Novel
眠れぬ夜の対処法
補給から帰って来たカイト・マディガンが待機状態のアウトフレームDへと近づくと、それに気付いたのかハッチが開き、中からその持ち主が彼を出迎えた。
「おかえり〜カイト〜」
ああ、と短く返そうとしてそちらを向くが、その時点でカイトは口を開けたまま固まってしまった。
数日振りに見るジェス・リブルは、目の下に大きなクマを作りフラフラとバック・ホームから這い出てきたのだ。
「何だ、そのクマは!」
叫ぶと同時にジェスに向かってダッシュする。今にもよろけそうな彼の身体を支えてやって、改めて全身を見てみると、いつにもましてヨレヨレなのが分かった。
クマはもとより、髪はボサボサ、服は着替えてないのか汗のにおいが染み付いて、目尻にヤニが溜まっている。
常に身だしなみに気を使っているカイトからすれば、目も当てられない酷い有様だった。
小さく嘆息してカイトは訊ねる。
「……何日寝てない?」
「三日くらいかな〜……写真の整理とかレポートまとめてたから、よく覚えてないけど……」
「寝ろ、今すぐ!」
「おわっ」
抗議の声をあげるジェスを無視して、カイトは彼を小脇に抱えバック・ホームに上がりこむ。
妙に軽い。おそらくろくに食事していないのだろう。寝食も忘れてレポートとにらめっこしていたに違いない。
一階のベッドにジェスを放り投げる。
ぶつけたのか、後頭部をさすりながらジェスは起き上がった。シーツの上にあぐらをかいて、ブツブツと呟く。
「いきなり寝ろ、と言われても……まだレポートの仕上げが」
「そんなものは明日にしろ、つまらん誤植でもする気かお前は」
「その点は大丈夫だ、もうナチュラルハイ通り越して逆に頭冴えてんだ。おかげで全然眠くならな……」
「……そうか」
互いのベッドの上で、睨み合いながらしばしの口論。
ジェスの言葉を遮って、カイトは冷たい視線を向ける。
「? な、何だよ……?」
ジェスの疑問もよそに、カイトはいったん部屋を出て、手に一本のビンを持って戻ってきた。
酒だ。補給のついでに買ってきたらしい。
蓋を開けると、それをおもむろに口に含む。
ジェスはその様子を黙って見ていたが、直後のカイトの行動に反応できずさすがに焦った様子になった。
「……!?」
気がつけばカイトは触れ合う寸前の所まで近づいていた。そしてジェスの口の中に何やら熱い液体が流し込まれる。
「んんんー!!」
ビンを持っていない方のカイトの手は、ジェスの後頭部を支えるようにあてがわれていて、たったそれだけでジェスの抵抗を抑えている。
一方のジェスは、手は使えたので目の前のカイトの身体を叩いたり引っ張ったりで反抗の意を示して見せるが、あちらはコンディション万全のコーディネイター、こちらは貫徹三日目のナチュラル、どう考えても勝ち目はなく、カイトはびくともしない。
まあつまりは、カイトに口移しで酒を飲まされたわけで。
どうにか飲み込んだのを悟ってくれると、カイトはやっと手を離した。
咳き込んだジェスを楽しそうに見ながら元の自分のベッドに戻る。
「どうだ? 寝酒に一杯」
「寝酒ってレベルじゃねーぞ! 今の!」
「効いただろ?」
不敵な表情を浮かべてみせるカイトに無性にムカついて、ジェスは半眼で呻いた。
「……別に。一口くらいじゃ酔わないし」
「ならもっと飲ませてやろうか?」
「遠慮しとく……」
「それは残念」
軽く返すと、カイトは再びビンを口につける。どうやら今度はちゃんと自分で飲むようだ。
「……しかし」
「何だよ?」
あっという間に空になったビンを脇に避けると、眉間に僅かに皺を寄せてジェスを見据える。
カイトの口から厳かに告げられる言葉──
「お前、臭うぞ」
「え? そうか?」
予想していなかった言葉に呆気に取られながらも、ジェスは着ている一張羅のジャケットの袖口を鼻先に持ってくる。……こういうのは自分ではよく分からない。
レポートに夢中になっていたため、当然風呂にも入っていなかった。
「よし、まず風呂だな」
「え」
有無を言わせぬカイトの口振り。抵抗する間もなくジェスは腕を取られ、三階のバスルームへと引っ張って行かれる。
カイトは片手でジェスの腕をつかまえたまま、もう片方で湯を張っていた。
その力は強く、ジェスがどれだけ力を込めても外せない。
腕から逃れるのは諦めて、ジェスは叫んだ。
「ちょ、カイト! 風呂くらい一人で入……」
「駄目だ」
にべもなく返される。
視線だけでジェスを振り返り、
「そんなフラフラで湯に浸かって、うたた寝してて溺れたらどうする」
「んな、子供じゃあるまいし……!」
「俺に言わせれば同レベルだ。さっさと脱げ、洗濯するから」
湯べりから手を離し、空いた片手をジェスの服にかける。これにはさすがのジェスも焦りを覚えた。
