オレの名はジェス・リブル。フリーのフォト・ジャーナリストだ。
今回オレは、プラント推薦のジャーナリスト兼ジャンク屋組合条約監視委員として、ここ、アーモリーワンへと取材にやって来ている。
じき公開となるザフトの新型兵器(まだ許可が出ていないので、詳しくは言えないが……)は、技術、威力共に目を見張るものがあった。
そして今日は、その新型のMSのおもだったテストも無いという。
オレはこの機会に、新型を預かることになるパイロットの取材を試みた……
「……よろしく、お願いします」
案内された部屋へとやってきた少年は、俺の方を向き、ぎこちなく頭を下げる。
赤い制服に身を包んだその姿は、まだ若い……いや、幼いとさえ言える。
地球では彼くらいの年齢の人間は、一般に『子供』と称される。
だが口元を引いた彼の表情と、赤く燃えるような目は、確かに戦士のものだと思わせた。
彼の名はシン・アスカ。
ZGMF-X56Sインパルスのパイロット。
パイロットの取材をすることにしたのはいいのだが、実は正式に決まったパイロットはシンだけで、他の者はテストパイロットだ。
コートニーもリーカたちも、これから先機体を正式に預かるつもりは、どうやらないようだった。
唯一、アビスのテストパイロット、マーレ・ストロードは、正パイロットになることを目指していたようだが、彼はオレ……というか、ナチュラルを嫌っているらしく、取材に応じてはもらえなかった。
なので今回は、シン・アスカのみのインタビューとなったわけである。
そういうわけで、話は元に戻る。
『子供』……それが、シン・アスカを初めて見た時の正直なオレの感想だった。
オレは嘘が嫌いだというそれ以前の問題として、そもそも嘘をつくことが出来ない性格だ。だからその時も、思ったことが素直に口に出てしまった。
「しかし……ずいぶんと若いんだな。正式なパイロットだっていうから、もっと大人なのかと思っていたけど」
なんの気なしのその言葉に、シンの形のいい眉が跳ね上がる。
「俺は子供じゃない! アカデミーだってちゃんと卒業した、プラントじゃあ成人として扱われている!」
噛み付くような口ぶりだったが、声質そのものはまっすぐで澱みの無い、信念を感じさせるものだった。
オレの視線を「まっすぐすぎる」と評価する奴もいたが、そんなものよりよっぽど一本筋の通ったシンの声。
それと同じまっすぐな視線がオレを射抜いていた。
「すまない!」オレはすぐに頭を下げた。
「人を見かけで判断するなんて、ジャーナリストとしてはやってはいけないことだった」
すぐ頭上から、シンのうろたえたような声が聞こえてきた。さっきの大声とは大違いだ。
「いや、そんな……俺もよくガキっぽいとか言われるし……」
オレはいつも、自分の目で見たモノを信じる。
だからシン・アスカを初めて見た時に『若すぎる』と思ったのも事実だ。オレは思ったことを隠すことが出来ない。
だがそれと同じように、オレが見てきたこと。オレが取材した光景。彼の操縦技術は一定の水準……いや、それ以上だ。
カイトやコートニーにも決してひけを取ってはいない。そう、彼はれっきとした正式パイロット……戦士なのだ。
顔を上げてみると、眉尻を下げておろおろしているシンがいた。
人から頭を下げられることに、慣れてないからだろうか。
視線がかち合い、思わずどちらともなく吹き出してしまっていた。
まずは落ち着くために、テーブルの上にあった水差しを取り、プラスチック製のカップに注ぐとそれを一気に飲む。シンにも同じものを勧めた(こんなものしか無いのは少し申し訳なかったが、まあ、無いのだから仕方がない)。
お互い喉の渇きが癒されてから、何秒も経たないうちに、オレは気を取り直し、カメラを向ける。
「それじゃ、早速話を聞こうか……えーと、まずはパイロットの目から見たインパルスの……」
そうして取材は順調に進んでいった。
シンの意見は、当事者であるパイロットとして非常にストレートなものだった。
彼はプラント生まれではなく、元々は地球育ちだそうだが、戦争で家族を失い、宇宙へと上がったそうだ。
ザフトに入ったのは、もうそんな思いをする人が出てこないようにするため……それは、考えようによっては、とても脆くて、危うい理由だ。オレの頭の中に『敵討ち』だとか、『自己犠牲精神』などの言葉が浮かんだ。
だがオレはそれと同時に、何とか平和を維持していこうという彼の強い意思も感じ取った。
パイロットの人間性も、MSを宣伝する際の材料となる。このシンという少年が強い信念を持ってインパルスに乗っていることを知れば、平和を望む人々も安心できるし、より強い抑止力にもなるだろう。
彼ならきっと大丈夫だ。
オレは早くこのことを記事にしたくてたまらなくなった。
が、そうはうまくいかないもので。
事の発端は、オレがとある質問をしたことだった。
「ところで、パイロットとして尊敬する人物は誰かいるのか? あ、目標とか、憧れている人でもいいんだけど」
シンはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると、
「……アスラン・ザラ……かな」
そう小さく告げた(少し照れていたように見えたが…その理由は今回の取材には関係無さそうだったので、聞くのは断念した)。
アスラン・ザラといえば、ザフトのトップエリートだった男だ。オレでも知っている。
だが、前大戦時、新型MSジャスティスを奪いザフトを逃走……現在は行方不明、となっている。
「確かに、オレもそいつのことは気になってはいるな」
彼が何故ザフトを抜け出したのか?
