Novel
第十一話 μガンダム
初めてガンダムに乗り、宇宙を駆けた時に感じたのは、懐かしさだった。
今もあの時と同じ状況であるはずなのに、カミーユ・ビダンの心境は穏やかでなかった。
「何だ…この、感じ……うぅっ!」
μガンダムのシートから、それは伝わってきていた。明らかに自分とは異質なものの思念…と言うより、脳波パターン。
サイコミュは最初にインプットされた数値まま、何の調整もなされていなかった。
Ζガンダムのバイオセンサーは、カミーユのための設定がきちんとされていた。だからこそあそこまで戦えたのだ。だが、サイコ・フレームの強制力は確実にカミーユの精神を抑制している。
そう、丁度あの時の彼女のように…
「この…嫌な感じ!そうか…あの時と同じ…君もあの時、こんな苦しみを味わっていたんだな…フォウ……」
胃の中からこみ上げてくる熱いものを必死で抑え、カミーユは最も愛しい少女の名を呼んだ。
頭痛と嘔吐感に耐え、何とか先行する艦に追いつこうと、カミーユは加速を始めた。
そこへ、ちょうどいいタイミングでアハト・イングズの声が通信を通して入ってくる。
『カミーユさん、そのままこちらまで向かってください…大丈夫ですか?お顔の色がすぐれませんが』
「少しな…この嫌悪感、例のシステムとやらのせいなのか?」
『いえ、おそらくはサイコ・フレームの調整が貴方に合っていないんです』
「どういう調整なんだ」
『現在値の設定には、アムロ・レイの脳波パターンが使われています』
「はっ!…道理で」
グリプス戦争の折に幾度か顔を合わせたが、正直アムロという人間をあまり好きにはなれなかった。
本人同士の好き嫌いと脳波とは別問題だということは分かってはいるが、それでもこの不快感を誰かのせいにせずにはいられなかったのだ。
アハトはそんなカミーユの心情を知らずにいるのか、淡々と続ける。
『手動でパターンをニュートラルに戻せば大丈夫でしょう』
「出来るのか」
『指示します。僕の言った通りに』
「了解した」
アハトの…と言うよりブランク・ルーンの、とでも言ったほうがいいか、とにかくそれらの手引きの完璧さにはただ舌を巻くばかりだった。
かつてグリーン・ノアであの人がやったように、コロニーの内壁から外壁を伝い宇宙空間に出るまでの間、戦闘は一切無かった。もっともこれは、手際の良さというより、連邦の無能の証明と言った方がいいのかもしれないが。
******
実際、ロンデニオンの基地では、状況に対応することが許されず、そこにいたロンド・ベルのメンバーには待機命令が下されていたのだ。
正確に言えば、もともとのロンド・ベルのすべき任務であるスペースノイドの監視、必要があれば抑止力となること…独立部隊であるがゆえのそれらの権限を、宇宙軍本部により抑えられていたのだが。
「ラー・カイラムを出すわけにはいかないのですか?それが我々独立部隊の存在する意味でしょうが!?」
ブライトの叫びも、創立100年をもうすぐ迎えようかという肥大した組織力の前には無力だった。通信はこう続いた。
『ここからは、指揮系統は私に任せてもらおうか。ミウ・イーダ少尉を即時出頭させたまえ。すぐにでも奪回任務についてもらう』
映し出された男には、見覚えがあった。確か、本体に所属するクラップ級『グリーエン』の艦長。
上層部の勝手に内心舌を打ちながらも、ブライトはその命に従った。
******
完全ではないが、サイコ・フレームの調整を終え、カミーユはミネバ達の乗る艦との合流場所へ急いでいた。
正直、パイロットになったのが自分でほっとしているところだ。搭乗者は決めていたようだが、その人物がどれほどの腕だったのかは、今となっては分からない。だが、どんなに優れたパイロットだったとしても、μガンダムに仕込まれていたさっきの重圧、『アムロ・レイの脳』に耐え切れるとは思わなかった。
場所は分かっているし、後は直線で飛んでいけばいいだけだったが。
そう簡単には行かせてくれそうにはない。カミーユは、向かって来る自分と同等かそれ以上の思念に気づき、機体を止めた。
「来るのか…ジュドー」
『どうしました?』
通信の不思議そうな声に短く答える。
「どうやらお客さんだ」
二機の『ガンダム』は、程なく対峙の時を迎えた。
「それに乗ってんの…カミーユさん…だよな……何で……」
「悪いが説明している暇は無い。邪魔しないでくれ」
「ネオ・ジオンに手を貸すのか!」
ZZはビームサーベルを出し、粒子を出してはいないもののいつでも斬りかかれる体制にある。
「手を貸すんじゃない、利用されてやるだけだ」
「それってどういうことっ!」
最後のジュドーの言葉を聞き流し、カミーユは同じくμのサーベルを構えた。そして誰にも聞こえないように小さく呟く。
「俺自身、まだ分かっちゃいないんだ…ネオ・ジオンへ行く理由が……」