「わ、分かった! 自分でやるから!」
必死の表情で、服を脱がしにかかるカイトの手をはたくと、やっと解放される。
その後もブツブツとこぼしながら、入り口近くで待機中のカイトに脱いだ服を投げつける。
背後から抗議の声が上がったが、聞かなかったことにしてジェスは湯船に飛び込んだ。
ちなみに、スーツを脱いで完全に保育士モードとなったカイトの監督できちんと全身を洗わせられ、100数えるまで風呂から出してはもらえなかった。
そして今。
いつの間にか用意されていた(カイトはずっと風呂で監視していたのに、だ)着替えに袖を通し、濡れた髪もほどほどに水気が切れた頃。
まだ少し火照った頬を手で煽ぎながら、ジェスは深く息を吐いた。
「ふぅ〜、さっぱりしたぁ」
「……おい」
そんなジェスを半眼で睨みつつ、低く唸る。
「まだ寝ないのかお・ま・え・は!」
「いや、風呂結構熱かったから、逆に眠気が引いて」
奥歯をぎしぎしと鳴らしているのが丸分かりなカイトの声に答えたのは、そんなすっとぼけた言葉。
確かに熱い風呂は交感神経を活発にさせて眠気を忘れさせる効果がある、かもしれないが。
しかし、これはあまりにも。
今やジェスの監視や風呂の後始末やらドライヤーやらで疲労したカイトの方が逆に眠そうである。
そんな彼の心情を知ってか、ジェスは申し訳無さそうに小さく漏らす。
「う〜ん……俺もそろそろ寝ようかと思ってるんだけどさ、どうにも寝付けなくて……」
頭をポリポリとかきながら、寝てて良いぜ、などと言うものだから、その言葉に後押しされて余計に眠気がカイトを襲う。
だが。
カイトは頭を振った。今睡眠が必要なのは、自分ではなくジェスの方だ。元々眠りの浅いカイトよりも、健康的な生活をしてしかるべき、ジェスの方。
「なら、あとは最後の手段しかないな」
「最後の手段?」
低く告げられた声に首を傾げてみるも、それに対する答えはない。
カイトはベッドからゆらりと立ち上がると、頭に疑問符を浮かべたままのジェスの前に立ち、両肩に手を置く。
「……カイト?」
疑問の声も無視する。カイトの様子をおかしいと感じ立ち上がろうとしたジェスの身体を、置いた両手のひらに力を込めてベッドの上に押しとどめる。
え。まさか。
手のひらは角度を変えて、斜めにジェスを押した。
さしたる苦労もなく、ジェスの身体はシーツに沈められる。
その、まさかだ。
「! カイトっ!?」
「最後の手段だと言ったろう。気でも失えば寝られるだろ」
「強引過ぎる」
拒絶の意をそれで示したつもりだったが、戸惑いからか、ジェスの声は震えていた。
カイトはいつもはこんなことは絶対にしない。
何か反論を、とまた口を開ける前に、塞がれる。同時に、着替えたシャツの裾からはカイトの手が忍び込む。
こうなってしまえば抵抗も意味を成さないことは、自分が一番よく知っている。ジェスは観念して目を閉じた。
その時だった。
ジェスの脳を強烈な眠気が襲ったのは。
「……? おい、ジェス?」
「…………」
強引な手段に出たカイトだったが、相手の様子も見ずにがっつくような男ではない。異変に気付き、ふと顔を離して呼んでみる。
ジェスは既に舟を漕ぎ始めていた。
「……っかー」
こりゃ駄目だ。とばかりに顔を手で覆う。
あれほど寝かせるのに苦労したのに、こんな手段に出た途端にこれだ。
なんという拍子抜けだ。自分が道化になった錯覚すらおぼえた。
いい加減馬鹿らしくなり、カイトは己のベッドに戻ろうとジェスの体を放す。
だが一歩を踏み出した瞬間、何者かに阻止されてカイトは自分のベッドには戻れないことを悟った。
「ん……カイ…ト……」
「……この野郎……」
90%ほど眠った状態にあるジェス。
カイトの名を呟きながら、その本人の服の裾を掴んでいた。
強引に離すのも忍びない。服に皺だってつく。
「しょうがねえな」
なるべくジェスの手を動かさないように、カイトは彼のすぐ脇に腰掛ける。
服を握っている彼の手にそっと触れてみると、既にジェスは安らかな寝息を立てているのが分かった。
「……おやすみ、ジェス」
どうせ聞こえていないだろうが、とぼやくように小さく言うと、カイトはしばらくジェスの寝顔を見つめていた。
つまりは自分の存在こそがジェスを安眠させる最大の処方だ、ということに気付き、カイトが服の裾を掴まれたまま狼狽することになるのは、このもう少し後のことである。
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あとがき。
ついに書いちゃった、カイジェス。他に何のテーマもない、純然たるカプ小説!(笑)
あ、えと、突入しなくってすみませんwww