Novel
逆襲のシン プロデューサー編
コズミック・イラ7X年。
デュランダル派の生き残りとしてザフトで肩身の狭くなったシン・アスカは、やがていたたまれなくなり退役の後地球で新たな職を求めた。
その結果、なんとか仕事は見つかり、食っていけるようになった。
その仕事とは……
「いやーアスカさん、新番組大好評ですよ!」
「そうですか、よかった」
ダウンジャケットとジーンズを着こなし、キャップとサングラスで顔を隠した格好で、シンは浮かれた表情で話しかけてくる男に相槌をうった。
ちなみに口元には無精髭が生え、頬が若干こけているもののその瞳はザフトにいたころよりも生き生きとしている。
手に持った紙束を丸めてメガホンのようにしながら、シンは耳にはさんだ赤鉛筆でその表紙に何やら書きこんでいた。そこには、
『魔法の脚本家ミラクルヤスコ 第4回 ライバル登場! ラジカルチアキ』
と書かれている。
シンが現在手掛けている、少女向けアニメの台本である。まあ少女向けとはいっても、視聴者の半分くらいは大きいお友達なのだが。
目の前の男、お世話になっている局のディレクターもどうやらその大きいお友達だったようで、台本を見ると顔がにやけたのが分かった。
「僕は最初のフォームのYASUKO-FU-MODE一押しですね! あ、でも個人的には去年の『リリカルマイスターせつな』の方が好みなんですけどね! 特に主人公が「エクシアは俺の嫁!」って叫ぶシーンなんかもう……」
いつの間にか萌え話に花を咲かせ始めた彼をよそに、シンは赤鉛筆をもとの場所に戻すと缶コーヒーのプルトップをあけ、それを一気に飲み干した。
シンが新たに就いた職、それはテレビ番組の企画プロデューサーであった。
彼がプラントにいたころの話をもとに作り上げたトーク番組パロディ『ピンクの部屋』で一世を風靡した後は、何を作っても大ヒット。
特に、去年放映された特撮番組、九つの世界をめぐるアフロの破壊と創造の物語はオーブチャンネルを中心に老若男女すべてが夢中になり、一時期街はアフロであふれかえるほどの盛り上がりを見せた。
そして、それらの番組は彼のプロデューサーとしての地位を不動のものとしたのであった。
そう、彼の逆襲は終わってはいないのだ。
戦場ではなく、別の所で奴らの実態をじわじわと世間に公表していく……非常に地味な逆襲であった。
むしろ今では手段が目的に入れ替わり、わりと楽しんでいるふしすらあった。
そんな、地球上の誰もが知る有名人となったシンだったが、例外もあった。
彼の企画は、プラントではちっともヒットしなかったのだ。
当時プラントでは情報統制が敷かれていたということもあるが、何よりシンの作品は常に風刺を含んでいた。
プラントの人間にとっては神にも等しい存在であるラクス・クラインや、伝説の英雄となっているキラ・ヤマトが、パロディアニメで面白おかしく描写されているのが気に食わなかったのだ。
それは勿論、ラクス達本人も同様である。
やがて一計を案じたラクスは、ある事を思いつく。
その尖兵として、シンのもとに一人の男がやってきた。
「……ラクス議長がヒロインのアニメを作れ?」
「そうだ。ラクスはお前の企画力を高く買っている。メサイヤの戦いを分かりやすくアニメにして、プラントのことを宣伝したいんだそうだ」
「要はプロパガンダだろ……」
「シン! これは正式な依頼だぞ!」
声を荒げるのは、最後に見た時よりもさらに生え際の後退していたアスラン・ザラだった。シンの記憶が正しければ、彼は現在、プラント駐留軍をまとめるオーブの指揮官だったはずだ。だが、なぜかビジネススーツを着て、懐からこなれた仕草で名刺を取り出している。
おそらく雑用としていいように使われているんだな、とシンは思った。
「まあ、こちらとしてはちゃんと報酬を払ってくれればいいですけど……」
シンが渋々そう言うと、アスランはもうこれで用は済んだとばかりに立ち上がり、シンの両手を取って上下にぶんぶんと振った。
「そうか! じゃあ頼むぞシン!」
ドアの閉まる音を聞き届け、誰もいなくなると、シンの口もとに笑みが浮かんだ。
「ふ……ふっふっふっふ……誰が安直なプロパガンダなんか描いてやるか……! 豪華スタッフ起用で一見いい作品に見えるが、よく見たら矛盾だらけで主人公がいつの間にか悪役になってしまう、種死みたいな話にしてやるぜ!! ふふふ……ハーッハッハッハッハ!!」
賃貸ビルの一画にある事務所の中、シンの野望の声が響いた。
そしてしばらく経った。
