Novel
第五話 プロジェクト・レイ
ロンデニオンにテストパイロットが入ってきたのは、ブライト達が来てから一週間後のことだった。
部屋に通されたのは、ちょうど少女から女性へと変わりつつある、そんな年頃の女。
「君がパイロットの?」
「ミウ・イーダ少尉です」
慇懃に敬礼する様子が、何か不自然に感じられる。今まで関わってきたガンダムパイロット達とは明らかに違うのだ。
どこを見ているのか分からない。口端を上げる仕草も、どことなくぎこちない。笑み、というよりは表情を歪めている、そんな雰囲気だ。
強化人間、嫌な言葉が想起させられる。
ブライトはそのイメージを消そうとし、仕事のことに専念すべく思考を切り替えようとした。するとなぜか、一つの『プロジェクト』のことが急に浮かび上がってきた。
「もしや…君が『レイ』なのか?」
「何がです?」
横から付き添いのミシェルが口を挟むが、ブライトはそれに構わずに聞き返した。
「イーダ少尉が『レイ』に関係しているのか、ということだ」
ロンド・ベルが必死に戦っている間、そして連邦政府が秘密裏にネオ・ジオンと交渉している間にも、進行していた計画。
噂程度だが、その話はブライトの耳にも入ってきていた。
それは『レイ』というコードで。
宇宙世紀史上最大のネームバリューを持つMS、『ガンダム』の開発者テム・レイ。
そのパイロット、アムロ・レイ。
この二つを再現させようというもの、だったか。
「あのプロジェクトですか。確かに自分は『レイ』のコアとして選ばれました」
「やはり…」
「ですがそんなこと、私にとってはどうでもいい事です。ですから大佐、私にレイ中佐を重ねるのはよしてください」
言われてブライトははっとなる。ガンダムのパイロット、と聞いて、確かに自分は彼女にアムロのイメージを重ねていたのかもしれない。
あるいは、見透かされていたか。
「中佐?確か大尉じゃなくて?」
先程から話に加われなかったミシェルは、いきなり疑問を口にする。
「だって、『中佐』でしょ?」
また、口端を歪めるだけの、不自然な笑み。
ミシェルはこの得体の知れない少女に何か不気味なものを感じた。
「ミウさん、あなた…」
「アナタ、私の何?上官じゃないでしょ。気安く呼ばれるの、嫌いよ。……機体を見ておきたいので。失礼します。それでは」
再び敬礼をし、呆気に取られるミシェルに一瞥をくれると、ミウはさっさとドアの向こうへ消えて行った。
******
『ガンダムは…まだ……早………──』
「アハト?何してるの?」
美貌の開発主任は、ドックの隅にいた作業員にいきなり声をかけた。
「うわっ…しゅ、主任!?」
「テスト、見に行かないの?」
作業員──アハト・イングズがうろたえているのも構わず、ミシェルは続ける。この青年が何をしていたのかも気にかけてはいないようだ。
「はぁ……μの、ですか?あれはまだ調整が…」
「それがあの少尉さんたら、『サイコミュの調整なんか意味が無い』なんて言って…もう始まっちゃってるわよ?」
言ってミシェルは扉の向こうに視線を送った。μガンダムが格納されている場所だ。
「そんな無茶を!パイロットの負担が……!」
「今…誰の脳波データが入ってる?」
「………アムロ・レイ…です」
「まずいじゃない、それ!」
慌てて、扉の向こう、テスト中の場所へと急ぐ。早く中止させなければ、パイロットの精神に被害が及ぶ前に……──
辿り着いた二人を迎えたのは、平然とした顔つきでコクピットから降りてくるノーマルスーツ姿だった。
「どうしたんです、ミス・ガードナー?」
小首をかしげたミウの薄い唇から、静かに言葉が紡がれる。それだけ見れば、ごく普通の年頃の女性、といった印象にしか映らない。だが、彼女の瞳は、やはり焦点の定まらないまま、少し細められていた。
「イーダ少尉…大丈夫、だったの?サイコミュの……」
「当然よ。サイコミュに何がしかの調整がなされているのなら、私がそれに合わせればいいだけの話でしょう」
「…そんなことできるの…?」
「理論上は可能かも知れませんが…実際には聞いたことありませんよ」
少し離れた所で話し込む二人に、鋭い視線が投げかけられた。次の瞬間ミウの体が宙に舞い、アハトのすぐそばに降り立つ。
「……アナタ、ネオ・ジオンでしょ?」
「!」
自分以外には聞こえていないだろう、小さく告げられた言葉は事実だ。
アハトはゆっくりと視線だけをめぐらせ、またミウに戻した。
「…大丈夫よ、ばらしはしないわ。私にとってはどうでもいいことだもの……」
そう言ってミウは含み笑った。