Novel

EPILOGUE Checkmate

 コズミック・イラ78某日。
 オーブ領内のとある小島で、一人の男の死体が発見された。

 男はオーブを中心に活動していた宗教家で、連合とプラントの双方から信頼を寄せられていたという奇跡のような人物だった。
 だか彼の死と同時に、その奇跡の種明かしがなされることになる。



 ──数日前、オーブ。


「まさかあなたに来ていただけるとは思いませんでした。シン・アスカ」
 さびれた教会のような建物は、マルキオが有志で戦災孤児を引き取って育てている施設も兼ねていた。シンはその小さな応接室に通され、目の前に置かれたティーカップから視線を前に座る男へと移した。
「アンタが探している人物……その条件に俺も当てはまると聞いた。詳しく知りたい」
「喜んで」
 盲目の導師が相好を崩す。彼は目が見えないが、こちらの行動は筒抜けになっているような錯覚を起こさせる雰囲気を持っていた。
 そして男は語り始めた。かつて学会で物議をかもした、人類の進化の種──SEEDのことを。
 曰く、頭の中で種が弾けた感覚が起こり、急に物事を冷静に見られるようになり、普段以上の能力を発揮する。それは現状、戦場でもっとも分かりやすく力を示している。シンにも覚えがあった。
 彼の話は、そのSEEDを持つ者こそが世界を総べるべきである、という彼の持論で締めくくられた。

 話を一通り聞いて、シンは一つ頷いて見せる。
「アンタがオーブにいる理由が分かった」
 何のことかと首を傾げるマルキオ。シンは皮肉めいた口調をやめない。
「そのSEEDってやつを持ってる人間のそばにいるんだろう。キラもラクスも駄目になった。アスランは最初から駄目だ……残りはアスハだ。あいつは馬鹿だが、人気はあるから神輿にはぴったりだものな。だからアンタは今もオーブにいる」
「アスハ代表は真に世を憂えるお方です。そしてその傍らには、あなたのような戦士が必要だ」
「俺が? アスハの? 冗談だろ」
「いいえ、冗談などではありません。シン・アスカ、あなたこそがSEEDを持つ者……これからの世界を導いていくべき方」
「それで、アンタはそれを上から見るのか?」
「……何のことです?」
「とぼけるなよ。カーボンヒューマンを使ってまでキラとラクスを世界の支配者に仕立て上げようとして、そのことが明るみに出てもう使えなくなったから、今度は俺を利用しようってんだろ!」
 はじかれたように叫ぶと、シンが懐から腕を抜いた。手の中に構えられた銃がマルキオの眉間にぴたりと照準を定めている。
 それを悟ったのか、マルキオの表情が僅かに歪んだ。
「シン・アスカ、馬鹿な真似はおやめなさい」
「へえ、分かるのか? 銃突きつけられてるって」
「私に向けられる悪意などすぐに分かりますよ。SEEDを持つ者よ、あなたこそがこの世界を……」
 言葉の続きを銃声が遮った。続いて、人が倒れる鈍い音がする。
 シンは苦い顔をして銃をしまった。たった今、自分が殺した男を見下ろす。
 まさか本当に撃つとは思っていなかったのだろう、マルキオの死に顔は先程と変わらぬ少し歪んだ無表情のままだ。
 少しだけ哀れに思い、呟く。
「アスハは今回のことに責任を感じて代表を辞任した。アンタの目論みは、もう完全に潰れていたんだ」

 ここに、ターミナルを操りラクス・クラインを利用して世界を裏で操作しようとした男の野望は終わりを告げた。
 一人の傭兵に、任務外のただの人殺しをさせたこととひきかえに。



 マルキオの死体があがったその翌日。

「俺、大切な人を……守りたかった、だけだったのにな……どこで間違ったんだろ……? なあ、マユ……?」
 シンは慰霊碑に来ていた。
 71年のオーブ戦で失われた命が祀られているのだというそれには、自分の家族のことも含まれているのだろうか。
 既に完了したはずの避難。それに間に合わず、あっけなく散っていった彼らのことは。