現在はどこにいるのか?
それらが分かれば、きっとすごいスクープになるだろう。
「どこにいるんだろうな」
独り言のつもりだったオレの呟きは、どうやらバッチリ聞こえていたようだ。
「あの人が軍を抜けたのは、きっと何か、理由があってのことだと思う……あの人も、元々家族を失って軍に入ったって聞いたし、そんな人が理由も無く脱走なんて、するはずが無い」
控えめな声量だったが、その言葉には確固としたものがある。
ああそうか、とオレは一人で頷いた。
シンが会ったことも無いような人のことをそこまで信じられるのは、その過去を知っているからだ。
そんな二人の対談をこの目で見てみたい、と思うと、自然にオレ顔をほころばせていた。
「会ってみたいか?」
「うーん……そりゃあ、できるもんなら」
「そうか」
あっさり認めるシン。ますます楽しくなってくる。
「会えるといいなっ!」
「べっ、別にそこまで会いたいわけじゃ……!」
シンはなぜか真っ赤になって手をぶんぶんと振ってみせる。
何だ? 何をそんなに焦っているんだろう。取材に関係ないことのはずなのに、オレの中の野次馬が騒いで仕方がない。
「どうしたんだ、シン? 顔が赤いぞ?」
「あ、赤くなんてなってな……!!」
オレの言葉に余計焦ったシンは、さらに手を振り回しながら後ずさる。
彼の肘が、置いたままにしておいたテーブルの上の水差しに当たるのを、オレは止めることが出来なかった(そりゃそうだ、咄嗟のことだったし、何より死角だったのだから)。
バシャッ!!
そんな音と共に、勢い良くテーブルの上に水がぶちまけられる。
オレはシンが盾になっていたおかげで被害を被ることはなかったが、問題はシンの方だった。
「うわ……」
「おいおい、大丈夫か? 早く乾かさないと風邪を……」
そう、彼は思い切り水をかぶってしまったのだ。誇り高きザフトレッドの制服が、見るも無惨なびしょ濡れになっている。
水もしたたるいい男……などと冗談を言っている状況じゃない。オレは手早くタオルを出してシンに渡してやったが、それだけじゃとても乾きそうにない。
「そうだ!!」
不思議がるシンを尻目に、ぽんと手を叩く。
「アウトフレームには、風呂がついてるんだ!」
「……え?」
オレの愛機、アストレイアウトフレームには、バックホームという居住スペースが取り付けられている。トイレバスキッチン付きで、中で三人も生活できるスグレモノだ。
早速シンの手を引き、風呂へと案内しようとする。
「い、いいよ別に……コーディネイターは、このくらいじゃ風邪なんか引かないんだ」
「でも、寒いだろ? 服が乾くまでゆっくり風呂に浸かってようぜ」
「〜〜〜……」
渋るシンを何とか説得し、バックホームまで引きずるようにして連れて行く。
まあ、インパルスのパイロットであるシンにとって、シルエットまで装備できるアウトフレームに興味もあったのだろう。それに、純粋な好奇心もあるみたいだった。
「……凄い、ホントに風呂がある……」
バックホームの三階まで上る。8がやったのか、湯船には既にいい湯加減で湯が張ってあった。
驚いた(というか、呆れた……と言った方がいいかもしれない)様子でその様子を眺めるシンの背中を押して、オレも一緒に三階に入り込む。
そう言えば、オレも今日は風呂がまだだった。目の前にある湯気の立つバスタブを見ると、なんとも言えない気持ちになってくる。
「……って、アンタも入るの!?」
「んー?」
ジャケットを脱いで入浴の準備をしようとしたオレを見咎め、シンがびっくりして声を上げた。
プラントには、皆で一緒に風呂に入る習慣がないのだろうか? 確か、オーブにはあったはずなんだが……
