Novel

第三話 ダンディ・ライオン

───ァ……

──…ラ…ァ……

──────ララァ!

 自分の声で目が覚める。勢いで上体を起こそうとするが、激痛が走り、身動きが取れない。
 仕方なく、唯一動く首を回して、辺りを見回す。

 部屋の中に、少女の姿は無かった。
 代わりに、奥の机に突っ伏して、若い青年が眠っている。
 よくよく警戒心が働かないものだ、と苦笑して、男…シャア・アズナブルはゆっくりと首を元に戻す。
 下方を見てみると、上半身は脱がされて、包帯が巻かれている。
 眠っている青年がそれをやったのかと思うと、わずかに羞恥の感情が湧いてきたが、気を失う前のことを思い出すと、そうも言っていられなかったのだろう、と素直に感謝する。

 再び視線を周囲に向ける。机とベッドの他には何も無いが、差し込む光のため殺風景な雰囲気は感じられない。
しかし、その柔らかな光の中には、少女の気配は感じられない。目覚める直前まで確かに残っていたのに。

 少女…ララァ・スンの包み込むような優しい残り香は、今の彼にとっては藁にもすがる思いで感じたいものなのだ。何故それを求めるのかすらも、靄がかかったようにはっきりしないけれども。

 飛び込んで来る、景色。

 炎に包まれるイメージ。優雅な曲線を描く白いモビルスーツ、その中にいる、赤い髪の女。

(…まで行った人間が…戻って…飛べないって、証拠……)
 MS戦の鮮烈な画像の中で、二人の男女の姿がフラッシュバックする。男の方は、先程見た机で眠っている青年であった。女の方は……

 突然、女が振り向く。
 こちらを睨み付け、口を開く。その激しい思惟の流れに、それでもシャアは何とか踏みとどまった。
(今更…私とジュドーの間に入るな!…消え失せろ、シャア!)
(ハマーン…カーン?)
「野暮だね、プライベート覗くなんてさ」
「!!」

 画像が弾け飛ぶ。
 先程まで眠っていたこげ茶色の髪の青年が、こちらを向いて立っていた。その視線に、彼が『ジュドー』というのだな、と気付く。

「…まあいいや。あんたは勝手に『見えちゃう』んだな?」
 一息ついて、ジュドーは右手を差し出す。少々ためらいつつ、シャアは身をよじってその手を取った。
「……ふーん、危険は無いみたいだな、とりあえずは」
 ぱっと手を離し、自分の手をしげしげと見つめるジュドー。
 今の現象は、シャアにもはっきりと理解できた。
 ジュドーは、NT能力を意識して使っている。
 それは進化というのだろうが……

「覇気がねぇ」
 シャアの心情などお構いなしに、顔を近づけて、いきなりジュドーは言い放った。
「…あんた、ホントにシャア?」
「そうらしいな」
「らしい…って、もしかして記憶喪失……」
「記憶はある。シャア・アズナブル、本名キャスバル・レム・ダイクン。UC0059年11月17日生。0079年、ジオン公国軍のMSパイロットとして一年戦争に参加。『赤い彗星』と呼ばれ恐れられる。0087年、『クワトロ・バジーナ』と名を変え、反連邦組織エゥーゴに参加。0092年、ネオ・ジオン総帥として決起、0093年に連邦に宣戦布告…」
 人の心配をよそにつらつらと自らの経歴を述べるシャアに、ジュドーは少し辟易した。
「ひとごと、みたいに言うんだな」
「他人事さ」
「あんたね…!」
「…すべて覚えてはいる。実感がないだけで」
 そう言ったシャアの表情は、至って冷静だった。まるで、『シャア・アズナブルの半生』というビデオを見せられた…そんな様子で。

「ところで…ここは」
 少し気まずい空気の中、シャアはぽそりと言った。
 その後のアクシズの軌道から考えて、地球ということは無いだろう。となればどこのコロニーか、あるいは艦の中か……
「…ダンディ・ライオン」
 それだけ告げると、ジュドーはかけてあった上着を羽織る。
「どこのコロニーなのだ?」
「廃コロニーさ。ここには、俺と、あんたと、もう一人しかいない」
 もう一人、と言ったとき、ジュドーは渋い顔を見せた。その『もう一人』とシャアとの関係について考えているらしく、複雑な表情になる。

 再び沈黙に支配されそうな部屋を引き戻したのは、第三者の声だった。

「ジュドー?容態はどうだ?」
 ドアの奥から顔を覗かせる栗色の髪の少女に、シャアは見覚えがあった。

 大きな目を見開いて、少女は固まる。
「……シャア…!」
 少女の呟き。
 瞳に大粒の涙を浮かべ、こちらへ駆けて来る、ダンディ・ライオンにいる、おそらくは『もう一人』の人間。

 傷の痛みを忘れ、シャアは半身を起こして飛びついてきた少女を抱きとめた。
 そして、小さく嗚咽を漏らす彼女の名を優しく呼んだ。


 ミネバ、と。

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※ユニコーンの設定は無視してます。