 疲れた。
 現在シンの思考を支配しているのは、その感覚だけだった。
 復讐は終わった。ターミナルの所業は暴かれる。プラントはいずれラクス・クライン政権のツケを払わされる。オーブは……オーブは、もうどうでもいい。
 ただ疲れた。このまま殺人罪で捕まってもいい。慰霊碑にもたれかかったシンの体は、次第にずり落ちていく。
 そして静かに目を閉じようとした彼の目に、鮮やかなワインレッドのショートヘアが現れた。

「ルナ……マリ、ア」
「…………」
 どこかばつが悪そうに視線をそらし気味に、ルナマリアのカーボンヒューマンがシンの横に立った。
 しばしの沈黙の後、ぽつぽつと彼女が話し出すのを、シンは黙って聞いていた。
「ミネルバ隊……また、なくなっちゃった。当然よね……あたし達、とっくに死んでるんですもの。死んだはずの人間がザフトの一部隊なんて、おかしいもんね……」
「…………」
「ねえ、シン。あたしのもとになった人って、どんな人だったんだろ? って、そんなこと知ってもどうにもならないよね、あたしがその人の体を奪っちゃったんだから」
 ルナマリアの言葉は罪悪感に満ちていた。本人に自覚がないにせよ、カーボンヒューマンには死人の情報を移す前の、別の人間だった時があるのだから無理もない話ではあるが。
「シン、あたし……」
「…………ダメだ!」
「えっ?」
 横から伸ばされた手を咄嗟に避け、シンは立ち上がった。呆気にとられた表情のルナマリアが見上げてくるのを、頭を振って拒絶する。
「ダメだ。俺はメイリンを……ルナの妹を殺したんだ」
「え……? 嘘よ、そんなの。だってメイリンは生きてるじゃない。あたしと違って、エターナルに助けられて、オーブに移り住んで……」
「アスランがミネルバを脱走した時、デスティニーにコクピットを貫かれてアスランが大怪我をしたのに、メイリンはほぼ無傷だったらしい。そんなのって信じられるか?」
 その事実に思い至り、ルナマリアが顔を蒼白に染める。
「! まさか、メイリンも……」
「そうだ。今いるメイリンはルナと同じ、カーボンヒューマンだ。本物は……俺が殺した」
「そんな……そんなことって……!」
ルナマリアの膝から力が抜けていく。へたり込むようにして座るルナマリアを背に、シンは歩き出した。
「待って!」
 しかし立ち去ろうとするシンの背中に、彼を行かせまいとあらん限りの声で叫ぶ。
「それでも……それでも、あたしにはもう、シンしかいないの!」
 不安定な足音がして、力の入らない女の手がシンに追いすがった。あまりの悲痛な叫びに思わず立ち止まると、ルナマリアが背中からぎゅっと体を抱きしめてくるのが分かる。
「お願い、シン……」
「ルナ……」
 かすれた女の声に、かつてルナマリアではなかったはずの人のぬくもりに、シンはしばらく立ち尽くしていた。



 ほぼ全てのコーディネイターには、服従遺伝子というものが発現している。
 おそらく元々は、ジョージ・グレンが彼を創り出した何者かに従うようにするためのものだったのだろう。
 だが今それは、その意味を大きく違えて使われている。
 ソキウス・シリーズに適応された、ナチュラルに従うという作用もあるが、それよりも致命的な使用法である。
 ラクス・クラインの歌声には、コーディネイターを魅了する力がある、と言われている。
 プラントのコーディネイター達は、暇さえあればラクスの歌を聴き、ラクスの願いを叶えたいと思ってしまう。
 シーゲル・クラインが、コーディネイターの持つ服従遺伝子を、娘の歌声を使って作用させようとしたためである。
 そして彼の目論みは成功し、ラクス・クラインはプラントの歌姫となった──