「大丈夫だ、二人くらい入れるし」
「そういう問題じゃなくって……まあ、いいか」
しばらくの逡巡の後、シンも上着を脱ぎ始めた。やはり濡れた制服そのままでは気持ちが悪いのだろう。
まあこれも、付き合いというやつだ。
それに、こういうリラックスできる場面でこそ、人の本音というのは出て来るものだ……そう、オレは風呂の中で、シンのいまだ隠された本音を聞き出せやしないかと目論んでいたわけだ。
インタビューの内容を頭の中で確認し、よし、と一人頷く。
そのせっかくの中身が全部吹っ飛んでしまったのは、現れた三人目の激しくドアを開ける音だった。
「おい、野次馬バカ。勝手にアウトフレームに他人を乗せるんじゃない」
「え?」
「カイト! いつ帰って来たんだ?」
二人して振り向くと、スーツ姿の伊達男(自称)。はっきり言って、風呂にはあまり似つかわしくない格好だ。
彼の名はカイト・マディガン。プロのモビルスーツパイロット……そして今はオレの護衛としてプラントに付いて来ている身。
カイトはなかなかにシビアな性格をしている。オレを守るために、オレの乗機であるアウトフレームに人が近づくのもとても警戒している。
なにせ、セトナのような女の子まで警戒して厳しい態度を取ったりするくらいだ。
シンほどのパイロットが相手ならなおさらかもしれない。
だが、今は取材中、これはオレの領分だ。
風呂に入るのは単なるアクシデントのためだ。
俺はカイトに、その旨を伝えて邪魔しないように釘を刺すことにした。
「そう警戒するなって。ただの裸の付き合いだよ、な、シン?」
「え……まあ……」
制服の上着を手に持ったまま、シンはこくりと頷く。
が、カイトの方は何だか面白くないようで、
「何が付き合いだ、そんな狭い風呂に二人も入ったら湯船が壊れるぞ」
いつもの皮肉った物言いだ。ちなみにこの風呂はジャンク屋特製で、別に二人で入ったからといって壊れるほどやわなものじゃない。
「何だよカイト、一緒に入りたいならそう言えばいいのに」
カイトのいつもの照れ隠しだ。オレはそう言って彼の方にタオルを掲げて見せた。が、それはすぐに振り払われる。
「遠慮しとくぜ。ジェス、そんなに『裸の付き合い』がしたいんなら、後でオレがたっぷり付き合ってやるよ。ホンモノの裸の付き合いをな」
ふんと鼻を鳴らしてカイトは風呂を出て行った。
そうして残されたオレ達はというと。
「……本物?」
カイトの残した言葉に、首をひねるばかりであった。
これは後で、カイト本人に聞いてみなければなるまい。
そんな調子で、その日の取材は色々なイレギュラーを交えつつも終わった。
シンは来た時と同じようにぺこりとお辞儀をして帰っていったが、その動作に来た時のようなぎこちなさは感じられなかった。
取材を通して、人との絆が結ばれていく。それは、ジャーナリストとしてのオレの誇りでもある。
今回も、シンがただのつっぱった少年ではなく、戦う意味をきちんと考える一人前で、そして非常に好感の持てる人物だということが分かったのだ。
だからこの仕事はやめられない。
オレはカメラの整備を終え、バック・ホームの自室に戻って取材データの整理を始めた。
ちなみに、オレはその後、カイトの言っていた『ホンモノの裸の付き合い』の意味を知ることにもなるのだが……これは、プライベートに属する事柄なので、言うのはやめておこう。
くっそぉ、カイトの奴……!!
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あとがき(?)
ちょっぴりカイジェス風味ですがシン誕作品です。
深く考えずにお楽しみください(笑)
こちらに提出させていただきました!