Novel

strawberry eyes

 今しがた、手渡された苺のパックを見つめてシンが呟いた言葉に、苺好きだったか、と問おうとしたが、それは次に続く台詞によりとどめられる。
「天然の苺だ」
 感動したように言うシンの目は、明らかに珍しいものを見る目つきで。
 何がそんなに珍しいのかと、アスラン・ザラは首を傾げた。
「お土産にと思って買ってきたんだが……苺、好きなのか?」
「特に大好物ってわけじゃないですけど……」
 ようやくシンの視線が手元の苺からアスランへと移された。はめ込まれた赤い双眸を見て、アスランはようやくこの苺を買った理由を思い出した。
 プラントでも珍しい天然ものの苺の瑞々しさは、精彩を放つ少年の赤い瞳によく似ていたのだ。
 その赤色は、今はこちらをじっと見ている。
「よく買えたなって思って。まだ全然品薄でしょ、フルーツなんて」
「そうなのか?」
 短い返答に、きっとシンの目つきがきつくなった。
「アンタん家は元々金持ちだし、上手く勝ち馬に乗り続けてたから、流通があるだけです。普通はこんなの買えませんよ……プラントじゃあ、特に」
「……それは」
 言葉を失う。

 プラントの食糧事情については、アスランも知っているつもりだった。母親は農業に携わる人で、そこで起きた悲劇も決して忘れることはできないのだから。
 しかし、そんなことがあったにもかかわらず、もうすぐ生まれて19年を迎えようとするこの男はいまだ衣食住に困った覚えが無い。
 プラントを亡命していた時期ですら、オーブの国家元首に重用されて、コネでいい生活が出来ていたくらいだ。
 そんな彼にとっては、世界の食糧難のことなどまるで別世界の出来事だったのだ。
 アスランはすぐに頭を下げた。それは僅かだったが、彼に向かって俯くように。
「すまなかった、シン。無神経なことを言った」
「別に、謝ってほしいわけじゃありません。同情もいらない……俺はただ、アンタにも危機感を持って欲しかっただけで」
 この世界への。言外にシンがそう訴えているような気がして、アスランははっとする。
(まだ俺にも期待をかけてくれているということだろうか)
 裏切った身を。裏切った上に、オーブにいながら再びプラントにすら足を運んで正義面しているこの身を。
 戦争は終わったが、世界は平和とは程遠い。そのことに、キラやラクスは気付いていないふしすらある。あるいは、敢えて見ないふりをしているのか──……

 アスランがそんないつもの思案のループに陥りかけた時だった。
「いいから、これ、食いましょうよ」
「え、あ」
 気がついた時には、シンは既に苺のパックの包装をといており、その中でもひときわ瑞々しく輝く一粒を二本の指で取りあげて、まさに口へと運ぼうとする所だった。
「行儀が悪いぞ、シン」
「……いいじゃないですか、別に。俺にくれたんでしょ」
 咎めるような物言いが気に食わなかったのか、シンはややむすっとしてそのまま苺を放り込む。指先で器用にヘタを千切る際に、少しだけ実の部分に爪の先が食い込んで、アスランはそこで思わずいかがわしい事を思い出してしまう。
 普段なら、シンが何か自分に反論してきた時には(正論か感情論かはさておき)一言返さずにはいられないのがアスランなのだが、間抜けな表情で黙ってしまったのを不思議に思ったのかシンはいったん、食べる手を止めてアスランをじっと見た。
「食べない……んです、か?」
「いや、俺は……」
 シンの疑問に中途半端に口を開くと、アスランは手を伸ばして、目の前の二つの赤い光を宿す白い肌に触れさせた。

「?」
「俺は、この二つでいい」
「な……あ、アスラン……!」
 驚き、赤い双眸をさらに大きくするシンにふっと微笑むと、アスランはそのすぐ横、目尻のあたりに唇を寄せた。
 最後に取っておいた好物を(アスランは本当に好物を最後まで取っておくタイプだ)大事に大事に、少しずつ食べていくかのように、睫毛の生え際に沿って舌を添えて、味わうように。
 痛みと反射で、シンが目を閉じてしまわない、ギリギリの所を探るように。

 まだまだ世界は困難に満ちているけれど、とりあえず今は、この新鮮な赤い宝石を味わった。

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あとがき。

すげー久しぶりにアスシン書きました。しかも目にキスとか、微妙にマニアック(笑)
でもこれ、私が書いたアスシン話としてはおとなしい方なんだぜ……
シンタンの目は赤くて綺麗で食べちゃいたいくらいだよ! そうなんだよ!