Novel

第一話 夜明けの鐘

 思えば、自分の戦いはここから始まったのだ。

 奇妙な感覚に、ジュドーは思わずこみ上げてきた笑いをこらえた。
(…あの時と同じだ)
 宇宙空間を漂っていたMSの脱出ポッドの状態を、プチモビのマニピュレータを操作して確認する。……まだ生きている。酸素の量はかなり減っているが。

 5年前。ジュドーは今と同じような事態に遭遇した。ジャンク屋家業をやっていた自分がシャングリラコロニーの周辺をプチモビでさまよい、脱出ポッドを拾ってくる…それが発端でガンダムと出会い、自らの力に気づいた……
 …偶然だ。いくらシチュエーションが似ているといってもあの時とは違う。自分がMSに乗って戦争に参加するなんてことはもうないのだ。

 ポッドをワイヤーとマニピュレータで固定し、牽引してコロニー内部に入る。空気のあるエリアまで進んで、ジュドーはプチモビのハッチを開け、下に降りた。経費削減のため、ノーマルスーツを着用していないのだ。
 ポッドに近づいて、じっと見てみる。規格はネオ・ジオン、何かにぶつけたような跡と摩擦で、かなりひどくなっている。中の人間はどうなっているか。内心びくびくしながらも、ジュドーは手順通りにハッチを手動でこじ開けた。
 中には、黄色いノーマルスーツを着た人間が目を閉じていた。見たところ外傷は無い。シートからずり落ちているその金髪の男に、ジュドーは見覚えがあった。

「……おいおい…!」
 とっさにくるっと後ろを向き、呼吸を整える。
 落ち着け。何でか知らないが、現にいるのだからしょうがない。
 再度中を覗いてみる。恐る恐る首筋に手を当ててみて、とりあえず死んではいないことは確認できた。

 またとんでもない拾いものをした。
 退屈な歴史の授業で習った、ジオン公国のエースパイロット。
 つい先日まで地球圏を大混乱に陥れていた、宇宙世紀始まって以来の大馬鹿。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 問題は、この男をシャングリラに連れ帰ると、「戦犯と一緒にいる」とかで自分にあらぬ火の粉が降りかかってくること。
 しかし、このままにするわけにもいかない。いくら戦犯でも、自分が置いていったために死なれるのは気分のいいものじゃない。

「…………連れて行くしか、ないか…………」
 ひとしきり頭を抱えた後、ジュドーはぼそっと呟いた。そしてポッドを元通りに固定すると、もと来た道をたどり、シャングリラの外に出た。

******

 それは凱旋と呼ぶには、あまりにもひそやかだった。

 旗艦ラー・カイラムの指揮をとるブライト・ノア大佐以下ロンド・ベルのクルーたちは、傷痕癒えぬままロンデニオンへと入港した。
 連邦政府からの通達である。内容は『ロンデニオンで建造される新MSの警護、および監督』。
 ほかのクルーたちは、コロニーとはいえ大地に足をつけてやっと一息つけたところだが、艦長は多忙だ。アクシデントで乗り込んでいた息子ハサウェイを部屋に送り、その足で新MS──『ガンダム』の名を関するそれの開発担当者に会いにいく。

 通された部屋の奥で、金髪をふんわりとまとめた女性が座っていた。
 作業員の案内に気付いたのだろう、立ち上がって一礼し、握手を求めてきた。
「ミシェル・ガードナーです。はじめまして」
「ブライト・ノアです…よろしく」
「こちらこそ。お会いできて光栄ですわ、ノア大佐」

 それからスタッフの紹介が一通り終わり、ブライトを建造現場まで案内する途中、ミシェルは少しためらいがちに話しかけた。
「ロンド・ベルは……追撃には行かれないんですね?」
「え?ええ…どの艦も損傷がひどいもので、その…人員も……」
 問われた方も、言いにくそうに切り返す。
 あの戦いの中で、ネオ・ジオンの旗艦レウルーラが沈んだのを確認していない。追撃任務はあるだろうと予想していた。
 しかし、それが下ったのはロンド・ベル隊に、ではなかった。
 こういう事態に対処するための部隊のはずなのに。
「νガンダムはパイロットごと行方不明だと聞きましたが……」
「…まだ死んだと決まったわけじゃありません」
 ブライトは眉をひそめた。
 こういう時にする話ではなかった。申し訳なさそうにミシェルはうつむいた。
「すみません。…不用意な発言でしたわ」
「いや、いいんです。…戦場で、母艦に戻ってこなければ、死んだのと一緒ですから」

 重そうなドアが開き、金属音と共に、機会油の匂いが漂ってくる。
 一歩進んで、ミシェルが手を振りながら叫んだ。
「アハト!こちら、監督さん!」
 作業台に立って端末操作をしていた褐色の肌の青年が、声に気づいてこちらに手を振る。その目はじっと連邦の制服を着た男に向けたまま、ぺこりとお辞儀を返した。

 デッキに立っていたのは、トリコロールのMS…14年前から、形を変え自分の前に現れて戦い続けた、伝説の姿そのもの。
 ああ、ガンダムだ。
 戦乱が一応の終結を見せた今も、我々に鐘を鳴らさせる存在。
 これが新たな時代の幕開けとなればいい。ただ、それだけの力を…鐘を鳴らす力を発揮できる者が…ありていに言えばパイロット…がいれば、なのだが。