Novel

第十二話 ジュドーVSカミーユ

 互いの機体から、ビームサーベルの光る刀身がふぉん、と唸った。
 無音の宇宙空間ですら聞こえてきそうなプレッシャーと共に。
「あんたとは戦いたくない…恩人、だもの」
 そう言いつつも、効率よく戦う方法を模索しているジュドーがいた。相手も白兵戦に持ち込むつもりらしい。新型がどのくらいか知らないけど、パワーならZZにまだ分がある、問題はパイロットの技量で……
「そう思うのなら、黙って道をあけてくれないか?」
 聞こえてきた声は穏やかだが、こちらが少しでも動きを見せれば容赦無い攻撃が襲いかかるのだろう。カミーユ・ビダンとはそういう人間だ、ということくらいは分かっているつもりだ。

 お互いに戦いたくはない。その空気が感じられないほど鈍くはない。
 けれど、ここで止めなければ、ミネバはまたあの『大人達の世界』で苦しむことになる。
(ファさん、ごめん!)
 ZZのバーニアが噴いた。

 μガンダムに一直線に突撃し、真正面から斬りかかって鍔迫り合う格好になる。
 カミーユもそのジュドーの意図するところを汲み取ったのか、避けることはせずに敢えて受け止めた。
「く…」
「…っ……!」
 機体をずらし、カミーユはμのサーベルを横に払った。
(くそ…まだ本調子じゃない)
 木星で、作業用とはいえMSに乗って仕事をしていたであろう相手と違って、自分はあの戦い以来、一度だってMSに乗ったことはなかった。
 このまま力押しされれば、明らかに不利になるのは見えている。

 ならば。カミーユの頭に『あの武器』のイメージが閃いた。


 それは、今まで体験した中で最も辛い戦いでも感じたことのある、あの感覚だった。

 背中の不恰好なパックから浮かび漂ってくる物体。
 それにわずかに注意を払ったその隙に、μガンダムは離れていこうとする。
「まさかっ…ファンネル!?」
 ハマーンとの戦いで幾度となく味わった重苦しいプレッシャーが今にも襲い掛かって来はしまいか。
 一直線には向かってこないが、やがてはあらぬ方向から自分を撃ちに飛び交う…
 想像してジュドーは構えをとる。

 近づいて来た。
「!! やられるっ!?」
 しかし射出されたそれは、カミーユの意思を受け付けることなく宇宙空間を漂うだけだった。
「あ…あれ? 来ない…のか……」
「…駄目か、やはり調整が……!」

 なおも睨み合う二機に近づく思念。それは突然姿を現した。

「え…この感じ、クワトロ大尉……?」
 それは確かに、かつてカミーユも感じた巨大な力だった。
 やはり、ロンデニオンのカフェで会った男はあの人だったのだ、と懐かしく思うと同時に、なぜこんなタイミングに現れるのだろう、と少し恨めしくも感じた。
 そして、今という状況の中で、ジュドーもまたカミーユと同じ意見だったらしく、何事かを喚いていた。
「おっさん! 何で帰らなかったんだよ!? こんなところに来ちゃあ…」
「生憎、私は家主から合鍵を預かれるほど信頼されている居候ではないのでな」
「あっ……」
 ジュドーはしまった、と舌打ちした。
 一軍の将の立場も、大切な女性も、革新者のアイデンティティも、生涯のライバルすら失い、抜け殻のようになってしまったかつての英雄は、それでも態度だけは変わらなかった。

 シャアに、というよりはかつての上官に言いたいことは色々あったのだが、それよりもとカミーユは二人の掛け合いの隙を見てミネバ達の乗る艦に向かおうとした。
 ジュドー・アーシタという少年の力はよく分かっていたし、これ以上の戦闘は無駄だということも実感していたからだ。
 しかし、少し離れたあたりでZZにその動きを気付かれていた。
「待てっ! 何でか、なんてもう訊かない…けど、ミネバは返してもらうよ!!」
『それは困ります』
 声はいきなりZZの通信機に割り込んできた。

「その声…イングズ、さん……?」
 呆然としているジュドーに、アハトは言葉を続けた。
『ジュドーさん、あなた言いましたね。「ミネバ・ザビの処遇について協力して欲しい」と』
「俺が言ったのはそういうのじゃなくって! それに、その子がミネバ・ザビだって確証はないだろ!」

『ご心配なく…状況を見て、少し話せば、それくらいのことすぐに分かりますよ。真実、この方はミネバ王女であらせられる』
「だからって…」

 今行けば、昔のように利用される日々が続く。それが分かっていて、なぜなおもザビ家の人間を欲しがる──今行ったって、飾りにしかならない。
 それはミネバだって心得ていたことなのに。
 しかし、発せられた少女の言葉に、ジュドーは黙って頷くより他はできなかった。

『ジュドー、すまない…イングズがジュドーを騙したのは悪いと思っているが、これは私が望んだことだ。もしかしたら、この先このようなチャンスは無いかもしれない…行かせてくれ、頼む』
 ミネバの口調は、あくまで指導者たらんと落ち着いている。だがジュドーは、その中にほんのわずかな焦りを見つけた。
 もう後には引けない、という。

 モニターには遠ざかっていく白いMSの姿が映り、昔自分を支えてくれていた思念が通り過ぎていった。

「分かったよ、ミネバ…それがお前の望みなら、好きにしたらいい。それに…ハハッ、もう追いつけそうにねえしな……」
 遥か遠くにμガンダムらしき点を見ながら、ジュドーは加速するのを止め、ZZを流れるままにした。