シンはあの後、ロボットアニメを描かせたら右に出る者はいない……かもしれない、とあるアニメ制作会社にオファーを出し、経過を見にきたアスランに企画書とキャラクターデザインを見せていた。
「どうです?」
缶コーヒーを直接来客用のカップに注いだものを出し、『外道戦士ストライクSEED FREEDOM』と書かれた表紙の企画書とにらめっこなアスランに尋ねる。
「うーん……まあ、小さい子には受けそうだけど……なあ、シン?」
「何ですか?」
複雑そうな顔をするアスランに、適当に答える。アスランは真剣な顔でこう聞いてきた。
「ところでこれは何のアニメだったっけ?」
「はぁ!?」
シンは思わず驚きの声を漏らしていた。
何しろアスランの言葉には「テーマ忘れました」というニュアンスは全く含まれていないのだ。
おそらく本気で、この企画書のテーマを理解していない。シンは頭痛がした。
「……まあいいや、じゃあ次、キャラデザ見てください」
こめかみを押さえながら、投げやりにシンはキャラデザの絵を見せた。
こちらは自信がある。とにかく「見てくれだけは良く」とデザイナーに念を押したのだ。見栄えだけはするように、と。
その甲斐あってか、キラやラクスたち(一応)主人公側のキャラクターは、かなりの美形に書かれていた。
しかもほんの少し崩すだけで狂気が見えるかのような絶妙な表情である。きっと最高の顔芸を見せてくれるであろう。はっきり言って想定以上のいい仕事だった。
アスランはしばらく黙ってキャラクター表を見ていたが、あるページでふと、手が止まった。
「どうしたんですか?」
「シン……これなんだが」
そう言ってアスランが見せてきたのは、ヒーロー役であるキラ・ヤマトのデザインだった。工場で大量生産したような整った顔、やる気のなさそうな表情、感情の見えない瞳、何もかもがそっくりだとシンは感じていた。だがアスランは、急に憤慨した口調になった。
「これじゃあ全然キラの魅力が描けてないじゃないか!! こんなキラのおま××、俺は舐めないぞ!!!1!!!」
「んなもんついてねーだろっ!!」
耐え切れず、ついにシンは叫んでいた。だがアスランは止まらない。
「何言ってるんだ! あるよ!!! とにかくこのキラは描き直し!! ダメだったら俺が他のデザイナーに頼む……いや、俺が描く!!!」
「分かったから企画書に描くな!!」
気を抜いた隙に、アスランは備え付けのボールペンで妙に目のでかいキラの絵を描き始めた。
もちろん、下手くそ極まりない。
シンは慌てて企画書をひったくると、事務所からアスランを追い出した。
「ふう……全く……」
深い溜息を吐き、奪い返した企画書を見てみると、やたらと少女漫画調なキラの横に、ふきだし付きでこう書かれていた。
アスラン大女子(この先はボールペンでひっかいたような線が一本あるだけだ)
その夜シンは悪夢を見た。アスランが女体化した上巨大化までしてシンを踏み潰そうとする夢だった。
そんなこんなで、何度もリテイクをくらいながらもじりじりと企画は続いていたわけだが、ある日それが一変した。
それまでとはうって変わってすがすがしい表情のアスランがやって来てこう言ったのだ。
「シン、今までお疲れ。あの企画、別のところにやってもらうことになったから」
「……は?」
ドタキャンに眉を顰めるシンに、アスランはニコニコしながら企画書とキラらしきキャラクター(どう見てもカエル)を見せながら続けた。
「プラントに新しくできたアニメ会社でな、ご夫婦でやっているということで向こうから売り込んできたんだが、この監督さんが話の分かる人でな。奥さんは天才脚本家だっていうから見せてもらったら、これがまた俺の好みにピッタリ! キラやラクスにも見てもらったんだけど、あいつらもぜひこの人にということで、あとはとんとん拍子さ」
「…………」
「じゃあそういうことだから、悪いなシン。お前も頑張れよ!」
さわやかに去って行くアスランの背中に、シンは怒りの叫びをあげることしかできなかった。
「何だったんだ……アンタって人はーーーーーーっ!!」
こうして、シン・アスカのささやかな逆襲は失敗に終わった。
彼が次なる逆襲劇の幕を開けるのかどうか、それは誰にも分からない……
---
あとがき。
『逆襲のシン』をテーマにギャグを書こうとした結果がこれだよ!
アフロのあのお方や関係者各位には申し訳ありません(平伏)シン受けサイトとしても激しく間違ってる気がしないでもない。
でもリリカルマイスターせつなはちょっと見てみたい気も……やっぱ気のせいだった。