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第十話 ロンデニオンの衝撃

 何回かテストをしてみて、ミウ・イーダのはじき出す結果がどんな設定値でもほぼ一定した数値を保っていることに、そこで任に当たっていた人間は少なからず驚いていた。
 監督に当たっているロンド・ベルの面々、ミシェル・ガードナーを始めとするアナハイムの技師たち。

 その日のテストが終わり、ミウは直接報告のためブライトの部屋に来ていた。
「…結果は以下の通りです。ただ、個人的にコクピットフレームにちりばめられたものが気に障ります」

 相手は強化人間だ、ということは常に念頭に置いていたのだが。
「体調を崩したのか?」
それでもブライトは「体調に変化があったのか」等の言い方はせず、普通に訊ねた。

 μには、ろくに起動試験もしないままデータごと行方をくらませたνガンダムの数少ない実戦データと、それに組み込まれていたサイコフレームと同様のものが内蔵されていた。
 どうやらその感想を言っているようだ。
 どんなでたらめな調整でも、正確にサイコミュを連動させることのできる…つまり、いかなるサイコミュ兵器、ひいてはニュータイプとも波長を合わせられる。それが彼女の能力。
 それにより、彼女の精神がどうなろうともその力は発揮される。

「いいえ…嫌な感じがするだけです。特に問題は」
 この嫌悪感がなんであるか、ミウ自身には見当がついていた。
 おそらくは、自分がこれからその代わりをやらされるものの。
「運用に支障が出るようならば、外すのも構わんだろう」
「こんなの、ただの試験用の機械ですよ。私のための特別な調整など必要ありません」
「いや…君は機体に執着しないタイプらしいな」
「私と同じです。より良いものを選ぶだけですよ」
 自分を道具と同じに見る。ミウの台詞にブライトの眉が歪んだ。

 μガンダム。ミウ・イーダが任された、プロジェクト・レイに関わる『ガンダム』だったはずだ。当然、重要な意味を持つものだ…計画の中枢にとっても、パイロットにとっても。
 なのにこの少女、まるで目的のものは他にあるとでも言いたげである。
 自分の機隊に、愛着というものはないのだろうか。ブライトは疑問を口にはせずに思う。
 今まで扱ってきたパイロットたちは、無茶をするものの、愛機、という存在に対しそれなりの執着心…というか、情のようなものを抱いていたと感じた。
 彼女にはそういった面が無いように見えたのだ。

 それ以上は追求せず、もう退出するよう少女に告げようとしたその時。

 衝撃は突然、この基地を襲った。

 あちこちで爆発音が響いた。数は多くないが、要所を押さえられている。
 中を知り尽くしているかのような。

「何事だ!」
 突然の緊急事態に、ブライトは叫んだ。
 警報が鳴り響く中を早足でデッキへと進む。
 爆発が仕掛けられた場所は、デッキと外を繋ぐルートが一つだけ確保されている、そんな位置付けだった。

 目的は、そこか。

******

 予想したとおり、デッキには何者かに手引きされ、入り込んだ数人がいた。
「本当に…こんなのでうまくいくとは思わなかった」
 その集団の中には、カミーユ・ビダンもいた。
「僕はここの所員…というか、技術部署の人間で通ってますから。内部については誰よりも詳しいはずです」
 自分で「はず」などというのは自信のない証拠なのではないか、とアハトに言う暇は無く。
 MSの並ぶその先を指され、二人はアハトに続いて人が集まりそうな雰囲気のするデッキを駆け抜けようとした。
 途中に、背部に何かのポッドを背負った白いMSと、それに乗り込もうとする人影が目に入る。
「あれがμガンダム…」

 カミーユは一瞬、足の速度を緩めた。
 背後から、一人分の足音と乾いた銃声が聞こえたのはそれから数秒も経たないうちで。

 振り向くと、一人の男が落ちていくのが見えた。
「!?パイロットが…!」
 アハトが「しまった」というような顔つきで足を止めた。
「ではガンダムは?」
「奪取は不可能…我々は予定通り用意してあるルートで脱出します」

 カミーユはその言葉に一瞬ためらった。
 目の前の『力』。かつて自分が持っていたものだ。

「カミーユさん、急いで!」
 再び足を踏み出したアハトに急かされる。が、彼は動かない。
「…俺がパイロットをやる。その方が確実だ」
「何と言った!?」
「…行けるんですか」
 ミネバとアハトから同時に問われる。カミーユは一呼吸置くと、もう一度だけ告げた。
「俺がパイロットをやる。二人は早く脱出口へ!」

 言うが早いか、リフトに飛び移り、カミーユはμガンダムのコクピットへ滑り込んだ。

 6年前に見たものが、再び目の前にトレースされる感覚。
 これがカミーユが反連邦組織に接触しようとした原因なのだとしたら、それは恐ろしいことなのかもしれない…
 ガンダムは、自分を戦いへと駆り立ててきたから。たとえそれが自分の意志でも。

 あるいは、だからこそ。

******

「この感じ…やっぱり出んのか……」
 自分の予感が当たるのを少し恨んだ。ジュドーは既にロンデニオンを出、おそらく出てくるであろうミネバ達を待っていた。

 コロニーを睨んでやると、その向こうにいまだ漂い続ける、かつての敵の居城があった。

 切り離されたコア・ベースのコクピットスペースで、シャアはかつてクワトロを名乗っていた時期に感じたものが再び己に反芻されるのを、黙って感じていた。