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第九話 ミネバ脱出

 カミーユ達三人は、カフェの席を立ち、レジへと歩いていった。ちょうど、レジ係の女性の前まで来たところで、アハトが何か目配せする。
「…用意のいいことだ」
 店員はアハトが何か合図したのを見ると、すっと目を細めて、他の客から隠すように三人を裏口へと通した。
「ええ、ここは昔から僕たちが連絡に使っている所で」
「あの人も仲間なのか…」
「今は余計な詮索をしている時間はありませんよ。早くしないと、合流できなくなりますからね」

 二人の思惑に巻き込まれるかたちで賛同したカミーユは、さらにその後、大胆ともいえる計画を聞かされた。

 ロンデニオンで建造中の新型のMS。
 それを奪取し、ネオ・ジオンの戦力とする。

 わざわざ奪うほどの性能を発揮するのか、と言うと正直そうでもなく、ただこれは、撤退したネオ・ジオンに合流するための建前の一つ。
 奪って逃げるついでに、戦列に加わろうとする、先の戦い──シャアの反乱、と後に呼ばれるものに参加しなかったものが多くいるのだそうだ。
「ただ…一つだけ気になるシステムはあるんですけどね」
 とアハトは言う。
 しかし、それは今かわされるべき問題ではない、と彼はそれ以上の言及をしなかった。

 裏口から出、車に乗り込む。
 基地のある場所まではすぐだった。

******

 メイファはいつまでたっても出てこない。

 靴紐を結ぶのがそんなに時間がかかるわけは無い。何か事情が…そう、たとえば彼女が自分の身分を明かし、ネオ・ジオンへの手引きを頼んだ、とすれば…?
「ああ〜〜、もう待ってらんねえ!ちょっと見てくる!」
 言うなりジュドーは再びカフェの中へ駆け込んだ。

 後には、状況がいまいち掴めていないシャアと、不安にうつむいているだけのファが残されるだけだった。

 予想通り、中には三人の姿は見えなかった。
 カミーユまでいなくなるとは。
 ファを連れて入らなくて良かった、とジュドーはそれだけについては胸をなで下ろしたい気分だった。

 行方、というか、三人がどうなったかは、意外と早く知ることが出来た。
 店員の女性に尋ねると、ことづて、と称しジュドーに紙片が手渡される。

『ミネバ王女は我々が連れて行きます。来るべきネオ・ジオンの世のために。
──────アハト・イングズ』


「あンの野郎っ!はめやがって!!」
 忌々しげにそう吐き出すと、ジュドーは渡された紙切れを握り潰した。
 既に店員は別の者と代わっている。文句を言おうにもかなわなかった。

 すぐに出て探さないと。
 そう思って周りを見回すと、いつの間に入ってきたのか、近くまでシャアが来ていた。
「ちょっとちょっと、何で来てるんだよ。ファさんどうしちゃったの!?」
「彼女なら、先に帰った」
「マジ、かよ」
 彼女の性格を考えると、追いかけてくるのでは、と心配したがその気配はなく、どうやらシャアの言っているのは本当だ、と分かった。

 何かを思いついた目で、ジュドーは紙切れを二枚シャアに寄越すと入り口を飛び出そうとした。
「どうする気だ」
「追っかける!あんたは先帰ってろよ。家ん中入って、鍵かけて、絶対出てくんな!」
 叫びながら駆けて行くジュドーだったが、そう言われてもシャアは付いて行くしかなかった。一人になってしまっては、家にこもるどころか帰る手段も無い。
 つくづく、自分だけでは何も出来ない立場が苛立たしい。

 後を追うべく、シャアも走り始めた。…が。
「お客様、お会計は…になります」
 そう言われて初めて、二枚目の紙が伝票であることを確認する。
「!……………………ツケておいてくれ」
 身一つでダンディ・ライオンに居候中のシャアが一銭も持っていないのは納得いくと言えばいくのだが。

******

 車中、カミーユはやっと自分の疑問を…疑問だけは一つだけ言うことが出来た。
「クワ…いや、シャア・アズナブルは、あのまま放っておいても良かったのか?あの人は…」
 『ジオン』の重要人物、かつての総帥。強大なカリスマ…広告塔ではないのか。
 その言葉は、口から出る前に助手席に座るアハトに止められた。
「あの方は生死不明ではないですか。我々『ブランク・ルーン』の力を持ってしても、未だ分かりませんよ」
「だが現にさっき…」
「あの人はジュドーさんの叔父さんでしょう?」

 カラカラ、といった笑い声でも聞こえてきそうな物言いだった。
「…分かって言っているな?」
「さあ?」
 はぐらかされ、そこまででカミーユはアハトとの問答を打ち切った。

「カミーユは、これからシャアは必要になると思うか?」
 この話題はやめよう、と思ったが、ミネバにそう問われ、カミーユは再び口を開こうとした。
 しかしそれは、ミネバの独り言だったらしく、答えを待つ間もなく続いた。

「……シャアは、あいつはジオンの名を汚した…許されることではない……」
 そう言いながらも、どこか寂しそうな表情をするミネバの台詞が悲痛に響いた。