歌姫と呼ばれたプラント評議会永世議長、後世には稀代の悪女として伝えられるラクス・クライン。
 コズミック・イラの聖剣伝説と称されたザフト軍総司令、そして最凶最悪のテロリストとしてその力を利用された悲劇の連合少尉キラ・ヤマト。
 運命のように惹かれあった二人は、最期の刻もまた同時であった。
 例えそれが、本物の二人ではなかったとしても──

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あとがき。

とりあえずキララクも片付きましたー。だが死んでもただでは済まないのがラクスだった!キラはおまけ。
実はラクスに関しては、ヘイト的にフルボッコするよりも、悪役としてかっこよく散ってくれた方が好み……というか絶対そっちの方が面白かったよ種死は!
いよいよ次はエピローグと決着です。真の黒幕も……もう分かるよね、これ真っ黒だよね(笑)
あと個人的には、ガチレz……もとい、狂信者……いやいや、ヒルダもぶっ潰せたので満足だ!

お題提供:Fortune Fate