Novel
第六話 ニュータイプ、還る(前編)
その言葉が、穏やかに暮らしていたカミーユ・ビダンを再び衝き動かした。
『エゥーゴ』!
かつて所属していた反連邦組織が復活しているかもしれない。
何故今になってそんな活動に身を投じようなどと思ったのか。
しかも、ネオ・ジオンの動きが小さくなったこの時期に。
ただ、心の中にあるのは衝動だけ。
シャングリラを出て、発信元も定かでない情報をたどって、カミーユは復活したその組織…『ヌーベル・エゥーゴ』と呼ばれる組織との接触を試みていた。
そして行き着いた先は、ロンデニオンだった。
******
ミネバはこのままダンディ・ライオンには残らない、とは薄々感じていた。
彼女はネオ・ジオンへと帰りたがっている。
だが、まだ子供のミネバをそこへ送り届けた所で、またハマーンのように利用する奴が現れるに違いないのだ。
ジュドーはなるべくその話題に触れないようにしていた。
「ジュドー、また…シャングリラに行くのか?」
身支度を整えたところに、ミネバがやって来る。口調は穏やかだが、どこか威厳があるような…無いような。
ともかく、深い輝きをたたえる瞳にはいつもと別のものが映っているのに、ジュドーは気づいた。
「いや、ロンデニオンだ。別の用事だからな」
「ガンダムでか?」
やはり勘の鋭い子だ。
でも、『何のために』ガンダムで行くかにはまだ気づいてはいないようだ。
これからのことを考えると、ミネバも連れて行ったほうがいいのかも知れない。
「ああ…それなら『吹き溜まり』に隠しとくから大丈夫だ」
「吹き溜まり?」
「そ。サイド1の一番初期に作られたコロニー群のあたりは、『吹き溜まり』になってるんだ。そこは『何か』が渦巻いて、MSとか、そういうのを引き寄せてしまう。それが何年もそのままにされてるから、ジャンクが溜まっていくのさ」
「何か…人の思念とか、言うのではなかろうな」
「ま、都市伝説…迷信だけど」
でも吹き溜まりがあるのはホントなんだぜ、と続けてジュドーはドック(として使っている部屋)への扉を開く。
ΖΖ。初仕事、になるかもしれない。
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シャトルで来た、と見せかけるために、三人は港付近を回って目的地へ向かって歩いていた。
ミネバは少し伸びた髪を結って、ダンディ・ライオンで暮らすようになってから買ってもらった気に入りの服に身を包んでいる。
シャアはというと、濃いめのサングラスを付け、普段はかっちりとまとめてあるオールバックを下ろしていた。
こんなので変装になるのか、と危ぶんだが、コロニー市民たちは誰も指をささなかった。ネオ・ジオンの偉いさんの顔など、もう過ぎ去ったどうでもいいこと、位の認識でいるのかも知れない。
「…で、なんであんたまで付いて来たのさ」
ジュドーは怪しいサングラスの男──シャアだ──に小声で話し掛ける。
「今日会うのは、ただのジャンク屋ではあるまい?」
いきなり飛躍しているシャアの答えに、はぁ?とだけ返して、ジュドーは歩調を緩めてミネバの隣に寄った。
「ただのジャンク屋として来るのなら、普通にシャトルを使って一人で相手の仕事場まで行けばよい。しかし…商談をするのにわざわざ使者をよこして落ち合う場所を指定する一介のジャンク屋、というのはあまり聞かないな」
「へっ、なんだ、ばれてんの」
三人が向かっているのは、ロンデニオンの人工湖のほとりにある、小さなカフェ。
そこで今回の商談相手が待っている…はずだ。
「…相手は、ネオ・ジオン関係者、だろう?」
「……なんでそういう風に思うわけ」
「でなければ、ミネバを連れて来るはずが無い。そうだな?」
二人して、横を付いて歩くミネバをちらりと見る。
この男もジオンとは深い関わりがある。ならば、これから彼女が目指すものについても、分かっていても不思議ではない。
だからと言って。
「で。なんであんたが付いて来るわけ?」
同じ質問を繰り返す。
「……私とて、過去が気にならないわけではないのだ」
「全部覚えてるんだろ?」
「覚えている『だけ』だ」
シャアが目覚めた時から禅問答のように繰り返された会話。覚えているのに、それについての実感が伴わない。それが自分の記憶だという感覚が無い…
一体どういう気分なのだろう。
もしかしたら、一番苦しい記憶喪失の仕方なのかも知れない。
「……それで、ここに来れば思い出すかも、って?」
ロンデニオンに、シャアのどんな思いが残っているのかは知らない。ただ、人工湖のほとりで、誰かが呼ぶ声が聞こえた、ような気がした。
「そうだな…ここへは最近来たばかりだった」
誰に言うでもなく、シャアは呟いた。
ジュドーはもう一度あの呼び声のようなものが聞こえないか、耳を済ませてみた。
しかしそれは、先を行くミネバの楽しそうな声にかき消された。