Novel
第四話 甦る伝説
「掃討部隊ぃ!?」
十分な広さがあるはずなのに、なぜか狭く感じられる、薄暗いドック。
そこでジュドーは、素っ頓狂な叫び声を上げていた。
「そう。お前の『隠れ家』にも近づくかもな」
そんなジュドーの叫びなどお構いなしにレムスは続ける。
「ロンド・ベルが?」
「さあ?そこまでは」
所用でシャングリラに来た、妹には「ついでの仕事」と言ってある。
なのにその仕事の取引相手から聞かされた、深刻なニュース。
「えらく心配してるな。木星でザビ家の隠し子でも拾ってきたか?」
おそらく冗談で言ったのだろうが、レムスの何気ない言葉に思わずぎくっ、となる。
ニュータイプでもないくせに、この男は妙なところで勘がいい。
実際、ダンディ・ライオンにはザビ家…と言うより、ジオンの重要人物が二人も留まっている。
そのうちの一人は別にこちらの知ったことではないが、もう一人──ミネバ──は、連邦などに渡すわけにはいかない。
もちろん、他人に気づかれることも。
レムスは昔から、数少ない『信用できる大人』だったが、ダンディ・ライオンに居る理由、そして今回の『取引』の理由…すなわち、なんであんなものが必要なのかも告げてはいない。
面倒を避けるため、それとなく話題を変えることにした。
「にしても、そんな情報よく知ってんね。さすがは死の商人、アナハイムってわけ」
「よせよ、俺は非常勤スタッフだ」
「でもさ、Ζ計画の時から参加してたんでしょ?」
レムス・アーレインが、エゥーゴから離れた後アナハイム・エレクトロニクスに勤めている、と聞いた時は、ジュドーは少し驚いた。
彼の軍嫌いは有名だったが、それ以上に大企業を嫌悪していたからだ。
…もっとも、そのおかげで『あれ』が手に入るのだが。
「…まあな、食っていかなきゃ…食わせていかなきゃいけないしな。昔みたいにはいかんさ」
「奥さん、心配してんじゃないの?こんな裏家業やっちゃって」
「茶化すな、馬鹿者」
一通りからかってから、ドックの中央にある巨大な機械の方へと歩いていく。
標準的なMSよりも一回りどっしりとしたフォルム。見上げれば、頭部アンテナの辺りにハイメガキャノン…
その脚部に手をついて、ジュドーは呟いた。
「…よぅ、相棒」
そこには、第一次ネオ・ジオン抗争を共に戦い抜いた、MSZ-010…ΖΖガンダムの姿があった。
早速、とばかりにリフトに乗り込み、コクピットへ入ろうとするジュドーを、紙束を小脇に抱えた腕が止める。
「何?今時紙のマニュアル?」
「非公式、だからな。外見は同じでも中身は全く違う機体になってるから、熟読必須」
「いいってそんなもん。動かしながらで」
そう言いながらも、しっかりと受け取る。けど読むのは後でいい。ジュドーはいつだってそうしてきた。
コクピットの中はさながらミニチュアの宇宙だ。
懐かしい。あの感覚が甦ってくる。
自分ではもう乗ることはないと思っていたのに、このMSはずっと待っていたのかもしれない。再びこうなる日が来ることを。
レムスの説明を適当に流して聞き、計器類をチェックしてみる。なるほど、確かに操作感は別物だ。
操作感以外の部分は、あまり改良を施されている様子はないが。
「なんかさぁ、性能は同じくらいの、でもΖΖとは別の機体、って感じなんだけど」
「まあ、もともと解体予定だったからな。ハイメガキャノンの冷却装置がちょっと良くなってる程度だ」
「それじゃサイコミュとかはさ、積んでないの?」
「馬鹿言え!俺のΖΖにあんな欠陥品載せられるか!」
ネオ・ジオンが完成させたサイコ・フレームのことを、ジュドーは知らない。だから、レムスが言った『欠陥品』の意味は分からなかった。
ただ、俺の『手がけた』が抜けてるなと思い、小さく笑った。
発進だ。
「ジュドー!ガンダムで出撃する時には、言わなきゃいけないことがあるだろ?」
「へへっ…久し振りだと、なーんか照れちゃうね」
こういうとこ、お約束を外さない人だ。ハッチまで移動しながらジュドーは思った。
カタパルトが無いので、発進するにも自力で動かしていかなければならない。レムスがエアロックに入ったのを確認し、あらためて正面を向く。
「ジュドー・アーシタ、ガンダムΖΖ、行きます!」
最初は一年戦争。
二回目はグリプス戦役。
そして、今また宇宙に舞った三度目の伝説を、レムスはずっと見つめていた。
今回のことが、つまりΖΖを勝手に持ち出して部外者に売った件──がばれたら、ただではすまない、と独りごちて。