Novel

回収

 アクシズが、離れて行く。

「射程範囲内のネオ・ジオンMS、撤退していきます!」
 通信士からの報告を、ブライト・ノアは呆けたように聞いていた。
 やがて、はっと気が付いたように聞き返す。
「νガンダムは…アムロはどうした!?」
「反応、ありません!」
「…そうか……!」

 項垂れてみても、戻って来ないものは来ない。
 昔、ア・バオア・クーを脱出してきたコア・ファイターは、やはり奇跡だったのだ。今回も同じように…などと、軽々しく思った自分が浅はかだった。
 そういえばあの頃から、自分は彼に頼りきっていたように思う。今だって、ブライト自らが指揮してアクシズに爆薬を仕掛けたのに、計算違いで分断された後部が地球に落ちるという失態を招いてしまった。その尻拭いをアムロはやってのけたのだ。

 そのせいで、戻って来ない。
(まだアクシズにいるのか…?済まんな、アムロ。私では助けてやれん……)
 一人後悔の念を浮かべるブライトには、レーダーに映った反応は見えていなかった。

「…ちょう…艦長…!」
「!?な、何だ?」
「レーダーに反応、ジェガン…友軍機です!」
 友軍機、という言葉に本来の職務を思い出す。今は捕まらない敵を追うよりも、助かる味方を助けたほうが良い。
「…よし、ラー・カイラム回頭!回収班をまわせ!」

******

 この宇宙で拾ってもらうのは、大海に沈んだ針を探すこと。

(……僕はこのまま死ぬのかな)
 死んだら彼女に会えるだろうか。会ってくれるだろうか……
 静寂の中、ハサウェイはそんなことをぼんやりと考えていた。

 彼女が。クェス・パラヤが、目の前で死んだ。殺された。
 その時の彼女の思念を、目いっぱい感じ取ってしまった。ニュータイプ的なもの…というのかどうか知らないが、宇宙に出ればそんなものなのだろう、と思う。
 その思念が引き金となって、クェスを殺したチェーンを、自分が殺してしまった。触発されたのではなく、はっきりと自分の意思で、だ。

 けど、今にして思うと、チェーンの取った行動は正当なものだったのだ。
 ロンド・ベルの司令の息子である自分──しかもジェガンに乗っていた──と対峙していた、ネオ・ジオンのMA…連邦の兵であるチェーンがクェスを攻撃するのは、至極当然と言えば当然のことなのだ。
 それでも、クェスを殺したことが許せなかった。

(クェス…父さん……)
 狭いコクピットの中で、きゅっと身を竦める。
 寒い…そう意識すると、急に死の恐怖が全身を包んだ。

 このまま死ぬ。その前に…

 一目でいい。

(父さん…母さん、チェーミン……)

 懐かしい光が見えたような気がしたが、確認する前にハサウェイに睡魔が襲ってきた。

******

 気が付いた時、ハサウェイは戦艦の一室にいた。
(ああ…ここは)
 ラー・カイラムに乗り込んでいたのが見つかった時に通された部屋だ。

「さっきのジェガンのパイロットはここか?」
 という声と、ドアのロックが外れる音がして、そこから見覚えのある、自分と似た顔が入って来た。
 遠目ながら、ブライトが口を小さく動かすのが見えた。おそらく、ハサウェイ、と名を呼んだのだろう。そして彼は、こわばった表情のままこちらへ近づいて来る。

 殴られる。そう思ってハサウェイは目をつぶった。しかし予想に反して、伸びてきた手は自分の肩の上に置かれた。
 不思議に思い、目をあけてブライトの顔を見上げてみる。


 父は泣いていた。