 事件から少し経った。

 カイトはジェスのまとめたターミナル保有の資料を読んでいた。いや、ジェスに読まされていると言った方が正しいかもしれない。
「なんで俺が読まなきゃいけないんだ」
 時折そんな文句が呟かれる。普段なら笑って「まあいいじゃないか」などと宥めるジェスは、今日に限ってごく真剣な表情をしていた。
「これはお前に必要なことだ、カイト」
「これの何が」
「いいから、読め!」
 言われて渋々、再びその資料に視線を落とす。
 シーゲル・クラインがこの服従遺伝子を利用したプラント市民の操作を目論んでいたこと、コーディネイターの女王となるべき娘を創り出すためにターミナルやファクトリーを使い、様々な工作を行っていたこと、そうして生まれたのが時代の寵児、歌姫ラクス・クラインであること。
 それとは反対に、ギルバート・デュランダルが、たまたま服従遺伝子が表にあらわれなかった者やその効果の薄い者を集めてミネルバ隊を編成したこと。
 資料にはそんなことなどがいくつも書かれていた。

 胸糞の悪くなる野望の書を読み終えると、今度はジェスが別の紙束を差し出してくる。
「病院の資料?」
「そこの、カイトの生年のを見てくれ」
 そこにはとある産婦人科で生まれた赤子の記録があった。カイトの表情はますます険しくなる。
『両親の望む外見的形質を持たせられなかったため、親権を放棄』──赤子の名前こそ抹消されているものの、これは紛れもない、自分自身のことだろう。
「いい加減にしろジェス、こんなものを見せて……!」
「それがターミナルによって改竄された後の記述。こっちがその前のだ」
 眼前に突き付けられた別の紙をいったん振り払い、改めて手に取ってみる。改竄される前の記述を見て、カイトは驚愕した。
『服従遺伝子の未発現』それが、カイトが両親から引き離される本当の原因だったのだ。
 おそらく新生児の時期に偶然見つかったのだろう。これから生まれるプラントの女王蜂の歌声が効果を及ぼさない、クラインにとっては邪魔でしかないカイトのその特性。
 これさえなければ、カイトは両親のもとで暮らしていけただろう。ただし、ラクスへの熱狂的な忠誠心と引き換えに。
 別の資料にはこうも書いてあった。『先天性の遺伝病が発見され、間もなく死亡した』と。
 三つとも全てバラバラの事が書かれている。ジェスの見立てでは、おそらく服従遺伝子の未発現がカイトの真実なのだろう。だが病院はそれを隠し、カイトの両親に息子を諦めさせるために二重に虚偽を働いたのだ、と。

 その後のことはカイトもよく覚えている。物心つく前に戦闘員養成組織に売られ、親の顔も知らず戦い方ばかり教わってきた。
 そうだったのだ。自分は捨てられたわけではなかったのか。無理やり引き裂かれただけだったのか。
 それだけでも、僅かだがこれまでの人生は報われたかもしれない。心の中にずっとかかっていた靄が晴れていく気がした。
 最後に、ジェスは一枚の写真を見せた。それはプラントの共同墓地の一角にある、幼くして失われた命を弔うための石碑。
 綺麗に掃除され、手入れの行き届いた墓地には様々な花が飾られている。
「ちょうどここで、ずっと前に、生まれたばかりの子を亡くした夫婦に会ってな。その子の名前……お前と同じで、カイトっていうそうだ」
「……!」
「お前はちゃんと愛されていたんだよ、カイト」
 そう言ってジェスが真正面からカイトを見上げる。ジェスは微笑んでいた。
 ただの偶然かもしれない。実際、こんなのは出来すぎている。だがそれでも、カイトはこの結末に確かな救いを感じていた。


(ありがとうな、ジェス。やっぱりお前が、俺の必要としていた奴だったんだ)
 そう言いたかったが言葉にならず、カイトは資料をばさりと床に落とすと、その手でジェスを抱きしめていた。

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あとがき。

このエピローグは、

・マルキオは殺しとかないとヤバイ
・シンルナはちょっぴりビター
・カイジェスはというかカイトは超ハッピーエンド

以上三本でお送りしました。この最後のジェスの台詞が書きたいがためにここまできたんだ!そのためにカイトの出生を捏造までしたんだ!
ともかく、遅くなりましたが最後までお付き合いいただきありがとうございました。
種死の戦後捏造は実はいっぱいアイデアがあるので、また書くかもしれません(笑)あ、でも幸せなシンルナはぜひスパロボUXでどうぞ。
お題提供:Fortune Fate